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かんなままの「ぴ・よ・こ・とライフ」(18)逆境に遭った時

かんなままさんの執筆記事第18弾です。 

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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逆境に遭った時
逆境に遭って苦労するから、より深い人間になるのです。そういうところをくぐり抜けた人には、慈悲深さ、優しさがあります。
そして、本当に強くなるのです。
逆境を建設的に乗り越えていくことが非常に大切です。その時こそ自分が本当の意味で精神的に成長するチャンスなのです。
目標を自分自身の成長においた人は、これを乗り越えられるのです

出典:「ぴ・よ・こ・と2」竹下雅敏(著)


9歳のTちゃんに起こったあまりにも悲しい事件

 

pixabay[CC0]


Tちゃんがいつもイライラして弟にあたるので、独立要求9話」のところで書いたように文鳥を3羽飼うことにしました。

9歳のTちゃんは、もともと動物好き。まだ羽も生えていない雛鳥のお世話を任されました。粟をお湯に混ぜた餌を3時間おきに1匹ずつ手に抱いてスポイドで与え、鳥籠をきれいにして、水浴びをさせたり・・・、それは、それは、大事に育てていました。
白と黒と小さい白の3羽なので、名前は「しろ」「くろ」「こはく」にしました。

3羽はすっかりなついて、時々鳥籠から出して一緒に遊んでいました。
一番下の弟までもが可愛がり、自分がしてもらっているように歌ってあげたり、話しかけたりしていました。犬のルナも近寄って不思議そうに見るのですが、いたずらはしません。

そんな中、悲しい事件が起きました。
いつものように鳥籠の外に出して遊んでいた時、2歳の弟が小鳥の目の前で転びました。一瞬のできごとで何があったのかわからなかったのですが、Tちゃんが「ぎゃー!!」と叫びました。その声にびっくりして駆けつけた時、「こはく」が血を出して倒れ、足をバタバタさせていました。

2歳の孫の膝で「こはく」を踏んでしまったのです。頭がつぶれ、もう助からないのがわかりました。Tちゃんは半狂乱。2歳の孫は何が起こったのかわからず呆然と立ちつくしています。私は瞬間的に「こはく」を抱きかかえ、手に包み、一心に祈りました。愛のマントラとガヤトリーマントラをひたすら唱え、神様に連れて行ってくださいと頼みました。「こはく」は私の手の中で亡くなりました。


事件後のTちゃんと2歳の弟


Tちゃんは「こはく」を見ることもできず、ママが仕事している病院に走っていきました。血の付いた絨毯を洗ってくれていた、じいじは、それを察して、ママと診察を代わってあげました。ママはTちゃんを抱きしめて思いっきり泣かせました。「もう小鳥は飼えない。ほかの人にあげて。又死ぬかもしれない」と泣きじゃくりました。

私は、悲痛なTちゃんの言葉を聞きながら、このまま怖がって心の傷にしてはいけないと思いました。そして、「こはく」をきれいにして、愛のマントラを印刷した紙で包み、花を添えて直接お顔が見えないようにしました。孫には見せられない姿だったのです。

でもTちゃんは手が震えて抱けません。

私はTちゃんの背中に聞こえるように「こはく」はTちゃんにずっとお世話してもらったり、優しくしてもらって幸せだったよ。
「こはく」もTちゃんが好きだから、きっと、Tちゃんに抱っこされてさよならを言ってほしいと思うよ。残された小鳥たちもTちゃんが大好きだし、お世話してくれるのを待ってるよ。『こはく』の分までかわいがってあげようね」とつぶやきました。

そして、いつもはケンカばかりしているのに、転んで「こはく」をつぶしてしまった弟に対して一度も責めなかったTちゃんに「立派だね。ほんとに偉かった」と褒めました。誰も悪くない事、弟もショックを受けていることも伝えました。

現に、2歳の弟は、事の成り行きに何かを察して、ママにも甘えず、部屋の隅でじっとしています。その佇まいに胸が締め付けられました。しっかり抱きよせて「大丈夫、大丈夫」と背中を撫でました。そして、この子のためにも愛のマントラを唱えました。

少し落ち着いて他の小鳥をお世話し始めたTちゃんに「どこにお墓を作る?Tちゃんのお家?それとも、ばあばのお庭?」と聞いたら「ばあばのお庭の、私の木の下」とはっきり言いました。実はTちゃんが生まれた時に植えた木があるのです。「匂い椿」
という小さな白い椿で、香しい木です。

墓標に名前を書いて、木の下に穴を掘って丁寧に埋葬しました。
命は一瞬にして亡くなること。もう、戻らない事。悲しかった事。反省する事。・・・小鳥を飼わなければ味わわないで済んだことでしょうが、飼う喜びと同じくらい悲しい経験をしました。Tちゃんにとって初めての試練だったかもしれません。

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夫婦仲は両親の夫婦仲に影響を受けていることが判明:夫婦円満の黄金ルール 〜夫婦円満の秘訣は性にあり〜

竹下雅敏氏からの情報です。
 仲の良い両親の元で育った子供たちの場合、夫婦仲が良くなる可能性が高いという結果が出たようです。引用元では、両親の夫婦仲の良さを4つのグループに分けてアンケートを取り、彼らの子供たちが結婚後どうなったのかを調べています。非常に興味深い結果が出ており、是非、引用元で記事をご覧ください。
 それにしても、“両親がラブラブだと自身の夫婦仲もラブラブという人が9割に迫る勢い”というのは驚きです。やはり、世界を良くする最短ルートは、夫婦関係の改善にあると言えるでしょう。
 記事では、引用した“夫婦円満の黄金ルールその1〜3”以外にも貴重なアドバイスがいくつかありました。その中で特に興味深かったのは、両親の夫婦仲は最悪だったけれど、自身の結婚生活は幸せだと答えた人たちの夫婦円満の秘訣で、“言いたい事はきちんと伝える。相手の全てを受け入れる”というアドバイスです。これは本当に大事な夫婦円満の秘訣だと思います。夫婦だけではなく、親子関係も同じでしょう。
 黄金ルールその2は、女性に対しての適切なアドバイスになっています。男は頭が単純なので、女性がよく使う婉曲的な言い回しは全く不可なのです。例えば、“喉、乾いてない?”と妻に聞かれて、“妻はお茶を飲みたがってるんだな”という思いに到る男性はまずいません。その点、うちの妻は男性はそういう生き物だとわかっているようで、息子には婉曲話法を避け、直接、“母の日は花束よ!”と自分に花を贈るよう強要していました。そのため、息子は毎年忘れることなく母の日には花束を贈るのですが、妻は“なんていい子なの!”と喜んでいます。
 息子には帝王学として、体癖別の女性へのアプローチの仕方を伝授しています。中でも左右体癖(3種4種)に対するアプローチには感動していました。
 現実にはそうしたことよりも、ずっと単純明快な事実があります。夫婦関係が上手く行っていないカップルに共通しているのは、ほぼ間違いなく性交渉が上手く行っていないということです。どちらか、あるいは両方が大きな不満を持っているのです。この部分を抜きにして、様々な夫婦円満の秘訣を論じてもほぼ無意味だと言えます。
 時事ブログで何度もルドルフ・フォン・アーバン博士の「愛のヨガ」(野草社)を勧めるのは、そのためです。
 黄金ルールその3の“夫が望むことをやる”という極めてシンプルなルールは、本質的に何を意味しているのかを理解出来る女性が、どれくらい居るでしょう。とても簡単で、“夫が求めてきた時に拒まない”という、ただそれだけのことなのです。女性はこのことがわからず、また夫はなぜ自分が拒まれるのかがわからないことから、この世の悲劇のほぼすべてが生まれるのです。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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離婚は遺伝する!? 「両親の夫婦仲が子どもに与える影響」調査で判明
引用元)
“子は親の背中を見て育つ”といいますが、両親の夫婦仲は子どもにどれほど影響を与えるものなのでしょうか?

(中略)

ラブラブな両親のもとで育った人たちが、結婚後どうなったのかというと……?


 
(中略)

なんと両親がラブラブだと自身の夫婦仲もラブラブという人が9割に迫る勢い! 母集団がそれほど大きくないとはいえ驚異的な数字です。

(中略)

夫婦円満の黄金ルールその1:本音で話し合う

(中略)

夫婦円満の黄金ルールその2:不満をぶつけるのではなく気持ちを伝える

(中略)… 「あなたのここがおかしい!」と一方的に責めるではなく、本当は夫にどうしてほしいのか自分の内面と向き合いましょう。そして、「自分はあなたに●●されると悲しいので、できればこうしてほしい」と自分の気持ちと要望を伝えること。

夫婦円満の黄金ルールその3:相手の意見も尊重する

自分の意見を聞いてほしいなら、相手の意見も同じように尊重するという姿勢を忘れないようにしましょう。夫が嫌がることはやめる。逆に、夫が望むことをやる。きわめてシンプルなルールです。(中略)… 夫婦でしっかり話し合って落としどころを見極めたいところです。
(以下略)

かんなままの「ぴ・よ・こ・とライフ」(17)子育ての秘訣

かんなままさんの執筆記事第17弾です。 

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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子育ての秘訣
両親がどのような夫婦であるかは、子どもの将来の結婚生活、幸せを決定するくらいに大事なことです。両親は子どもの手本でないといけません

出典:「ぴ・よ・こ・と2」竹下雅敏(著)



大家族の中で


父は7年前に亡くなりましたが、私の両親はとても仲のいい夫婦でした。
私が生まれた時から大家族で、両親と私たち兄弟4人、祖母と父の弟夫婦とその子ども2人、その上、小さな病院を開業していたので住み込みの看護師さんが4人、入院患者さんが8人の大所帯でした。だから母は病院の手伝い、家族や入院患者さんの食事の世話で、とても忙しくしていました。その上、本家でしたので、お正月とお盆は親戚中が集まって40人くらいのお客さんが来ていました。今のように外食するところもなく、母が1人で食事の世話をしていました。いつも親戚の誰かが泊まっていたり、なぜか家出してきて居候する人もいました。とにかく人の多い家でした。

だから母に構ってもらった記憶はありません。でも、いつも近くにいて忙しく働いていた母の姿をずっと見ていました。当時は日曜休診もありませんでしたし、夜になると保険請求の仕事もあります。夜遅くまで仕事しているのに少し時間ができると子ども達にセーターを編んでくれていました。私のセーターの番になると嬉しくて毎日どこまで進んだのかを確かめながら出来上がるのを楽しみにしていたものです。

pixabay[CC0]



そんなある日、2歳の私はトイレに行きたくなったのですが、母はお客様の世話で母が忙しくしているので、1人でトイレに行き、昔の便所に落ちそうになって必死にしがみついているのを兄が見つけて、間一髪で助けられたこともありました。母は構ってあげられなかった事をとても悔やんだそうです。

私が小学生になった時、「私のお母さんは朝から晩まで毎日忙しく働いて構ってくれません。でも、私はお母さんが大好きです」という作文を書き、それが廊下に貼りだされました。母は参観の時にそれを見つけ、事もあろうに、思わずその作文を胸にしまって持って帰ったそうです。一晩その作文を抱いて寝て、翌日先生に謝り、返しに行ったそうです。構ってあげられない申し訳なさと、それでも好きだという言葉を胸に抱いて、どんな気持ちで夜を過ごしたのでしょう。この事を私が知っていることを母は知りません。


優しい内緒


もう一つ、母は今でも私に内緒にしていることがあります。実は兄2人は先妻の子どもで、母は兄たちが2歳と3歳の時に嫁いできたのです。とにかく祖母が厳しい人で兄たちのお母さんは務まらなくて追い出されたとか。そして母も嫁ぐなり2人の子どもがいて家業も忙しく、相当苦労したようです。でも、母自身もお母さんを亡くし、義母に育てられたので兄たちの気持ちがわかったのでしょう。私が大人になるまで気がつかなかったほど、兄たちにも分け隔てなく優しくしていました。兄が大学に行くとき、泣いて見送りもできない母です。結局、今でも母と兄たちはそのことを私に内緒にしています。私は知らないふりをしていますが、その当時の母の苦労や兄の寂しさを思うと胸が詰まります。

pixabay[CC0]



そして祖母も厳しいけど私にとっては優しい祖母でした。いつもおんぶしてくれていた事や、一緒に寝て毎日昔話をしてくれたことを思い出します。祖母もまた、若くして夫を亡くし、7人の子どものうち3人を亡くしながら、苦労して父たちを育てあげた気丈な人だったのです。でも、晩年は母を頼り、母の胸に抱かれて旅立ちました。

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かんなままの「ぴ・よ・こ・とライフ」(16)育児の知恵

かんなままさんの執筆記事第16弾です。 

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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育児の知恵
子どもに人への配慮ができる優しい人間になってもらいたかったら、まずあなたが子どもを配慮することです。
母親にとって家事や仕事が1番大事で、子どもはそれを邪魔するものと感じていませんか?
何よりもこどもが大事ならば、子どもを優先するべきでしょう。
満たされていると、両親の真似をして人のことを配慮する人間に育ちます。自分の要求を後にまわして、他の人のことを優先できるようになるのです。
母親がそうして来たから、自分のためにずっとそうしてきてくれたから

出典:「ぴ・よ・こ・と」竹下雅敏(著)


本来、子育ては、特別な事ではなく、人類始まって以来繰り返されてきたことです。皆で農作物を作り、水を汲み、生きるも死ぬも暮らしのすべてを助け合っていかなければ生きていけませんでしたから、子どもが生まれても皆で母子をいたわり、育てあっていました。手が空いた人が抱っこやおんぶをして面倒をみて、近所の子ども達が遊ばせてくれました。又、子どもも労働力になり、生活や子育ての仕方も伝承されていましたので、今のように子育てに不安を持ったりしていなかったと思います。

それに比べると、今のママ達は不慣れな上に密室で、孤軍奮闘しています。
赤ちゃんは自分では何一つできない上に、言葉で伝えてくれないので、全てに配慮しなければいけません。でも、なぜ泣いているのか?すぐにわかるものではありません。子どもの育ちを知らない分、配慮にも限界があります。まじめなママほど家事や仕事の手も抜けないので、時間で子どもを管理しなければ一日が終わらないと思っています。

その上、経済的に不安があったら・・・。仕事を持ち、職場が子育てに理解がなかったら・・・。その上、職場や保育園が遠くて時間にゆとりがなかったら・・・。家にいるより働け、と職場復帰を促される社会だったら・・・。親や社会が子どもの育ちを知らなかったら・・・。簡単、便利グッズの情報が溢れていたら・・・。親自身が疲れて我が子への配慮ができる状態ではなかったら・・・。子どもも保育園や学校で我慢をして機嫌が悪かったら・・・。兄弟同士が家で不満をぶつけてケンカばかりしていたら・・。夫もストレスを貯めて、会話もなく、帰りが遅かったら・・・。夫婦生活も途絶えていたら・・・。子どもに当ってしまい、夫に怒ってばかりの自分もイヤだと思っていたら・・・。

実はこんな悪循環の状況が各家庭で繰り広げられているのです。ママ達の話を聞けば聞くほど胸が詰まります。何処から手を付けていいのやら・・。こんな時、ママにだけ「優しくしなさい、配慮しなさい」と言っても、できない自分を責められたと思い、心を閉ざしてしまいます。この「ぴよこと」に書いてあることが人を育てる本道である、と心に刻みながら、ママ達の混乱している現状を紐解き、支え、励まさないと始まらない現状です。愛のポンプを動かすには愛の呼び水が必要なのです。

残念ながら、今の社会は幼子がいる母親も高齢者を支える労働力の一員として組み込み、母親を求めている子どもの育ちを後回しにしています。


子育てを1から伝え直す学校づくり



pixabay[CC0]


どうか、社会全体がこの危機的状況に気づきますように!そして今こそ、保育料を安くする、保育園を増やすという対処療法ではなく、子育てを1から伝え直す、質の高い子育て施策が必要なのです。

夫婦で参加する産前産後プログラムを作り、担当のケアマネージャーが基本的な産後の生活と新生児のケアを伝え、お産に臨みます。産後すぐは家庭訪問や家事支援をして、2ヶ月頃から親子で週に1~2回の子育てクラスに入学します。その子の担当はもちろん親。同じような親が一緒に学び、少人数制で、子育てアドバイザーが基本的な生活や関わり方を伝授します。1歳過ぎると自分たちで助け合いながら、ゆるやかに自立していきます。でも、専属のアドバイザーは引き続き支援します。

第2子以降が生まれて又学び直したり、経験者としてサポーター兼、受講者になっていい循環を作ります。ここの卒業証書はキャリアにも加算されます。

この子育て学校は企業も協力しなければならず、義務化、無償化してすべての親がこのプログラムを受けられるようにします。でも、肝心なのはアドバイザーの資質です。子どもの心身の発達を熟知し、母親へのケアも含めた質の高い支援が求められます。子育ては人づくりの総合庁舎です。人としての道は?人間関係は?豊かな社会とは?政治は?環境は?・・と際限がありません。

人生のスタートが愛に包まれ、社会からも大切にされ、配慮されて育った子どもは自ら人を配慮できる人になります。親自身もこのプログラムによって、愛の呼び水が満たされ、優しさが溢れ、配慮できたことで子どもが満たされ、それが自分の喜びであることを体験するのです。そうなれば、一気に社会が変わると信じます。

そして、最後の言葉の「母親がそうして来たから、自分のためにずっとそうしてきてくれたから」は、泣けます。母の愛は、不安になっては原点に戻り、暴走しては原点に戻り・・・1夜にしてなるものではありません。愛の泉が枯渇しそうになっていても、親の数だけ泉は存在します。確実に。

Writer

かんなまま様プロフィール

かんなまま

男女女男の4人の子育てをして孫が6人。今は夫+愛犬で静かに暮らしているが・・・
週に2日、孫達がドッとやってくる+義理母の介護の日々。
仕事は目の前の暮らし全て。
いつの間にか専業主婦のキャリアを活かして、ベビーマッサージを教えたり、子育て支援をしたり、学校や行政の子育てや教育施策に参画するようになった。

趣味は夫曰く「備蓄とマントラ」(笑)
体癖 2-5
月のヴァータ
人生一巡り+1歳
かんなままの子育て万華鏡はこちら


かんなままの「ぴ・よ・こ・とライフ」(15)勉強について

かんなままさんの執筆記事第15弾です。 

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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勉強について
子どもはみんな、知りたい欲求を持っています。自由に学ばせたら、どんどん自分から学ぶのです。
本来、勉強はとても楽しいものです。学ぶ楽しさを知っている人は、一生学び続けます。

出典:「ぴ・よ・こ・と」竹下雅敏(著)


親にとって恐怖の夏休みになりました。
仕事をしている親にとっては、子どもの過ごし方に頭を悩ませ、学童やおけいこ事、サマースクール等でスケジュールを埋めて、ひとりぼっちにならないように気を使います。
専業主婦は、朝から晩まで、子どもの世話で大忙しです。
ラジオ体操、プール当番、夏休みの宿題も計画を立てさせます。でも、子ども達はのびきったゴムのようにダラダラと過ごし、宿題はしないし、片付けないし、「おなかすいた」「ヒマ~」だけは言います。朝から大声でしかってばかり。そして「夏休み 蝉よりうるさい ママの声」と、俳句の題材にされたりして・・。
外に連れ出すのも、この暑さで参ります。結局、涼しいショッピングモールか、家でゲーム。あっと今に夏休みが終わり、気がついたら宿題やってない・・・!

pixabay[CC0]


それにしても、夏休みくらいは宿題もなく、バーンと自由を満喫させてあげたいものです。なのに、学校も親も子どもの行動を管理し、細切れの自由しか与えてくれません。でも、遊ぶ楽しさ、学ぶ楽しさを経験したことがない子ども達にとって、夏休みをどう過ごしていいのかわからないのが正直な気持ちなのでしょう。結局、短時間で気分を高揚させくれるゲームにハマってしまいます。

本来、子どもは知りたい欲求を満たしたいのです。その欲求のままに挑戦して、壊して、展開して、自分の身の丈に合った経験を積んでいきます。その楽しさを知った子どもは知りたい欲求から自発の学びへと自然に展開していくのです。

子どもはその学ぶ喜びを通して、自分主体の「快」の感覚を身に付け、自分に合った行動を決めることができるようになります。まさに、その「快」が自分のアイデンティティの基準になるのです。自分の「快」に従って自分で決めて行動できたら達成感と自信が生まれます。この時、子どもは学ぶ喜びで輝いています!これは自然に起こることです。

でも、今の子ども達は他人の基準で行動しています。不快な事をさせられたらやる気が失せます。他に選択肢がないので我慢してやります。不快の体験が続くと心を動かすことをあきらめ、自分の快さえわからなくなります。その上「主体性がない」「覇気がない」など言われたらかわいそう!

なのに、親や社会は子育てのボタンを掛け違えたまま、ますます詰め込みの早期教育に走ります。結果的に自発の学ぶ喜びがないので先生の話を聞かず、身が入りません。主体的に考えていないので無責任な態度になります。学校でそんな子をたくさん見てきました。

低学年の一斉授業も問題です。この時期はまだ自分を整える時期です。1人ひとり成長も違います。少人数で、総合的に遊びの要素を入れて体験させ、評価しないで、学ぶ喜びをたくさん味あわせてほしいと思います。

外遊びは体験の幅が広がります。そこにいるだけで風を感じ、水の冷たさ、虫の世界、妖精の世界を垣間見、・・・遊園地よりずっと世界が広がっています。1歳の孫は繰り返し坂道を歩くだけで喜んでいます。でも体の中では総合的にたくさんの事を感じ取っているのでしょう。のんびり屋の2歳の孫は何でも歌にします。気持ちを歌で表現できるなんて幸せなことです。

算数が楽しい6歳の孫


人の言動に敏感な4歳の孫(女の子)は人の話をよく聞いていて、絶妙なタイミングで難しい言葉を使います。場を読めるのです。賢いなあと思います。6歳の孫は学校で初めて習うことが面白くて、字を書くこと、算数をすることが楽しいようです。ノートをはみ出して、自分の足中に足し算の問題を書いていました。数字の3はどんな感触かなあ?

5歳の孫の仏画


そして、学びたいエネルギーが湧いてきたタイミングで質の高い刺激や、本、先輩がいたらもっと世界が広がります。仏像に夢中の5歳の孫は奈良に行き、大日如来を真近で見て圧倒されていました。そして、一気に絵を描き始めました。1日100枚の絵を描けと言われたら苦行なのに楽しそうに描きまくっています。

結局、親がしてあげられることは、子どもの育ちの過程を知り、質の高い環境を作り、見守ることです。そして、いくつになっても学ぶ喜びを持つ生き方を見せることかもしれません。

でも、人生、好きな事ばかりではありません。目の前に不快や苦手な事が来たら、神様からのプレゼントだと思うことにしています。これに向かうエネルギーも快で得た発電所が充電してくれています。私はコツコツ経理をするのが苦手だけど、30年間経理担当から抜けられません。とほほ・・もうすぐ決算の時期です。その時は苦手意識を捨てて、感情を入れずに向き合います。意外とやれるもんで、自分で褒めてあげます。これもまた、学ぶ喜びでしょうか。

Writer

かんなまま様プロフィール

かんなまま

男女女男の4人の子育てをして孫が6人。今は夫+愛犬で静かに暮らしているが・・・
週に2日、孫達がドッとやってくる+義理母の介護の日々。
仕事は目の前の暮らし全て。
いつの間にか専業主婦のキャリアを活かして、ベビーマッサージを教えたり、子育て支援をしたり、学校や行政の子育てや教育施策に参画するようになった。

趣味は夫曰く「備蓄とマントラ」(笑)
体癖 2-5
月のヴァータ
人生一巡り+1歳
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