〜特集〜 地球を人工的に冷やすジオエンジニアリング

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温暖化を食い止めるには

地球の上空にエアロゾル(大気中を浮遊する粒子)をまき、太陽光を反射する日よけをつくる。大気中から取り出したCO2を石に変え、地中に埋める。それはまるでSF小説に出てくるような話に聞こえるかもしれない。しかし、今、世界では気候を人工的に操作する「ジオエンジニアリング(気候工学)」の研究が実際に進められている。

ジオエンジニアリングが関心を集める背景には、顕在化する気候変動の脅威がある。パリ協定のもと各国はCO2削減に取り組んでいるが、地球の気温は上昇を続けている。2018年10月に国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が発表した特別報告書『1.5℃の地球温暖化』では、世界平均気温はすでに産業革命前より1.0℃上昇し、現状のペースが続くと早ければ2030年にも1.5℃上昇すると指摘している。

地球温暖化を1.5℃未満に抑制することはできるのか。『1.5℃の地球温暖化』では、その条件として、世界のCO2排出量を2030年までに2010年比で約45%減らし、2050年ごろまでに実質ゼロとすることを挙げる。実質ゼロとは、2050年時点でCO2の排出が続いている場合、同量のCO2を大気から除去することによって相殺することを意味する。地球温暖化によってもたらされる最悪の影響を避けるため、ジオエンジニアリングが選択肢のひとつとして考えられている。

タブー視されていたジオエンジニアリング

地球温暖化の対策としては、温室効果ガスを削減する「緩和策」、気候の変化に伴う被害を抑制する「適応策」がある。これに対して、ジオエンジニアリングは気候そのものを人工的に操作する第三のアプローチといわれている。

ジオエンジニアリングという言葉が学界に登場したのは今から40年以上前。1977年、地球温暖化に関する総合学術誌『クライマティック・チェンジ』に発表された論文の中で初めてこの言葉が使用された。しかし、地球温暖化問題を話し合う国際会議の場では、長年、ジオエンジニアリングについて公に議論されることがなかった。なぜなら地球を人工的に冷やすことができるようになれば、温室効果ガスを削減しない言い訳として使われる可能性があると、多くの科学者たちが危惧していたからだ。

タブー視されていたジオエンジニアリングの状況を大きく変えたのは、オゾンホールの研究で知られるパウル・クルッツェン博士だった。博士は他の科学者と同じようにジオエンジニアリングのリスクを認識していたが、それ以上に地球温暖化の先行きに危機感を覚えていた。特に恐れていたのは、大気中を浮遊するエアロゾルが激減することだ。

エアロゾルとは、車の排ガスや発電所、火山等から発生する粉塵やスス等、大気中を浮遊する粒子である。人体にエアロゾルが取り込まれると健康に害を及ぼす恐れがあるため、先進国を中心に大気汚染対策が進められた。しかし一方で、エアロゾルには太陽光を反射し、結果的に気温の上昇を抑える働きがある。もし先進国だけでなく途上国も大気汚染防止に取り組み、大気中のエアロゾルが減少すると、地球温暖化が急激に進んでしまうかもしれない。そう考えた博士は、2006年に発表した論文で、成層圏にエアロゾルを人為的に散布する技術の実効性と副作用を検証する研究の必要性を訴えた。

1995年にノーベル化学賞を受賞したことのあるクルッツェン博士の提案は、それまで避けられてきたジオエンジニアリングをめぐる議論を活発にすることになった。

求められる国際的な枠組み

本来ならば緩和策や適応策だけで気候変動の被害を抑制することが理想だが、気候変動の予測には不確実な部分も多い。気候変動の影響が予想よりも急速に表れたとき、ジオエンジニアリングが有効な手段になるかもしれない。しかし、これはあくまでも最後に取るべき手段だと科学者たちは考えている。

国内におけるジオエンジニアリング研究の第一人者である、東京大学未来ビジョン研究センターの杉山昌広准教授は「専門家の多くは、ジオエンジニアリングの研究を支持しているが、実施に関しては否定的」と述べる。

「どちらかといえば、私も実施には反対の立場ですが、気候変動が危険な水準に達してしまい、ジオエンジニアリングしか手段がないというときが来るかもしれません。今は必要なくても危機的な状況に備えて研究しておかないと、いざ実施するときにどれだけ影響があるかを予測できず、大きな副作用をもたらしてしまう恐れがあります。さらにもうひとつ、ガバナンスという視点からも研究を進めていくことが重要です。ジオエンジニアリングの実用化にはコストや影響評価等、さまざまな課題がありますが、技術的には難しいものではないので、単独国家が強行的に実施に踏み切る恐れがあります。これを止めるには、国際的なガバナンスが必要です」。

ガバナンスを構築するには、ジオエンジニアリングの影響や問題点等を把握して、規則や倫理基準を決めなければならない。ジオエンジニアリングには複数の手法があるため、それぞれの特徴を考慮することが必要になる。

「ジオエンジニアリングは大きく分けると“太陽放射管理(SRM)”と“CO2除去(CDR)”という2つの系統があります。IPCCは地球温暖化に関する専門家の科学的知見を集約した報告書をこれまでにたびたび発表していますが、『1.5℃の地球温暖化』以降、“ジオエンジニアリング”という言葉でひとつにまとめるのではなく、“SRM”と“CDR”を分けて評価するようになりました。今後、ガバナンスにおいても技術ごとに枠組みがつくられていくことが考えられます」と杉山准教授は話す。

図表1:ジオエンジニアリングのさまざまな手法
図表1:ジオエンジニアリングのさまざまな手法

太陽光を人工的に反射し、地球の気温を下げるSRM

SRMとCDRの特徴をそれぞれ見ていこう。SRMは太陽光を遮り地球を冷やす技術の総称である。太陽光を反射する方法としては「建物の外側を白く塗る」「砂漠に反射板を設置する」「海や雲の反射率を高める」「宇宙に太陽光を反射する鏡を置く」等、さまざまなアイデアがある。クルッツェン博士が論文で紹介した、「成層圏エアロゾル注入」もそのひとつである。

エアロゾルによる効果は、すでに自然界において実証済みである。1991年にフィリピンでピナツボ火山が噴火したとき、放出された大量の火山灰とガスが一時的に地球の平均気温を約0.5℃低下させたことはよく知られている。

地球全体の成層圏にエアロゾルをまくことを想像すると膨大なコストを必要としそうだが、これまでの研究で少量の散布で高い効果が得られることが確認されている。散布方法や実施規模によって予測されるコストは変化するが、専門家の間では、成層圏エアロゾル注入は従来の緩和策と比べて安価な手段であるという意見が大方を占めるという。

しかし一方で、成層圏エアロゾル注入をはじめSRMの手法には共通の問題点がある。それはCO2濃度が高いまま太陽放射を抑えて地球を冷やすため、気候システムを地球温暖化以前の状態に完全に戻すわけではないということだ。SRMの実施を止めてしまうと、CO2の温室効果が急激に表れて気温が上昇してしまう。また、世界の気候システムは複雑なため、世界の平均気温が低下しても、局地的に予想外の気候の変化をもたらす可能性が心配されている。

SRMの副作用については予測が難しく、実験ですら屋外で行うとなると大きな論争を呼ぶ。アメリカのハーバード大学の研究チームが2019年内に行おうとしている実験は、数年にわたって慎重に準備が進められてきた。同実験では、高度約20キロメートルの成層圏に炭酸カルシウム等の粒子を散布することを計画している。散布量は1キログラムにも満たないほど微量だが、外部の諮問委員会によって実験計画の検証を行う等、透明性と安全性の確保を図る。

杉山准教授は同実験の意義を次のように説明する。「たとえば医療の分野では、厚生労働省や病院内の倫理委員会等、先進的な医療行為や医学研究について協議する場があります。しかし、ジオエンジニアリングでは実験を行うにしても審議を行う場がありません。ハーバード大学の実験計画は、研究だけでなくガバナンスも取り込んでいる点が注目に値します。同実験の目的は地球を冷やすことではなく、散布された粒子によってどのような変化が起きるかを調べ、コンピューター・モデルを改良することです。ジオエンジニアリングの影響をより正確に予測できるようになると考えられています」。

図表2:SRMのイメージ
図表2:SRMのイメージ

自然や科学の力でCO2を大気から回収するCDR

大気中にいったん放出されたCO2は数百年から数千年の間、残留する。そのため、たとえCO2排出量がゼロになっても、地球のCO2濃度を下げるには、大気からCO2を直接除去するCDRの手法が必要となる。『1.5度の地球温暖化』においても、温暖化を1.5℃未満に抑えるにはCDRの利用が不可欠であることが示唆されている。

CDRの分野では、「植林」や「CCS(CO2回収・貯留)」といった緩和策として従来取り組まれてきたものから、CCSとバイオマス発電を組み合わせた「BECCS」、栄養となる物質を海中に散布して海洋プランクトンの成長および光合成を促進する「海洋肥沃化」、光合成を行う微細藻類を生体触媒として利用する「バイオリアクター」等、さまざまな手法が検討されてきた。中でも、副作用が少なく、効果的な手法として注目されているのが、大気から工学的にCO2を取り出す「CO2直接空気回収」である。

CO2直接空気回収の技術は、潜水艦や宇宙ステーション等、呼吸によってCO2濃度が高くなってしまう閉鎖空間において以前から活用されている。その一方で、地球温暖化対策としてCO2直接空気回収を利用することは容易でないといわれてきた。大気中のCO2濃度は約0.04%ときわめて低く、回収効率やコストが課題とされてきたからだ。

しかし、近年、欧米の企業がCO2直接空気回収の事業化に次々と名乗りを上げている。その先頭を走るスイスのベンチャー企業、クライムワークスは、2017年5月、チューリヒ近郊にCO2を回収するプラントを稼働させた。世界初となる商用CO2回収プラントは、1辺約2メートルの立方体の装置18個から成る。片側から大気が入ると内部の特殊フィルターにCO2が付着し、反対側からCO2のない大気が排出される仕組みでCO2回収能力は年間約900トンに及ぶ。

これまで課題とされてきたコストについて、クライムワークスは空気中から取り出したCO2を近隣の農家に販売し、収益を得ている。温室へ運ばれたCO2は植物の光合成を活性化させる“肥料”として活用されているという。さらに同社は、回収されたCO2とミネラルウォーターを使って炭酸飲料の商品化に取り組む等、付加価値を高める試みを進めている。

CO2に関するクライムワークスの技術に注目しているのはスイス国内の企業だけではない。ドイツの自動車メーカーのアウディとは、大気中から回収したCO2と水を原料とするディーゼル燃料の開発・製造に数年にわたってともに取り組んできた。また、アイスランドでは、CO2を回収したのち、地中で石化して貯留する研究が進められており、同社の今後の展開に期待が集まっている。

図表3:CO2直接空気回収のイメージ
図表3:CO2直接空気回収のイメージ

国際社会で重要性を増すジオエンジニアリング

ジオエンジニアリングの研究を進めようという動きは今、確実に広がっている。2019年3月、国連環境計画(UNEP)がナイロビで開催した年次会合において、ジオエンジニアリングに関する決議案がスイスから提出された。その内容は、ジオエンジニアリングの影響やリスク、ガバナンスの評価を行うことをUNEPに提案し、独立した専門家グループの設立に協力するよう各国政府に要請するというもの。全会一致に至らなかったため、最終的に決議案は見送られたが、アメリカやEUは長期的な低炭素戦略の中にすでにCDRを盛り込んでいる。ジオエンジニアリングの動向を長年見つめてきた杉山准教授は、「ジオエンジニアリングが国際会議の場で語られるようになったということ自体が大きな進歩だと思います」と話す。

国内でも、CO2回収・利用への関心が高まっている。日本政府は毎年、国際会議「Innovation for Cool Earth Forum」を開催しているが、2018年10月の年次会合においてCO2直接空気回収に関するロードマップが発表された。2019年4月には、パリ協定の目標達成に向けた長期戦略案が発表され、CO2を積極的に回収・利用する方針が示されている。さらに、環境省はCO2直接空気回収の実証事業を計画。現在、事業者を募集しているところで、2022年度までに実用化に必要な技術を確立することを目指している。

図表4:「1.5℃の地球温暖化」で示された4つのモデル経路
図表4:「1.5℃の地球温暖化」で示された4つのモデル経路

CO2直接空気回収に挑戦する18歳の研究者

2017年、日本でCO2直接空気回収に取り組む「CRRA(炭素回収技術研究機構:シーラ)」が立ち上がった。その機構長に就任したのは当時高校2年生の村木風海さんだ。村木さんはCO2直接空気回収装置を独自に開発。持ち運び可能な家庭用サイズの装置は世界でも例がない発明品である。地球温暖化という世界規模の問題にひとりで立ち向かうことになった経緯を村木さんに語ってもらった。

●火星に住むには?

研究を始めたのは小学4年生のときだったという。「きっかけは祖父からもらったスティーヴン・ホーキング博士の冒険小説でした。子どもたちが宇宙で繰り広げる大冒険に魅せられ、『いつか火星に住みたい!』と夢見るようになったんです。そんなとき、小学校で1年間好きなテーマで研究するプロジェクトがあって、僕は『火星に住むには?』をテーマに選びました」と村木さんは振り返る。

火星はCO2で覆われている。しかし、人間は酸素がないと生きられない。そこで考えたのがCO2から酸素をつくることだった。「ドライアイスを使ってペットボトルの中をCO2でいっぱいにして、そこに雑草を入れました。すると、雑草は3日間も生き延び、ペットボトルの中には微量ですが酸素があったんです。『CO2って面白い!』と感激しました。このとき『植物ってすごい』とならなかったのが自分でも不思議ですが、ここから『CO2の虜』になりました」。

●ジオエンジニアリングとの出会い

「中学2年生のとき、科学の本を読んでその内容についてプレゼンテーションをするという課題があり、図書館で『気候工学入門』という本をたまたま見つけました。地球温暖化は止まらない―。それは衝撃的な内容でした。自分にできることはないか。本の中で紹介されているCO2直接空気回収という技術に興味を持ち、水溶液を使ってCO2を回収する仕組みを研究しました」。

当時、通っていた中学校には、学生が調べた内容を卒業研究として発表する場があった。そこで村木さんは自分の研究成果を発表するが、周囲の反応は冷ややかだったという。

「ジオエンジニアリングという考え方そのものが知られていなくて、なぜこんな研究をしているのかと、理解してもらえませんでした。地球温暖化はすごく大変な問題なのに、それがとても悔しくて、高校生になってからも研究を続けました」。

●世界初、CO2を回収する家庭用装置

高校生になった村木さんは、CO2に関する研究だけでなく、プログラミングの学習にも取り組んだ。しかし、初号機の設計にめどをつけたところで途方に暮れることになる。

「おこづかいだけでは実機をつくれない。どうしようか悩んでいたところ、総務省の研究支援プログラム『異能vation(いのうべーしょん)』の存在を知り、応募してみることにしました」。

ほかの応募者は大学の研究員や起業家といった大人ばかり。ほとんどあきらめていたそうだが、結果は見事に採択。村木さんは国公認の「異能ベーター(いのうべーたー)」となった。そして、2017年12月、総務省から支給された研究費をもとにCO2直接空気回収装置「CARS-α(カルス・アルファ)」を完成させる。翌年、さらに21台を増産。地元である山梨県北杜市の小中学校に装置を貸し出し、実証実験を実施した。

「温暖化問題の解決には個人の意識から変えていくことが必要です。一般の人に使ってほしいので家庭用サイズの小型装置をつくりました。CARS-αのスイッチを入れると、身近な環境改善だけでなく、地球温暖化を抑制するアクションを起こすことができます」。

●夢は空飛ぶ異能ベーター

初号機完成後も研究は終わることはない。さらに改良を重ね、CO2回収量を6倍に向上させた。同時に、回収したCO2の高付加価値化を目指し、広島大学の協力を得てCO2からメタンをつくる研究も進めてきたという。

2019年春に東京大学理科一類へ進学した村木さんが目指すのは「空飛ぶ異能ベーター」になることだ。「CO2からつくったメタンを燃料にして走る自動車や小型飛行機を開発し、2045年までに火星への移住を実現するのが目標です」。

「仲間を増やしてCARS-αを実用化したい」と語る村木さん。
「仲間を増やしてCARS-αを実用化したい」と語る村木さん。
CARS-α。親しみやすいように「ひやっしー」という愛称が付けられている。
CARS-α。親しみやすいように「ひやっしー」という愛称が付けられている。

取材協力(本記事 登場順)

  • 東京大学未来ビジョン研究センター
  • CRRA(炭素回収技術研究機構)

参考資料

  • 杉山昌広『気候工学入門―新たな温暖化対策ジオエンジニアリング―』日刊工業新聞社、2011年