【第6回 フクシマでの日々】 hiropanのAfter 3.11 ~震災後に見えてきたこと~

フクシマに暮らすということ

震災の直後から、福島を何とかしなければという使命感のようなものが、自分の中にありました。
家の周りや店内の放射線量を測定して、結果を店内に掲示したり、ネットから放射線や、原発事故に関する情報をプリントアウトして、店に置いたり、原発・放射能関連の本や雑誌を、誰でも手にとって読んでもらえるよう、お客さん用の本棚に並べておいたり、積極的に人に話を聞いたり。心が落ち着かなくて、じっとしてることができませんでした。もっとできることがあるはずなのにと、気持ちばかりが焦っていました。とにかく一人でも多くの人に、今が危機的状況であるということを理解してほしいと思っていました。 なんとかしたいと、もがいている一方で、頭の片隅には常に不安がありました。

吹き渡っていく風に、水に、食べ物に、常に気を使いました。

家の中でもマスクをしたり、逆浸透膜式浄水器を通した水を使うようにしたり、できるだけ遠くの野菜を買うように心がけていました。福島に出回る野菜は、福島県産、そして東北、関東のものがほとんどで、次に北海道産。西日本の野菜は、近くのスーパーでは限られていて、安全な食材探しには本当に苦労しました。遠く(西日本や北海道)の食材がなくてしかたのないときは、頭にSPEEDIの放射能汚染マップを思い浮かべながら、汚染の少なかった地域のものから、そして放射能を取り込みにくい野菜から選んで買っていました。

(イラスト転載:http://nanohana.me/?page_id=129)

イラスト転載:http://nanohana.me/?page_id=129

体に取り込んだ放射性物質をなるべく溜め込まないために、西日本の玄米や味噌を食べるようにしたり、カルシウムやペクチンのサプリメントを摂ったり、米のとぎ汁乳酸菌を培養したり(家中それで拭き掃除も)、その時の自分にできることは出来る限りやったつもりです。その様子が、周囲には「気にしすぎ」だとも映ったようですが。
母にも、「そんなに気にしすぎてたらどうするの?暮らしていけないじゃない。」と、よく小言のように言われていました。実際、実態の全く見えないものを「ある」と考えながら対策を取るわけですから、それは一部(一般?)の人からみれば、ひとりで無闇矢鱈に相撲をとっているようにも見えたのかもしれません。

After311 放射能パントマイム

自分も、「こんなことをして、本当に意味があるのか?」と時々自信がなくなる時もありました。
私自身は真剣に、内部被爆さえ抑えられれば、そこで暮らしていくことは可能だと考えていたのですが、実際、四六時中緊張感を持って、そういったことに気を配り続けるのは、想像以上に疲れることでした。
それに、長くその場に暮らしていると、周りの平然とした雰囲気に、自分もいつの間にか流され危機感が薄らいだり、妥協点が徐々に下がっていってしまう傾向にありました。

しかし、一方では、私一人が意識していることで、周りにも少なからず影響を与えていることは間違いありませんでした。例え周りが煙たがっても、呆れられても、一貫して“神経質な人間”が一人いるだけで、周囲の人や、家族の放射能に対する危機感が薄らいでいってしまうのを少しでも抑えられる気がしていました。

多くの人は、放射能を気にしすぎることを恐れます。そして、気にしすぎる人間を嫌います。そしてまた、人から神経質だというレッテルを張られることを恐れます。
現在世間では、漫画「美味しんぼ」の鼻血の描写が「人々の不安を煽る」だとか「差別に繋がる」として、大きな論争となっていますが、もしもあなたが本当に福島の人のことを思うなら、どうか、適切な危機感を煽ってほしいと私は思っています。どうか今の状態のまま、福島を安心させないでください。それは偽善でしかありません。多くの人が、どんなに安心したがっても、ふるさと福島での夢を叶えることを願い続けたとしても、“そこ”は既に、本当に安心して良い場所ではないのです!“そこ”に暮らすからには、それ相応な対策と知識、覚悟が絶対的に必要です。一部の人はそれを拒絶し、「不安を煽る者」として、あるいは「風評被害」だとして、あなたを、そしてこんなことをここで書いている私を嫌うでしょう。しかし、どうかそれをやめないでください。本当に福島の人々の健康と未来を思うのであれば、放射能の危険と隣り合わせに生きる私たちのために、適切な緊張感と、危機感を抱かせ、そしてそれに対応できるだけの必要な知識を得させてください。そして多くの人が全てを知った上で選択できる可能性と、自由を拡げることができるようにしてください。どうかそれを強く願ってください。決してこの危機が忘れ去られる事のないように、声を上げ、眠ろうとする危機感を繰り返し呼び覚ましてください。

Writer

hiropan

佐々木ひろこ(hiropan)

1988年、埼玉県川口市生まれ。福島県会津地方北部の自然豊かな裏磐梯(北塩原村)に育つ。2010年、東北芸術工科大学デザイン工学部プロダクトデザイン学科卒。

2011年、東日本大震災、原発事故を機に、社会の在り方と自分の生き方の方向性を見つめ直し、転換する。2012年、福島から一人旅で たまたまふらりと訪れた広島県の離島、大崎上島へ移住を決断。
現在、小さな畑で野菜や柑橘を育て、ニホンミツバチを飼いつつ、絵や文章を書きながらスロウに暮らす。

http://utsukushimaai.blog.fc2.com/ 「しましま」

7件のコメント

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  1. 長いコメント書いたら受け付けられなかったので一言。

    hiropanさん、凄く気持ちが分かります。

  2. hiropanさんの強い気持ちがヒシヒシと伝わってきました。
    以前働いていた会社で歓迎会など食事会をした時に
    好きな食べ物や嫌いな食べ物など聞かれたのですが、
    私は一貫して“魚介類”が食べられないと伝えていました。
    でも、本当の理由が言えなくて・・・
    遂には(半分冗談だと思いますが)私はイスラム教徒かなにかで
    宗教的に食べられないのだと思われていたようでした。
    身内には本当に思っていることを言えても、周りの何も知らない人々には
    本当の事を言うことに躊躇と諦めの気持ちを抱きはじめてしまっている自分。
    反省しました。

  3. フィオレンテな女 on

    hiropanさん、いつも真摯に正直な気持ちと貴重な情報を書いて下さり、本当にありがとうございます。実は私の長男夫婦も原発から110kmに位置する栃木県の大田原市に住んでいます(結構放射線量が高いです)。そして、去年秋に長女が生まれ それは私にとっても大きな喜びでもある と同時に大きな不安になりました。長男は原発の事故直後には帰って来たい!と電話をくれたのですが、仕事仲間たちに大丈夫だよ!と云われ、こちらに帰ってくることが出来ずにいます。(彼は目に一部障害を持っているため、仕事を探せないと思い込んでいるのです。)説得しようと試みましたが、できず、彼等に任せるしか無かったですし、それ以来、祈ることしか出来ない私です。私のまわりの親戚兄姉(長崎生まれでありながら)も大丈夫の一点張りです。全てhiropanさんが指摘されているとおりだと思います。不安になりたくないのでしょうね。一度は私も諦めていましたが、hiropanさんの強い気持ちに動かされました。強い覚悟と知識を持って、また自分の気持ちを伝えていきたいと思いました。ありがとうございました!!!

  4. 先日息子と放射能のことで意見のくいちがいがありました。

    息子はこれまで大切にしてきた農地なのに手放せる?
    手放した後どこで農業するん?
    非難した後、誰が助けてくれるの?
    との質問にうまく答えることができませんでした。
    今、農場で研修生をしているので作物を作ることの大変さが分かる分、政府が大丈夫と言ってるならそう思って買ってあげたらいい!という考えです。

    政府の言葉ってそんなに信頼できるものなのか・・・。
    (普段は政治家に対しては辛口の批評をしてますが)

    hiropanさんのように可愛い女性の説明なら息子も聞いてくれるかな?

    めげないで自分の考えは伝えていきますね。

    貴重な体験記をありがとうございます。

  5. 皆様、いつも読んで下さり、また真摯で温かなコメントを頂いて、とてもありがたく思っています。
    なかなかコメントを返すことは出来ませんが、一つ一つ、大切に読ませて頂いてます。
    わたしも、これまで必死にもがいて、どうやったら伝えられるんだろう、理解し合えるんだろうと苦しんでいました。わたしは弁が立つ方ではない上、感情が先走って、普段の会話ではきちんと自分の考えを伝えることはできませんでした。そのため、ひたすら行動に移してきたといえるのですが。こうして文章として書かせていただける機会を頂けて、初めてきちんと自分の考えや想いをまとめて、まっすぐに「伝える」ということができるようになってきたと思います。

    人は誰だって共感を求めるものだと思います。共感できることに大きな喜びを感じるものだと思います。でも、いつもそうであるとは限らないし、共感できない人やことのほうが、この世界では圧倒的に多いものですね。

    対立を恐れるあまり、対話し、理解し合うということをずっと避けていたように思います。そんなことは無理だと、意識のどこかではじめから諦めていたと思います。

    ほとんどの大人が、育つ過程で、きっと、きちんと話を聞いてもらったり、理解してもらったという経験が、全くないか、あまりにも少なすぎるのかもしれません。

    どこかでずっと否定されて育つと(言葉ではなくても、社会や親から意識的に)、ますます他人と理解し合うことをあきらめている節があるような気がしています。

    反射的に自分(自己像)を守るようになり、お互いに相手の話をブロックしてしまします。(捻れの場合は特にそうなのかも・・・。。)
    理解されることは求めるのに、理解することをしてこなかった。

    理解されることばかりを求めていては、きっと話は平行線のままなのかもしれませんね。

    まずは相手の話をきちんと聞くということが、できるようになったらいいなと、思うようになりました。

  6. 牛サマディー on

    自分は「神々からの警告(2)〜 太陽フレアの危機」 を見るまでは放射能の危険性について考えたことはほとんどありませんでした。
    無関心すぎて、政府が「安全だ!」と言っていることすら知らなかったような…
    なのでその動画で「食べれる日本の魚がほとんどない」ということを聞いたときとても衝撃を受けました。
    無知・無関心って怖いです

    一人でも多くの人の心が、真実に対して開かれますように

    ひろぱんさんの記事を読んで、「適切な危機感を煽る」ことを自分もできることからやっていこうと思いました。

  7. ひろぱんさんの切実な思いが伝わってきました。今回も、大切な事を教えて頂き有り難うございます!

    先日、実家の両親から、誕生日お祝いにと手作りのおかずが届きました。それは、明らかにベクレていましたが、少量食べた後美味しかったと、メールで感謝の気持ちをを伝えました。
    その後、悩みましたが両親に伝えるべき事をメールしました。
    ベクレていたこと。娘には食べさせられないこと。
    そして、山口の秋川牧園は、いまのところまだ安心なので、お勧めだということも。

    放射能は、まず身近な家族の理解からなのですが、情や個々の考えもあり、とても難しいですね。
    でも、何が一番大切なのかをいつも考えていたいと思います。
    後悔はしたくないです。
    やはり、命に変えられるものは、ないですから。

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