アーカイブ: かんなまま

ままぴよ日記 23

 今、ミサキタカクノボルヒメミコ様タカキウチュウノヒカリノヒメミコ様の御光が降り注いでいます。唱名(ジャパ)の方法も詳しく教えていただきました。

 そしてハルカナウチュウノヒカリノミコト様から当面の心配や不安は、「ガヤトリー・マントラ」と「愛のマントラ」を3回ずつ繰り返し唱える事ですみやかに解消されていきます(最後に“オーム シャンティ シャンティ シャンティヒー”はいりません)と教えていただきました。

 又、体、心、意識を癒す救済の日輪の効果的な飾り方や眺め方の情報も開示されました。

 なんとタイムリーな恩寵でしょう!これからますます格差社会が広がり、災害を含めて混乱が予想される一方で神様の愛の恩寵も確実に増しています。

 個人的な問題に関しても本当に救われています。ありがとうございます。
(かんなまま)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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渡米する娘と、入院する認知症の義母


生後6か月の赤ちゃんを含めた子ども4人を連れて渡米する娘。長期滞在なので空港の税関でいろいろな審査と手続きが必要です。パートナーは一足先に発ったので全てを1人でしなければいけません。その上、アメリカに着いてからも新しい家のこと、子ども達の学校のこと等も大変です。それで、暮らしが落ち着くまで私が付いていくことになりました。去年オーストラリアに二女のお産の手伝いに行った時と全く同じ日程で日本を留守にします。こんなことになるとは想像もしていませんでした。

さて、今まで娘の渡航準備を手伝っていましたが、ひと段落したので今度は自分の準備です。去年と同じように留守にする家業の事務処理。夫への激励(笑)。子育て支援の仕事の段取り・・・。渡航まで2週間!と思っていた矢先に義母がグループホームで腹痛を訴えました。病院で急性胆嚢炎と診断され、外科的な処置ができる総合病院に救急車で運ばれました。


駆けつけると胆のうにドレーンを入れられて胆汁を排出する処置がされていました。義母は認知症です。説明しても今の状況が理解できずに何度も管を抜こうとします。足が悪くて自力で歩けないのにそれも忘れてベッドから起き上がって歩こうとします。

治療を優先するために拘束衣着用の許可を求められました。手足を縛るわけではないファスナーのつなぎ服です(自分で管を抜けないようにするためのパジャマ)。看護師さんも朝から晩まで一瞬のスキなく見守っていることはできないし、ドレーンを抜かないためには仕方ありません。かわいそうにと思うこちらの心配をよそに義母はあっさり受け入れました。と言ってもすぐに忘れてファスナーを壊してまでも抜こうとしますが。

炎症が収まったら手術して胆のうを全摘しなければ再発するとのこと。でもその前に心臓の機能がかなり低下しているので別の病院に転院して心臓カテーテルをして、場合によってはステントを入れて、心機能が上がってから胆のうの全摘手術をします、と言われました。聞いていて苦しくなってきました。義母は91歳。


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ままぴよ日記 22

 毎年、この季節になると春の陽気に誘われての野山をめぐり、つくし、セリ、菜の花、、、と春の幸を収穫しては保存食を作るという「春の病」が起こります。

 思い返せば去年、ちょうどこの時期にオーストラリアの娘のところにお産の手伝いに行って日本の春を見逃しました。今年こそは!と思っていたのですが、今年も春を愛でる気にならないのです。
(かんなまま)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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長女一家の渡米準備


3月末に長女家族がアメリカに長期留学することになりました。脳神経外科医であるパートナーの留学ですが、4人の子どもを連れての大移動です。今住んでいるマンションや車を売り、すべて英語での渡航手続きや、現地の学校、幼稚園の編入手続き、住むところを探して家財道具を手配して、日本に置いていく荷物、アメリカに送る荷物の仕分けなどのすべてを娘が一手に引き受けています。

もちろん、毎日の生活、6か月の赤ちゃんのお世話も手を抜けません。


2種―9種、月のヴァータの娘は頭の回転が良くて、並外れた集中力と行動力で「まあ、よくやってるわ!!」と、感心するのみです。でも、私も経験があるのですが、行くと決まったらハマらなければやれないのです。そのエネルギーが湧いているうちは大丈夫。むしろ「大丈夫?」「やりすぎよ!」「寂しい」など流れを止めるようなことを言ったら苦しめるだけです。というより叱られます。

うれしいのは家族中で行くことを喜んでいることです。まだ若いし、外国で暮らす事もいい経験でしょう。こういうことは家族一緒に経験したいという考えも賛成です。孫達も新しい学校のカリキュラムを見て喜んでいます。一週間のほとんどが音楽、芸術、体育などで、日本の学校との差は歴然です。1年生の孫は担任の先生から解放されることがうれしいようです。

ただ、お姉ちゃんは今度5年生になるのですが、5-3-4制のアメリカでは8月生まれはすでに5年生。そして9月からミドルスクールに通う仕組みです。英語も話せないので1学年下げることも考えていますが、弟の小学校とは別の学校に通わなければけません。でも幸運なことに娘が住む地区は特例で小学校の隣にミドルスクールの1年生だけのクラスが新しく作られたとのこと。だから弟と一緒に通えることになりました。親が送り迎えをしなければいけないので助かります。ちなみに子どもを独りで歩かせていたら虐待と通報されるそうです。

そして、ほとんどの日本人は現地の学校に通い、土曜日に日本人学校に通います。宿題も結構出るようです。勉強していないと日本に帰ってきてついていけないからです。初めは通わせるつもりにしていましたが、やめました。せっかく外国で暮らすのです。日本ではできない生の体験の方を優先しました。土日はしっかり休んでどっぷりアメリカライフを満喫してほしいと思います。孫達も解放されて喜んでいます。

ああ、子ども達はみんな自立してしまった「預言者」のカーリル・ジブランの詩「子どもについて」が身に沁みます。

「あなたの子どもはあなたの子どもではない。
子どもたちは、生命が生命そのもののために望んだ息子や娘である。
彼らはあなたを通してやって来るが、あなたから来るのではない。
あなたとともにいるが、あなたに属するのではない。
彼らの身体を家に住まわすことはできるが、
その魂を囲い込むことはできない。
子どもたちの魂は、あなたが夢の中ですら訪れることのできない、
明日の家というところを住まいとしているのだ。

彼らに愛を与えてもよいが、考えは与えてはならない。
考えは彼ら自身が持っている。
あなたが彼らのようになろうと努力するのはよいが、
彼らをあなたのようにさせようとしてはならない。
生命は決して後ろには進まず、昨日に留まりもしないからだ。

あなたは、あなたの子どもたちが生きた矢としてそこから放たれる、弓である。
矢が速く遠く飛ぶように、
天の射手は無限の道程めがけてその弓を力いっぱい引き絞る。
射手の手の中で自らが強くたわめられることを、喜びとせよ。
彼が飛びゆく矢を愛するとき、彼はまた、その弓の動かぬことをも愛するのだから。

カーリル・ジブラン
WikimediaCommons[Public Domain]


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ままぴよ日記 21

前回の続きです。
○○市の主な支援者、ママ達で「子育て隊」を作り、熱い思いを語り合い、みんなの気持ちを市長との懇談会の資料として出しました。

堅い提案書ではなく、私たちの想いが映像のように思い描けるように書こうと思いました。不思議なことに市長へ届ける資料ですが、神様に届けるような気持ちで愛をこめて書いていました。
(かんなまま)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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愛をこめた、市長への資料



将来の○○市は確実に人口が減り、高齢化社会を迎えます。それを支えるのは今の子ども達です。子ども達の育ちが○○市の将来を左右するといっても過言ではありません。まさに子どもは○○の宝です。

でも、現実は宝と言いながら経済成長を目指す大人中心の価値観の中で子どもの育つ環境が顧みられなくなってしまいました。子育ての伝承が途絶え、少子化と同時に子育ての孤立無援化が進み、産後鬱や虐待件数が増え続けています。又、目に見える問題は起きていなくても子育てに困難を感じている親が増え続けています。

pixabay[CC0]


子どもの姿も変わってきました。その子ども達が問題を抱えたまま成長して、小中学校で深刻な問題となり、いじめや不登校も増え、特別支援学級も増加しています。体力も1985年をピークに落ち続けています。おとなしくさせるためのメディア漬けが子どもの成長に深刻な影響を与えています。

もはや子育て力の低下、子どもの成長に関する様々な問題は個人レベルでの努力ではどうにもできないところに来ています。

今こそ、子どもの育つ環境を見直して社会全体で「親育ち、子育ち、関係育ち」を積極的に支援しなければいけない時代になってきました。

どんなに時代が変わっても子どもの育つ過程は変わりません。乳幼児期に欠かせないのは親との基本的信頼関係と愛着形成です。そして昔から子ども達は自然の中で群れて遊びながら成長してきました。四季折々の自然、葉っぱや水、動植物たちとの触れ合いが子どもの五感を育て、成長を後押ししてくれました。

デンマークのオーフス大学の研究で「子ども時代に緑の少ない場所で育った子どもは精神疾患のリスクが55%も高い」と報告されました。今やどこを見回しても子どもの遊ぶ姿がありません。遊ぶ場所が団塊の世代時代の100分の1に激減して、代わりにゲームが与えられました。密室で子ども達がどんな遊びをしているのか気づいている大人も少ないです。(親のせいではありません)

pixabay[CC0]


これは危機的状況です。
私たち子育て支援者は子どもの姿の異変を感じ、すぐに対策を取らないと間に合わないと思っています。

さて、○○市では何ができるのか?
国も同じ危機感を持ち、産前産後から18歳までの切れ目のない支援の必要性を感じて各市町村に子育て世帯包括支援センターを設置することが義務づけられました。又、同時に我が町の子育て広場の老朽化の問題も出てきました。

子育て広場の建物は50年以上たっていますが、そこには安心して遊べる庭と四季折々の自然があり、子ども達がどんなに暑くても寒くても外に出たがり、しっかり遊んで帰ります。

全国的に子どもの外遊びが見直されてきていますが、この貴重な外遊びができる広場が激減しています。全国からの視察も多く、みんなからうらやましがられています。もうこの環境はお金を出しても作れないからです。

〇〇市会議員も任期最後の一般質問で、庭のある子育て広場がいかに子育て中の親子に必要かを話されました。私たちもこの包括支援センターを作る、子育て広場を移転するというタイミングで「子どもの育ち」に主眼を置き「どんな環境を作ってあげなければいけないか?」を提言したいと思います。そして、○○市の未来を担う子ども達の健やかな成長のために役に立ちたいと思っています。

●どんなことができるのか夢を描いてみました。
想像してみてください。
○○公園の中に子育て世帯包括支援センターと子育て広場があったら?


まず妊娠したら母子手帳交付です。センターに手帳を受け取りに行ったら自然の中でたくさんの親子連れが楽しそうに遊んでいます。その情景を見るだけで将来の自分の姿を思い重ねて自然に子育ての概念が作られます。


そこの一室でマタニティセミナーが開催されます。子育て広場に遊びに来ている親子と交流することでお産の体験、産後の生活について生の声を聞けます。実際に赤ちゃんを抱っこさせてもらえます。この記憶は鮮明に残ります。ここでも子育ての概念が作られます。先輩ママにとっても自分のお産や子育てを振り返り、自分の子育てが認められたような気がします。

子育て座談会の「赤ちゃんサロン」も、妊婦さんとそこに遊びに来ている親子連れが一緒に参加して子育てのあれこれを実際に聞くことができます。

孤立無援は産直後から始まるので産前からの切れ目のない支援が必要です。特に母乳は産後2週間の指導で決まると言われているほど大事な時期です。退院後すぐに助産師による産前産後の訪問型母乳育児支援が始まり、全体的な産後ケアも同じ助産師が行います。

子育てに疲れていたらセンター内にデイケアもあり、ゆっくり休むことができます。その際、必要であれば赤ちゃんの一時預かり、ファミリーサポートの預かり支援も同じ場所でできます。なじみの場所で顔見知りの支援者がいるところなので親子ともに安心です。特に第2子以降の出産は上の子の預かり支援が不可欠です。支援者もその状況がわかっていて説明しなくても信頼関係が築かれています。

また、日常の広場ではたくさんの親子がいて仲間づくり、情報、学習の機会があり、子ども達も様々な人の中で育ち合いをします。
そこにいるスタッフの質はとても重要です。お母さんの関係をつなぎ、寄り添えるスタッフです。継続的な人材育成も大切なことです。

又、スタッフと信頼関係ができると親からの相談が増えます。親子の様子を継続的に観察できます。関係機関との連携もあり、必要を感じたらつなぐこともできます。身近なストレスが解消されることで孤立化、産後鬱、虐待の予防になり、数値で表されませんがその効果ははかり知れないものになります。

子どもは外遊びが大好きです。エネルギーを持て余した子どもが外で遊び、自分の5感を育て、情緒も安定します。メディア漬けで子どもの成長が阻害されることを防ぎます。赤ちゃんがいるお母さん方は室内で赤ちゃんを預かってもらい、上の子を外で思いっきり遊ばせたいと思っています。そうすることで家に帰ってもご機嫌で、よく食べ、ぐっすり寝て健全な成長につながります。親子のストレスが激減します。公園では幼稚園、小学校の放課後も日常的に自由に遊べる場も提供します。


そして全員に親育ちセミナーを受ける機会が与えられて積極的な親育ち支援をします。その際セミナーを受講したり、子育て広場に遊びに来たら特典がもらえる「子育てポイントカード」を作り、参加していない孤立した親子も把握できるようにします。家で子育てしているママのための子育て応援ポイントも付けます。

このように産前産後の親育ち子育ち支援をワンストップで行えるようにします。そしてその支援をコーディネートする人がキーマンであり重要です。諸外国では子育て支援をする人の質がとても重要だと言われています。子どもの育ちを知り、現状を理解してどんな親でも受け入れられる人でなければいけません。そこにどんな人がいてどんな見守りをしてどんな声掛けをするかが大きく影響するからです。

実際、お母さんたちは何を具体的に相談していいのか?どこに行ったらいいのか?知りません。子育ては個人的な問題なので自分がすべてをしなければならないと思わされています。

子育ては一人でできるものではありません。「そこに行けば何とかなる!」という場所があれば、経験はなくても子育てを乗り切ることができます。そして一緒に学びあい育ちあう仲間ができます。又、産後鬱、虐待、発達支援などの心配があればすぐに関係機関、産科医、小児科医と連携して支援します。

今や個別の機関がバラバラに支援していても追いつきません。実際、支援センター、子育て広場が市内に4か所あるのですが、それを利用している人は全体の3割くらいです。必ず訪れるという人の流れを作るのは大切なことです。館だけ作っても当事者に支援が届かなければ絵に描いた餅です。

基本理念は子どもの権利条約です。子どもが主役。すべては子どもの幸せのために!子どものための施策、施設を作るときは子どもの最善の利益を考えて作るという理念です。子どもは発言できないので子どもの立場に立ったアドボガシーが必要です。

※今後、子育ての現状を理解して何を支援すべきか?何ができるか?を行政と子育て支援者、当事者が一緒に協議する体制を作る。すべては子どもの幸せのため。住んでいる人が幸せになる街になるように!』

という資料を事前に渡しました。他に子育ての現状と課題は資料を添えて作り、発達支援に関しては他市の先進的な取り組みも報告しました。

これを読んだ市長は早速、副市長、担当部長、子育て支援課長、母子健康課長を引き連れて私たちの広場を見に来てくれました。当日は60名の来場者があり、子ども達が楽しそうに遊んでいました。庭や森も実際に見て回られました。「気持ちが変わった」と告げて帰られました。

pixabay[CC0]


さて、今回の子育て隊の話し合いにはママ達もたくさん参加しました。子どもがいるので無理をしなくていいよと言ったのですが「こんなにたくさんの方が自分たちの子育てを本気で支援しようと頑張ってくださっている姿を見るだけで勇気が出ます。話の内容が深くてこの場にいるだけで学べます」と言ってくれました。きっとこのママ達が次の世代の支援者になってくれるのでは?と思いました。

懇談会の当日、みんなが気持ちを一つにして話しました。市長からもいろいろ質問が出ました。「これからもこんな会を続けて一緒に考えていきましょう」ということで閉会になりました。

その後、どうなるのかわかりません。でも当日参加したママから

「みんなと情報を共有しながら考える中で子育て環境は与えられるのではなく変えられるということを知りました。自分が子育てに専念している間もたくさんの方が支援してくださっている事がわかって感謝しかありません。ワンオペ育児中の私ですが手は足りなくても皆さんから知恵をいただき、心が安心感で満タンになり寂しい子育てにならずに済んでいます。この町に住むすべてのママが、子育てという長距離ドライブを安心してスタートでき、道に迷った時は道案内をしてもらったり一休みできたり、心の給油やメンテナンスができるような子育てのサービスエリアができたらいいなと思いました」

というメールをもらいました。

きっとみんなで作り上げる過程そのものに意味があるのだと思いました。


Writer

かんなまま様プロフィール

かんなまま

男女女男の4人の子育てを終わり、そのうち3人が海外で暮らしている。孫は8人。
今は夫と愛犬とで静かに暮らしているが週末に孫が遊びに来る+義理母の介護の日々。
仕事は目の前の暮らし全て。でも、いつの間にか専業主婦のキャリアを活かしてベビーマッサージを教えたり、子育て支援をしたり、学校や行政の子育てや教育施策に参画するようになった。

趣味は夫曰く「備蓄とマントラ」(笑)
体癖 2-5
月のヴァータ
年を重ねて人生一巡りを過ぎてしまった。
かんなままの子育て万華鏡はこちら



ままぴよ日記 20

 社会の中で生きていると自分一人ではどうにもならない問題がたくさん出てきます。特に子どもの育つ環境は子ども達が異議を申し立てないことをいいことに、大人にとって都合のいい環境に塗り替えられてしまいました。

 そして親の意識までも大人社会のルールに支配されてしまいました。まさに今日の出来事です。「新米ママのためのセミナー」に参加している3か月の赤ちゃんがいるママが遅刻して駆け込んできました。息を整えながら「遅刻してすみません!!」と謝りました。そして、「いいわけですが・・・、遅刻しないように早くから出かける用意をしていたのに、行く直前になって赤ちゃんが大泣きしておっぱいをやったり、おむつを替えたりしていたらこんなに遅くなって・・・」と涙が出てきました。きっと思うようにならない苛立ちと焦りと、赤ちゃんのせいではないという、どこにもぶつけられない感情が交差したのでしょう。

 それを聞いていたほかのママも「私も眠っているのを起こしてきたから車の中で大泣きでした」ともらい泣きしました。ママ達は社会の歯車に合わせることが一番大切なことだと刷り込まれています。社会人として遅刻は厳禁です!でも子育ては子どもの時計で動かなければうまくいきません。赤ちゃんは容赦なく泣きます。社会のルールに合わせようと頑張れば頑張るほど苦しくなります。

 「このセミナーは我が子の心地いいとは何か?に気づいて大切にするセミナーですよ。赤ちゃんを尊重しようねと言いながら時間を設定しているのは矛盾だよね。いい機会だから確認しましょうね。優先順位の一番は赤ちゃん。赤ちゃんにとっていいことを堂々としてください。時には子どものために腹をくくる必要があります。だから赤ちゃんの都合で遅れたり休んだりすることはOKです。ただし連絡はしてください。でも、ママが自分のために参加したいと思ったら前の日から赤ちゃんにお願いしておいてね。そして赤ちゃんにとっても無理がないように準備をしてね」と言いました。

 大人の都合に合わせて子どもを振り回して、泣かれてもガマンさせてしまうことに胸を痛めていたママ達。社会のルールとのはざまで目に見えないストレスを溜めても誰も気づきません。だからこそ現場にいる私たちが子どもの育つ環境を大切にする社会になるように発信したいと思っています。ましてや、それを社会の施策にするのはもっと難しいことです。

 私は、ぜーんぶ保留にして釣り糸を垂れています。その中の一つがこれです。
(かんなまま)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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老朽化した子育て広場


12年前に私たちの働きかけで立ち上げた子育て広場が老朽化しているために移転する話が持ち上がりました。築50年の平屋建ての家で、隙間風が入り、雨漏りもします。でもそこにはちょうどいい広さの庭があり、柵を抜けると隣に小さな森のような公園があります。私たちがここを選んだ理由はその森でした。


古い家屋で準備資金もなかったので家具はすべて夫が作りました。赤ちゃんスペースの畳は畳屋さんが寄付してくれました。庭の砂場と東屋は「広場を見守る会」を立ち上げてみんなで作りました。

スタッフは立ち上げの時から関わっていた先輩ママ達で私はその代表をしています。当初からの思いは全ての親子を受け入れること、子どもが育つための良質な環境を提供すること、共に育ち合うことで、今も変わっていません。

子ども達は暑い時も寒い時も外遊びをします。四季折々の風情が子ども達を迎えてくれます。誰かがイモを持ってくれば落ち葉を集めてその場で焼き芋が始まります。この場所でよかったと何度思ったことでしょう!

市は財政難のため新しく建て替えることは不可能だと言います。保健センターの建物の中の一室を考えているようです。利用しているママ達がこの場所がどんなに大切かを市長に話に行こうということになり懇談を申し込みました。でも返事がありません。議員も一般質問で取り上げてくれました。でも、何も変わりません。

そんな時、産前産後の支援も含めた子育て世帯包括支援センターをどの市町村も作らなければいけないという通達が厚生労働省からありました。私たちの市も例外ではありません。ただ、どんなセンターを作るのかは市町村に任されています。受付に電話を置いて対処していますということもできるのです。

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ままぴよ日記 19

 ある日、銀行で子育てセミナーに参加したことがあるママに会いました。「元気?」と声を掛けたら「はい」という言葉に詰まりました。「どうしたの?」と聞くと堰を切ったように話し始めました。学校から呼び出されて、お宅のお子さんは授業を妨害したり、教室を出て行ったり落ち着きません。療育センターで受診されてくださいと言われたとのこと。「受診したの?」と聞いたら行くのが怖いし、夫に話したら「自分も子どもの頃同じようにわんぱくだった。病気じゃない!」と怒ってしまったというのです。
 「でもママとしては気になるのね?」と聞いたら涙がぽろぽろ出てきました。「一人でよく頑張ったね。でも、気になって子どもを叱ったりしていない?」と聞いたら「そうなんです!わかっているけど、子どもの行動が気になって、どうしてじっとできないの!って叱ってばかりです」と話してくれました。「ママを支える人が必要だね。人に頼っていいのよ。今は心配しているくせに何もできないから余計に不安が膨らんでいるのよ」「勇気を出して行ってらっしゃい。ただし、病院は診断してもらうために行くのではなく、子どものためにどうしたらいいかを一緒に考えてもらうために行くのよ」と言いました。ママは銀行の待合室で涙をボロボロ出して、すっきりした強い顔になって帰っていきました。私は切なくてママの後ろ姿に「強くなれ!」と思いました。今回は発達障害のお話です。
(かんなまま)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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子ども達の姿が変わってきた、この10年


全国で同じように子育て支援をしている仲間や地域の保育園、幼稚園、学校の先生などとつながっていますが、みんな口を揃えて子ども達の姿が変わってきたと話しています。この10年の間にです!

まだ首も座っていないのに縦抱きの赤ちゃんが増えました。赤ちゃんの頭の重さは体重の3割以上もあります。うまく手を添えて赤ちゃんの頭を支えてあげれば問題ないのですが、ほとんどの赤ちゃんはママの胸のところでぐにゃっと頭を傾けて抱かれています。最近は抱っこひもに首の座らない赤ちゃんを固定するパッドが付いています。外を見ることもできない満身装備!です。取り外し式カーシートに寝せたまま一度も抱かれることなく荷物のように運ばれている赤ちゃんも増えました。これではお互いを感じあうことも、顔を見て笑うことも、しがみつく能力も育ちません。

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なぜそうなったのでしょう?
最近のママは赤ちゃんは素手で抱くのではなく、道具を使って抱くものだと思っているのかもしれません。みんなもそうしているからという理由のほかに、手でずっと抱き続けるための体力、背筋力がないのです。手だけで抱こうとするからきつくなるし腱鞘炎になってしまいます。赤ちゃんをずっと抱き続けることがこんなに大変だとは思わなかったでしょう。

抱っこは世界中どこでもしていることですがアジア地方は布を上手に使ってラップする文化があるようです。インドネシアのカインゲンドンという布の巻き方を教えてもらったのですが、布をママの体に巻いて赤ちゃんをその中に包み、最後にママの背中でくるくるとねじって留めるだけのものでした。面白いのは赤ちゃんに沿える手を白鳥のようにはばたかせてまるで羽で赤ちゃんを包むように抱くのです。こうすると手ではなく腕全体で赤ちゃんを抱くことができます。

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