【第9回 北海道の空気】 hiropanのAfter 3.11 ~震災後に見えてきたこと~

“外”から見た福島

福島から小樽に着いてすぐ、偶然車に乗せてもらった漁師のおじさんに「こんな時に旅行なんかしていて大丈夫なのか」と驚かれたことに、私はとても驚きました。
ひとつは、福島が“外”からどのように見えているかということについての驚き。そしてもうひとつは、“外”という壁についての驚きでした。
それは、驚くほど、大きな距離感に感じられました。世界地図を広げて見てみれば、とても小さな日本の中であっても、原発事故や福島への認識の距離感は、こんなにも遠いものかと思いました。そこは、フクシマとは全く別の世界に感じられました。

正確に言えば、“過ぎ去った過去の懐かしい世界”。

フクシマに暮らした私にとっては、もう、放射能汚染の心配をしなくていい時代は既に過去のものでした。原発事故後にもたらされた時代は、生きるために、様々なことを自ら調べ、見極め、考えねばならず、緊張感を持ち、知恵を絞ってあらゆる対策を日々の中で講じなければならない。それは静かな戦いと大きな変革の時代でした。放射能に汚染された世界で、生き方を根底から見直す地点に立たされていた私としては、フクシマから“ほんの少し”離れた北海道の、かつて福島にもあった、リラックスした人々の日常が、とてつもなく懐かしいものに感じられました。

白み始めた空を見上げながら、早朝の小樽の空気を、胸いっぱいに吸い込んでみました。体中の細胞たちが、喜び飛び跳ねるような嬉しさが、指先まで満ちていくようでした。
白い息が、風に揺れながら、空に溶けていきました。

After311_空を見る

太陽が上り、電車が動き出すと、私は函館本線に乗り込み、札幌方面へと向いました。電車の窓からは海が見えました。今にも凍えてしまいそうな、白波が打ち寄せる海辺には、何年も冷たい潮風に晒され、朽ちかけたような漁師小屋が、遠くの波を見据えたようにたくましく建っていました。遠い昔の貧しくも逞しかった人々の暮らしを思い起こさせるような風景を通り過ぎ、電車は札幌に到着。駅ビルの中のカフェで温かいラテを注文し、冷えた指を温めると、今度は旭川行きの高速バスに乗り込みました。
旭川へは特急線(スーパーカムイ)も出ていましたが、そこは、帰りを決めない節約ツアーですから、時間が多少かかっても(といっても+1時間程)安価な高速バスが嬉しく感じました。バスの一番前の座席に座ると、景色がとてもよく見えました。晩秋の、刈り取りを終えた牧草地の丘が、遠く連なって黄金色に輝いていました。

Writer

hiropan

hiropan

埼玉県生まれ。自然豊かな福島県会津地方に育つ。美術大学にてデザインを学ぶ。
2011年、東日本大震災、原発事故を機に、社会の在り方と自分の生き方の方向性を見つめ直し、転換する。2012年、福島から一人旅で たまたまふらりと訪れた広島県の離島、大崎上島へ移住を決断。
現在、小さな畑で野菜や柑橘を育て、ニホンミツバチを飼いつつ、絵や文章を書きながらスロウに暮らす。

4件のコメント

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  1. 毎回、ものすごい気づきをいただいています。
    私が知らなかった”福島のhiropanさん”。
    そう、311前は私たちは同じ日本人でした。
    ところが、311に歴史的な大きな壁が出来たよね。
    だけど、
    今日の記事を読ませていただいて、
    私たちは1つなんだと、
    夜空を見上げている女の子は、自分でもあると思ったのです。
    そんなことを言うと、とてつもない苦労をされている福島、東北で被災された方には怒られるかもしれませんが、、
    ・・今ならもっともっとたくさん買うべき物があったのにと思いますが、
    311後すぐにスーパーに駆けつけ困惑しながら段ボールにいっぱい食料を買いました。
    漁師町で生まれ育ち、食卓にお魚がなかった日がない私が、
    もう一生、無邪気にお魚を食べられなくなる日が来るなんて。。
    しかし、あの日から、確実に変わったんです。
    それは、それまでの自分とのはっきりとした決別でもありました。
    それまで、そんなに危機感を感じることもなく生きていたのが、
    手に取る食べ物1つ1つ、慎重に自分で決めないといけなくなりました。
    でも素晴らしい事もありました。
    今まで知ることのできなかった方たち、知ることができなかった生き方に出会うことができました。
    政治家の人たち会社の有り様、様々な人のほんとうの心が見えました。311前は中々わからなかったこと。
    ある意味、私たちは1つになれたかもしれません。
    こっちだ!という方向がはっきりしました。
    そう考えると、ほんとうは、誰1人、311で被災しなかった人はいないんだと思いました。
    そう、原子力村の人たちでさえ。
    ”壁”のお話なのに、私にとっては壁がとっぱらわれたお話でした。
    上手く言えないけれど、私の心の中に、hiropanさんがいます。
    今日も、ありがとう。

  2. 昔、一度だけ北海道へ行ったことがあるのですが、
    記事を読んでいますと、その時の景色が思い出されてきました。
    広々とどこまでも続く大地。いいですよね~

    壁と言えば。。。
    3.11以降、同じ想いを共有する人々がいる一方、
    他の身近な人々との間に壁を感じるようになりました。
    それは今までより本音を出すようになったからなのですが、
    考え方や想い、様々な事に対する認識の違いがくっきり浮かび上がってきたからです。
    今思うと、もしかしたら自分から壁を作っていた部分もあったと思います。

    フクシマも含め世界の“ありのまま”の真実を見ることは大切ですが、
    小さなところでは、職場の人々を相手に先入観を持たず“ありのまま”を見れるよう
    密かに訓練中です^^;

  3. ぴょんぴょん on

    深呼吸のできる喜び!
    ステキなイラストからその解放感が伝わってきます。

  4. hiropanさんの文章はとても美しいですね。
    読んでいるとその情景が目の前に浮かんできます。

    深刻な内容でも変に重たい感じがありません。

    毎回貴重な体験を丁寧に書いてくださってありがとうございます。

    普通に呼吸できること、すごいことなんですよね・・・。
    色んな気づきをいただいています。

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