宗教学講座 初級コース 第27回 ヨーガ・スートラ(I1〜16)

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【映像時間】

49分[500円+税]

【内容の一部紹介】

 ヨーガ・スートラ(ヨーガ根本教典)はサーンキヤ哲学を理論の支柱としています。
 スートラは全部で4章あり、1. 三昧章、2. 禅那章、3. 自在力章、4. 独存位章のうち、1章が一番大事な部分で全体のエッセンスが凝縮されています。しかしあまりにも簡潔に書かれているため、残りの3章で補足をしているという感じです。
 ヴィヴェーカーナンダの注解※は、この1章を丁寧に説明していて良い講義だと思います。私の宗教学講座では、ヨーガ・スートラ関連のどの本を読んでもかゆいところに手が届いていない、本当に微妙な言われていないところを、明確に分かりやすく説明します。ですが本を読めば分かるところは省いて、それぞれのスートラについては説明はしません。エッセンスの部分を押さえていきます。
 ヨーガ・スートラは宗教史上最も優れたものだと思います。簡潔に明解に書かれていてミスがない。解脱を目指す上でものすごく見事なガイドだと思います。1章の三昧章の中に、解脱に導くだけの内容が入っています。その解脱には2種類あって、無想三昧(アートマンの悟り)と無種子三昧(ブラフマンの悟り/パラマートマンの悟り)です。
(講演内容を元に編集:文責シャンティ・フーラ)

参考文献)「スワミ・ヴィヴェーカーナンダによる
パタンジャリのヨーガ格言集注解」日本ヴェーダーンタ協会のHP
http://www.vedanta.jp/jp/contents/publishing/jbook-ichibu/ry-ichibu/ry2-00.html

【概要&目次】
これから4回に渡り、「インテグラル・ヨーガ」サッチダーナンダ著をテキストとしてヨーガ・スートラを解説していく。本講座では、文献を読んでも分からないエッセンスになる部分を明確に説明する。今回は、ヨーガ学派とその理論の支柱であるサーンキヤ哲学の決定的な違いを初めて示す。
1.ヨーガ・スートラの特徴 (00:00:00)
  • ヨーガ・スートラは4章より成るが、Ⅰ章:三昧(サマーディ)章に全体のエッセンスが簡潔に語られている。これは宗教史上最も優れたものであり、解脱への見事なガイドになっている。
2.パタンジャリ (00:12:45)
  • ヨーガ・スートラの作者であるパタンジャリは解脱者ではなかった。彼が経験していなかった無想サマーディ、無種子サマーディについて、ヨーガ・スートラに書かれているのはなぜか?
3.5つの心の作用 [テキストⅠ1〜11] (00:21:52)
  • 心の作用には正知・誤解・錯覚・睡眠・記憶の5種類がある。これらを一時的に止滅(心を完全に静止させ)して、サマーディに入ることがヨーガの目的である。
4.至上の離欲 [テキストⅠ12~16] (00:41:11)
  • 心の作用を止滅する方法として、修習と離欲がある。プルシャ(自己)を悟ることで、解脱に必要な至上の離欲が得られる。
終わり(00:48:51)

【参考文献】
  • 「インテグラル・ヨーガ」スワミ・サッチダーナンダ著、めるくまーる社
  • 「解説ヨーガ・スートラ」佐保田鶴治著、平河出版社
【キーワード】
アハンカーラ、アビィアーサ、アートマン、ウパニシャッド、スワミ・シヴァナンダ、ブッディ、プラクリティ、マナス、マハット、ヨーガ根本教典、ヴァイラーギャ、最高神、滅尽定、熟睡状態、至高神

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5件のコメント

  1. 参考になった(2)

    宗教が、ことごとく求める境地に連れて行ってはくれないことを知りましたが、正しい教えがここにあったのかと思いました。
    しかしながら、ようやくたどり着いても、よいところに生まれ変わりたいという欲から離れなければならないとの教えです。
    この講座を学んでいるのは、まさにこの欲によるところが大きいと自覚せざるを得ません。救いがたい自分ですから、祈りながら歩いていきたく思います。

  2. 参考になった(0)

    最初にみたときはわかりませんでした。一年後くらいの二度目で理解することができました。

  3. 参考になった(1)

    『ヨーガ・スートラ』によると、離欲とは天界に生まれ変わりたいという欲望からも自由なことだが、この離欲ですら至上の離欲と比べると低次のものとのこと。欲望を捨てて、ただ目の前のことに誠実に対応することが大切だと思いました。

  4. 参考になった(0)

    講義を聞くうち、
    「開き直り」
    という言葉を思い出しました。表現すると誤解を生むのですが、続けて聞いていると、やはり、
    「私、開き直ってた。」
    と、捉えてた過去がありまして。見栄も体裁もかなぐり捨て、終わった後は、期待も達成感もなし、ましてやよろこびなんて、全くなかった事があったんです。後はサバサバして
    「もうどうにでもな~れ、あかんわ、なるがままや、あ~あ!」
    あれって、私なりの悟りだったのかしら?と、訂正したくなりました。少しは、自分を肯定してあげなきゃ、と、思いました。

  5. 参考になった(1)

    解脱したいと思っている段階ですでに解脱から遠くなるのですね。
    至上の離欲・・・人間よりはるかに動物・植物などのほうが欲がなくて神に近い存在なのでしょう。
    見習わなければ~