アーカイブ: かんなまま

ままぴよ日記 71 「公園づくりと小児科の役割を考えてみた」

子育て世代が自分の力だけで子育てして疲弊しています。
若者が人知れずヤングケアラーになり、自分の力だけで頑張って未来を削っています。
これらは社会の問題ですが、いつも後回しです。
でも、個人でもできる事があります。
今、目の前にいる人に手を差し伸べるだけでいいのです。

赤ちゃんの今が、幸せでありますように!
子ども達の今が、幸せでありますように!
親が今の幸せを感じられますように!
そして、それが続きますように!
(かんなまま)
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加速度的に減少する子どもの出生数


子どもの出生数は加速度的に減少して2020年は過去最少の87万人でした。政府の将来人口推計では、出生数が80万人台になるのは2030年とされていたのが10年も早まったのです。我が町も10年前は月に50人生まれていた赤ちゃんが30人になってしまいました。若者の人口流出が止まりません。

コロナ禍で結婚の延期、子どもの生み控え、晩婚化、若者の失業、非正規雇用の拡大による格差の固定化などが要因とされていますが、我が町では更に、田舎で若者の働く場所がない、大型店舗も大学もレジャー施設も無い、誘致する企業もお金もない状態です。

その町に小学校が19校。1校当たりの平均児童数は200人を切っています。私達がこの町で開業した当初は40人クラスの3学級が当たり前でした。あの子ども達はどこに行ったのでしょう。みんな他市町村に出て行ってしまいました。現に我が子も1人も残っていません。

Author:奈良泉[CC BY-SA]

我が町の喫緊の課題は大型企業誘致だと政治家は言っていますが、これからはリモートワークの時代です。今更大企業の誘致に大金を使うより、安心して子どもを産み育てられる環境を作り、人の暮らしに重点を置くべきだと思います。

最近の子育て世代へのアンケート結果は惨憺たるもので、自由記述のところに「安心して遊ばせる公園もない」「医療費が高い」「保育料が高い」など書かれていました。私達がソフト面での子育て支援を一生懸命していても、やはり、経済面での支援が目を引いてしまうようです。

公園に関しても、田舎なので自然豊かで子ども達が遊べる場所がありそうで、全くないのです。今や、どんな田舎も車社会で、空き地や田んぼは資材置き場や駐車場になりました。空き家も目立ち、朽ち果てて危険です。

そんな時、市の都市計画課から、公園について意見を聞きたい、という連絡が来ました。さっそく、冒険遊びを一緒にしているママや、子育て広場を利用しているママ、子育て支援者グループの有志を集めて市と話すことにしました。

ずっと後回しになっていた子育て支援事業ですが、最近、市長選があり、何と公約の一番目に「子育て支援の充実」が挙がり、私達が提案して実現してきた産後ケア事業や、新しい子育て広場の建設などが市長の手柄として語られていました。でも、それでOK。実行することに意義があります。子育て支援の大切さに気付き、このまま拍車がかかることを願います。

市民の意識も高まって「子どもを遊ばせる公園がない」と言う声が大きくなってきました。「公園の草刈りだけで精一杯」と言っていた市も、これではいけないと思ったのでしょう。でも、どんな公園が必要か?自分達にはアイデアがない事に気が付いて連絡してくれたようです。


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ままぴよ日記 70 「母が教えてくれた人生の終わりへの覚悟」

今回はままぴよ日記40の続編です。あの時の私は何もわかっていなかった。
(かんなまま)
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実家で1人で暮らす98歳の母


実家のさくらが満開です。
私が小学1年生になる時に母が手植えしたもので、見上げると薄桃色の花が空を覆いつくしています。桜が春の気配を感じて一気に開花する瞬間も好きですが、花びらがまるで雪のように舞う様も好きです。


そこに、98歳になる母が1人で暮らしています。今年は足がふらついて庭に出る事が出来なくなったので、花を手折って花瓶にさしました。次の桜まで生きていてくれるだろうか?と毎年案じていますが、母の命は灯り続けています。それも亡き父を想いながら。

「逝きてなお 家守るごと 表札に 夫(つま)の名前 鮮やかにあり」
(詠み人知らず。広告紙の裏に母が書き留めていたものです)


でも、確実に弱ってきました。家の中で何度も転んで起き上がれなくなりました。隣に住んでいる兄に発見されるまで床に横たわったままで、夜中に倒れて体が冷え切っていた時もありました。そのたびに周りは心配するのですが、母は「このまま死んでも構わないと観念したけど、まだ死ぬなという事ね」とケロッとしています。

ガスの火を消し忘れて鍋を焦がすことも増えました。そのたびに、「もう食事を自分で作るのは止めて」と頼むのですが、「自分の事は自分でする。父の食事の用意をするのは自分の仕事だから」と、頑なです。

そして、毎朝、仏壇に食事を運び、ろうそくの火を付けてお参りをするのが日課です。亡き父と語らえる一番大事な時間なのです。以前は家族中の名前を言って無事も祈ってくれていたようですが、最近は体力がなくなってしまいました。今は父とのおしゃべりも長く続かないので歌を歌ってあげるのだそうです。忙しく働いていた頃は、さっぱり思い出さなかった童謡です。

「問いかけに 応えるごとく ゆらぎいる ローソクの灯は 亡夫のまなざし」(詠み人知らず)


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ままぴよ日記 69 「協調性って何?」

 来年度の子育て広場のシフトを考えるミーティングで1人が「今後、後世の育成のためにも、セミナーの担当者を交代制にしませんか?」と言いました。「色々な事情で休む時もあるから、誰でもできるようになった方がいいね」と流れができました。
 新しい担当者を合意の下で決めたのですが、あるスタッフの顔が曇りました。
 「本当にいいの?無理する必要はないよ」と言っても「いいです」というばかり。でも、他の人は気づいていなかったけど、目に涙が・・・。
 「向き不向きもあるし、苦手な事はしたくないって言える会議にしよう」と、言いました。
 そのスタッフは「嫌だと思う自分がダメだ。頑張らなければみんなに迷惑かける」と思ったらしいのです。
 日本に蔓延している「自分さえ我慢すれば」「自分の本心に蓋をして皆に合わせる」ウイルス感染症です。
(かんなまま)
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主体性と協調性は相反するものじゃない



15年前から月に1回、ママ達と子育てや自分の事を話す「ままぴよ会」を開催しています。

ママ達と「子どもの主体性を大事に育てたいね」と話していたら、あるママが「えっ?でも、主体性を大事にしすぎると、協調性が育ちませんよね」と言いました。こちらの方がびっくりして「どうしてそう思うの?」と聞いたら「例えば、皆が右を向くときは右を向く。自分を捨てて人に協力するのが協調性ですよね。社会で生きていくためには必要なことだし、学校でも協調性のある子に育てましょうって言われます。子どもに「自分勝手な事をしないで合わせなさい」と教えているのに、主体性が大事と言われたらわからなくなります」と、言うのです。


「主体性と協調性は相反するものじゃないと思うよ。主体的に協調するんだよ」と言って、その場で意味を調べました。「協調性とは異なった環境や立場に存する複数の者が互いに助けったり譲り合ったりしながら同じ目標に向かって任務を遂行する素質」とウィキペディアに書いてありました。

「だから右に倣えと従うのではなく、何かを達成するために、お互いに違いを認めた上で主体的に合意形成しながら協力していく事だよ」と言ったら「えーーー!!。勘違いしていました!」とひっくり返りそうになりました。他のママも次々に「私も子どもの頃から誤解していました!」と言い出したので又びっくり。

何という事でしょう!!一斉にみんなと同じことをしながら学ぶ教育の弊害かもしれません。

それは1歳前から預かってくれる保育園から始まっています。園側も集団で預かるので、まとめて保育しないと一日が回りません。一斉に朝のご挨拶をして、皆と同じ遊びをして、トイレに行って、手を洗って、昼ご飯を食べて、歯を磨いて、お昼寝をして、お散歩に行って、絵本を読んで、お迎えを待つ組とバスに乗る組に分かれて帰ります。

保育者は「あ~、今日も無事でよかった」と、滞りなく安全に保育できたことに安堵します。保育園は子どもを見守るところなのです。でも、子どもにとってはどうなのでしょう?

子ども達は無意識のうちに集団に合わせる事を学びます。同じような絵を描きます。真似っこしながら育つ時期なのでいい影響も与えます。「汽車ポッポ~」と、行列してトイレに行き、皆でパンツを脱いでトイレに座る事でトイレトレーニングができます。


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[YouTube]理由なき遊び

ライターからの情報です。
「やったことない!」なんて言わせない。
(かんなまま)
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Me in my Childhood For no reason 😅😂
配信元)

ままぴよ日記 68 「孫と対等に『自分のこと』を話してみたい」

 前回、日本の若者の自己肯定感が低いことを書きました。その若者が親になり、自分の自己肯定感を見いだせないまま子どもを同じように育ててしまう悪循環を止めるにはどうしたらいいのか?私は無力感にさいなまれながらも模索しているところです。
(かんなまま)
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子どもと共に育ち合う親子関係



子どもは、社会や親から守られ、尊重され、自由を与えられながら自ら成長していくものです。育つ環境も違うし、個性も様々ですが、自分が尊重されて満たされていれば、人との違いを認め、尊重し合える関係が築かれていくものだと思います。

できる事なら全ての子どもを、そんな環境で育ててあげたい!


でも、現実は、親との愛着形成ができないまま、あまりにも早くから親から離れて集団生活を強いられます。親も先生も余裕がなくて、子どもの気持ちを尊重できていません。満たされない悪循環が始まるのです。

どこから解決していいかもわからない問題ですが、かわいい我が子の幸せを願う親心に便乗して、支援するのが一番いいタイミングだと感じています。

そのためには、親自身が子どもの心に敏感になり、愛を持って理解するところから始めるしかありません。

でも、自分が育つ過程で、自分の本当の感情に蓋をしてしまった親にとっては簡単な事ではありません。わかっているけどできない。あるママは「褒められた事がないから、どうやって褒めていいのかわからない」と、混乱していました。

できる事なら、そんな自分の正直な感情を抱きしめながら癒し、子どもと共に育ち合う親子関係が築けたらいいなあと思っています。その過程を丸ごと支援してあげたいのです。

そして、明日の生活を心配しないで、子育てに専念できるゆとりも与えてあげたいと、切に思います。

ああ…気が遠くなりそう。でも、自分の存在を肯定できるようになったら自分が選んだパートナーとの関係も変わるでしょう。子どもとの関係、友人関係も変わります。やってみる価値はありそうです。

ママセミナーでは意識して「なぜそう思うのか?」と問い続けます。安心できる環境で自分の正直な感情に向き合うのですが、ママ達は一番関心のある事に集中できるので、見違えるように変わっていきます。でも、普通の生活では、そのことを話題にする機会すらありません。


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