診療科同士の連携が取りにくい理由

専門医による臓器別診療をするのであれば、せめてそれぞれの科における医師の見立てや診療方針について、相互に情報や意見を共有し、ディスカッションをするべきです。

たとえば、コレステロールひとつとっても、免疫力やホルモンバランスの観点から考えればコレステロール値はむやみに下げるべきではありません。

一方で、循環器内科の医師であれば、基準値まで下げようとするでしょう。そのどちらも、自分の専門分野においては間違った治療方針ではありませんが、患者さん個人の状況を見極めたうえで、最適と思われる治療を選択すべきで、そのためにも、それぞれの専門医の相互ディスカッションが本来は欠かせないはずです。

ところが残念ながら、大学病院の医師たちは、そうした意見交換や相互ディスカッションに対してきわめて後ろ向きな人が少なくありません。

なぜなら、大学病院というのは強固な縦のヒエラルキー構造にがんじがらめにされた組織で、横のつながりをつくりづらい特殊な世界だからです。

肩書のうえでは、教授がとにかく一番偉いのです。各科においては、外科や内科が一番偉く、内科の中でも循環器内科が一番偉いという構造があります。

だから治療においても、循環器内科の声が一番大きく、暴走しやすい。その結果、免疫の観点や精神科の観点からは、やるべきではないような手術や投薬が平気で行われてしまう傾向にあります。患者ファーストという視点があるとは言えません。まるで、昨今のコロナ感染対策を見ているようです。

日本のコロナ対策は感染症学の医師だけが発言力を強めていったことで、きわめて歪なものになりました。

本来は国民の健康で文化的な生活を守ることを目指して感染症対策が行われるべきところを、感染症専門医が「暴走」していくことで、感染予防そのものが目的化し、感染さえ防ぐことができれば、高齢者の健康が犠牲になろうが、精神へのダメージを受ける人が増えようが構わない、といった有り様でした。

老年医学会や精神神経学会は沈黙し続け、多くの高齢者の心身の健康が損なわれるような対策が続けられたのは、ご存じのとおりです。

大学病院が多い都道府県ほど平均寿命が短くなる傾向

ここに、思わずびっくりしてしまうようなデータがあります。

47都道府県で、大学病院の多い県、つまり臓器別診療を行う専門医の多い県だからといって、平均寿命が長くなっていないということ。むしろ、平均寿命が短いという傾向すらあることを示すデータです。

1965年には、東京や愛知、神奈川など、大学病院が多い県は平均寿命が長いという傾向が見られたのですが、2000年に入ると、その順位がどんどん下がっていきます(男性に限ると、2015年の最新統計では、神奈川は5位、愛知は8位と高位をキープしていますが、女性はそれぞれ17位、32位と下がっています)。

ちなみに、医学部のある大学の数は東京が13校、大阪が5校、福岡、愛知、神奈川が4校と続きます。東京はやはりダントツに大学病院が多いのです。

つまり、何が言いたいかというと、専門医による臓器別の診療が、高齢者の健康や長寿に役立っていないのではないか、ということです。

あるひとつの疾患を抱える若い患者さんが専門医による高度な治療を受けることが、社会全体の健康促進に貢献していたはずが、人口構成がここまでがらりと変化してしまった今、臓器別診療が社会全体にとって理想的な医療の姿ではなくなってしまったというわけです。

長年、理想の医学を追求して専門医の育成に励んできたのに、ようやくそれが実現したと思ったら、社会状況がすっかり変わりニーズに応えられなくなっている。残念というほかありません。