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「子育ての記」野口昭子

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「子育ての記」野口昭子  全生社

この本は、野口晴哉さんご夫妻の長男、裕哉(ポン)さんの娘、亜紗ちゃんと第二子、晴胤(アッピー)くんの成長記録が綴られている本です。

野口先生の奥様で、お弟子さんでもある昭子さんが書かれたもので、ご夫婦の会話やエピソードから育児についての考え方などを学ばせていただきました。

お二人の孫育てのエピソードが盛りだくさんあり、楽しくて一気に読みました。

これからの育児にも役立ち心得ておきたいこと、大切にしたい文章がありましたので、忘れないように記しておきます。

P.10

子供は育てるのではなく、育つのである。その育つのに従って、それを妨げるような押しつけをしないことが第一だ。

入浴させるのでも、「気持がいいんだよ、這入ろうか」という。「牛乳か、オッパイか、蜜柑か」と問うてから与える。何から何まで大人並みに話かけ、納得してから行なう。話しかけは胎児にだけでなく産れてからも中心らしい。「どうして話しかけが必要か」との質問に「人間の子だからネ」と先生は答える。しかしこの話かけも愉気の方法らしい。気を集めないで何を言っても、答えは無い。
赤ちゃんは恐ろしいほど、その気を感じとるのである。

 

P.116

道場のように、大勢子供の集まるところでは、よく親が自分の子と他の子とを比較している。そして、心配したり、焦ったりする。それだけでなく、子供の前で、「この子はこうなんですよ。」などと平気で言っている。子供は親の認めている方向に伸びているということを気づいていない。
子供にはその子供独特の成長行程がある。その成長にそって育てるべきで、他と比較してとやかく言う必要はない。先生に訊くと、「子供を比較する前に、親自身にも相違があることを知るべきだ。親の違う位に、子供も違うのだ」

P.150

「おぢぢ(野口先生)は亜紗がどういう子になるようにと思って育てたの?」と私(昭子さん)はある日、先生に尋ねた。すると先生は、即座に「女」と言った。私はその時「なアーんだ」と拍子ぬけしたが、そのうち、その一言に深い意味があるように思われてきた。
人間の自然は、男か女かということ、男が男であること、女が女であることだ。それ以外のどんなことも、あとからつけ加えたものにすぎない。「この子をこんな子にしたい」などと親が願うこと自体、子供に対して押しつけであり、それが子供の負担になることすらある。そういう意味で、おぢぢは亜紗が、ただ「女」として幸せになることを願ったのではなかろうか。

 

P.173

アッピイ(晴胤くん)の出現で、亜紗が自分の物をとられまいとするのは当然である。大人だって自分のものや、自分の場を、人に取られまいと懸命に生活しているのに、それを小さい子がやると「困った傾向だ」とか「たしなめなくては・・・」などと思うのは何故だろう。大人には、子供をたしなめる資格など、ないような気がする。先生は言う「もし子供のやることに嫌や味を感じたら、それと同じものが、その大人の心の中にある」と。

 

P.256

「三歳前後になると、いろいろのものに好奇心をもつようになる。何故、何故を連発する。そのときが教える時期だ。その質問に答えられるように、大人は今から勉強していなくてはいけない」と先生。
・・・
「それでも、まだ叱ってはいけないの?」
「叱れば、圧迫と束縛を感じるだけだ。気力のある子は反抗し、気力の足りない子は萎縮する。教える時期があって、それから躾の時期だ。その時期に至って、叱るということも出てくる。」

 

 

美穂ちゃんの風邪とその経過

一昨日あたりから、美穂ちゃんは風邪を引いていました。

今は、熱も下がり食欲も復活しています。たまに、咳が出るのでまだ様子は見ていますが、本人は元気そうです。

夜中に熱が出てきたので、蒸しタオル(後頭部に当てる)を当てながら過ごしました。

その効果もあったのかもしれません。熱を出しきったようで、翌朝の表情はスッキリしていました。

                  *

ぴょんぴょん先生が、紹介して下さった「風邪の効用」野口晴哉 著 も参考にしながら風邪の経過を見ていました。

この本は、風邪についての正しい見識や理解が深まります。

子供のその後の健康の為にも、多くの両親が知っておいた方が良い内容だと思いました。

特に、重要だと感じた箇所を一部抜粋させて頂きます。

p.21 偏り疲労と風邪

・・・体を使っているうちに、或る一部分が偏り疲労の潜在状態になって、そういう部分の弾力性が欠けてくると風邪を引き、風邪を引いた後、恢復してくる。それで私は風邪は病気というよりも、風邪自体が治療行為ではなかろうかと考えている。ただ風邪を完全に経過しないで治してしまうことばかり考えるから、ふだんの体の弱い処をそのまま残して、また風邪を引く。

p.55 心を弛める

・・・けれども風邪がうつるなどということは私は考えたことがない。引くべき体の状態なら引くし、うつれば儲けものと思っている。風邪を引けば丈夫になるのですから、うつってもちっとも構わない。それを「うつるからどけ、どけ」と言うのはその方が早く治るからで、気を弛めて寝るということが風邪を治す場合の重要な条件です。だから「あれが心配だ、これが心配だ」などと言って寝ているのはいけない。弛まないのです。やはり頭の中を空っぽにしてしまわなければならない。

 
p.67 平温以下の時が経過の急処

風邪というのはたいてい自然に治るもので、風邪自体すでに治っていくはたらきですから、あまりいろいろなことをしないでいいのです。ただ大切なのは熱が出て発汗した場合で、風邪で発熱する場合にはかなり上がることがあります。・・・
しかし熱が出たから慌てて冷やすなどということは滑稽である。むしろ後頭部を四十分間、温めるのがいいのです。そうすると発汗して、風邪が抜けると一緒に熱が下がります。
下がり出すと三十六度五分から七度という平温の基準の線より、もっと下がるのです。

p.70・・・この平温以下の時期が風邪の経過の急処なのです。この時期に暴れて冷やしたりしてしまうと二次的な異常を起こす。・・・耳下腺炎に限らず、平温以下の時期に動くと余病を起こし、この経過のやり損いが、成長してからの発育不全とか月経異常とかに関連してくるのだから気をつけなくてはならない。

・・・風邪を引いても熱のある時は動いても一向に心配ないのです。風呂に入っても構わないのです。食い過ぎようが何をしようが構わないのです。ただし熱が一旦上がって、それから下がって平温以下になり、平温以下から平温に復するまでの間は安静の必要がある
・・・この期間だけが安静の急処で、これを無事に通ると平温に戻ってきますから、もう後は自由です。

 その他、p.126 風邪を全うする要領も参考になりました。

 美穂ちゃんの場合、夜中に熱が出て、翌朝には平温以下になっていました。

まさに、安静一番のとき!

添い寝をしながら15分は休んでくれましたが、後は本を読み出し・・

まあ外散歩ではないからいいか〜と思い、家の中で温かく過ごしました。

野口晴哉さんは、蚊帳を張り体温が戻るまでは、蚊帳の中に子供を入れていたそうです。

何にしても、親の知恵が必要なようですね。

「整体入門」 野口晴哉 

元気、活気、気が合う、気遣い、天気、気配など、私たちの身近で何気なく使われている「気」という言葉。

それは、目には見えないのですが、体の痛むところに手を当てる事で痛みが和らぐように、確かに体の中に流れているのを感じます。

ですが、感覚的なことなので説明をするとなると難しいですね・・

野口晴哉さんの「整体入門」ちくま書房 の中で、気について詳しく語られています。

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P.22「気」は心ではない

・・・「気は心」といいますが、心そのものではありません。ただ、気の動くように心が動くだけです。心だけではありません。体も気の行く方に動きます。
尿に気が行くと、急に尿をしたくなります。空腹だと気づくと、たちまち空腹が心を占領します。胃袋も動き出します。

P.24「気」は物質以前の存在

・・・気は物質以前の存在です。欅の大樹も始めは一粒の種子でした。その種子の中にあった気が必要とする物質を集めて、ああいう大きな樹となったのです。
・・・人間の体も気が造ってきたのです。要求によって生まれた気が、必要とするものを集め産み出したのです。気は、精子以前の存在、物質以前の動きなのです。だから見えない、触れない、ただ感じる。それも五官ではない。
気で感じるだけなのです。気の動きは勢いなのです。勢いは人のいのちです。

P30 生きものなら気は感応する

・・・誰でも心を静め、浮かんでくる雑念がおさまってくると気を感じます。・・・動物に限らず植物も感応します。たとえば朝顔に気を通すと大きく咲きます。・・・このように、生きもの同士には、全部共通する何かがある。気という、そういうものを生きものならみな感じる。

気については、こちらの映像も参考になります。
→ 東洋医学セミナー雑談集第9弾 「気とエネルギーの科学」

「整体入門」には、眼や腕の疲れをとる方法や出産前後の問題における対処法、梅雨時や秋など季節の変化におこる不調を解消する方法など、誰でも自分で治癒出来るように説明されています。
又、足湯や風邪の活用法、体癖別の体操もあり、興味深いです。実践を通してお伝えできればと思っています。

るパパは、1種体操を続けているようです。就寝前に実践すると頭の緊張が和らいで寝付きやすいと話していました。

私は、一人の時間が出来たとき(夜中など)に、活元運動をしています。動いているうちに、体の凝っている部分がはっきりと分かります。そして終わったあとは、シャワーを浴びたようにさっぱりします。

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P.56[自分の体力を発揮すると丈夫になる]より、野口晴哉さんがどのような思いで治療に当たり、多くの方と接していたのかを察する事ができました。

・・・私は活元運動の普及によって、整体協会の目指す体力づくり運動というだけでなく、世の中をよくする方向に進められたら、どんなに愉快だろうと思う。隣の人と助けあい、一緒に心から笑える。お互いに誤摩化さないで信用しあえるということだけでも愉快だと思うのです。疑って騙されまいと警戒して生活しているより、ずっと気持ちがいい。そういう世の中にする機縁になればと思うのです。

「はじまりの詩」詩と写真集より

「はじまりの詩」 発売元:ピエ・ブックス

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以前、知人が贈って下さり、こころと頭の休憩したいなあ〜という時に開いている本です。

どのページも綺麗な写真と詩があり、和みます^^

その中から、好きな詩を紹介したいと思います。

 

「今日からはじまる」 高丸もと子

あなたに会えてよかった

空が青く
大きいことも
あなたがいて気づいた

この光もいま届いたばかり
一億五千万キロのかなたから

今日からはじまる
何かいいこと

みんなに会えてよかった

すてきなものが
そばにあること
みんながいて気づいた

いまもどこかで命が生まれる
子犬も小鳥も草の芽も

今日からはじまる
何かいいこと

わたしに会えてよかった

胸の鼓動も
ときめきも
わたしがいて気づいた

だれも知らない音だけど
わたしの殻をやぶる音

今日からはじまる
何かいいこと

 

「母子カプセル」について

最近、ある方との話の中で、親が子どもに対してつい行なってしまう行動のひとつが話題に出ました。
子どもに対して「自分のことを分かってもらいたい、自分の意見に同調してほしい」と無意識のうちに思って、行動することです。例えば私は、振り返ってみると、「お父さんって○○なんだから〜、ね、美穂ちゃん」と美穂ちゃんに言ってしまうことがありました。

子どもが、「そういうお母さんはイヤだ」と反発してくれたらまだ良い方。それを子どもが受け入れてしまうと、「母子カプセル」に陥ってしまう危険があるようです。

母子カプセル(ここでは母と娘)について、興味深い内容を見つけましたので転載します。

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お母さんと子どもの距離感が近すぎて、2人だけの世界にはまる「母子カプセル」。その依存的な関係を続けると、子どもの自立を妨げてしまいます。

子育て熱心なお母さん、親思いの子どもは、周りから見れば「理想的な親子」に見えるかもしれません。しかし、そうした親子の中には、関係があまりにも親密すぎて、お互いの精神的な成長や安定にひずみをつくっていることがあります。

このように、母子の距離感が近すぎて、2人だけの世界に安住している状態を「母子カプセル」と言います。

子どもは、幼い頃にはお母さんとの密着した関係を支えにしながら、少しずつ周りの世界を覚え、社会との関わりを広げていきます。
そして幼稚園、小学校に入ると、同世代の子ども同士で学び合い、先生という指導者に導かれながら「お母さんに頼らなくても、社会の中でなんとかやっていける」と自信をつけていきます。

つまり、お母さんに見守られつつも、一歩一歩、その関係から卒業していくのが、子どもの成長です。ところが、お母さんが子どもを母子カプセルに抱え込み、健やかな成長を阻害しているケースも少なくないのです。

子どもに依存するお母さんの気持ちは?

母子カプセルに留まるケースには、お母さん自身の心が満たされず、不安定である例がたくさんあります。その理由はさまざまですが、なかでも多いのが、夫婦関係の亀裂です。

夫婦関係が円満なら、お母さんが子どもにばかり気を向けることもなくなり、子どもはプレッシャーを感じずに、のびのびと成長することができます。
ところが、夫から愛されている実感がなく、さらに夫が家庭から逃げ腰になっていると、妻はその寂しさを満たすために、子どもとの関係に熱心になり、母子カプセル をつくりやすくなってしまいます。

また、お母さんが精神的に安定していないケースでも、母子関係の依存は生まれやすくなります。
たとえば、子どもの頃から愛情に飢えており、「誰かに心から愛されたい、必要とされたい」という 愛情欲求 が非常に強い人のなかには、全身でお母さんを求める幼い子どもに感応し、母子関係に依存的になっていく例も見られます。

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アダルトチルドレンの私が、母親の立場から美穂ちゃんを傷つけることのないように、知恵と感情のコントロール、そして自分を愛する努力が必要だと感じました。

その時に、手に取った本がこちら↓
  「私は私。母は母。」加藤伊都子 著 すばる舎

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最初のページは、母子の実例。後半に、とても大切なメッセージがありました。
一部抜粋してお伝えしたいと思います。

P302 子どもに承認を求めない

「子どもが幸せな大人に育てば、それが自分が「よい母親」だったことの何よりの証明になる。子どもにとっての最大の幸福は、何の心配もなく、親を捨て自分の人生に向かえることである。
子どもに承認を求めると、子どもは親を捨てることができない。自分では気づかずに、子どもを自分の元に縛り付けてしまうかもしれない。子どもに自分の幸せ、あるいは不幸の証人になってもらうことも、結果として子どもを縛り付ける事になる。子どもをあなたの人生の証人にしてはいけない。

P303 自分の人生に責任を持つ

「子どもには親の幸せへの責任はない。自分の人生に責任を持たない人、自分の手で幸福をつかもうとしない人は、いくら子どもが自分を犠牲にしてくれても、幸福をつかむことはできない。
・・・親は親自身の努力で幸せにならなければならない。自分が自分の力で幸せになれば、子どもに証人になってもらうことも、承認を与えてもらうことも必要なくなる。」

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愛のヨガと瞑想で、日々精進しますダ〜^^