【第11回】 南インドでアーユルヴェーダ ～医師のパンチャカルマ体験～
遠慮のないインド人

イラスト：ぴょんぴょん画伯

下剤の当日は、部屋からほとんど一歩も出ない一日でした。午前中はトイレ通いで疲れましたが、昼のおかゆを食べてからは、退屈になってきました。ひまなので、マンガを描いて遊んでいました。

夕方４時ごろ、ボーイが部屋に白湯を運んできました。彼はデスクの上にあった落書きを見て、「これはあなたが描いたのか？」と聞きました。そうだと答えると、「自分を描いてくれ」と言うのです。私は似顔絵など描いたことがないので戸惑いましたが、描いてみることにしました。

彼はシャリム、２０歳です。北インド系のはっきりした顔つきの、まじめそうな男の子です。「ハンサムに描いてくれ」という注文に答えるために、デジカメで撮った写真をベースに、中西征子さん風に彼の幽体？を描きました。
夜８時ごろ、シャリムがルームサービスを運んできました。さっそく出来上がった絵を渡すと、えらく気に入ったようで、今度は「警察官の制服を着ている自分を描いてくれ。肩に３つ星がついているのがいい。明日までに」と言います。注文の多いやっちゃなあと思いながらもＯＫすると、彼は渡した絵にキスをしながら、「サンキュー」と言って立ち去って行きました。

インド人が「明日までに」という場合、人によってさまざまです。たとえば、あるドクターにインタビューを申し込んだとき「明日来るから」と言うので、たくさんの質問を準備して待っていました。結局、翌日も翌々日も来なくて、三日後に外で会った時「お部屋に行くから」と言って、さらに数日おいてやっとインタビューできたのです。
また別の人も「このアンケートは明日、取りに来ます」というので、早めに仕上げて待っていましたが、取りに来たのは三日後でした。
ですから、シャリムが「明日」にちゃんと来たときは、こっちの人は自分の都合で約束守るんだなと思いました。

彼が警察官の似顔絵を取りに来たとき、同い年のボーイ、アリも連れてきました。アリはくるくるとした大きな瞳の男の子で、「ぼくのも描いてください」と言いました。 しかしその夜、レストランに行くと、シャリムが駄々をこねるように訴えてきたのです。「パスポートじゃないんだから、あんなにリアルに描かなくても～」と言っているらしい。結局、エラが張っているのが気に入らなかったのです。だって似顔絵なんですから、本人の特徴を外すわけにはいきません。それにふつう、ただで描いてもらってケチつけます？「遠慮のないインド人」に、知らんぷりしていました。

整形前のシャリム
（ぴょんぴょん画伯）

翌朝レストランで、アリに絵を渡すと素直に喜んでくれました。でも、シャリムはしんみりしています。かわいそうになって、「絵を持ってきたら、書き直してあげる」と言いました。

しばらくすると、シャリムが新聞紙を大事そうにかかえてきました。何かと思って見ていると、中にはさんである警察官の絵を、そうっと取り出しました。それを見たとき、その絵が彼にとってどんなに大事なものかを知りました。えら削りの整形手術の後、彼は満足そうに走り去って行きました。

しつこくて、遠慮がなくて、ずうずうしい。でも、ほんとうは純粋でかわいいな思いました。

日本人に見せても「フン」で終わるような私の絵が、どうしてインド人受けしたのかは謎ですが、インドで似顔絵を描いて暮らすのも悪くない、そんなことを考えてしまいました。

（挿絵：あい∞ん）

次回は、10月22日（木）更新「【最終話】日本でアーユルヴェーダ」の予定です。