シャンティ・フーラのブログ

[スタッフ日誌] 第362回 パータの庭便り100

皆様、こんにちは。
私のこのシリーズも100回目となりました。
前回の記事からの1カ月間は、色んな出来事のあった濃い時間でした。
皆様はいかがお過ごしでしょうか?

私たちは、物資が不足することを見越して、異音がするエアコンの取り換え、備蓄用の食品や物品の調達などで忙しくしておりましたが、そこにガラモンさんの入院が重なり、面会など車で出る機会が多くて、普段引きこもりの生活をしている私たちとしては、一生懸命にやっております。

ちなみに、今年に入って心機能の悪化により何かと見守り・介助が必要になったガラモンさん。食欲が半分になり体力が落ちたところでこけて足を痛め、運よく骨折ではないものの、自力で歩けなくなり、現在、ホの口病院で元気に歩けるようになるためのリハビリをしています。

さて、人様の命を預かるのは責任が重く、3種体癖なのに完璧主義、理想主義の私は、手を抜くことが出来ずに、疲れ切るというループに嵌りやすい。そのお世話が習慣となった数年分の疲れが出たのか、良く寝ている最近です。
実は薬指が長い私は、尽くすタイプらしい。この動画を観て、最近は、自分を大事にし、健康に生きようという新たな視点を持つようになりました。

世の中が荒れていても、一応1年以上死なないだけの備蓄はあるし、心平安でいたいところ。 皆様も、心平安にお過ごしいただけますように。

【タンポポ】

うちの庭にタンポポの花が咲き始めました。美しくてもったいない!と、摘んではホワイトリカーに漬けて、身の回りの方にプレゼントしたりしています。

タンポポについては、以前の記事にも書いています。

【水仙】

今年は水仙が良く咲きました。
私のいる福富町では、水仙と桜とチューリップが同時期に咲くので、3月中旬から急に春が来たと思うと、すぐに暑い日が来て、もう夏?という感じで季節が通り過ぎていきます。

霜の降らない地域だと植物の生育期間が長くて、野菜など育てやすいのだろうな、と思います。

【シュレーゲルアオガエル】

3月に入って暖かい雨が降ると、必ず、我が家のテラスにシュレーゲルアオガエルが数匹集まり、外付けトイレに行く時、うっかりと踏みそうになるのです。
人の通り道にいたシュレーゲルちゃんを移動のために手のひらに載せたところ、私の体温が気に入って、手の窪みの中で落ち着いてしまいました。
なんとつめた~い!そして、小さいのにずっしりと重い!
若いシュレーゲルアオガエルちゃんの命の重みをじっくりと感じ取ったのでした。

【パータの思うこと~物を大切にしたい】

私は、昭和37年生まれです。
家には、電気冷蔵庫も洗濯機も電話も石油ストーブも温水器、水洗トイレもステンレス製流しもない、戦後17年目の豊かでない時代に生まれました。
台所の流しは、セメント製でペンキ塗装されたもので、金属製の水道パイプから時々茶色の水が出ていました。
トイレは汲み取り式で、大雨で水が入り、お尻の下30㎝に汚水があって恐ろしい思いをしたことがあります。水洗トイレになったのは、高校生の時でした。
浴槽は五右衛門風呂で、母が紙くずとオガライトをくべて沸かしていました。一回の入浴で、洗面器4~5杯で用事を済ますよう言われていたもの。入浴は2日に1回くらいでした。
火鉢だった暖房器具が石油ストーブになりましたが、灯油は、近所の人がそれぞれ使う分の金属製の缶を一か所に集め、そこにトラックがきて灯油を入れてもらっていました。
最初の洗濯機は、ハンドルを回してローラーの中に洗濯物を通して脱水するタイプのものでした。
向かいの小さな商店に黒電話があり、用事がある時は電話代3分10円を払って電話をかけ、色んな連絡は、連絡網や世話人を通して行う、全てが紙と筆記用具で事足りる、そういう時代でした。
冷蔵庫は氷を入れて冷やす氷箱タイプで、氷屋のトラックが時々きていたのを覚えています。
豆腐は缶の中に入れて売られていたのを、ボールで受け取って買っていました。
魚屋さんでは、捌いた魚を新聞紙でくるんでビニール袋に入れてもらって持ち帰っていました。

時が過ぎ、車や電車にエアコンがつき、まだ使いこなせないフロッピーを入れるパソコンがこの世に出始めた頃、私は大学病院で看護婦として勤務していました。
性病とウイルス性疾患、結核以外の患者さんに対しての医療行為は素手でした。病棟から戻ると、詰所の前に消毒液の入った洗面器があり、そこでちょこっと手を洗って、皆が共用するタオルで拭いておりまして、まあ、清潔という観念からは程遠く、医師も看護師も、なんか汚らしげな白衣を着ておりました。
病室のベッドはカーテンがあるのは重症者のみで、あとは開放空間。まるで合宿所みたいで、患者さん同士が助け合っていました。
医師と看護婦も口頭で意思疎通する機会が多く、今よりずっと濃厚に接しておりました。
手術で使う手術着やマスク、帽子、手袋などのリネン類は、オートクレーブ(121℃〜134℃の高温高圧蒸気)で滅菌処理して使いまわしていました。
注射器もガラス製で滅菌処理して再利用し、感染者のみプラスチック製注射器を使っていました。

今は、患者さん毎に手袋やマスク、医療用ガウン、医療用具を使い捨てるとのことで、プラスチック製品を大量に使ってゴミばっかり増えるだろう、なんと非効率な、と思う年配の域のパータ。
エコという言葉は何処にいったのじゃ?
今回のナフサ不足を機に、使い過ぎるプラスチック製品の使用を見直して、健康に幸せに生きるために何が一番大事なのかが尊重される、良い時代がくることを願っているのでした。

検閲マーク-小

パータ こと 泰子

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