シャンティ・フーラのブログ

2018年3月19日 の記事

【広島・上映会の開催】 3月25日(日)
宗教学講座 初級コース 第92回 大乗仏教(般若心経:気付き)
(主催:きらめきの花)

広島での上映会のご案内

広島の きらめきの花さんの上映会のお知らせです。
皆さま お誘い合わせの上、ぜひ上映会へご参加ください。

Information

日時
3月25日(日) 13:30〜16:50
会場
内容
参加費
500円小学生以下無料

[スタッフ日誌]第209回 プラズマ界の学校の授業は?「作品の波動と作者の責任」「収入と働く動機」

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第209回 プラズマ界の学校の授業は?「作品の波動と作者の責任」「収入と働く動機」

皆様、こんにちは。るぱぱです。
第205回第206回第208回 に引き続き、スタッフミーティングでの竹下氏の生講義を、皆様に共有したいと思います。

私が取り上げるテーマは2つ、「作品の波動と作者の責任」「収入と働く動機」です。

作品の波動と作者の責任

◇ 竹下氏の講義 ◇

ある人が作った、あるいは演奏した作品には、その時点での作者の波動が入っている。 しかし、その後、その作品が見聞きされる時には、人々は「今の」その人を重ね合わせることになる。

そのため、作品を作った時の波動は良くても、その後にその人が低い波動に落ち込んだり、邪気を持っていたりすれば、作品を見聞きする人はそれを受けてしまう。

Author: E.Grégoire [CC BY-SA]

例えばモーツァルトの作品は、彼の没後長きに渡って、世界中で演奏されている。それは今でも、人々が彼の音楽を聞いて心地よいと思うからである。このことは、彼が、今も高い波動を保って存在している証拠である。

こうしたエネルギー交換のもうひとつの例は、歌手のライブだ。
ライブでは、歌手は、観客のすべての邪気と平均的な波動を、引き受けることになる。 (特に出演前の、観客が歌手に対して一心に期待を寄せている瞬間に、一番大きなエネルギー交換が起こる。) これは大変過酷なことを歌手に架すものであり、歌手がライブツアーの後によく長期休暇を取る理由でもある。

芸術作品にしても、演奏にしても、あるいはWebサイトやブログの記事であったとしても、 世の中に対して何らかの表現をするということは、大きな責任を伴う。 もしも作者が闇の波動に落ちれば、その作品を通して、世界に悪い影響を与えることになる。

「Webサイト…であったとしても」の部分、サイトを管理している立場の者としては実にコワイですね、ヒィィ〜。

かつて、ホツマの神々の講義で、神々が夫婦喧嘩をするとその一帯の土地の波動が下がってしまうという話題があったと思います。波動を高く保つ責任は、神様だけの話ではないのですね。人間一人ひとりが、社会に何らかの関わりを持っている以上、自分の波動に気をつけないといけないということなのだろうと思います。

波動を落とす、あるいはネガティブな想念や物の考え方に従ってしまうことで、不幸になるのは自分だけではないのだ、と改めてこの世界に生きる人間としての責任を感じました!

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