手をかざして電子決済、マイクロチップ埋め込み技術の未来

キャサリン・レイサム、ビジネス記者

A woman using a contactless payment microchip implant

画像提供, Piotr Dejneka

オランダ出身の警備員、パトリック・パウメンさんがレストランや店舗で会計をすると、いつもちょっとした騒ぎになる。

パウメンさんは支払いに、クレジットカードや携帯電話を必要としない。代わりに、左手を非接触型(コンタクトレス)のカード端末にかざすだけで、決済が行われる。

「店員の反応は見ものだ」と、パウメンさんは語る。

パウメンさんが手を使って決済できるのは、非接触マイクロチップを皮膚の下に埋め込んだからだ。パウメンさんはこのインプラント手術を2019年に受けた。

「手術は、皮膚をつねられるくらいの痛さだった」という。

Patrick Paumen's payment chip implant lights up

画像提供, Patrick Paumen

画像説明, パウメン氏の左手に埋め込まれている決済チップは、決済端末にかざすと光る

人体に初めてマイクロチップが埋め込まれたのは1998年のことだ。しかし、この技術が商業化されたのはここ10年ほどだという。

決済インプラントについては、イギリスとポーランドに拠点を置く「ウォレットモー」(Walletmor)が昨年、世界で初めて商品化した。

同社の創業者兼社長のヴォイテク・パプロタ氏は、「この埋め込みチップなら、リオのビーチで飲み物を買うことも、ニューヨークでコーヒーを買うことも、パリで美容院に行くことも、地元のスーパーで買い物をすることもできる」と話す。

「非接触型決済が使える場所ならどこでも使える」

「ウォレットモー」のチップの重さは1グラム以下、大きさは米粒より少し大きいくらいだ。極小のマイクロチップとアンテナが、バイオポリマーというプラスチックに似た天然素材に包まれている。

パプロタ氏は、このチップは完全に安全で、規制当局の承認も得ており、埋め込んですぐに使うことができ、体内で動くこともないと説明する。また、電源や電池なども必要ないという。同社は、これまでに500個が売れたとしている。

「ウォレットモー」は、スマートフォンの非接触型決済で使われている「近距離無線通信(NFC)」という技術を使っている。

一方、その他の決済インプラントでは、デビットカードやクレジットカードで使われている「RFID」という技術が使われている。

An x-ray showing a Walletmor implant

画像提供, Walletmor

画像説明, 「ウォレットモー」の決済チップは、美容外科で簡単に挿入できる

多くの人々にとって、こうしたチップを体内に埋め込むという発想は恐ろしいものだ。しかし2021年にイギリスと欧州連合(EU)の4000人以上を対象にしたある調査では、51%が施術を考えると回答した。

一方この調査では、具体的な割合は示されていないものの、「侵襲性と安全性の問題が大きな懸念として残っている」との回答もあったという。

パウメンさんは、こうした心配は一切持っていないと話す。

「埋め込みチップに使われている技術は、私たちが日常で使うものと同じだ。ドアを開ける電子キーや、ロンドンのオイスターカードのような交通系ICカード、非接触型決済機能の付いた銀行カードといったものだ」

「読み込みの距離は、インプラントの内部にある小さなアンテナコイルで制限されている。RFID(かNFC)読み取り機の電磁場に触れないと機能しない。読み取り機と中継器で磁気伝達が起きた時だけ、インプラントが読み込まれる」

また、自分の居場所を追跡される心配もしていないという。

「RFIDチップは、ペットが迷子になった時の特定にも使われるが、チップから居場所を突き止めることはできない。ペットはまず物理的に発見される必要があり、それから全身をスキャンされて、体内のRFIDチップを読み取られる」

しかし、これらのチップの問題(そして懸念材料)になっているのは、将来的にもっと技術が発達し、個人情報が詰め込めるようになるのかどうかという点だ。裏を返せば、その情報が安全かどうか、個人が追跡されないかどうかということでもある。

フィンテック(金融テクノロジー)の専門家であるセオドラ・ラウ氏は、埋め込み式の決済チップは「モノのインターネット(IoT)の延長線」、つまり、データにつながってそれを交換する新しい方法の一つにすぎないという。

Theodora Lau

画像提供, Theodora Lau

画像説明, セオドラ・ラウ氏

だが、決済を簡単かつ迅速にするという点で多くの人がインプラントに前向きな一方で、その利益はなお、リスクと照らして見極める必要があるとラウ氏は指摘する。特に、体内に埋め込んだチップがより多くの個人情報を保持することになった際、これは問題になるという。

「利便さのために、どこまでリスクを負うことができるのか? プライバシーとセキュリティ―の線をどこで引くのか? 誰が重要なインフラを守るのか、それに人間は含まれるのだろうか?」

英レディング大学ヘンリー・ビジネススクールのナダ・カカバジ教授(政策・ガバナンス・倫理学)も、未来の進化したチップに慎重な姿勢だ。

「技術には暴力につながる恐れがある悪い側面がある」と同教授は指摘する。

「個人の自由に愛着がない人にとっては、こうした技術は不正操作や抑圧への新しい魅力的な展望を開くことになる」

「そしてそのデータを持つのは? アクセスできるのは? ペットにするように人間にチップを埋め込むのは、倫理的と言えるのか?」

結果として、「少数の利益のために、多くの人が力を失う」可能性もあると、カカバジ教授は警告した。

一方、英ウィンチェスター大学でイノベーション・起業家精神の上級講師を務めるスティーヴン・ノーザム氏は、こうした懸念には根拠がないと指摘する。ノーザム氏は学術研究のかたわら、2017年にインプラントの非接触型チップを製造する「バイオテック」(BioTeq)を創業した。

「バイオテック」は、チップを使い、障害のある人が自動的に扉を開けられる技術を目指している。

「我々は毎日、問い合わせを受けている。イギリスで500件以上のインプラントの実績があるが、新型コロナウイルスの影響で減少傾向にある」

「この技術は何年も動物で使われてきたものだ。(チップは)非常に小さく、動くことのない物体で、リスクは全くない」

Patrick Paumen

画像提供, Patrick Paumen

画像説明, パウメン氏の指には磁石が埋め込まれている

オランダのパウメン氏は、自らを「バイオハッカー」と呼んでいる。技術を体内に取り込み、身体能力を高めている人のことだ。パウメン氏の身体には現在、ドアを開けるチップから磁石まで、32個のインプラント装置が入っている。

「テクノロジーは発展を続けているので、私もそれをもっと集め続ける」と、パウメン氏は語る。

「インプラントが私の身体を増強してくれる。インプラントなしには生きたくない」

「身体をいじりたくないという人は常にいる。それは尊重すべきだ。そしてその人たちも、我々バイオハッカーを尊重すべきだ」