ままぴよ日記 15

 そもそも学校って何?将来のために役立つ知識を半ば強制的に身に付けるために行くところ?それはいい仕事に就き、立派な社会人になるため?つまり、子どもにとって学校とは、今したいわけではない事を、あまりよくわからない将来のためにとりあえず学んで準備しなくては立派な社会人になれないから、今を犠牲にして勉強するところ?そもそも子どもって今しか実感できないのに!その上、今を楽しめる体験活動が減らされ、空想にふけったり、夢中で遊び呆けるゆとりもない。それって子どもの本性なのに!

 現実、学校に行くことで規則に縛られ、一方的に指導され、評価され、自信を失くす子、同調圧力で考えることを辞める子、いじめられる子、いじめたくなる子が増えていないか?その証拠に学校で覇気のない子どもをどれだけ見て来たか?先生が計画書、報告書マシーンになり、鬱になる姿をどれだけ見て来たか?おかしくない?そもそも、育つ過程を無視して結果に囚われていない?

 子どもの魂を尊重し、子どもの「今」を丸ごと愛でて、子どもの好奇心を引き出し、チャレンジする環境を作り、指導者ではなく伴走者として失敗を供に笑い、悔しがり、どうしたらいいかを一緒に考え、「今を真剣に生きる過程」を大切にしながら結果は後からついてくるという価値観の学校や先生はいないものか?

 でも、この事は家庭でも同じ。子どもの自らの育ちを応援するという原点を家庭も学校も社会も忘れてはいけないと思います
(かんなまま)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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朝のお手伝い


赤ちゃんが生まれて1ヶ月経ちました。
その間、なるべく娘の所に泊まって手伝おうと思ったのですが、通えない事はない距離なので我が家と娘の所を必要に応じて行ったり来たりする生活になりました。

娘が手伝ってほしいのは家事です。特に朝、子ども達が学校や幼稚園に行くまでは赤ちゃんが泣いていても構ってあげられません。だから首が座っていませんがボバラップでギュッと抱っこして動き回っています。

パパは深夜に帰ってきて早朝に出かけます。脳神経外科医は家庭人としての時間は与えられていません。娘もそれを理解して自分が家庭人として仕事を辞めました。でも、朝ごはんだけは一緒に食べます。みんな自分で起きてきますが、お姉ちゃんはパッと目が覚めない体質でパジャマを着たままぐずぐずします。弟はスッと寝てスッと起きますが、起きると同時に画用紙を持ってきます。食事前に何枚も絵を描いて落ち着きます。3歳の幼稚園さんはゆっくり起きてきます。目が覚めないままよろよろしながら立っておしっこをします。見ていると手も添えないで怖いなあ~。

学校組が行ってしまうと少し静かになるのですが、幼稚園バスが9時15分。まだ時間があるので遊びだします。これが問題です。遊びだしたら途中でやめてバスに乗りたくなくなります。ただでさえ、赤ちゃんがお家にいるのに何で僕だけ行くの?と疑問が出てきます。バスの先生からメールで「もうすぐ着きます」という知らせが来たらバス通りまで送っていかなければいけません。赤ちゃん1人を寝せたままにするのも心配なので抱っこして連れて行きます。

pixabay[CC0]



お勉強もない自由な幼稚園


もともと幼稚園が大好なので行ってしまえば楽しんでいるようです。幼稚園は学校と違って、子どもの性格によって選べます。少し遠いけど、子どもに合った質のいい幼稚園を選びました。森の中に園舎があって、縦割り保育です。おもちゃも木のぬくもりがあるもの、見立て遊びができるものが置いてあります。粘土やお絵描きなど自由にできます。

号令はありません。制服もありません。夏のお泊りキャンプも秋のお祭り(運動会)も、その年のテーマの物語に沿って進められます。だから子ども達は物語の世界で遊んでいる感覚です。子どもらしいお祭りなので見栄えはしませんが、子ども自身が楽しんでいます。特に年長さんのお泊りキャンプは物語の主人公が登場するクライマックスなので、子ども達はドキドキしながら出かけます。


主人公は寝ている間に出てきます。朝起きたらその年のテーマによって、虹色の馬の足跡や龍のうろこ、天狗の勇気の石が残されています。その時の様子を先生が話してくれるのを嬉々として聞きます。皆、興奮しながら虹色の足あとや龍のうろこ、勇気の石をお土産に持って帰ってきます。そして1人でお泊り出来た事を親に報告して成長したことを褒められます。

クラスは少人数の縦割り制です。年齢が違う子が同じクラスなので、お世話をしたり、してもらったりして育ち合います。兄弟児は弟が泣いていたらお兄ちゃんのクラスに連れてこられます。皆と違う事をしていてもOK.でした。

今はやりの英才教育、英会話、お勉強もない自由な幼稚園でしたので、孫達はただ遊びに行っていました。


決まりを守る事を徹底して指導する小学校


それが小学校になったらガラリと変わります。

先ず、歩いて学校に通います。月曜日と金曜日はランドセルの他に水筒、上靴、給食袋、図書バック等があるので荷物が多い!雨でも降っていたら最悪です。体重21キロの子どもが9キロのランドセルを背負って手に傘をさして行くのです。

Author:hiro[CC BY-SA]


その上、子どもの視野は狭いです。たくさんの手荷物を持って歩くのは危険です。チャイルドヴィジョンという手作りできる眼鏡がありますが、子どもの視野を体験してみてください。日本も諸外国のように教科書を置いて帰れるようにしてほしいと思います。

そして、同じ6歳なのに学校に行ったら自由時間は20分間になります。教室におもちゃもありません。決まった時間に決まった教科を勉強します。ピン(背筋)・ピタ(足を床に付ける)・グー(手のグーが机とおなかの間に入るくらい間隔を開ける)で背筋を伸ばして座り方も指導されます。それでも、子ども心をつかんだ先生は上手にやる気と成長を促してくれます。


45分授業で休み時間は10分。給食も配膳でモタモタしていたら10分くらいしか食べる時間がありません。孫の先生は何事もタイマーで管理するそうです。孫は好き嫌いもあるし、ゆっくり食べたいのですが、そのペースで食べていたらいけない事は察しています。嫌なおかずも飲み込みます。

宿題もタイマーで計るように指導されるそうです。何分で何回目と、ノートに書かなくてはいけないのですが、孫はその仕組みがわかっていなくて、時間も回数もバラバラに書いていたようです。だから答えは合っているのに合格点をもらえなくて何度も宿題をやり直しです。毎回して行くのにどんどん不合格の札が増えるばかりで泣き出しました。

娘が不合格の理由を先生に聞くと決まり通りに書いていないからという事らしく「ちゃんと書き方を指導していますし、本人もわかったと答えています」と連絡書に書いてありました。孫は先生から怒られるのが怖くて「わかった」と答えたのでしょう。

1年生の内に決まりを守る事を徹底して指導する方針だそうです。何のために?意味がわかりません。子どものやる気を削ぐやり方です。娘は何度も先生と話した結果、戦う事を辞めたそうです。ただ孫には「そんな決まりはおかしい。心配しなくていいよ。守ってあげる」と伝えているそうです。それでも現場にいる孫は複雑です。

休み時間はあるのですが、生徒が多いので中庭を使える日が決まっています。運動場は改装中で使えません。廊下は走ってはいけません。

持ち物は決められた2Bの鉛筆6本(今の子は筆圧が弱い)。赤鉛筆1本、消しゴム。筆箱は絵のないものが決まりです。毎日鉛筆を研いで行くのですが、研ぐのを忘れてくる子もいます。忘れたら教室にある鉛筆研ぎで研げばすむことです。でも、平気で忘れる子が増えたので鉛筆研ぎを撤去されたそうです。制服や筆箱を指定するのもキャラクターものがエスカレートする問題を回避するため。

私は基本、自由であることが大切だと思っています。面倒だけど困ったことが起きたら学ぶチャンス到来!子ども達にどうしたらいいかを考えさせてほしいと思っています。

pxhere[CC0]


学校だけが学びの場ではありません


そうしなければ困った時に自ら考えて行動するという能力が育たないままです。頭ごなしに規律を守らせるのは裏を返せば「自由な発想をしてはいけません」という事です。勝手に遊ぶ子がいたら「せんせー、○○ちゃんが・・・」と、通報したくなります。代わりに子どもらしい「あっ!いいこと思いついた!」という好奇心とやる気は行き場を失います。面白くないから授業中にダラダラしたくなるのもわかります。

孫達は自由な幼稚園に行ったがゆえに、余計にストレスを感じているようです。では、行かせなかった方が良かったのか?学校生活が円滑にできるように学校の近くの保育園を選ぶとか、あえて規則の厳しい園を選ぶなどの声も聞きます。字も計算も授業について行くために園で教えてほしいという要望が増えました。

でも、私は1分でも長く、その子が輝く時間を作ってあげたいと思っています。学校に行く準備のために字を教えても意味がありません。子どもは字を読めると面白い事があるから覚えたくなるのです。そしてすぐに覚えます。でも興味が無かったら学校で習っても身に付きません。子どもってそんなものです。

子どもによって学びたいタイミングは違います。暮らしの中でたくさんの不思議に出会います。「何で?」「どうして?」と聞いてくる時期が来ます。知る喜びを味わった子は探求することが楽しくなります。3歳の孫は中に何が入っているのかを知りたくて何でも分解するようになりました。そしてタイマーやリモコンなどを片っ端から壊します。


学校だけが学びの場ではありません。むしろ学校は大学に行くため、就職のためだけの学力をつける場と化しています。その成績で人を評価するのはあまりにも一方的すぎます。というより偏った評価で子ども達が自信を失くすことの方が弊害です。

今回の話は、孫のクラスの話です。素晴らしい先生もいらっしゃいます。でも、社会全体が「学力向上=成功」の信者になって、子ども達から生きるエネルギーを奪い、先生からも仕事への情熱、喜びを奪っています。もうやめませんか?


Writer

かんなまま様プロフィール

かんなまま

男女女男の4人の子育てを終わり、そのうち3人が海外で暮らしている。孫は8人。
今は夫と愛犬とで静かに暮らしているが週末に孫が遊びに来る+義理母の介護の日々。
仕事は目の前の暮らし全て。でも、いつの間にか専業主婦のキャリアを活かしてベビーマッサージを教えたり、子育て支援をしたり、学校や行政の子育てや教育施策に参画するようになった。

趣味は夫曰く「備蓄とマントラ」(笑)
体癖 2-5
月のヴァータ
年を重ねて人生一巡りを過ぎてしまった。
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