宗教学講座 初級コース 第127回 ギャーナ・ヨーガ(絶対者と現象)

【映像時間】

74分[500円+税]

【内容の一部紹介】

「ギャーナ・ヨーガ」(スワミ・ヴィヴェーカーナンダ著、日本ヴェーダーンタ協会)。ギャーナ・ヨーガとはジュナーナ・ヨーガ、智慧のヨーガのことです。講話としては相当レベルの高い内容です。いくつかあるのですが、その中で「絶対者と現象」という講話をとってこようと思います。不二一元論の観点から説かれているもので、検証をしてみたいと思います。インドの精神世界、宗教の中で、かなり難しい方に入るだろうと思います。ちゃんと分かっている人は少ないと思います。
今日、講義を聴いていただくと、実は非常に簡単なことが書いてあって、今までの知識をちゃんと理解していると、もっともなことが書いてあるというのが分かると思います。
これまでお話ししているように、シャンカラの一元論はものすごく単純で分かりやすいものなのです。「私」を「自己」という意味でとらえていて、それ以外には使っていないと理解していると、非常に簡単に分かるものなのです。ただ、多くの方は「私」と言ったときに「身体」とか「心」のこととしますので、そいういう理解をしているうちは、シャンカラの理論はひとつも分からない。だからヴィヴェーカーナンダも分からない。簡単に言うとそれだけのことなのです。
シャンカラの一元論では、宇宙と自己(絶対者)は無関係なのです。自己が自性(プラクリティ)を経由して宇宙になるとは、一元論では考えないのです。前回、宮元啓一さんが言っているように、昔のヴェーダは流出論で、ブラフマンから宇宙が流出したと考えていたのです。それを否定しているのが一元論なのです。

(講演内容を元に編集:文責シャンティ・フーラ)

【概要&目次】
今回は、スワミ・ヴィヴェーカーナンダが不二一元論を説いた講話録「ギャーナ・ヨーガ」より「絶対者と現象」を取り上げて、シャンカラの一元論の立場から中身を検証していく。この講話録はかなり難解な部類に入るのだが、これまで学んだ基本的な事柄を踏まえれば容易に理解できると思う。(ギャーナ・ヨーガとはジュナーナ・ヨーガ、知恵のヨーガのこと)
1.ラーマクリシュナ (00:00:00)
  • ヴィヴェーカーナンダの師シュリ・ラーマクリシュナ(1836~1886)は、どんな宗教でも悟りが得られることを体現した。そして、あらゆる宗教は各民族に合わせて神様が作ったものであり、真理を伝えるものという宗教的多元論を説いた。ヴィヴェーカーナンダは師の思想を引き継ぎ、体系化・序列化した。ここではラーマクリシュナが母として慕ったカーリー女神の正体についても触れる。
2.どのようにして絶対者は宇宙になったのか? (00:31:17)
  • 「どのようにして無限なるもの、絶対者が有限なるものになったのか」というアドヴァイタ(非二元)哲学における難問についてのヴィヴェーカーナンダの講義を解説していき、ヴィヴェーカーナンダの誤解(詳細は次回)を指摘する。
3.絶対者は不可知の一者 (00:47:57)
  • ヴィヴェーカーナンダは無限・有限の観点から、「絶対者を知る」というのは言葉の上で矛盾であり、従って「神・絶対者を知ることはできない」と説明している。これに、主体・客体の観点からより簡単な解説を加える。また「言葉の上で矛盾」の他の例を紹介する。
4.神は知られる以上のもの (01:00:40)
  • 「神は・・知られているのでもなく、知られていないのでもなく・・無限に高いあるものです。「彼」は皆さんの自己です。」などヴィヴェーカーナンダは同じことを繰り返し述べ、かえって分かり難くしている。本当は非常に単純明快なことなのだが・・・。
終わり(01:14:03)

【参考文献】
  • 「ギャーナ・ヨーガ」スワミ・ヴィヴェーカーナンダ、日本ヴェーダーンタ協会
【キーワード】
アッラーを実現、アートマン、イエスと対面、イエス様も罪を犯していたってこと?、イギリスの植民地支配、イスラム教に改宗、インド独立、ガンジー、キリスト教に改宗、チャネリング、パリサイ人は正直者、マイスター・エックハルト、ユング、免許証、変性意識状態、彼の中で彼によって我々は知る、流出、照覧者、神様は自分が持ち上げることができない石をおつくりになれるんだね、私たちは数少ない人達だというエゴ、絶対者=アートマン=自己=観照者、罪を犯していない者だけが石を打て、論理の限界、闇の結社の神、高次・低次のブラフマン

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2件のコメント

  1. 参考になった(0)

    全知は全能の一要素と考えられます。全能であるものは、どう考えても存在し得ないと思います。全知であるものは、少なくとも論理の世界の内側には存在し得ません。もし存在するなら、論理の世界の外側に存在することになると思います。

  2. 参考になった(2)
    めいこちゃん on

    竹下先生の講義は具体的で理解しやすく頭がクリアーになります。ありがとうございます。(正座)
    言葉のちゃんとした明確な理解は本当に大切なのだと思い知らされました。

    わたしは神である。
    高位の神々に祈る。などなど、、、

    という関係性がよくわからなかったのですが、それは、ジュナーナとバクティの神に対する意味の違いだったのですね。
    自己、観照者、真の自己、、、在るとしての三位一体の表現に感動してしまいました。