【第23回 自然な流れ】 hiropanのAfter 3.11 ~震災後に見えてきたこと~

島に住むことを決めた理由

「この島に住むかどうか。」その時の私には、それをすぐ決断するということができませんでした。とりあえずは、1ヶ月間、ウーフをしながらここに暮らしてみて、島のことを知り、様子を見てから決めることにしました。
ウーフ先であるカフェでは、島に暮らすいろいろな人達と出会い、接することが出来たことが幸いでした。海外から来た他のウーファー達と、一緒に過ごせたことも、かなり面白い経験でした。その時一緒になったのは、30代のいたずら好きなイタリア人と、20代の、小柄でおしゃれな台湾人の女の子でした。
毎日つくる料理も、その日によって、それぞれの国の得意とする料理を作ったり、言葉を教えたり、教えてもらったり、陽気なイタリア人のおかげもあって、たくさん笑って過ごしていた気がします。

台湾人の女の子特性本格中華ディナー。

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休日には、ヨッコさんが、島外へドライブに連れてってくださり、たくさんのご友人を紹介して下さいました。実際広島に来るまでは、知り合いなんてただの一人もいなかったけれど、気が付くと、自分の周りには、いつの間にか沢山の繋がりが出来上がっていって、当初感じていた不安や、心細さも、その広がりに伴って、どんどん小さくなっていったようでした。「ここに住んでみようかな。」ようやく、そう思えるようになってきたのは、島に来て10日以上過ぎてからのことでした。

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心のなかに何がしかの「欲」「夢」があると、目の前に進むべき道が開けていても、それに気がつけないことがあります。その頃の私は、頭のなかで夢や理想(あるいは不安と心配)を思い描いていて、この大きな流れや、自分自身の直感や、微細な感覚に、素直に従うということが、簡単ではありませんでした。最近では、随分いろいろな(自分自身の内的な)問題を見つめて、そぎ落として、身軽に生きられるようになってきたけれど、この時はまだまだ、頭でっかちで自分の潜在的な答えを自覚することは、とても時間のかかる作業でした。

竹下氏が講演の中で「夢を追うな」と、繰り返しおっしゃっていましたが、その話を聞いた当初、自分にとって、それは、とても怖くて、難しいことのように感じていました。

「夢を追わなかったら、いったい何のために生きていけばいいのか?」
「夢を追わなかったら、自分がダメになっていってしまうんじゃないか?」

そもそも、学校や社会からは、大きな夢を追いかけて、叶えることが、人生の偉大な目標であるというように、幼い頃からずっと刷り込まれ、信じて疑うことのなかった私には、竹下先生がおっしゃる「夢を捨てる」「夢を追うな」という考え方は、かなり斬新で、実践するには、だいぶ勇気のいることでした。それでも、繰り返し、繰り返し、自分の中に沸き起こる夢(欲)に気づいて、その時できること、するべきことに優先的に向き合うことを心がけるようにしました。

人は、ついつい、何事も「自分で」切り開いて「自分で」考えて「自分で」決める、というように、あらゆることを「自分」の技量や努力だけで、まかなおうとする傾向が強いように感じます。けれど、「自分」だけでは、到底まかないきれないこと、考え及ばない事のほうが、この世界では、返って多い…というよりも、ほとんどであると言ったほうが良いかもしれません。それよりも、そういった「我欲」を落として、ほっと、肩の力を抜いて全体を眺めてみれば、自ずから道が浮かび上がってくる。迷うこと、考えることに費やされる労力、心労も、最小限に抑えられるのではないかと感じています。

私自身、不安や、心配事が全くなかったわけではないけれど、島に移住することを決断できたのは、それまでの一連の様々な出会い、流れからすれば、それが、一番「自然なこと」であると感じられたからでした。

移住をするというのは、大変です。まずは知らない土地に行って、知らない人と知り合って、住む場所を見つけたり、仕事を見つけたり、新しいことを覚えたり。
フクシマから、移住の選択を迫られたとき、たった一人で(あるいは家族だけで)そういったことに向き合うことは、大変な労力と経済的負担、大きな心理的なプレッシャー、ストレスが、かかるものかもしれません。それらを全て「自分」でやりとげ、「自分」だけで耐え、頑張らなければならないことを想像すれば、きっと、行動を起こすことは、ただただ、恐ろしいことかもしれません。しかし、実際にそれらをやってのけ、行動に移して、移住した先で新しい人生を歩み出すことができた人々は、きっと、どこかでこんな風に思っているのではないかと思います。

「なんとかなる。」

確かなことは何もなくても、「自分」とその他の大きな後押しのちから、目に見えるものと、見えないもの、いくつもの「援助の手」の存在を、本能的に知っている人は、きっと、「自分」が一人でできる範囲のことよりも、ずっと広くて、確かなものを、手に入れている。そんな気がしています。
この世界で生きることは、思うようにならないことが多いけれど、なんとかなるし、なるようになる。というより、なるべくしてそうなるもの。様々なことを考え、不安や心配を膨らませることをやめて、ほっと、深く息を吸い、空を見上げれば、今その瞬間からできそうなこと、やるべきことが、ふっと閃くかもしれません。

そうしたら、後必要なのは、実際にそれを行動に移す少しの勇気。そして、祈り。

私が今回、移住先探しの旅に出て感じたのは、まるで、魔法の精の見えない手が、私の行く先々に先回りして、ものすごい勢いでいろいろなものを取り揃えて、いろいろな人を引き合わせてくれたような、そんな印象でした。
今にして思えば、それは本当に「魔法」のような出来事でした。(その魔法は、今も、ずっと続いています。)
けれども、これは決して特別なことではなく、誰の身にも起こりうることだし、もう既に、誰の身にも起きていること。起こるべくして起こることだと感じています。

Writer

hiropan

佐々木ひろこ(hiropan)

1988年、埼玉県川口市生まれ。福島県会津地方北部の自然豊かな裏磐梯(北塩原村)に育つ。2010年、東北芸術工科大学デザイン工学部プロダクトデザイン学科卒。

2011年、東日本大震災、原発事故を機に、社会の在り方と自分の生き方の方向性を見つめ直し、転換する。2012年、福島から一人旅で たまたまふらりと訪れた広島県の離島、大崎上島へ移住を決断。
現在、小さな畑で野菜や柑橘を育て、ニホンミツバチを飼いつつ、絵や文章を書きながらスロウに暮らす。

http://utsukushimaai.blog.fc2.com/ 「しましま」

2件のコメント

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  1. ふくしまに住んでいます。ただただ共感します。いま、自分には愛すべき妻と子がいてやっと自分らしく生きてると感じています。あとは勇気、そろそろ動きだしそうです^_^

  2. 静けさのある美しい風景ですね~
    私もいつか島に行ってみたい♪

    私の中には、臆病な私と「なんとかなるさ」的な私が混在しており
    どうしてもその一歩が踏み出せない時もあれば、すぐに動ける時もあります。
    その時にはどっちが正解なのか?分からないのだけれど
    いろいろな想いや期待を取り除いて、心の中の声に従うと
    ストレスなくホッとしていることに気がついたりして。。。

    でも、hiropanさんの経験を記事として公開してくださることで
    私達の心を温かくしてくれ、ちょっとした勇気を与えてくれています!(^^)!
    ありがとうございます!

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