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「イニシエート」という本の16章「フロッシー・マクドナルドの回心」の要約(後半)
これまで、ヨーガ・スートラⅠ章の内容・構成について概説した。これから3回に渡り、様々なサマーディ(三昧(サマーディ))に対し、具体例を挙げながら細かい説明を加えていく。今回は4つの有想三昧(サマーディ)を取り上げ、次回は有種子三昧(サマーディ)、最後に無想・無種子三昧(サマーディ)を扱う予定。
前々回、前回と今回の三回にわたり、野口晴哉の『背く子背かれる親』という本から例題を取り出して、全体の一生の流れを説明している。野口晴哉の時代は、子供が親に孝行するのが当たり前で、嫁姑の問題が起こると「それは嫁が悪い」になる。それは年寄りから見た視点であり、冷静に見たら本当のところはどうなのか分からない。今回は、そういう視点で見ていく。
前回に続きヨーガ・スートラⅠ章のポイントとして、今回は慈悲喜捨やオームについて説明し、さらにその構成が一見支離滅裂になっている理由を明らかにする。また、私(以下竹下氏を指す)の今回の転生、及び宗教講座の目的について、より分かり易い補足説明をする。
前回まで、ヨーガ・スートラⅠ章の全体像を説明し、各サマーディ体験を具体的に見て来た。具体的な瞑想家の瞑想体験等は、後の講義で扱う。今回は「ヴィヴェーカーナンダによる注解」を取り上げ再度Ⅰ章を見直し、ポイントとなる部分を説明する。最後に、私(以下竹下氏を指す)の今回の転生、及び本宗教講座の目的についてお話しする。
前回は、ヨーガ・スートラに述べられている2つの禅定体系のうち、無想三昧(サマーディ)(アートマン)へ至るものを説明した。今回は、もう一つの無種子三昧(サマーディ)(パラマートマン)へ至る体系を含めⅠ章の最後までを、私(以下竹下氏を指す)の体験談も交えて解説していく。
「イニシエート」という本の16章「フロッシー・マクドナルドの回心」を要約したものを今回と次回で話す。
前回から説明しているヨーガ・スートラには、2つのサマーディの体系A,Bがある。Aは無想三昧(サマーディ)(アートマン)、Bは無種子三昧(サマーディ)(パラマートマン)をそれぞれ目指すものである。今回はAについて、私(以下竹下氏を指す)の体験談も交えて説明する。
野口晴哉の『背く子背かれる親』から文章を取り出してずっと説明をしている。前回、今回、そして次回の三回にわたり、一般的な育てられ方の標準的なモデルを紹介して、そこに潜むいろいろな問題点を考えてみたい。今回は、いかに自発の行動・自由が大事であるかということで、思春期から結婚するあたりまでのことを話す。
これから4回に渡り、「インテグラル・ヨーガ」サッチダーナンダ著をテキストとしてヨーガ・スートラを解説していく。本講座では、文献を読んでも分からないエッセンスになる部分を明確に説明する。今回は、ヨーガ学派とその理論の支柱であるサーンキヤ哲学の決定的な違いを初めて示す。
シャンティ・フーラ 映像配信
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