子供も親も、両方が幸せになれる子育て

親も子どもも幸せになれる子育て

社会や周囲の人からどれほど賞賛を得ても、もっとも身近な家庭がうまくいっていなければ、決して継続的な心のやすらぎ、幸せを得ることはありません。子育てをしていく中で、自分の理想・願望・夢…、それら1つ1つに気づき、向き合い、捨てていく。

それは、子育てのために一時的に自分のキャリアを捨てなければならないという思いから「社会から孤立する」「自我を捨てることは自分ではなくなる」と感じるかもしれません。けれども、本当に大切なことは何かを、人は心の奥底で知っているのです。

子育てと社会での仕事、どちらを優先するべきか?こうした問いは、何が本当に大切であるかを知ることにつながります。そしてきちんと子育てをして、何よりも大切な命に向き合うことで、自分自身の欲望をかなえるよりもずっと永続する幸せを得ることが出来るのです。

なにかをひとつ捨てるたびに、必ず別のなにかを得ていきます。これを繰り返すうちに、あるがままの子どもあるがままの自分を知り、そのすばらしさを感じられるようになることでしょう。

赤ちゃんは泣きません。思春期でも反抗期はありません。

子育ての原則は大きく2つ!

「愛情要求」「独立要求」を満たすこと

子どもの2つの要求を満たしてあげることで、赤ちゃんは泣くことはなく、第1次・第2次反抗期と言われる時期でも反抗期のない子どもに育ちます。

胎児の頃から親子の絆をしっかりと作ること、

子どもの興味のあることを伸ばすこと、etc…

しっかりと愛情をもって育てることで、心身とも健やかで、人の気持ちを思いやり、自立した大人へと成長します。

心が豊かで自立した優しい人に!

愛を知って育った子は

良好な人間関係を築け、周囲の人々に愛し愛されます。愛を知っていることはその子の将来にとって、非常に大きな影響を与えます。

子どもはもちろん親も同時に幸せになれる!

しっかりと子どもに愛を注ぐうちに、

親自身の心の傷も癒やされていきます。

学ばれている方の声

竹下氏の教える子育て方は、高い評価を頂いております!
  • 育児の経験を生かしてのお話で説得力があります。とても大切なお話を拝聴でき、感謝しております。(30代女性)
  • 今子育て真っ最中のため、大変参考になりました。子育ての方向を大きく変更しました。(40代男性)
  • 親子の講義を聴いて、子どもが本当にかわいいと思うようになりました。毎日の繰り返しの中で、子どもと真剣に向き合って行こうと励ましてもらっているようで、とても感謝しています。(30代女性)
  • 子育て中の方には一人でも多くの方に知っていただきたいです。おかげ様で思春期の子どもの生活が楽に送れています。(40代女性)
  • このような本質的な講義はまさに初めてで、当時の衝撃を今でも覚えております。親が自分のイライラを解消するために子供に小言を言って気を奪う行為が、なぜいけないのかなど、こんな深い話は聞いたことがありませんでした。(40代女性)
  • 感動しました。もっと前から知っていたらーと思いました。(60代女性)

実践中の方の声

お子様 : 10か月の女の子。この子育て法の実践年数 : 妊娠期間中を含め約2年

◆ 竹下氏の子育て情報を知って、ご自身が変わったことはありましたか?

妊娠が分かった時に、素直に喜べた事と、不安をあまり感じることなく、落ち着いて出産に望めた事です。
希望の自宅出産により、自分と赤ちゃんの力で産むことを体験出来たので、母としての自信にも繋がりました。

◆ 実践した結果、親子関係やお子様に変化はありましたか?

娘がお腹にいる時から常に声かけをしていたので、竹下先生が講話で話していたように、綺麗な顔で産まれてきてくれました。
産後からずっと私か夫が側にいて、娘が一人になることはないので、安心して元気に成長しています。

◆ 大変なところや喜びなどご自由にお聞かせください。

半年ほどは、泣かせてしまう事が多く、母として反省の毎日でした。
常に抱いて育てているので、体力と忍耐が必要で、父親の協力はとても有難いです。

夫婦の関係を大切にしながら家族三人で、いつも一緒に過ごせる今を幸せに思います。 この子育て法は、大変ですが、今までの私の生き方は何だったんだ!?と思ってしまうほど、毎日を本気で生きる事が出来て有難く思います。

お子様 : 小6、小4、小2の三姉妹。この子育て法の実践年数 : 約5年

◆ 竹下氏の子育て情報を知って、ご自身が変わったことはありましたか?

子育ての在り方や子どもへの向き合い方、価値観、考え方が変わりました。
「子どもなのだからこうしなければならない」「○○でなければならない」ということが少なくなりました。また、「周囲は○○しているから、うちも同じようにしていないと不安になる」ということも殆どありません。

◆ 実践した結果、親子関係やお子様に変化はありましたか?

子ども自身が、「周囲と同じ様にしなければいけない」という思いが薄れ、自分にとってどんなことが嬉しいことで、嫌なことなのか、自分は何がしたいのかということを感じながら、家庭の中では伸びやかに過ごしていると思います。
学校の先生からも「とても落ち着いています」と言われますが、その結果だと思います。

◆ 大変なところや喜びなどご自由にお聞かせください。

大変なところは、自分の願望を投影しないということ、子どもをあるがままに見る、受け入れる、悪いところは見ない(触れない)で、一過性のものとして捉えるというところです。

映像配信」や、「ぴ・よ・こ・と」等の書籍を読むと「なるほど!」と思えても、日常生活の様々な状況の中では、自分でも無意識の内に、子どもに対して、不満や小言が飛び出していることがあるのですが、自分にとって、嫌だなと感じる子どもの態度や行動が、実は自分自身の内面の投影なのだということを、最近になってようやく受け入れることが出来るようになってきました。

自分自身の心の内を知るということ、それこそが一番大変なところかも知れません。そこが理解出来た時に、子どもたちが伸びやかに活き活きと過ごしている姿を見ていて、この子育て法の喜び、感動を覚えました。

お子様 : 長男 大学3年生、長女 大学1年生。この子育て法の実践年数 : 約9年

◆ 竹下氏の子育て情報を知って、ご自身が変わったことはありましたか?

子ども達が母親を求めている年齢なのに、自分の都合で保育園に入れてしまったことなど、子供たちにひどいことをしてきたことを心底後悔し、数年前に直接子供たちに謝りました。
そして事あるごとに子供たちの良いところを褒め、「勉強しなくていいよ。」と言い、子供たちの良いところを大切にしてきました。疲れている時はマッサージするなどスキンシップも心がけました。(思春期の難しい年頃でもとても喜びます♪)

また、自分と同じ思いを決して子供にはさせたくないと思い、自分の子供というより大切な一人の家族。立場は対等だと意識して接するようにしました。
そして劣等感の塊だった自分自身を認めようという作業も始めました。

◆ 実践した結果、親子関係やお子様に変化はありましたか?

息子は優しい性格の為、頼まれると嫌な事でも我慢して言うとおりに従う子でした。傍で見ていてかわいそうになるくらいに。
でもだんだんと芯が強くなっていきました。自分がしたくないことはやらないし、大切な事を決める時には泣きながら自分の気持ちを父親に訴えていました。

そしてとてもありがたかったのは、反抗期と言われる年齢であっても、いつも2人の子供たちと向き合ってきちんと話が出来ていたことです。
また、成績を全く気にしない事は、「自分そのものを認めてくれている」と感じたようで、親子関係の信頼を築くのに重要だと感じました。

◆ 大変なところや喜びなどご自由にお聞かせください。

竹下先生の子育て法を知ったのはすでに子供たちが小学生のころ!もう遅い?でも出来ることを実践するしかない!
もちろん完璧にはできず反省の日々…。自分の行為を振り返って何度涙したことか。
でも、クドクドお説教しなくても竹下先生から聞いた子育ての話しを意識しているだけで、子供たちはいつの間にか大きく成長し、二人とも巣立っていきました。

世間一般から見ると変わった子かもしれませんが、優しい子に育ってくれたことが本当に何よりうれしいです。

大人への道を歩き出した子供たち。
転んだり、横道にそれたりしてもきっと大丈夫!
幸せになれますように!といつも願っています。

竹下雅敏氏とは

竹下雅敏氏を紹介します!

1959年 神戸生まれ、現在は広島県在住。広島大学 大学院で数学を専攻したのち、予備校の人気講師に!

結婚後は、夫婦で「自分のことより、仕事より、子育て最優先!」と、子育てに専心されました。その経験から語られた”子育て講話”を聞いた人たちが「これはすごいぞ!」ってことで、それから講話を紹介する録音テープや映像、小冊子などができたんです。

竹下雅敏氏

竹下家(夫婦+長男+愛犬プータン)は とっても仲良し~!!

ご長男は、小さい頃から「いい子ですね~」と学校の先生や周りの人に言われる落ち着いたお子さんだったそう。

家では本を片手に、ゴロゴロ横になっていることが多くて、妻の泰子さんからは「何もできない赤ちゃん」って言われているとか!

お酒とハムスターがとってもお好きみたい。

こんな一面も!

竹下家からひとこと

◆竹下家で20年間過ごして感じたことをお聞かせください。

私は大抵の人とはかなり違った育ち方をしたほうなのではないかと思う。保育園には行かなかったし、学校も中学校を卒業するまで週2,3日しか行けなかった。高校は通信制に通い、様々な年齢の変わった生徒がいた。また、これまで海外に3度行ったが、この年で戦闘機を見にロシアにいくのは珍しい。携帯も大学に行くまで持たなかったし、テレビゲームもしたことがない。ドラマや映画もこれまでほとんど見たことがない…変わった育ち方をした点を挙げればきりがないだろう(笑)。

このようにかなり珍しい生い立ちだったから、周囲からは変わり者と見られることが多い。しかし、自分で変わった人生を選ぶのはいいとしても、必要がないのにあえて子供に変わった育て方をする必要はないと思っている。周囲と違った人生を歩むと何かと苦労が多いような気がしてならないからである。大学入学まえに、初めて携帯を購入しに某犬社に行ったのだが、携帯をこれまでもっていなくて、なおかつ浪人していたので、証明書がないとダメだと言ってなかなか携帯を売ってくれない。某犬社の官僚主義に腹が立ったので別の会社の携帯を買ったのだが、やはり変わった境遇の人は苦労するのかと感じた。

小学校の先生と話していると、今でも親の中には、子供にテレビを見させない親がいるそうである。頭のよい子供に育てようと言うある種の英才教育なのではないかと思われる。しかし本当にその様な育て方をする必要があるのだろうか。子供が見たくなくてテレビを見ない分にはいいと思うが、子供が見たいと言っているのに見させないのならば、やっても意味のなさそうな宿題を無理やりさせるのと同じくらい疑問を感じる育て方である。そのテレビを見ないで育った子供は、周囲の大人や子供の皆が知っていることを知らず、話についていけない、という目に何度も合わされるに違いない。

子供を育てるときは、子供が社会でまともに生きていける大人に育つためには、どのような育て方をする必要があるかと言う視点で育てたらいいのではないかと思う。頭のいい子に育てようとか、欲張りな考えで子育てをしないほうがいいのではないかと思っている。

◆一人暮らしをはじめ、ご実家から離れて感じたことはありますか?

実家と違って、広い部屋を独り占めできるので、住み心地はいい。食事を作る面倒さを差し引いても、一人暮らしは意外と楽しいものだと思う。親といつも一緒に暮らしていると親がいるのが当たり前と思ってしまうが、一人暮らしをするとそうでなくなるのも一人暮らしのよいところではないかと思う。

◆子供時代の記憶や感じていたことを教えてください

私は幼稚園や保育園には行っていなかった。基本的に家にいて遊んでいた。当時の自分の写真を見ると、結構な年になるまで下半身は裸で写真に写っている。普通の子ならとっくにちゃんと服を着ているような年頃である。そんな私だったが、親は優しいまなざしで私に接してくれていた。

また、ちょうどこの頃、親は自分たちで家(ログハウス)を立てていた。父親、母親だけでログハウスを建てるのはとても大変だったようで、1年以上家を建てる作業をしていたようである。そんな時でも、私ときたら、ログハウスの建築のための作業台に登っては、怖いので「お母さん!」と泣き叫んでいたらしい。それでもちゃんと私のことを構ってくれていた。

小学校に入るまえは、いつもはだしで砂遊びを楽しんでいた。ちょうどその頃、私は新幹線が好きになった。当時500系という新型の新幹線が登場したばかりで、その新幹線に乗りたいと思うようになった。しかし新幹線に乗るためにはおまるを卒業する必要があり、これは大きなチャレンジであった。(※1)

それから、ある時(小学生になる前だったと思う)祖母に羊羹を食べさせてもらったことがあった。おいしい羊羹だったが、2つ目を薦められたとき、なぜか私は食べるのを我慢した。祖母や叔父にかなりしつこく食べるようにいわれたが、私は子供の頃(今でも)とても頑固だったので、一度決めたことを変えるようなことはなかった。祖母などはなぜ食べないのかと憤慨していたようだったが、父親は私がちゃんと我慢をすることができたことを褒めてくれた。(※2)

私が小学生になり、学校に毎日行き始めると、なぜか体調をこじらせてしまうようになった。毎日学校に通うと風邪をひいてしまうのである。それで週に2,3日しか学校に通わなくなった。しかしそれは風邪をひかないようにするための予防措置だった。なので休んでいる日でも元気なときはそれなりに元気だった。ある時、学校を休んでいるにもかかわらず、新幹線を見に行ったことがあった。周りに黙っていればよかったのだが、私は新幹線を見に行ったことを友達に自慢してしまった。友達からはずる休みだと非難され、学級会議が開かれる始末。この頃から私は秘密主義の重要性を認識するようになる(笑)。

小学生の初めの頃は、前述の通り新幹線が好きだったが、その後船や車に興味が移り、最終的には飛行機が興味の対象になった。とくに戦闘機には強い関心があった。ステルス戦闘機の外形を始めて知ったときはその奇抜さに驚愕した。この頃から、戦闘機の模型が家の中を飛び回っているところを妄想するようになった。しかし、後に紙ヒコーキという形でこの妄想が半ば実現することになるとは思っていなかった。

学校を休んでいるときは、よくレゴブロックで遊んでいた。部品の数は限られていたが、学校を休んでいるときもずっとやっていたから、かなり自信作が作れるようになった。

父親は、無理して学校に行かなくてもいいが、その代わりちゃんと毎日勉強をするようにと言っていた。しかし、自主勉強はやはり段々と疎かになり、学校に行っても大丈夫そうなのに面倒くさいからと学校に行かないというふうになりがちになった。そこで父親は、もうこれからは毎日学校に行けと行った。仕方がないからそうしたが、やはり毎日行くと体が持たなかった。父親はそれを察してか、これまでのように学校に行くのは2日3日でいいから、その代わりちゃんと自分で勉強しろというようなことを言った。

小学4年のときにある折り紙ヒコーキの本を買った。その後紙ヒコーキ作りに没頭するようになり、休んでいる日の大半の時間を紙ヒコーキ作りと飛ばすのについやしていたと思う。

紙ヒコーキ

その後、ある程度自分で勉強するようにはなったが、中学生になってもやはり3、4日しか学校には行っていなかった。一方で自作の折り紙ヒコーキはどんどん増え続け、東大の航空工学教授が驚くような(実際驚いていた)折り紙ヒコーキが作れるまでになった。

普通の高校だと体力的に不安だったので、通信制高校に入学したが、そこから国立大学に進学するには相当の勉強が必要だった。それが曲がりなりにもできたのは、やはり小学生の頃に自主的に勉強する癖を少しずつ付けたからだと思う。

ご長男:21歳 インタビュー:2013年9月

おまるの卒業(※1)と羊羹の出来事(※2)は、竹下氏の講話の中でも出てきます。
※1:「妊娠・出産・子育て」MP3無料ダウンロードページ
(1時間35分50秒ごろから)
※2:「0歳〜7歳前後の子育て」MP3無料ダウンロードページ
(46分50秒ごろから)

子育て情報

子育てに関する情報を様々な形で発信しています。

編集後記

竹下先生の妻 泰子さんの声援とご協力に支えられ、シャンティ・フーラさん念願だったと言われる子育てページのリニューアルをコラボ企画でさせていただきました。

竹下先生の本のみを出版している「こじかBooks」を立ち上げたきっかけは「子育ての小冊子」が広まればいいなという思いからでした。この無料で公開されている「小冊子」「MP3」(←このページもリニューアル!)は、子育ての話しだけではなく、人間関係・生き方を大きく変革できるものです。多くの人々にこの情報が届きますように!と思わずにいられません。

私は仕事を通して、泰子さんから様々なお話を聞くまでは「先生と泰子さんは何でもできる人だから」と考えていました。しかし実際は、容易に子育てをされたわけではないと知りました。竹下先生の推奨する子育ての方法が、非常に大変なものだと知っているのは、他でもない竹下先生と泰子さんです。そして、その実りの多さは、実践された竹下家の折紙付きです。素晴しい子育ての情報を、まずは知っていただき、子育てに取り入れていただければ嬉しく思います。(こじかBooks こじか)