日本史講座 第1回(後半)古代日本への原始キリスト教の伝来

【映像時間】

57分[500円+税]

【内容の一部紹介】
ぜひ興味のある方は「【隠された】十字架の国・日本」(ケン・ジョセフ著、徳間書店)を読んでください。例えば桂離宮とか、完全に日本のものと思っているものでも、庭園に祠があって、下の方を見ると十字架が書いてあったりとか、皇族の中に隠れキリシタンが!とか、凄まじいことがあるわけです。この時代(8世紀ごろ)にキリスト教の宣教師が来ていて皇族に宣教していたのなら、私的にキリスト教を信じていて個人の邸宅にそういうものを作って拝んでいた人がいてもおかしくないわけです。この本の中にたくさんそういうことが書いてあります。
秦氏が土木建築に力を持っていて、平安京を造ったのは秦氏であるということが書いてあります。
「平安京」という名前は、「エルサレム(平安の町)」と同じ意味です。しかも平安京のすぐ近くに琵琶湖がありますが、イスラエルには琵琶湖とよく似た「ガリラヤ湖」があって、これの本来の意味は「琵琶」というのです。
これは偶然ではなくて、秦氏は意識して平安京をこの位置に造ったということになってきます。もしこれを全部偶然として全部無視するなら古代史は意味を持たないと思うのです。

(講演内容を元に編集:文責シャンティ・フーラ)

【概要&目次】
今回は景教が伝来して、聖武天皇、東大寺の大仏建立、光明皇后、空海にまで非常に大きな影響を与えた痕跡を詳しく見ていく。そして秦氏が平安京を作ったとされる説を検証していき、そこで背後で働いた神々の存在を明らかにする。さらに仏教立国を理想としていたとされる聖徳太子の本当の姿を見ていくと、キリスト教は紀元1、2世紀位にはもう日本に入っていて民間レベルでも浸透していたことがわかる。この部分を押え、後の歴史の流れの解釈へと繋げていく。
1.日本への景教伝来 (00:00:00)
  • 広く一般化しているザビエル以降がキリスト教だとする論理を覆す情報やキリスト教の痕跡となるものは、今でも随所に残っていて確認することが出来る。ペルシャ人の外科医で景教の宣教師である李蜜医らの来日や、彼らが聖武天皇から位を授けられたこと、国分寺建立の詔の中で国分尼寺を「法華滅罪」の寺と呼んだことなどからも、皇族に景教が広まっていったことが推測される。また、聖武天皇の妻、光明皇后の慈善の考え方や実践は仏教の教えではあり得ないこと、さらに稲荷神社と関係のある密教と景教の意外な関係性から日本が仏教国だとすることの矛盾を突く。
2.平安京を作ったのは秦氏? (00:14:39)
  • 秦氏の土木技術、土地、遷都のための巨額の資金提供により平安京が作られたとする根拠を詳しく読み解いていく。また、秦氏が創建した松尾大社、下鴨神社、上賀茂神社、延暦寺の関係性を地図上で読み解き、加えて稲荷神社の系図からも秦氏が平安京を作ったとしか思えない事実が明白になる。そしてその系図と神社の祭神を精査していくと、平安京を作るに当たって背後で働いていた神々の存在が明らかになる。
3.聖徳太子は仏教徒だったのか? (00:33:22)
  • 聖徳太子が仏教徒ではなくキリスト教徒であったことは、伝説の中にキリスト教が色濃く反映していることや、側近や家庭教師がペルシャ人でキリスト教だったことからも明らかである。ただし、時代的に景教ではなく原始キリスト教だと考えられる。その根拠を丁寧に見ていくと、聖徳太子が理想としたのが仏教立国ではなく、天皇を祭祀王とする神道国家を目指していた事実に辿り着く。そして、なぜ聖徳太子を暗殺してまでキリスト教を封印してきたかという日本史最大の謎が炙り出されてくる。
終わり(00:54:04)

【参考文献】
  • 「隠された十字架の国・日本(逆説の古代史)」 ケン・ジョセフ:シニア&ジュニア著 徳間書店
【キーワード】
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3件のコメント

  1. 参考になった(3)

    聖徳太子は仏教徒だったというのは後世の捏造で、実際は原始キリスト教徒だったことがわかりました。

  2. 参考になった(3)

    「ホツマツタエ」
    読んでみたくなりました。、昔の日本を知ることができるんですね。「五七五」なんて、私にも、理解できます様にと、お願いにいきます、隣の神社に。そういえば、神様のお墓もあるのです。聞いたときは、ビックリしました。
     天皇陛下は、北斗七星の星を十二支の順に、元旦に御挨拶なさっているそうです、まだ、暗いうちから。なぜ、北斗七星なのかも知りたいので、イロイロ調べてみる楽しみがふえました。
    景教とか、仏教とか、密教とか、チャンポンみたいな国だと思いました。

  3. 参考になった(3)
    牛サマディー on

    大学の授業では、聖徳太子は仏教の慈悲の思想に基づいて悲田院を設立したと習いましたがウソだったんですね(笑)
    聖徳太子は仏教徒などではなく、景教徒(キリスト教徒)だったというのは驚きです。
    そして日本には、ものすごく古くからキリスト教が入ってきていた、と。
    今まで習ってきた歴史は何だったんだという感じです( ゚Д゚)