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教育には目的に応じたいくつかの段階があるように思います。
まず、最も基本的で重要な第1のものは、子供の成長に応じた知識や体験を与えるものです。現状の日本の教育には、ごくわずかの例外を除いてこれ以外のものはみられません。
しかし、あまりにも知識偏重で自然との関わりの少ない子供たちに対して、心のゆがみが指摘されています。この中には多くの問題が潜んでいますが、社会の価値観が大きく揺らいでいる現状においては、この部分に基礎をおく教育はどうしても同じような混乱の中に巻き込まれてしまうことは仕方のないことでしょう。
次に、教育の第2のものは、子供たちの個性や自主性を尊重し、才能や長所を引き出し、子供たちの内なる創造性を開花させる教育です。これはシュタイナー教育が特に著名です。
シュタイナー学校には試験がなく、先生が生徒を評価するということもありません。子供たちはのびのびとしており、自分の内なる創造性を絵や歌や演劇を通して表現してゆきます。才能の開花に多くの比重がおかれているにもかかわらず、生徒たちは基本的な学力において一般の学生に劣ることはないのです。この教育は、明らかに第1のものよりも優れています。
現在、日本でもシュタイナー学校を作ろうという試みが、各地で見られますが、集団の協調性を美徳とする日本人の価値観の前に、いまだ越えがたい大きな隔たりを感じます。でも、次の世紀の教育の主流は、このシュタイナー教育がその核になると強く予感させるものがあります。
第3のものは、私自身が子育ての中で日々実践しているもので、日常の体験の中での心の混乱を、その原因から見つめて消滅させてゆくものです。混乱の因果をはっきりと見すえ、何に問題があるのかを明晰に識別することで、心そのものを理解する。これによって子供たちは心の働き方の基本的な法則を理解し、自分自身の心のコントロール能力を身につけてゆきます。
心は才能よりも深い部分にあります。従って、心そのものを理解できるものにとって、才能の開花は自ずとやってきます。残念なことですが、この部分に焦点をあてた組織化された学校は、今のところ存在していません。これからの課題でしょう。
最後に第4のものは、以上の3つ全てを超越して、人間を完全かつ絶対的に自由にし、あらゆる苦悩から人を解放する英智を育む教育です。この理念に沿った学校が、J・クリシュナムルティによって作られましたが、残念ながら、一般の教育とのギャップがあまりにも大きく、クリシュナムルティの理想を父母に理解してもらうだけでも大きな困難を伴うようです。しかし、これは、教育が目標としうる最高の到達地点なのです。それ以前のすべての教育は、この目標のための単に準備にすぎないのです。
(竹下)
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