アーカイブ: 竹下氏による執筆記事

「ヨーガ・スートラ」の二つの三昧体系と対応する界層 〜「尋」「伺」「楽」「我想」、「有種子」「無種子」とは

竹下雅敏氏からの情報です。
 アーユルヴェーダの解説シリーズの24回目です。22回目は「仏教の禅定階梯」を説明しました。今回は、ヨーガ・スートラの二つの三昧体系を解説します。
 「解説ヨーガ・スートラ 佐保田鶴治著 平河出版」によると、その二つの三昧体系は次のようです。
A(1.17-19)
Ⅰ 有想三昧
1.有尋三昧
2.有伺三昧
3.有楽三昧
4.有我想三昧
Ⅱ 無想三昧
B(1.42-51)
Ⅰ 有種子三昧
1.有尋定
2.無尋定
3.有伺定
4.無伺定
Ⅱ 無種子三昧
 「尋」は心の粗大なはたらき、「伺」は微細なはたらきと定義されるのですが、図をご覧になると、その違いがはっきりと分かるでしょう。「伺」はメンタル界の三昧(定)で、「尋」はアストラル界以下の三昧(定)になります。「楽」は意思(マナス)、「我想」は我執(アハンカーラ)に対する三昧です。
 「無種子」はジーヴァ(個我)との合一の三昧で、それ以外が「有種子」でサンスカーラ(行)を含む三昧なのです。
 このように「ヨーガ・スートラ」の三昧体系は非常に明快なもので、無種子三昧を実現することで、「人」から「神」への昇格を果たすのです。
 次回は、寄り道ではなく本来のアーユルヴェーダの解説に戻ります。
(竹下雅敏)
————————————————————————
三昧の階梯A

» 続きはこちらから

ホツマツタヱに伝わる、中国で古くから信仰された女神「西王母」の伝承

竹下雅敏氏からの情報です。
 今回はホツマツタヱの天の巻15「御食(ミケ)、万(ヨロズ)、生成(ナル)の紋(アヤ)」を中心として、西王母(せいおうぼ)の伝承を考察します。
 西王母は中国で古くから信仰された女神で、崑崙山(こんろんざん)に住み、神仙思想と結びついて「不老不死の支配者」と見なされています。というのも、西王母は「蟠桃園の女主人」であり、伝説では「蟠桃園には、三千六百本の桃の木があり、手前の千二百本は、三千年に一度熟し、これを食べた者は仙人になれ、中ほどの千二百本は、六千年に一度熟し、これを食べた者は、長生不老が得られ、奥の千二百本は、九千年に一度熟し、これを食べた者は天地のあらん限り生き永らえる」とされているからです。
 その西王母が、ホツマツタヱではニシノハハカミとして登場し、「コロヤマ(崑崙山)の民はまことに愚かしく、肉を好んで食べ、皆短命です。百歳か長くて二百歳位で亡くなります。稀に千歳、万歳の者もいますが、おしなべて、日々肉を食しております」と言って、崑崙山の民の寿命が短いのを嘆くのです。
 この場合の「(寿命が)百歳か長くて二百歳位…稀に千歳、万歳の者もいます」という言葉は、文字通り受け取るべきものです。三千年に一度熟すという桃の木がある「蟠桃園の女主人」の言葉なので、文字通り受け取るよりないのです。
 ホツマツタヱによれば、この三千年に一度熟すという桃は、「三千実(みちみ)の桃」としてニニキネが西王母に授けたものになっています。この15紋には次のくだりが出て来ます。
「吾は、日常の食事に千代見草を食べている。それは世の中にある苦菜より百倍も苦い。苦菜を食べて長生きをして、民が豊かになるようにと国を治めているのである。吾はマサカキが千本の枝を出したのを四回見てきた。わが身も今年で二十四万歳になったが、今でも元気なカキツバタのようで、これからも百万年も生きると思う」
 こうした背景を考慮すれば、上記の文章も文字通り受け取るしかないのです。ホツマツタヱに出て来る年数は途方もなく大きなもので、私たちの常識に合わないので、適当に数字を調整して常識の範囲に収まるように解釈する人が多いのですが、このようなことをすべきではありません。
(竹下雅敏)
————————————————————————
御食(ミケ)、万(ヨロズ)、生成(ナル)の紋(アヤ)
2020年11月29日  竹下雅敏

 
今回はホツマツタヱに伝わる「西王母」の伝承を紹介したい。

http://hotumatutaye.com/wp/wp-content/uploads/2014/06/260610%E3%81%BB%E3%81%A4%E3%81%BE%E3%81%A4%E3%81%9F%E3%82%91%E5%85%A8%E6%96%87.pdf
ほつまつたゑ 全文より抜粋

    ウケステメ ネノクニニキテ  ウケステメ  ネの国に来て

    タマキネニ ヨクツカフレバ  タマキネに  よく仕ふれば

    ミニコタエ ココリノイモト  身に応え   ココリの義妹と

    ムスバセテ ヤマノミチノク  結ばせて   弥真のミチの奥

    サヅケマス ヨロコビカエル  授けます   喜び帰る

    ウケステメ コロヒンキミト  ウケステメ  コロヒンキミと

    チナミアヒ クロソノツモル  チナミ合ひ  玄圃積もる
 
15-23 ミコウミテ ニシノハハカミ  御子生みて  西王母

    マタキタリ コロヤマモトハ  又来り    「崑崙山麓は

    オロカニテ シシアヂタシミ  愚かにて   獣肉味嗜み

    ハヤカレシ モモヤフモモゾ  早枯れし   百や二百歳ぞ

    タマユウニ チヨロアレドモ  たまゆうに  千万(歳)あれども

    ヒヒノシシ シナキミイデテ  日日の肉食  シナキミ出でて

    チヨミグサ タヅヌトナゲク  千代見草   探づぬ」と嘆く
 
「完訳 秀真伝 上巻 鳥居礼著 八幡書店」を参考にすると、意味は次のようになる。
 
ウケステメ(西王母)はネの国のタマキネ(豊受大神) のもとに来て、良く仕えたので、大神は心から感動し、ココリ姫(菊理姫)の道の妹として縁を結ばせ、両人にヤマノミチノク(神仙の奥義)を授けた。喜んで帰国したウケステメは、コロヒン君(崑崙王)と結婚してクロソノツモル(玄圃積王)を産みました。
 ニシノハハカミ(西王母)は再び来朝して、「コロヤマ(崑崙山)の民はまことに愚かしく、肉を好んで食べ、皆短命です。百歳か長くて二百歳位で亡くなります。稀に千歳、万歳の者もいますが、おしなべて、日々肉を食しております。
 シナ(支那)君がやってきて、仙薬のチヨミ草(千代見草)を探し求めています。」と嘆いた。

これは驚くべき記述ではないだろうか。西王母(せいおうぼ)は、「西方にある崑崙山上の天界を統べる女性の尊称、天界にある蟠桃園の女主人でもあり、すべての女仙を支配する最上位の女神。東王父に対応するとされるのだが、ホツマツタヱにはニシノハハカミ(西王母)と言う尊称と共に、ウケステ女と言う個人名が書かれているのである。
 西王母に対置される東王父は、タマキネ(豊受大神)である。
 
ウィキペディアの「西王母」には、“前漢の武帝(前141年~前87年)が長生を願っていた際、西王母は十万人の玉女の名録を掌る女仙の上元夫人と董双成や王子登などの侍女とともに天上から降り、三千年に一度咲くという仙桃七顆を与えたという。西王母は黄金の光輝く華美な衣装を纏い、頭には太華髻と太真晨嬰の冠をつけ、腰には分景の剣を備えた30歳位の絶世の美女であることが描かれている”とある。

「西王母が武帝に桃を贈る 伝説の蟠桃は実在したのか?」と言う記事には、“宴会の途中に、西王母は仕える天女に仙桃を持ってくるよう命じました。…桃は淡い青色をしていて、西王母は武帝に4個をあげ、自分は3個食べました。武帝が桃を食べてみると、とても甘くて美味しくて、食べ終わった桃の種は全て保存しました。西王母がなぜ種を保存するのかと聞くと、武帝は、後日植えてみたいと答えました。西王母は「この仙桃は三千年に一回実がなるもの、不毛な人間の土地では育てられないでしょう」と言いました”とあります。
 
» 続きはこちらから

仏教の基本的な教義「十二縁起」と対応する界層 〜「十二縁起」の教義は「仏教の禅定階梯」と表裏一体の教え

竹下雅敏氏からの情報です。
 アーユルヴェーダの解説シリーズの23回目です。前回は「仏教の禅定階梯」を説明しました。アーユルヴェーダの解説から外れて、少々寄り道をしているのですが、近いうちに本筋に戻ります。
 仏教の基本的な教義に「十二縁起」があります。十二縁起の支分は、「無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死」の12個ですが、“「私という生存の苦しみ」の原因を追求してこれを解明し、それを除かんとして説かれたもの”だという事です。
 「無明」は無知のことで、“智慧の光に照らされていない状態”を指す言葉ですが、仏教では「一切のものは無常・非我・苦であるという真理」に対する無知のことを指します。「行」は業(カルマ)からの潜在的形成力です。「識」は識別作用。「名色」は名称と形態のことで、“名とは、受(感受作用)・想(表象)・行(意識の対象に対する意志)など、心の働き。色とは、地水火風の四大”と説明されるのですが、実際には「識」と「六処」を繋ぐ我執(アハンカーラ)の働きのことです。「六処」は眼・耳・鼻・舌・身・意(マナス)のこと。「触」は六つの感覚器官(メンタル体)に、それぞれの感受対象が触れること、「受」は感受作用、「愛」は渇愛、「取」は執着、「有」は生存、「生」は生まれること、「老死」は老いと死であると説明されます。
 ベックの「仏教」では、「取」は霊体での性行為、「有」は受胎、「生」は誕生のことと解釈しています。
 「十二縁起」には様々な解釈が可能であり、どの解釈が正しいかは誰にも分からないのですが、以下の図は「十二縁起」に対する一つの明快な解釈だといえるでしょう。「十二縁起」の教義は「仏教の禅定階梯」と表裏一体の教えなのです。
(竹下雅敏)
————————————————————————

ニニキネは、原見山(富士山)の麓の八方位を掘らせ八つの湖を造り、掘り出した土を山頂に上げて「八峰」を築いた ~原見山(富士山)に「八峰」を築いたのは紀元前1,252,758年

竹下雅敏氏からの情報です。
 ホツマツタヱは伝承を文字通り受け取ると、タイムスケールが大きすぎて困惑してしまう人が多いと思われるのですが、伝承の内容も信じがたいものなのです。
 ニニキネは、原見山(富士山)の麓の八方位を掘らせ八つの湖を造り、掘り出した土を山頂に上げて「八峰」を築いたと書かれているのです。また、同じ紋「コヱ国原見山の紋」の中に、“オキツボの 峰より眺め 御言宣(みことのり) 「汝ヤマクヒ 山後(やまうしろ) 野を堀り土を ここに上げ 太陽の山を(おおひのやまお) 写すべし」”とあり、比叡山は「オキツボの峰」に土を積み足して、原見山(富士山)に似せて造ったと書かれているのです。「一枝(60年)で完成したので一枝(ヒヱ)の山」と言うようです。
 私の調べでは、原見山(富士山)に「八峰」を築いたのは紀元前1,252,758年であり、「比叡山造成の勅」が出たのは紀元前1,180,710年のことです。
(竹下雅敏)
————————————————————————
秀真伝御機の二十四「コヱ国原見山の紋」
2020年11月22日   竹下雅敏
 
ホツマツタヱの興味深い伝承を紹介したい。

https://www.gejirin.com/hotuma24.html
ほつまつたえ 地の巻24 こゑくにはらみやまのあや【コヱ国ハラミ山の文】

(前略)
くもちわけ しなのすわより   雲路分け  シナノスワより
(信濃諏訪)

みちひけは はらみやまから   導けば   ハラミ山から
よもて すそのひろし   四方を見て 「裾野は広し
みつうみ すその   水を埋み  裾野 田にせん」

たちからを やもほらしむ   タチカラヲ 八方に掘らしむ
<をして>        

うみも やまなかと   の名も  東はヤマナカと
埋み      (山中湖)
 
きねあす かはくちと   東北はアス 北はカハクチと
(明見湖)    (河口湖)
 
ねつもとす にしのうみ   北西モトス 西はニシノウミ
(本栖湖)     (西湖)
 
つさきよみ しひれうみ   西南キヨミ 南はシヒレウミ
(精進湖)   (四尾連湖)
 
きさはすと           東南はスト
(須戸沼)        
(以下略)  
 
美濃(岐阜県)を経て、信濃諏訪(長野県)を通って原見山(富士山)についたニニキネは、原見山の山頂から周囲を眺めて、周りの八か所を掘って湖にし、彫り上げた土を山頂に積み上げさせて八峰を築いたというのです。
 
湖の名は、東・山中湖、東北・アス湖、北・河口湖、北西・本栖湖、西・西湖、西南・キヨミ湖、南・シビレ湖、東南・スト湖です。

http://matocayamato.blog62.fc2.com/blog-entry-179.html
天孫降臨の真実「アスカヲキミ」と「ハラヲキミ」
2015/05/12

(前略)
仮宮をミヅホと名付けられたニニキネさまは、イサナギ・イサナミさま、フタカミご由緒のタガ(多賀)に行き、ヌサをささげられ、こののち、美濃に寄り、山路を進み、シナノ(長野)に至り、スワ(諏訪)より導かれ、国見のためにハラミの山(富士山)に登られて、広大な裾野をご覧になり、裾野を田にするよう、タチカラヲにお命じになりました。

八方に掘ったウミは、ヤマナカ・アス・カワクチ・モトス・ニシノウミ・キヨミ・シビレウミ・ストの八湖。

ニハリのタミが集まり、 八湖を掘り上げた土をハラミ山(富士山)の八峰に上げました。 
 
ウツロヰが浚ってきたアワウミ(琵琶湖)と 建国のミオの土と一緒に担いきて中心となる中峰を造り上げました。

「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」8座の八峰に建国のクニトコタチさまの中峰を加えた9座をコホシに準えてのニニキネさまの御希望にこたえてのことです。
 
ハラミ山(富士山)の八峰に降りつもった雪が(地下水となり)八湖に湛えられ、その支流が、9千の里の灌漑用水となって3万の田圃に及ぼされたと記されています。
(以下略)
 
ニニキネは、淡(琵琶湖)の湖底の土と三尾の土から中峰を造らせたというのですが、「完訳 秀真伝 下巻  鳥居礼著 八幡書店」のp56には、“中峰を朝の間に造った功により、ウツロヰの神を稜威浅間峰(いづあさまみね)の神と讃えました”とあります。この事から中峰は「浅間峰」だと分かります。
 
» 続きはこちらから

「仏教の禅定階梯」と対応する界層 〜 3.3次元以下の「欲界」の禅定、3.4次元と3.5次元低層の「色界」の禅定、3.5次元高層のアンタカラーナに関係する「無色界」の禅定、心素を超えた「滅尽定」

竹下雅敏氏からの情報です。
 アーユルヴェーダの解説シリーズの22回目です。20回は大乗仏教の「唯識(ゆいしき)」を説明し、阿頼耶識(あらやしき)はコーザル体(原因体)の「識」なので、21回はコーザル体(原因体)の構造を詳しく見ました。コーザル体の心素球にすべてが記録されるわけです。
 今回は、これらの知識を基に「仏教の禅定階梯」を図示しました。阿含経では、禅定(瞑想)には9つの段階を数え、「九次第定」(九つの禅定の段階)としています。色界の禅定が4段階(初禅、第二禅、第三禅、第四禅)、無色界の禅定が4段階(空無辺処、 識無辺処、無所有処、非想非非想処)、それに滅尽定(めつじんじょう)を加えて9つの段階です。
 「色界」の禅定の前に「欲界」の禅定もあります。図をご覧になると、「欲界」の禅定は物質界の3.3次元以下のもの。「色界」の禅定は3.4次元と3.5次元の低層(第5~7亜界)、「無色界」の禅定は3.5次元の高層(上位メンタル界)のアンタカラーナ(内的心理器官)の意思、我執、理智、心素に関係するものだということが分かると思います。心素(チッタ)を超えた領域が「滅尽定」です。
 ヨーガ・スートラにおける最高の三昧は「無種子三昧」であり、ジーヴァ(個我)に合一することなのですが、ゴータマ・ブッダをはじめ仏陀の高弟は、ジーヴァ(個我)が動物システムに沈んでしまっていたので、この界層に入れても「ジーヴァ(個我)」がありません。それゆえ、仏教は「無我」なのです。
(竹下雅敏)
————————————————————————
【仏教の禅定階梯】

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 43