最初から事件なんかじゃなかった
2003年5月、滋賀県の湖東記念病院で、看護助手として勤めていた女性A(当時23歳)が、同院に入院していた男性患者(当時72歳)の人工呼吸器のチューブを外して、殺害したとされた冤罪事件。呼吸器事件とも呼ばれる。(
Wikipedia)

この事件、知ってた?

ニュースで聞いたことはあるが、詳しくは知らん。

ぼくも、たまたまラジオで事件の真相を知って驚いた。これも冤罪だったんだよ。

また、冤罪かい?
犯人とされたのは、当時、湖東記念病院で看護助手をやっていた西山美香さん。「私はやっていない」と、刑務所から両親に宛てた手紙は350通になる。ラジオでは美香さんが、自身の手紙をいくつか朗読していた。
お父さん、お母さんへ、いつも面会に来てくれてありがとう。それなのに、面会の時、わあ〜となってしまい、余計な心配をさせて、ごめんなさい。私は裁判、長引くとは思ってても、秋までかかると言われ、不安な気持ちになってしまいました。私がしっかりしていたら、こんなことにならなかったのに、本当にごめんなさい。私、本当に殺していないし、なんで(患者さんが)死んでしまったのかわからないし。

2003年5月22日、湖東記念病院で亡くなった男性患者は72歳。植物状態で、常に人工呼吸器が装着された状態だった。

その呼吸器を、美香さんが外したと?

そうなんだ。
問題は、外れたら激しく鳴るはずのアラーム音を、院内で誰1人、聞いた者がいなかったこと。実際のところ、アラームは鳴っていないし、人工呼吸器も外れていなかった。死因は痰づまり、不整脈だった可能性が高いとわかったのは、美香さんが刑期を終えて出所した後。つまり、最初から事件なんかじゃなかったんだ。

72歳で植物状態なら、何が起きてもおかしくない。
「アラームが鳴ったと言えば、逃れられる」

患者さんが亡くなって1年、死因がわからないまま、
警察はアラームを聞いたのに適切な処置を怠ったとして、当直看護師を業務上過失致死罪で立件するための取り調べを続けていた。ところが、自白したのは看護師じゃなくて、看護助手をしていた美香さんだった。

自白した? おそらく、取り調べで強要されたんだな。

いや、
彼女は自分から話したんだ。だけど、半分は強要だね。というのも、警察は看護師でも看護助手でもいい、とにかく「アラームが鳴っていた」ことを立証したかった。でも、看護師も看護助手も「アラームは鳴っていない」の一点張り。
刑事は「アラームは鳴っていたはずやろ」と怒鳴る。そして、美香さんは負けてしまった。

弁護士はついていなかったのか?
残念なことに、病院は看護師には顧問弁護士をつけたけど、助手の美香さんはつけてくれなかった。美香さんはたった1人で、30代の男性刑事と向き合わなければならなかった。
美香さんが「アラームは鳴っていなかった」と言うと、刑事は椅子を蹴ったり、机の上にある亡くなった患者さんの写真に美香さんの顔を押し付けたりした。

若い女性に、そんな暴力的なことをしたのか。
「アラームが鳴ったと言えば、逃れられる」と考えた美香さんは、苦し紛れに「アラームは鳴った」と言ってしまう。

ありゃま!!

ところが、そこからが大変だった。「アラームが鳴った」ことで、看護師への追求が厳しくなった。そして、
刑事は言った。「看護師は逮捕する。看護師免許も剥奪されるだろう」と。美香さんは、「アラームが鳴った」ことを否定した。でも、刑事は聞く耳を持たない。

う〜ん、自分のついた「ウソ」のせいで、看護師を窮地に追い込んでしまったんだな。
悩んだ美香さんが出した答は、自分が罪を背負うことだった。

待て待て、そこまでやらんでいい。

美香さんは刑事に言った。人工呼吸器のチューブは体位交換の時によく外れる。だから、自分が外してしまったと。その瞬間、業務上過失致死は、殺人事件に切り替わった。

あ〜あ、病院はなんで、彼女に弁護士をつけてやらなかったんだ?!
唯一すがれるのは刑事だった

その頃の美香さんは、長期に渡る取り調べに疲れ、精神科で「不安神経症」と診断されるほどだった。見かねた両親は、彼女に弁護士をつけることにした。ところが。

ところが?
弁護士が「殺人を認めたら、長いこと刑務所に入る」と言うのに、美香さんは信じなかった。「取り調べ警官は、そんなことないと言ってくれて、ぼくが守ってあげると言ってくれた。」美香さんにとって唯一すがれるのは、弁護士じゃなくて刑事だったんだよ。

なんだと〜〜?! いったい、何がどこでどうなった?

実はね、美香さんが「アラームが鳴った」とウソをついた後、刑事の態度は急変して、優しくなった。

そら、刑事は吐かせるのが仕事、吐いてくれたら優しくなるに決まってる。

そんなことはツユ知らず、刑事が優しくなって喜んだ美香さんは、刑事に自分の身の上話までした。
美香さんは小さい頃から、優秀な二人の兄と比べられてコンプレックスを持っていたんだ。それを聞いて刑事は言った。
「美香さんは、むしろかしこい子だ。普通と同じで、変わった子ではない。」美香さんは「初めて、自分が認められたようでうれしかった。」

だが、それまでは椅子を蹴られたり、死人の写真に顔を押し付けられたりしたんだろ?

でも、優しくされた。

たぶん、これまでの人生、愛されてこなかったんだね。
美香さんは刑事にのめり込んだ。長時間の取調べさえ、「ルンルンな気分」だったと言う。

取り調べがルンルンだぁ??

呼び出されてもいないのに、警察に顔を出したり、刑事宛てに手紙を書いたり。美香さんの供述調書にもこう書かれている。「私のことで、こんな真剣になってくれる人は初めてでした。刑事さん、私を見捨てないでください。こんな私を最後まで見守ってください。」(
Wikipedia)

あ〜あ、愛されてこなかった人は、何が愛かを知らない、だから、だまされてしまうって、竹下先生がおっしゃってたな。刑事は守るどころか、美香さんを刑務所に入れようとしているんだぞ。

そんなの、恋する乙女には通じないよ。
結局、2004年7月美香さんは逮捕され、翌2005年11月、懲役12年の有罪判決が下されて、和歌山の女子刑務所へ移された。留置所から刑務所へ移る前、「寂しくなる」と言って刑事に抱きついたと言う。刑事も、あからさまに拒む事はしなかったと言う。 (
Wikipedia)

そんなことまでされて、刑事の良心は痛まなかったのか?

そして、美香さんは刑務所から両親にこんな手紙を書いた。
誰も刑事のこと、好きなんかならへんのかも知れんけど、あの時は、あの刑事だけが私の味方や、と思っていたさかいに、父さん母さんですら、信用できへんぐらいやった。私もアホやったわ。バチ当たったんや。親のこと、コケにしてしまって、早く出たいよ。早く、お母さんの料理食べたいよ。

なんか、ストレートすぎると言うか、幼なすぎると言うか、純粋すぎると言うか。親の顔が見てみたいわ。
再審のために奔走した両親

美香さんのお母さんは、美香さんが刑務所に入ってから脳梗塞になって、足が不自由になった。お父さんは、娘との30分の面会のために、お母さんを車椅子に乗せて、普通列車を乗り継いで、片道4時間かけて、和歌山の女子刑務所に通い続けた。

親にちゃんと愛されてるやん。なのにどうして?

両親は裁判のやり直し、つまり再審のために一生懸命に弁護士を探した。でも、
2017年〜2021年の5年間で再審請求の受件数は1059件。そのうち再審が決まったのはなんとわずか2件。間違って有罪とされた人にとって、再審は「最後の砦」なのに「開かずの扉」なんだ。だから、弁護士も引き受けたがらない。

「最後の砦」なのに「開かずの扉」? 有罪にされたらおしまいか?
美香さんが刑務所に入って5年、両親は再審のために奔走した。弁護士が見つからないので国会議員、県会議員、市会議員にも頭を下げ、知事にも報道にも手紙を書いて、滋賀県一と言われた弁護士にお願いして、ようやく第一次再審請求にこぎつけたのに、あえなく棄却されてしまった。

5年経ってもまだ両親はガンバってる。美香さん、やっぱ愛されてるよ。

第一審から2年経過した2012年、
両親は、弁護士会館名簿を見ながら、あいうえお順に電話をかける方法で、
ついに、井戸 謙一(いどけんいち)弁護士にたどり着いた。57歳まで、32年間裁判官を務めた井戸弁護士は、
弁護士として再審を手掛けるのは初めてだった。なぜ、引き受けたのか?
井戸:それは、ほとんど「開かずの扉」だから。成果がなかなか出ないので、引き受けたくないという弁護士は多いんでしょうけど、しかし、無実の人が、現に服役していて、それを救い出す必要があるということになったら、結果がどうであれ、やるだけのことはやるのが弁護士としての職責だと思うので。

井戸弁護士は考えた。警察が集めたはずの証拠が何ひとつ、裁判の証拠として出ていない。これを開示させれば、美香さんに有利な証拠がきっとあるはず。もうひとつは、死因を厳密に検討するために、法医学者の鑑定意見書を新規の証拠として出した。

なんか、光が見えてきた。

一方、刑務所にいる美香さんは精神不安で、幻視や幻聴に悩まされ、自殺未遂にまで追い込まれていた。

最悪じゃんか。
救いとなった「発達障害」

でもね、窮すれば通ずるんだよ。
闇に光が差し込むように転機が訪れた。12年の刑期もそろそろ終わろうかという2017年、
美香さんを取材してきた中日新聞記者がひらめいたんだ。美香さんには何らかの障害があるのではないか? その話を聞いた弁護士は、美香さんに発達・知能検査を受けさせた。すると、美香さんには軽度の知的障害、ADHD、愛着障害があることがわかった。検査を行った精神科医は、「知的障害を伴う発達障害は『パニック状態で判断力を失い、自暴自棄になりやすい」と指摘した。 これには、井戸弁護士も驚いた。(
Wikipedia)
井戸:発達障害なんて、全然思ってなかったですよ。そういうふうに説明を受ければなるほど、と。彼女のいろんな言動がかなりよくわかる。違うトコに気がパーッと行ってしまうんですよね。興味のあることしか行かないんですよ。

なるほど、担当刑事への思い込みの激しさや、「アラームが鳴った」と認めてしまう軽率さは、そこから来ていたのか。
この結果、美香さんの自白は証拠として使えなくなったんだよ。

なんと、発達障害があったことが救いだったのか。
2017年8月、美香さんは12年の刑期を終えて晴れて出所した。再審で無実になった娘を我が家に迎える、というお父さんの願いは叶わなかったけど、
それから3年後、2020年3月31日の再審で、とうとう美香さんは無罪判決を勝ち取った。

「開かずの扉」がとうとう開いた。長かった。でも良かった。
再審における3つの大きな問題点
井戸弁護士は、再審の厚い壁には3つの大きな問題点があると言う。1つ目は、有罪の証拠を提出する検事と、無罪の証拠を提出する弁護士が対等ではないこと。警察が国民の税金を使って、大勢の警察官を使って、捜索・ガサ入れでゲットしたたくさんの証拠は、みな検察が持って行ってしまう。しかも検察は、それらの証拠を裁判所にも弁護士にも見せてくれない。もし、検察が全証拠を開示してくれたら、弁護士がそこから有利な証拠を見つけて、裁判所に提出できるのに。

フェアじゃないなあ。
2つ目は、裁判所が再審開始を決定すると、検事が不服申立てできること。これのせいで、無実の人が無罪になるまで何十年もかかってしまう。袴田事件みたいに。

これも、検察有利になっている。
3つ目は、再審に関する手続き規定がないこと。再審の申し立てをしたら、裁判所が受理して、裁判官、検事、弁護士の三者協議を開く。でも、三者協議をやるかどうかは、裁判所の一存で決められる。そうやって
裁判所は、かんたんに再審を却下することができる。

検察も裁判所も、再審から逃げ回っている気がする。

国家賠償責任がめんどくさいんだね。
日本国憲法第17条:何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。(
Wikipedia)
映画「それでも、ぼくはやってない」で日本の司法の実情を描いた、周防正行(すおうまさゆき)監督は話す。「基本的には、たぶん、人権というものに対する考え方、理解の差で、やっぱり日本は人権というものが確立されてないんだな、と感じます。」
周防正行監督

はあ〜、うすうす気づいていたが、やっぱりそうだったか。

さらにこう話す。裁く側の人たちに、なんでこれが無罪にならないのか?と聞くと、これを無罪にしたら、三審制の信頼が崩れて、四審制になるからだと言われる。
三審制(さんしんせい)とは、裁判において確定までに上訴ができる裁判所が2階層あって、裁判の当事者が希望する場合、3回までの審理を受けられる制度。(
Wikipedia)

三審制で正しい判決が出ないなら、四審どころか、百審までやるべきだ。それをやらずに、無罪を有罪のままでいいというのは、めんどくさがりすぎだろ?
周防監督は、袴田事件が話題になっている今を逃すと、また数十年変わらないことを危惧している。今が、再審法の改正のチャンスなんだよ。無罪になった美香さんも協力している。
国家賠償請求訴訟の裁判
さらに美香さんは、国家賠償請求訴訟に踏み切る決断をした。
美香さん:障害を持っている私が、「国賠をすることが、どんだけ意味があることかわかりますか」と言われて、「そんなに力あるかな」と思ったんですよ。でも、苦しんでいる人がいるかもしれない。取り調べで、めちゃくちゃキツイことを言われて、自分がやってもいないことを「はい」って言ってしまって、そのまま何もしないまま、刑務所に入らされてる人もいるかもしれない。助けてほしいという人もいるんだということを言われて、「あーそうなんだー」と思って、それなら、私が国賠することが、意味があるんだったら、「先生、やるよ」って言ったんですよ。

ラジオはこの後、「20年目、西山美香さんは一歩を踏み出した」で終わる。

だから、タイトルが「20年目」だったのか。

しかし、話はここで終わらない。
美香さんの国家賠償請求訴訟の裁判が始まる。そして 2024年5月、第11回口頭弁論で、美香さんは好きになった刑事と対面する。井戸弁護士が刑事に「美香さんのことを、個人的にどう考えているか」と聞き、県側の代理人が「質問ではなく意見にあたる」とさえぎった時、美香さんは「答えてください。犯人と言ったらいいじゃないですか」と詰め寄って、裁判長に制される場面もあったそうだ。(
Wikipedia)

美香さんて、自分の気持ちにものすごく素直な人だな。

そうだね。
第13回口頭弁論でも美香さんは、ウソの「自白」をした背景として、刑事への恋愛感情を話した。刑事に会いたかったので、「自白」のような話をすれば、刑事が自分の話を聞いてくれると思ったと。取り調べの間、美香さんは刑事に「『大好き』と毎日言っていた」と。だから、その前の口頭弁論で、刑事が美香さんの気持ちに「気づかなかった」と言った時、「うそばかりついて、ひどいなと思った」と。(
Wikipedia)

正直な子だ。こりゃ、刑事の方が戸惑うわ。
2025年7月17日、大津地方裁判所は、警察による捜査は違法だったとし、滋賀県に約3100万円の賠償を命じた。一方、国への訴えは退けた。

なんか最近、こうゆうシーン、多くない?

大川原化工機事件も警視総監が謝罪してたね。

違法な警察の取り調べや、冤罪が目に余る。今こそ、再審のやり方を見直す時だな。

美香さんの戦いは、まだまだこれからも続く。
Writer
ぴょんぴょん
1955年、大阪生まれ。うお座。
幼少期から学生時代を東京で過ごす。1979年東京女子医大卒業。
1985年、大分県別府市に移住。
1988年、別府市で、はくちょう会クリニックを開業。
以後26年半、主に漢方診療に携わった。
(クリニックは2014年11月末に閉院)
体癖7-3。エニアグラム4番(芸術家)
その声の主は、2003年滋賀県の湖東(ことう)記念病院で起きた、人工呼吸器取り外し事件で有罪となった西山美香さん。事件当時23歳だった彼女も、12年間の服役を終え、再審で無罪判決を受けた時はすでに40歳。私が耳にしたのは40代の彼女の朗読でした。
冤罪という重い内容にもかかわらず、思わず引き込まれたその番組は、2024年に日本民間放送連盟賞、2025年に第62回ギャラクシー賞ラジオ部門「優秀賞」、第51回放送文化基金賞ラジオ部門「最優秀賞」を受賞した、「CBC ラジオ特集『20年目』」の再放送でした。