日本史講座 第3回(後半)大化の改新と壬申の乱、法隆寺の謎

【映像時間】

64分[500円+税]

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【概要&目次】
壬申の乱の謎を解き明かしながら、天智と天武の攻防に絡む様々な人間模様を読み解き、歴史の裏に隠された真実を明らかにしていく。日本書紀や天智天皇悲願の律令制が、結局は何に利用されたのか。背後の神々の霊導の様子も交え解説する。そうすると法隆寺の真相に辿り着き、東方キリスト教を伝えた李蜜医の存在も浮かび上がってくる。
1.壬申の乱の謎 その1.争乱前の謎 (00:00:00)
  • 壬申の乱が起こる前の謎を解明していく。天智天皇が大海人皇子に仕掛けた罠、その後の天智天皇の不可解な死。その死から壬申の乱が起こるまでの当事者たちの思惑を読み解くと、大海人皇子と蘇我との強い結びつきが浮かび上がってくる。
2.日本書紀は誰が何の目的で書いたものか (00:11:18)
  • 通説では、日本書紀は天武天皇の発案で、天武天皇の正統性を主張するために書かれたことになっている。しかし、これを常識とすればどうしても理解できない矛盾が出て来る。編纂当時の権力者に焦点を当て、その矛盾を解明する。
3.壬申の乱の謎 その2.蘇我はなぜ大海人皇子に荷担したのか (00:16:15)
  • 天武天皇は天智天皇の弟だとされているが、中世文書では天武が天智より年上だという。大和岩雄氏の「天武=漢皇子説」を検証すると、日本書紀が天武天皇の生年を書けなかった謎や、蘇我と大海人皇子の密接な関係、そこから皇親政治という極端な独裁政治が出来た理由が読み取れる。
4.天武天皇の死と持統天皇の正体 (00:23:44)
  • 天武天皇の死から天智天皇暗殺説は確実なものとわかる。そしてその死後に次々と起こる不穏な情勢の原因が全て持統天皇にあり、藤原不比等との繋がりを紐解くと、誰にもわからなかった壮大なクーデターの全貌がその後の歴史で証明される。
5.藤原氏の繁栄の基礎を作った藤原不比等と法隆寺の謎 (00:43:52)
  • 藤原の繁栄は、蘇我から盗んで全く別物に変えてしまった律令制にある。律令と律令に縛られない天皇制の2つを立てて支配を完成させた。そして遂に聖武天皇によって藤原の天皇が完成するが、ある時に聖武天皇は反藤原に豹変する。その豹変の理由と神々の霊導について解説する。
6.なぜ聖武天皇は東大寺を建立したのか (00:58:09)
  • 当時、李蜜医と交流があった聖武天皇、宮子、光明子は、藤原一族の悪行に対する罪の赦しをキリスト教に見出したのではないか。そう考えると、智識寺を参拝しての感動、東大寺の盧遮那仏の意図にも合点がいく。これを神々のレベルで見たらどうなるのか。
終わり(01:04:38)

【参考文献】
  • 「古代史 封印された謎を解く」関裕二著、PHP研究所
【キーワード】
3年の空位、「一伝」、「扶桑略記」、「春過ぎて 夏来るらし 白栲の 衣乾したり 天の香具山」、カリスマ、ヒスイ、ボランティア、中大兄皇子、中央集権国家、中臣鎌足、丹波の比治の里、乙巳の変、乞食坊主、仁徳天皇陵、仲哀天皇、優婆塞、八幡の神、八幡神社、出家、初代の女帝、十市皇女、卑母の出、反藤原の寺、吉野、大伴御行、大友皇子、大和三山、大国主命、大夫人、大津皇子、天児屋根命、天渟中原瀛真人天皇、奈具の社、宗像氏、尼子娘、山科陵、布施屋、律令に縛られない天皇、御製歌、応神天皇陵、悪女、推古天皇、政治的天才、文武天皇、斉明天皇、春日大社、春日系の神、桓武天皇、梅澤恵美子、正義漢・長屋王、武内宿禰、武甕槌、歩く法律、殯、沼河比売、法華滅罪之寺、百人一首、皇極天皇、県犬養三千代、真名井、神功皇后、称徳天皇、舒明天皇、草壁皇子、草薙剣の祟り、藤原の興福寺、藤原の4兄弟、藤原腹の帝、行基、豊宇賀能売命、豊御食炊屋姫、豊浦宮、豊耳、賀茂比売、軽皇子、近江朝、雄略天皇、霊山、飛鳥浄御原令、飯豊皇女、首皇子、高向王、高市皇女、鸕野皇女

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5件のコメント

  1. 参考になった(2)

    中2の息子の教科書で復習しながら見ました。小5の娘が読みの練習をしていた「小倉百人一首」をたまたま見て、さらにびっくり!です。百人一首の目的も分かった気がします。

  2. 参考になった(1)

    持統天皇の有名な和歌の真意がわかりました。普通に読んでいたら、「白栲の衣」が蘇我氏の律令制を意味するとは思いもよりませんね。

  3. 参考になった(1)

    子供のころ父の転勤により奈良に住んでいましたので
    今も平城京、春日大社、興福寺、東大寺、天の香久山etcなどには身近に感じて
    いるのですが、これらの建物の背後に春日系と八幡系の神々の闘いが
    潜んでいたというのは初耳で日本史の闇を感じました。

  4. 参考になった(2)
    めいこちゃん on

    大化の改新、前半と後半、再度、確認で見ました。
    蘇我氏は革新的な一族で東南アジアの情報にも長けていて尼樫丘から天皇家を守っていたのでは、、、という説があります。

    蘇我氏が律令制度を進めていて、それを悪用したのが藤原氏。
    蘇我氏と藤原氏の律令制度が 似て非なるもの だというのがよく解りました。

    ボランティアで建てたという東大寺、
    聖武天皇のハートは原始キリストの影響を受けていたというお話には謎が明快に開けたような感じで、すごいなあーーと思います。

    東大寺のすぐ近くにある興福寺は藤原寺だったのですね。
    謎が、だんだんと解けて行くのは面白いです。

  5. 参考になった(1)

    皇后位になって、果たして光明子が喜ぶか?阻止されて、かえって胸を撫で下ろしたのかも?と感じました。数年前春日神社を参拝後、東大寺方面へと、奈良公園近くを通過中に、全身にゾクッとして姿勢を正さずにはおれない瞬間があったのです。不思議な思い出でしたが、「霊的な戦いがあったの!それだったの!」なんてことないと思いますが、律令制にしても、今まで続いてきたのを見ると、かえってよかったのかも、と、イロイロ考えさせられました。
    ヒスイは、ある番組で(忘れました。)知ったのですが、金と同様に、中国の方で大変高騰しているとか。蘇我氏のお話で、思い出し、空想が膨らみました。