[You Tube]ドイツの電力反逆の町(シェーナウ)で、質問をする広瀬隆と山本太郎


ぽんこ様(読者の方)からの情報です。
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ドイツの電力反逆の町(シェーナウ)で、質問をする広瀬隆と山本太郎
転載元より抜粋)

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転載元より抜粋)


1986年、当時のソビエトで起きたチェルノブイリ原発事故。
原子炉が爆発し、有害な放射性物質が、大量にまき散らされる大惨事が起きてしまった。
放射性物質は風に乗り、1700キロも離れたスラーデクさんの町まで飛んできた。

やがて雨で地面に落ち、森の木々や畑にまで溜まっていったんだ。
町の人が家の周りの放射線を測ってみると、事故の前の5倍を超える放射線量が見つかった場所があった。
「落ち葉はたまっていた所が高かったです。コケや砂場でも、高い数値が出ました」

森のキノコや山菜、木の実も放射能に汚染された。
その年の秋に穫れた野菜は、ほとんど捨てなければいけなかった。
さらに、小さな子供のいるおかあさん達は、汚染されていない牛乳を求めて、遠くの町まで探しに行かなければならなかったんだ。

「放射能の恐さを知り、子供にどこで遊ばせ、何を食べさせたらいいか悩みました。
あんな事故があっても、ドイツの原発について、政府も電力会社も、何もしなかった。
だから、自分達でなんとかするしかなかったんです」

そこでスラーデクさんは、近所のおかあさん達を集めて、もう原発で電気を作るのはやめよう、という会を作ったんだ。


1986年『原発のない未来のための親の会』発足 

専門知識の無かったおかあさん達は、エネルギーの専門家を町に呼んで猛勉強。
どうしたら原発をやめることができるのか。
最初に始めたのは、おかあさんらしい、こんなことだった。

「原発をやめるために、まずは、みんなに節電を呼びかけました」


おかあさん達の作戦……節電競争

一年間で一番電気を節約した人には、イタリア旅行が当たる。
町中の人が、こぞって参加してくれたそうだ。

「電気の無駄使いがあるから、原発はなくならないと思ったんです。
例えば、テレビなどの電化製品を使わない時、コンセントから抜けば、ドイツ全体で原発二つ分の電力がいらないんですから」

楽しみながら節約する。

スラーデクさん達の節電競争によって、町は10%の節電に成功した。
でも、こうした活動が、ある人達を怒らせ、スラーデクさんは嫌われ者になってしまった。
その相手とは、この町に電気を送る、南ドイツの電力会社だった。

「電力会社に、『あなたは営業妨害です』と言われました。『電気を節約したいのではない、もっと売りたいんだ』とまで言われました」

この時すでにドイツでは、原子力発電を20年以上続けていた。
多くの電力会社は、冬の寒さや夏の暑さをしのいできたのは、原発があるからだ、と考えていた。
28万世帯に電気を送っていた南ドイツの電力会社も、原発をやめる気はなかった。

スラーデクさんの活動を、電力会社の人は、どう思っていたのか。

元南ドイツの電力会社(KWR)、取締役 フベルト・パイツさん
「当時、電力会社は、独占企業だったんです。
商売をやる人なら誰でも思うことですが、金払いのいい客を失わないように闘うのは当然ですよ」

それでもスラーデクさんは、電力会社に、原発をやめるためのいろんな提案をした。
・町の川をもっと利用して、水力発電所を増やしてほしい。
・自分達が太陽光パネルで発電した電気を、高い値段で買い取ってほしい。
でも、会社の答はNO。原発の電気があるから、と、取り合ってくれなかった。

「それである日、わたしは、自分達の電力会社を作って、自分達で運営しようと考えた
んです。
そうすれば、電力会社に嫌われずに、自分達が使いたい電気を、自分達で決められますから」

つまり、スラーデクさんは、町から電力会社を追い出し、自然エネルギーの会社を始めよう、と考えたんだ。
原子力発電をやめて、太陽光や風力、水力で作った電気だけを、この町のみんなに送る。
ドイツでは、誰もやったことのない挑戦だった。


「原発無しの電力でやるなんて、単なる妄想に過ぎないと、考えていました。
彼女が居た町だって、ずうっと原子力発電からの電気で暮らしてきたんですから。
たった2500人ほどの住民のために、電力会社を作ろうだなんて、誰が賛成するのかってね」

でも、スラーデクさんの町の住民で投票をしてみたら、意外な結果になった。

→1995年 シェーナウ市 住民投票

半分以上が、原発に頼らない電力会社を作るという、スラーデクさんの考えに賛成したんだ。
でも、大きな問題があった。
スラーデクさんが会社を始めるには、電気を送る送電線を、電力会社から買い取る必要があったんだ。
専門家の計算では、町中の送電設備は、2億円。
そこで、スラーデクさんは、町の会社や住民に出資金をお願いし、やっとのことで目標のお金を集めたんだ。
ところが、実際に電力会社が売ってもいいと言った値段は、倍の4億円。
これ以上町の人には出せないお金だった。
「4億円なんて、とてもわたし達だけでは無理。こうなったら、ドイツ全国に、寄付をお願いするしかない、と思ったんです」

その方法とは、
『嫌われ者キャンペーン』

電力会社から嫌われていることを逆に利用して、
『わたしは原発の嫌われ者です』という広告を作り、寄付を呼びかけた
んだ。
原発の無い未来に賛成し、寄付してくれた人々が、実名入りで堂々と、嫌われ者になっていく。
安心して普通に暮らしたいと願うだけで、なぜ嫌われ者になってしまうのか。
原発の問題を、もっと真剣に考えてほしいと、訴えたんだ。
 
・ルドウィク・シャード(78歳) 農家 趣味は庭いじり そして、きらわれもの
・ハンナ・クック(9ヵ月) おもちゃ好き そして、きらわれもの

あなたも、きらわれものになりませんか?

全国の新聞に載った、きらわれもの達の広告は、話題を集め、見事4億円の資金を集めることに成功した。

→1997年 シェーナウ電力設立

こうして1997年、スラーデクさんは、もともとあった電力会社から、町中の送電設備を買い取り、ついに原発に頼らない電力会社を立ち上げたんだ。

普通の主婦だったスラーデクさんも、今では電力会社の社長さん。

小さな町の嫌われ者が始めた電力革命は、ドイツ全国に広がり、電力会社を選べる暮らしが当たり前になった。
それまでは、ドイツも日本のように、地域ごとに電力会社があり、そこから電気を買うしかなかった。
現在では、100社以上の中から、料金や発電方法などを比べながら、好きな会社を選べるようになった。

ここは、スラーデクさんが作った、自然エネルギー専門の電力会社。
電気料金は一割ほど高いけど、全国から申し込みがある。
福島の原発事故の後、自然エネルギーで暮らしたい人が増えたからだ。
町の2400人のために始めた会社が、ドイツ全国の13万軒に電気を送る会社に成長した。


13万人のお客さんは、普通のお客さんではありません。
原発の無い未来のために、一緒に闘ってくれる協力者、仲間なんだと、わたしは思っています