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家族の絆 〜夫婦(72):エクソシスト(悪魔の習性)〜

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「エクソシストは語る」(ガブリエル・アモース著、エンデルレ書店)この本を紹介したいと思います。今日は「悪魔の習性」ということで、悪魔払いをどんな風にしているのか語ってくれていますので、それを見てみたいと思います。 (悪魔憑きは)憑依なので、現代の医学では手に負えないものなのです。実はものすごく悪霊達は臭いんです。ドブのような、便所のような、吐き気を催すぐらい臭いんです。それが取り付いたら耐え難い苦しみを与えるわけです。悪霊本人はといったら臭みが薄れるので楽なんです。だから取り憑く悪霊は自分が楽になるから取り憑いて、人間の体の中に入って合体するんです。一方、神とか天使が合体したらすごいことで、預言者という形になるんです。 ハリー・エドワードという本物の霊的治療家がいます。彼は悪霊を祓うこともできたと思います。彼の背後にキリスト教系の天使たちがついていますので、祓えたと思うのです。

家族の絆 〜夫婦(71):エクソシスト(黒魔術)〜

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「エクソシストは語る」(ガブリエル・アモース著、エンデルレ書店)。重要な本だろうということで買って読みました。今まで哲学系のことを話していますが、哲学者は霊とか死語の世界ということをほとんど語りません。しかしプラトンは魂とか霊魂、あるいは死語の世界、輪廻転生をちゃんと言っているわけです。ですからプラトンという人は宗教と哲学がほとんどイコールになっているような世界観です。けれどもデカルト以降近代の哲学者は霊的な世界を全く無視してしまっていて、むしろそういう部分を語らない事の方が優れているかのような錯覚をしている気がします。キルケゴールにしても、「神の前にただ一人立つ」ということを言っていますが、哲学の中には霊的なものは一つも入っていないわけです。それは老荘思想にしても儒教にしてもみんな同じで、そういう霊的な部分は一つも入っていないわけです。僕の世界観からすると偏っています。それでバランスを取る必要があるので、今まで語れなかった部分をアモース神父によって語られているので、それで紹介をしようと思いました。 『ガブリエレ・アモス神父は、26年以上にわたり、7万回もの紱魔式を行ってきた※紱魔式(祓魔式:ふつましき):悪魔払いの儀式』 『ベネディクト法皇が悪魔と戦うためのエクソシスト分隊を育成指揮』 このエクソシスト養成の先生がアモース神父です。

家族の絆 〜夫婦(70):ニーチェ(力への意志)〜

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今日はニーチェの3回目で、「ツァラトゥストラ」( ニーチェ 中公文庫)からとってこようと思います。 ニーチェの思想の中に、怨恨という考え方があります。弱い人たちが強者に対して恨みや憎しみを持っていて、キリスト教の教え、善意の背後に恨みや憎しみが隠れているということを彼が言っているのです。多分にそういうところがあると思います。 --- 彼らが救済者と呼んでいる者が、かれをくびきにつないだのだ。 にせの価値と虚妄のことばのくびきに。 --- 「救済者」は明らかにイエスのことですね。 ニーチェにとって地上の意義が非常に大切なわけですね。死後の天国の約束というのは彼にとって虚構なのです。そういう意味で言うと禅とも似ています。禅は死後の天国を望む阿弥陀経的なそれを虚構だと見なします。

家族の絆 〜夫婦(69):ニーチェ(超人)〜

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前回に引き続いてニーチェです。 「ツァラトゥストラ」 ニーチェ 中公文庫 この本の中に彼の思想はほとんど全部はいっているので、この本をテキストに使って見ていきます。 彼は文才があって、詩人としての才能も豊かで、なかなか凄い文章を書いているんです。象徴的に書かれているんですけども批判や批評が的確です。 --- 国家は善と悪についてのあらゆることばを使って嘘をつく。国家が何を語ろうと、それは嘘だ。国家が何をもっていようと、それは盗んできたものだ。善と悪についてのことばの混乱。これこそ国家の目じるしである。まことに、死への意志をこの目じるしは示している。 p75-79 --- この通りだと思います。わたしたちは、3月11日の大震災を経験するまではこの言葉が良く分からなかったかもしれません。ニーチェの国家に対するひねくれた見方だと。でも僕らは今良く分かっています。ニーチェの言っているとおりなのです。国家はあらゆる方法を使って嘘をつくんです。全部嘘で固めていると言っていい。人々を搾取するために。それが国家なんです。

家族の絆 〜夫婦(68):ニーチェ(運命愛)〜

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今回登頂に失敗した哲学者ということでニーチェを取り上げたいと思います。 彼は哲学者であると共に、かなり詩人のところがあって、ツァラトゥストラ、いわゆるゾロアスターの名前を借りて自分の思想を展開すると云うことをやっています。 ニーチェの生きた19世紀のヨーロッパでは伝統的なキリスト教に基づいた道徳観や価値観が崩壊し、ニーチェはそれを「神は死んだ」と宣言しました。ですから、ニーチェの云う神は世界を支配する道徳観、価値観であって、ヘルダーリンの神とは全く違うことを理解して下さい。ヘルダーリンの神というのは神即自然という意味の神、そして(ギリシアの)神々も含んでいるわけです。 キリスト教では神の前の平等が説かれるが、現世を支配する強者に対し精神的に復讐しようとしたというのがキリスト教、キリスト教は民衆を取り込むために虚構というのが彼の思想です。極端に見えますが、半分は当たっていると言っていいのではないでしょうか。 キリスト教の道徳は「奴隷道徳」であり真の道徳ではない、真の道徳は「超人」しか持っていないというのがニーチェの思想です。

家族の絆 〜夫婦(67):ヘルダーリン(ツィンマーに)〜

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前回、ヘルダーリンがズゼッテという女性に出会って、彼が孤高の道を歩まざるを得なかった実情をお話ししました。今回はその続きになります。その後のヘルダーリンについて説明しようと思います。 --- ソフォクレスの『オイディプス王』と『アンティゴネー』の両篇の訳にそれぞれつけられた『註解』は、ヘルダーリンのギリシア悲劇観を徹底して説いた力篇である。「神の不信実」という怖ろしい言葉が出てくる。神の不信実に向き合って英雄として滅びてゆくのが、ソフォクレスの悲劇の主人公であるという。神の不信実とは何か。簡単に言えば、高みに引き上げた上で詩人を撃ったアポロの行為がそれである。しかも英雄はそれに撃たれつつ、なお英雄であることを貫くのである。このことを力説する根柢には、人類の歴史において神的なものとの交渉は、必須必至のものであるという詩人の認識がある。それによって歴史は更新しつつ進展してゆくのである。

家族の絆 〜夫婦(66):ヘルダーリン(ディオティーマ)〜

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ヘルダーリンの詩を紹介したいと思います。ものすごい詩人で、恐らく世界最大の詩人の一人であるということは、ほとんど誰もが同意するのではないかという気がします。ゲーテより上だと思っていますが、ゲーテを超えるような詩人を捜すのは難しいです。僕が知っている範囲ではヘルダーリン以上の詩人を探すのは難しいと思います。 『シュティフト(神学部)の後期の友人として特記すべきのは、同年齢のヘーゲル、5歳下のシェリング。同室になったこともあり、共に読書し、哲学上の究極の問題について語り合った。その際詩人であるヘルダーリンは、より多く与える立場にあったと言われている。元来、世代的にこの3人がカントを頂点とするドイツ理想主義(観念論)の文化的空気の中に育ったことは、いうまでもないことである。従って教条的信仰や伝習的教会制度に盲従する気持がこの3人にないのは、自明のことである。しかし、そういう文化的恩恵を受けながら、この若い世代がひそかに目ざすのは、より本源的な世界原理である。』(「ヘルダーリン全集」河出書房新社、p357-359) より本源的な世界原理をこの3人は目指していた。他の二人は哲学者ですから、より本源的な世界原理の哲学体系を構築することであるし、ヘルダーリンはそこに至ること、それを体現すること、そしてそれを詩として歌として表現することを目指していたというのは明らかです。彼の生涯の詩作を読んでいると、痛々しいぐらいの苦闘としか言いようがない努力の跡が見えるんです。 『1795年の歳末にマイン河畔のフランクフルトに出て、同市の銀行家ゴンタルトの家の家庭教師となる。27歳のズゼッテが主婦として、9歳のヘンリーを頭に4人の子を育てていた。やさしい、美しい、おちついた心をもった女性で、文学や音楽を理解した。取引所での市況が最大の関心事である夫との仲は、魂の領域におよぶものではなかったろう。この夫人(ヘルダーリンの作におけるディオティーマ)とヘルダーリンとの心がしだいに触れあい、その愛は、ヘルダーリンの詩作のうちに不朽のものを結晶させるのである。』(p364−365)

家族の絆 〜夫婦(65):リルケ(ドゥイノの悲歌)〜

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前回の一番重要なポイントは「オルフォイスに寄せるソネット」で、彼があの詩に書かれた非常に軽やかな境地に到達することが出来たその前に大変な苦闘があるわけです。 彼の大作に「オルフォイスに寄せるソネット」と「ドゥイノの悲歌」があります。前回紹介しなかった「ドゥイノの悲歌」を今回は取り上げます。 「ドゥイノの悲歌」(手塚富雄訳、アトリエHB)。 手塚さんの訳を非常に信頼しています。手塚さんの訳でゲーテの「ファウスト」という戯曲がありますが、大変な名訳です。それでこの方の名前を覚えるようになりました。大変な名訳が多く、この方はドイツ文学の文学者ですが、この方自身が詩人のような方なので、非常に訳が上手なのです。原文のリズムをできるだけ崩さないように上手く訳してくれています。それでもやはり原文にはかないませんので、リズムが崩れてしまうのはやむを得ないと思います。 一から十の悲歌があって、全体としてある種のストーリーというか、段階を踏んでいますので、前半の第一、第二、第三の悲歌で歌われている歎き、悲しみが後ろの方でだんだん肯定されていったりとか、ある解釈ある理解に到達することによって前に否定されていたことが肯定されていく、そういう変遷をたどっていて、そういう意味で全体として一つの作品になっているわけですから、一つ一つは独立しているのですが、とても奥深い詩集です。 リルケの数々の作品の中で「ドゥイノの悲歌」が最高の作であると云うことは、だれでもそう思うと思います。この作品を読んでいなければリルケのことを知ったことにはならないというぐらい非常に大きなもので、人類が到達した最高の詩行の一つであろうと思います。

家族の絆 〜夫婦(64):リルケ(オルフォイスに寄せるソネット)〜

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岩波文庫「リルケ詩集」 リルケの詩集からいくつか取り出して皆さんに見ていただこうと思います。リルケという詩人は大詩人で、世界の最高峰の一人と思って間違いがない。この講座でもハイデッガーであるとかキルケゴールであるとか、実存主義の人たちの哲学を紹介しましたけれども、リルケ、あるいはヘルダーリンという人は、実存主義の哲学者たちが非常に注目する詩人なんです。それはヘルダーリンあるいはリルケが実存、存在というものに常に向き合って生きた人たちである、そこから生まれた詩であるということが、彼らを引きつける理由であるだろうと思います。ですからそういう部分で生きていない現代人にとって、リルケの詩は理解できない類のものの一つです。近代文明の中にいる私たちは基本的に不安の中にいるんだろうと思います。大地と一緒に生きている人たちは不安というものがありません、世界と切り離された不安というものがないのです。リルケは不安に正しく対処してくぐり抜けて最後に心の平安にたどり着いた詩人なのです。 参考サイト)ボルシチの葡萄屋さん( http://www.aizu.tv/blog/2010/06/post-17.html )

家族の絆 〜夫婦(63):ジョセフ・マーフィー(人生に対する態度)〜

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ジョセフ・マーフィー著「人生は思うように変えられる」 前回までの2回で、マーフィーの言いたいことはほとんど説明していると思います。 今回もう1回だけ、マーフィーの法則に関して付け加えておかないといけないと思うこと、注意事項があります。ほとんどは前回の復習になります。 「人は、内的な世界、外的な世界という二つの世界に住んでいます。もっとも、それらは実はひとつのものなのですけれど。」 僕と同じですね、ひとつのものなのです。絶対に分けられないのです。外の世界は心の中の世界と一つです。 大切なことは、外的な世界はどうにもならないので、心の内側の世界を改造しないといけないということになります。賢者は必ず自分の内側を変えようとします。外の世界はそのままにしておきます、それは自分の内側が変わると、自然に変わっていきます。
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