ぴょんぴょんの「日本製を守る」 ~中小企業を潰しにかかっている日本政府

 この頃、SNS(X)では国産応援のツイートがよく見かけられます。これは、国産・無添加にこだわる中小企業が、自ら発信することでフォロワーを増やした結果です。無添加のハム屋、無添加のせんべい屋、無添加の味噌屋などなど・・自分の店の特徴をアピールすることで、売り上げもプラスになっているようです。
 食品関係だけではありません。縫製工場、織物職人、かばん職人、伝統工芸の職人なども発信しています。
 その中で、特に深刻だと感じたのは、下請けの縫製工場です。彼らは高度な技術をもちながら、低賃金で働かされてきました。なのに、グローバル化の波で、中国、ベトナム、バングラデシュなど海外に仕事を奪われ、仕事が減って経営不振になり、跡継ぎもなく、どんどん潰れていく。また、縫製工場に生地を卸していた織物職人も仕事が減り、工場が潰れ、日本独自の貴重な織機が、ただのくず鉄となって捨てられていく。
 ただ、こうして海外製品に占領されたかに見える日本市場にも、わずかに生き残ってがんばっている中小企業がいます。ただ、ネックは価格です。どうしても日本製は、海外の大量生産と比べると値段が高くなり、敬遠されてしまう。
 でも、人間の身体は正直なもので、無意識に着心地の良いものを選んでいます。波動が高いものを、選んでいると言えばいいでしょうか。アレルギーの方は特にそうです。そういう方たちが、良質な日本製を推していること。そして、SNSのおかげで生産者と消費者が結びつき、良質な日本製品を生産する工場が売り上げを増やしているのは、うれしいことです。
(ぴょんぴょん)
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ぴょんぴょんの「日本製を守る」 ~中小企業を潰しにかかっている日本政府

中小企業潰しが起きている



ぴょんぴょんが、いつかこんなこと言ってた。

あいつが? なんて?

クリニックをやっていた27年間、一番景気が良かったのは、開業したての数年間だけ。それ以後は、経営が厳しくなるばかりだったって。

アハハ、患者が来なくなったんだな。

いや、保険点数の改定ごとに、病床数20以上の大病院の点数は上がるのに、病床数19以下、無床診療所・クリニックは点数が減り続けてるって。

大病院優遇か。そりゃ、またどうして?

国は、診療所・クリニックを大病院へのただの紹介窓口にしたいみたいだよ。

外国じゃ、そうなっているからな。

とにかく、小さいところに厳しくして、経営が成り立たないようにしながら、大きいところには優しくして、ますます儲かるように仕向けているみたい。

ほお、病院関係も、中小企業潰しが起きているのか。

ある日、取引先の社長がふとつぶやいた。「やってらんないよ。政府は中小企業を潰したいのかって思うわ」 最初は冗談かと思った。でも話を聞いていくと、それは**冗談ではなく“現場のリアルな感覚”**だった。(note

日本政府は“中小企業を潰したい”のか?」にあるように「この国は、“成長しようとする中小”に冷たい」。中小企業にはいくつもの足かせがあるし。

社会保険:従業員5人以上になると強制的に払わされるが、「頑張って雇用を増やそうとする企業への“罰金”」に見える。
インボイス制度: 消費税免税の特例が使えなくなる。登録しなければ取引から外される。中小が実質的に値下げを強制される構造。
労働時間の規制:法令に従えば現場が回らない。経営者だけが睡眠を削って対応する状況に追い込まれる。
note


この結果、中小企業は、じわじわ利益が減る、借り入ればかり増える、社長が病む、従業員が辞める、次の世代が継がない。note


創業57年の縫製工場の忍耐


それ聞いてたら、創業57年の縫製工場の3代目、笏本(しゃくもと)氏のことを思い出した。

へえ?

工場でミシンの音を子守唄に育った彼は、生活が楽ではなかったと言う。

「なぜ、うちの家族はたくさん働いているのに、休みもなく旅行にも行けず、裕福でないのか。ずっと損している。頑張っているなら、幸せになって当然じゃないのか?」(livedoor News

高校卒業後、工場を継がない選択をした笏本氏は、近くの美容室に勤め、働きながら実家を支え、通信で美容師免許も取った。だがその頃、母親が体調を崩し、手術することになった。

さっきの中小企業の末路、「社長が病む」だ。

母親から、繁忙期なのに工場の人手が足りないと言われ、美容室の仕事を終えて工場に向かった彼が、そこで見たものは?

自宅の隣にあるとはいえ、入るのはかなり久しぶりの工場。一歩足を踏み入れ、目を見張った。そこには、有名ブランドのネクタイがずらりと並んでいたのだ。「どうせ、うちの工場では、安価な無名の商品を大量生産しているんだろう」と、想像していた笏本さんはそのとき、純粋にこう思った。「うちの家、実は、すごいんじゃね?」(中略)...なぜ、こんなにすごい仕事をしているのに、母親は働き詰めで苦しんでいるんだろう? 心から幸せそうに見えないのは、なぜだろう?」(livedoor News


有名ブランドのネクタイを作っているのに、お金がない?

それが、この国の実態だよ。そこには、古くからの、発注元と下請けの主従関係がある。

(前略)例えば「この仕事を1000円でお願いします」と言われたときに、「1500円もらわないと割に合わないんだけどな」と思っても、「いや1000円しか出せないから」と言われたら「じゃあそれでいいです」と受けるしかありませんでした。(中略)...僕の祖母と母も、生活のためにずっとそうやって仕事を請け負っていました。
OTEMOTO

さらに発注元は下請けに、ホームページを作るな、工場見学をさせるな、他の業者と取引きするなと制限をつける。

なんでだろう?

技術の独占だよ。一方、下請けは言いなりにしないと、次の仕事がもらえない。日本では、下請けはずっとこういう扱いを受けてきた。それでも、景気のいい時は回っていた。しかし、グローバル化が進むと、発注元は、コストの高い国内工場より、安い海外工場に仕事を回す。下請けが仕事をくれと泣きついても、返ってくる言葉は 「そんな約束、した覚えはない。(X)」


日本製を追い詰めたのは日本の古い上下関係で、とどめを刺したのが国だった。

家業を継ぐことを決心した笏本氏


だが、笏本氏は考えた。

このまま僕が家業を継がなかったら、このミシンの音が、消えてしまう。祖母の代から積み上げてきた伝統も、職人さんの技術も、途絶えてしまう。自分をここまで育ててもらった家業に、目を背けてよかったのだろうか?(livedoor News

そしてついに、家業を継ぐことを決心。

うわー! きっとお母さん、喜ぶよ。

ところがどっこい、母は、

「私の代でこの会社は潰すから。あんたに多額の借金を背負わせるわけにはいかない。私の代でなんとかきれいに清算するから、お願いだから継がないで。」livedoor News

ええ〜?!

これが、子を思う母の心だ。工場は5,000万円の借金を抱えていた。母とけんかになりながらも、 笏本氏の決心は揺らがなかった。その結果、「泥船にのったバカ息子」と笑われ、赤字続きで貯金も底をつく。ただ、彼はこう考えた。


消えゆく日本製を守るために、笏本氏は自社ブランドを立ち上げて、SNSで自分の思いを発信し続けた。が、はじめのうちは大変だった。

初年度の売上30万円。 ブランドを立ち上げても、 365日のうち、360日は売れなかった。 年末の通帳残高800円。 まったく、笑えなかった。 それでも、 冬の寒い工場で 「それでも続けよう」と決めてから10年。 あの泥臭い時間が、 間違いなく今の僕らの背骨をつくっている。(X

そうして、彼の努力は徐々に実り、今、ここまで来ている。

今までなら「1000円で」と言われたら「はい」としか言えなかったものを、「1500円です」とこちらが言う。「それでは無理です」と言われたらそこで終わり。祖母や母、職人たちは、そう言えるだけ価値のある仕事をしてきたんだということを示したかったんです。OTEMOTO

よく、ここまで忍耐したね。 

経営が安定してきた今も、笏本氏は訴え続ける。

日本の縫製業は、静かに縮小しています。ニュースにならないまま、ミシンが止まり、工場の灯りが消えていきます。私は思います。日本製は、守るだけでは残らない。選ばれ続けて、はじめて残る。そのためには、技術だけでなく、なぜ作るのかと、伝え続けることも必要です。(中略)...速さではなく、丁寧さで。 量ではなく、質で。X

政府が変わらないなら、ぼくたちが声をあげるしかない。こうやって、中小企業の経営者が本音を発信することで、ようやく社会は気づくかもしれない。(note

笏本氏がヒットを飛ばしたおかげで、生地を卸している播州織の工場にもファンが増えた。


「タマキニイメ」のビジョン


いいね、相乗効果。で、播州織ってどんなの?

播州織(ばんしゅうおり)は、兵庫県(旧飾磨県)西脇市を中心とした地域で生産される綿織物。先染めによる平織りが有名で、主にシャツ地として利用される。かつては欧米をはじめ中東やアフリカにまで輸出されたが、中華人民共和国からの廉価品の流入で、生産量自体は減少傾向である。

播州織のハンカチ
Author:Bio06940[CC BY-SA]

Wikipedia


播州織ついでに、「タマキニイメ」を紹介しよう。


タマキニイメ?

玉木新雌と書く。社長のペンネームらしい。

変わった人だね。

と言うより、彼女の著書「きもちいいはうつくしい」を読むと、はっきりしたビジョンを持った人だとわかる。というのも、彼女のブランドは、ただデザインして縫うだけでなく、自社で糸から布を織っているんだよ。

織るところからやってる? 実家が織物工場なの?

いや、彼女はアパレル企業に勤めていたが、独立して、播州織の職人と出会い、織り方を教わった。そして、自社工場に力織機(機械動力式織機)を設置して、自分で織り始めた。本当は、糸を染めるところからやりたいそうだが。

播州織職人・西角さんに(中略)...播州織の歴史を教えてもらって、昔自分(西角さん)がちっちゃかった頃は親が糸の染めもやってたし、それを乾かして織って、それを大阪まで売りに行って、それの繰り返しだったんだよという話をしてくれて。えーっ!それってできるんだ!と思って。(中略)...時代に応じて業態が変化したのが現在の産地の姿であって、元からそうではなかったってわかったのは、全部自分たちでできるんだと、すごくワクワクした。(きもちいいはうつくしい 109p)

播州織に使用されていた力織機
Author:松岡明芳[CC BY-SA]

なにも、そこまでやらなくても。

彼女のビジョンを知ったら、その意味がよくわかる。

自給自足が私の夢だから。それが完璧にできたとしたら、そんなに愉しいことないよねって思う。それが理想だと思ってる。(中略)...私、倉庫に力織機を置いて自分で織り始めた頃、戦争が起こると本当に思ったんですよね。戦争が起こる気がすると思って。別に何の確信もないし、可能性としてね、(中略)...絶対今の資本主義の「当たり前」が当たり前じゃなくなる日が近い将来来る、っていう危機感を、急に持ったんですよね。(きもちいいはうつくしい 135p)

スゴい! 戦争の危機感を感じながら、仕事している?

さらに、いざと言う時に、自社工場が地域の支えになることまで考えている。

これからの世の中、何が起こるかわかんないっていう意味で(中略)...「駆け込み寺」みたいになりたいっていうビジョンはずっとある。(中略)...いざってときに、ああ、あってよかった、と思ってもらえる存在と言うか。ブランド・会社自体がそういう存在でなければいけないから。(中略)...究極いざというときに、どんだけ人を助けられるかがすごい大事だろうと思う。(きもちいいはうつくしい136p 〜137p)

すごいなあ。ぼくなんて、自分が助かることしか考えてないのに。

だろ? カネ儲けで服を作ってるんじゃないのよ。

アパレル関係に、こんな進んだ人がいるんだ。日本製を残すためにがんばっている人には、意識高い系が多いね。


Writer

ぴょんぴょんDr.

ぴょんぴょん

1955年、大阪生まれ。うお座。
幼少期から学生時代を東京で過ごす。1979年東京女子医大卒業。
1985年、大分県別府市に移住。
1988年、別府市で、はくちょう会クリニックを開業。
以後26年半、主に漢方診療に携わった。
(クリニックは2014年11月末に閉院)
体癖7-3。エニアグラム4番(芸術家)


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