家族の絆 〜夫婦(70):ニーチェ(力への意志)〜

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概要

今回はニーチェの3回目で最終回。前回同様「ツァラトゥストラ」から文章を拾い、ニーチェのキリスト教批判や彼の思想の核心である「力への意志」などについて見ていきたい。余談として、戦争へ向かう世界の現状やマザー・テレサについて語る。

目次

1.おお、このまやかしの光よ(余談:経済崩壊・戦争の予兆) (00:00:00)

地上の意義を重視するニーチェにとって死後の天国の約束というのは虚構であり「にせの価値と虚妄のことば、それは死すべき人間たちにとって最悪の怪物である」とキリスト教を批判している。事実、聖戦での死が天国へのパスポートだと約束され、人々は戦争へ駆り出されてきた。ここで余談になるが、私(竹下氏)は十年も前から世界は戦争へ向かっており、その前に経済恐慌が起こると言っている。現在見られる、その予兆などについて語る。

2.徳の目標(信者への批判) (00:30:40)

ニーチェのキリスト教信者に対する批判、及び善良で徳の高い信仰者に対する言葉を見ていく。そこには徳に対して報いを求めることへの批判があり、ニーチェが徳というものをどう捉えていたかが語られている。

3.力への意志 (00:41:10)

「力への意志」はニーチェ思想の核心だが「・・生あるものの見出されるところに・・力への意志をも見いだした。・・主人となることの喜びだけは、生あるものであるかぎり、捨てることができないのだ。」という彼の文章を「権力欲だけは捨てられない」と誤解すると大変なことになる。ここでは「力への意志」の意味を詳細に解説していく。

4.処刑されたニーチェ(余談:エクソシスト部隊、マザー・テレサ) (01:00:10)

「ツァラトゥストラはこう語った」(原題)は、あるフリーメーソンのメンバーによる霊導・啓示の書であり、フリーメーソンの天敵キリスト教をこけ下ろす内容であるのもうなずける。そしてニーチェもヘルダーリンと同じ運命をたどり発狂してしまった。ここでは地上と霊的世界(贍部州の裏側)に実在するキリスト教のエクソシスト部隊について、そして最後にマザー・テレサについて話しておく。(エクソシストとは悪魔祓い(を行う司祭)のこと)

終わり(01:27:29)

※詳しい目次は、映像を購入してログインすると見ることができます。

参考文献

  • 「ツァラトゥストラ」ニーチェ著・手塚富雄訳、中公文庫
9.11は自作自演、アメリカの戦争、イスラム・スンニ派の律法、イスラム独自の金融システム、エーテル体意識、ガブリエル・アーモス、グローバリズム、ケネディー大統領の父親・投資の天才、シスター・アグネス(スハシニ・ダース)、ビニール、ベネズエラ・チャベス政権、マホメットは商人だった、リーマン・ブラザーズ、ローマのスカラ・サンタ寺院の階段、中国共産党、取引、微笑みは仮面、悟り、救済者、文明の衝突、最後の審判、権力の階段を登ろうとする猿、真我の実現、神との商い(コーラン)、聖フランシス、肉体意識、顕在意識
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12件のコメント

  1. 参考になった(2)
    わらうりうまうみ on

    裁いているのも、試しているのも、ご褒美も自分がやっている事でしょうか。
    外にみると欲が働いてしまうような気がします。

    みんな完璧で命よりも大切なものに気づいていくプロセス。
    すべて自分がつくっていて…外の世界に心を乱すものはなにもないのかな。

    心の平安が一番ですね。
    ありがとうございます。

  2. 参考になった(1)
    匿名の匿くん on

    前半のこの世の闇についてと、後半の宗教についての話が面白かったです。
    私は、とある事情で教会に行っているのですが、教会でキリスト教と相容れない思想を持つことは霊的に危険なことなのでしょうか?竹下さんの講義を聞いているのでどうしてもキリスト教の概念を受け入れられないのです。クリスチャンは心が綺麗で善良な方が多いと感じているのですが、霊的世界からみたらアンチな思考をするのは危ういのでしょうか?

    Re:ユニティ・デザイン(村岡)より
    ご自身の信仰と一致しない信仰の場に居ることが、徳目としてどうかということ。また、そこまで考える必要のない近所づきあいもしくはビジネスと考えるかどうかだと私は思います。

  3. 参考になった(4)

    世界情勢の話ですが、以前はどっか半信半疑だったところがあったかもしれませんが、今は身に迫る危機をひしひしと感じております。しっかり準備をして、何が起こっても心の平安をたもち、正しく生きていきたいです。

    マザーテレサのお話はショッキングでしたが、最終的には救われたときいて、本当によかったなぁと思いました。

  4. 参考になった(2)
    匿名の匿くん on

    村岡様
    コメントありがとうございました。教会に行っているのは彼女の意向なので非常に難しい問題なのですが(かれこれ一年以上悩んでいます)、「それはちょっと違うのでは?」と思うこともあり(信仰は尊重しているのでクリスチャンに対してどうこういうつもりはないのですが)、そういう思考をするだけで危ういことなのかなと思い質問させていただきました。
    このコメント欄は相談する場所ではないことも分かっておりますので、引き続き祈りながら答えを出していこうと思います。どうもありがとうございました。

  5. 参考になった(3)

    今回も大切なことを教えていただきました。
    本能的にわかっていることを、きちんと理解せずまちがいをおかしていること。
    本当に賢明なら、どう行動するか。
    真実を知っていることよりも、もっと大切なことがあるということ。
    そして、善良の代表みたいに思っていたマザー・テレサさんが、キリスト教というだけで裁かれていたと勘違いし、割り切れなさを感じていましたが、ほんとうにほっとしました。。

    あと、
    世界情勢のお話にはほんとうに感謝しています。
    自分で調べても、ここまでの真実には辿り着けないだろうと思います。
    わたしたちに、きちんと伝えて下さるための作業の大変さはいかばかりかと思います。
    ありがとうございます。

  6. 参考になった(1)

    何が正しいか、真実を知る事がとても重要だと感じています。真実を知る事が正しく生きて行くためのスタートなのだと思います。
    真実を教えて頂き、ありがとうございます。

    こころが清らかである事。やっぱりこれが一番。そのための努力を怠らない事が、ちっぽけな今の私にできることなのだと感じています。

  7. 参考になった(2)

    竹下先生の教えを知らなければ、他の人たち同様、危機感をあまり感じることなく、食料の備蓄など想像もつかないような生活をしていたと思います。
    世界情勢の話は、以前は大げさな、と思っていましたが
    今は、だんだんそうなりつつあるなというのを実感しています。
    マザーテレサの手紙の話はショッキングではありましたが
    最後には救済されて良かったなと思いました。

  8. 参考になった(1)

    当たり前のように話している竹下先生の講義内容でしたが、スゴイ話が何箇所もありました。ノートを見てよく復習し整理しようと思います。自分も裏の世界で何しているのかな〜。自信無いな〜。「力への意志」よく分からないけど、いい言葉に思えます。

  9. 参考になった(3)

    昔も今も、勇気を出して真実を訴える人が、権力によってねじ伏せられてしまうことが残念でなりません。

    ニーチェが、何故気が狂ってしまったのか背後にある組織が本当に実在していたなら?・・・と思うと、引き込まれてしまい、次の映像配信も見たいと思いました。

    ニーチェは、キリスト教に対して一般的に批判をしているのであって、竹下先生がニーチェよりもスピノザやキルケコールを読んでみるといいと言っていたので、そちらの映像配信にも興味がわきました。

  10. 参考になった(0)

    ニーチェシリーズ、連続で視聴しましたが、今知っておくべき内容がちりばめられていて
    いろんなことが再確認できました。
    世界情勢のお話、この映像が配信された頃には半信半疑だったと思いますが
    今は本当にその通りになってきてるなあと感じています。
    政府を批判したら処罰される国として、中国や北朝鮮を挙げられてますが、まさか、この日本も
    そういう方向へ向かってるなんて!
    そして、中村哲さんを霊導してるのが、あの聖○○○○○だったなんて!←以前も聴いたはずなのに、すっかり忘れてました。

  11. 参考になった(0)

    神はこの世界のものを創造し、意のままに壊すが、人間は創造したら壊せないとのこと。人間はタマスが優位だからですね。

  12. 参考になった(0)
    めいこちゃん on

    ニーチェはベンジャミンフランクリンに霊導されていたのですね。
    スピノザは幾何学的で器が美しいというのはわかるように思います。ニーチェって情念感じてしまいますのもの、マザーテレサはやはりそうだったのですね。彼女の写真や映像を見るたびに真の信仰の迷いのような表情が顕れていたよに思います。それは彼女にとっては幸いだったと思いました。

    やはり宗教というのは、どこかで神を畏れているような心情があるのでしょうか。裁きを行う神、ゆえにただ一人、神のまえに立ち膝まづき、赦しを請う(告解)、ゆえに救世主なども現れざる得ないような気もします。