宗教学講座 初級コース 第101回 大乗仏教(唯識説:識の変化)

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概要

今回から、仏教における最高峰の理論とされる唯識説を説明していく。使用テキストは「認識と超越〈唯識〉」、「唯識思想入門」の二冊(今回は前者のみ)である。唯識の要点はコンパクトだが大量の間違えが含まれ、講義をするのが難しい。しかし、これまでに大乗の全体像を紹介したので、かなり分かり易くなっているはずである。また今回は、以前大雑把な説明に止めた「仏陀が教えた五蘊」と「五位七十五法」の正確な意味も解説する。

目次

1.サーンキヤ学派:諸原理の展開(復習と補足) (00:00:00)

サーンキヤ哲学において、原質・プラクリティから展開していく諸原理は全て意識であると、以前簡単に説明した。一般には五唯・五大は物質性・客体だと勘違いされているが、実際には意識である。今回は五唯・五大の意識とはどのようなものかも解説する。

2.仏陀が教えた五蘊 (00:23:03)

宗教学講座 第18回において五蘊の大雑把な解説をしたが、ここで仏陀が教えた五蘊の正確な意味を説明する。

3.「八識」と「識の変化」 (00:31:36)

仏教においては自己と自性を絶対に認めず、存在の全ては五蘊であり無常である。これを前提として全部の事柄を説明しようとした唯識論の「八識(阿頼耶識・末那識・意識・前五識)」と「識の変化」の概念、及び根本的な問題点(支離滅裂さ)を概説する。

4.仏教徒のこだわりと囚われ:末那識 (00:46:00)

唯識ではサーンキヤのアハンカーラ・自我意識をマナシキ・末那識、マナスを意識と呼び、紛らわしい名前の付け替えを行った。このような命名の元にある仏教徒のこだわりと囚われを明らかにする。

5.唯識論の成立過程 (00:55:37)

4~5世紀頃、アビダルマと中観を統合する形で唯識の哲学が生まれた。本章では唯識論が作り出された動機や具体的な成立過程を見ていく。また、ここでやっと五位七十五法(説一切有部)の本当の意味を解説することができる。

終わり(01:20:36)

※詳しい目次は、映像を購入してログインすると見ることができます。

参考文献

  • 仏教の思想4「認識と超越〈唯識〉」服部 正明、上山 春平著、角川ソフィア文庫
  • 「唯識思想入門」 横山 紘一著、第三文明社レグルス文庫
カーママナス、ゴータマ、サットヴァ・純質、タマス・翳質(えいしつ)、パリナーマ、ブッディマナス、ブラヴァッキー、プルシャ、マイトレーヤ・弥勒、ラジャス・激質、ヴァスバンドゥ・世親の「倶舎論」、ヴァスミトラ、三要素、五知覚器官、五行為器官、原始仏教、外界、太陽系ハイアラーキー第1・3レベル、心・チッタ、心不相応行法、心所法、心法、意・マナス、我執、点滅するには闇が必要、無我、無為法、無自性、煩悩、現象世界、神智学、穢れ、色・受・想・行・識、色法、論理が破綻している、輪廻の主体、霊的世界
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3件のコメント

  1. 参考になった(1)

    自分なりに、理解できることに喜びを感じます。
    本当はこうなんだと教えていただける機会に巡り合えたことに感謝します。

  2. 参考になった(1)

    刹那滅が成立する(消滅して次のものが現れる)には、自性を仮定しないといけないとのこと。仮定しないと、なぜ消滅したままにならず、次のものが現れるのか説明できませんね。

  3. 参考になった(4)

    ヴァスミトラ達の言う心法を、心→我執から五大までの意識の展開の全体であった理解すると、説一切有部の五位七十五法が、自己と自性の合一から発生する三つのグナ(意識・心・物)の展開を、全て網羅した体系になるとのこと。これは大変素晴らしいことですね。つくづく、このことが理解されなかったことと、宗教のレベルの劣化が悔やまれます。心と物を分けて考えたことが致命傷となり、アビダルマは滅びの道に入ってしまったそうですが、同じ過ちを現代人もおかしていますね。
     
    今回、ゴータマが教えた五蘊が何であったかを、詳しく説明していただきました。
    五蘊にしろ、唯識論の八識にしろ、サーンキャ哲学の展開を土台にしていたことがよく分かりました。
    この五蘊を誰も正確に理解していなかった為に、仏教の迷走が始まったわけですね。
    神智学におれるマナスの分裂が、無我へのこだわりから来ているそうなので
    宗教278回の解説の通り、仏教徒の迷走は、そのまま神智学へと引き継がれて行ったようですね。
    それにしても、サーンキャ哲学って、やっぱりそうでしたかという感じです。