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今日から宗教シリーズとして、何回にも分けて宗教について話していく。今回は参考文献の紹介と共に、本講座で何をやっていくのかを、かなり大雑把に見ていく。また「解脱」という言葉が、本来の意味以外にも様々な意味で用いられている事から、専門用語を明確に定義する事と、霊的な科学として宗教を捉え直す事の必要性を示す。最後に本講座の目的を述べる。
今回はまず、前回曖昧なまま用いた神階という言葉を明確に定義し、神階の確認法を実習する。次に各レベルの如来、菩薩、明王の例を挙げ、最後に解脱の定義と明確な判定基準を示し、これまでの解脱に関する誤解を一掃する。
前回、解脱の本質を簡単に説明した。今回は、近代インドの2大聖者ラマナ・マハリシ、ラーマクリシュナの例をもとに、現代的視点から、アートマンとブラフマンの悟りの意味、相違点、そして解脱の本質を一層分かりやすく説明する。またヨガナンダの宇宙意識の体験についても考察する。
今回はまず、インドの哲学・宗教の概念「5つの鞘」、「3身体」、「霊的進化の段階」を概説する。次に、ウパニシャッド以来、進化段階4.0以上の者は「解放」に達した者と言われ、輪廻からの「解脱」者と混同されているが、「解放」の意味を、講師の実体験に基づき身体論の立場から見ることで、この誤解を解く。最後に重要度は低いが、仏教における4種類の「解脱」の概念を意識の界層図を用いて整理する。
今回は、これまでの内容を総括し、特に前回名称の紹介に留まったコーシャ(鞘)の詳しい説明もまとめて話す。
ダン・ブラウンは、イエスの足に香油をかけて髪で拭う聖婚の儀礼をしたベタニアのマリアと、イエスの復活を最初に目撃したマグダラのマリアを、同一人物として考えている。ところが、どう考えてもこれは別人である。イエスには二人の妻がいたのか?実を言うと、この二人が別人であって、「フィリポの福音書」に“主の連れはマグダラのマリアである”という文章があるから、誰も謎が解けないでいる。そのへんの全体像がつかめると明確にものが見えてくる。どう考えれば辻褄が合うのか、それを含めて後半は謎解きをしていく。
これまで、ヨーガ・スートラⅠ章の内容・構成について概説した。これから3回に渡り、様々なサマーディ(三昧(サマーディ))に対し、具体例を挙げながら細かい説明を加えていく。今回は4つの有想三昧(サマーディ)を取り上げ、次回は有種子三昧(サマーディ)、最後に無想・無種子三昧(サマーディ)を扱う予定。
前回、4つの有想三昧(サマーディ)についての具体例を見た。今回は、文献「あるヨギの自叙伝」から、4つの有種子三昧(サマーディ)(有尋・無尋・有伺・無伺)の具体例を見ていく。また、宗教が与える解脱や悟りについての誤解・錯覚を指摘し、正しい知識を伝えたい。
今回、ラビンドラナート・タゴールの『ギタンジャリ』という詩集の中の一つの詩を取り上げる。この詩の意味を解説することが、私(竹下氏)がずっと説明しようとしていることの理解に繋がってくるのではないかと思う。前回から、私が”ガールフレンド”と言っている女性達のことについて少し話をしているが、ある方から”ガールフレンド”という言葉について、英語が母国語の人達にとっては性的なイメージが付きまとう言語なので避けるべきである、というアドバイスを頂いた。しかし、私の中で”ガールフレンド”という言葉以上に今の日本語の中ではいい言葉が見つからない。そういう感覚が私とタゴールは非常に似ていて、微妙な部分を分かって頂くために詩は非常にいいものである。
テンプル騎士団、シオン修道会、ダ・ヴィンチ・コードのような謎を解いていくための準備として、前回から、これまでの講義で押えた西洋の思想の基礎のもとに、再確認という意味で圧縮したまとめをしている。今回もその流れで、これまで取り上げることが出来なかった細かい事例について復習も兼ねて解説し、磔刑の意味、背景、根底の動機について言及する中でポイントを押え後の講義に繋げる。
シャンティ・フーラ 映像配信
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