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「それ、うちの学校でやってみませんか?」
16年前、私が市の教育委員をしていた頃、県の社会教育センターに出向していた先生が地元に戻ってきて中学校の教頭先生になりました。教育センターで、学校を地域とのコミュニケーションの場として活用する事を学んできたそうです。
毎年、新学期を迎えて学校の管理職の先生と教育委員会の懇親会が開かれます。私はお酒も飲まないし、偉い方にお酌して回るような場が苦手です。いつも席を立たず、じっと座っています。
偶然、その先生の隣に座った私。先生もお酒も飲まず、他の先生のように挨拶して回るのが苦手のようでした。二人で静かに話していくうちに意気投合していつの間にか私の夢を話していました。
「中学校に親子の居場所を作って中学生と赤ちゃんが触れ合う機会を作りたい。でも学校の壁は厚くて『空いている教室はない』『安全管理は?』『誰が責任取るの?』と言われます」と。
始め、先生はその発想にびっくりされましたが私が具体的な案を話すと目の色が変わっていきました。
実は先生も社会教育を学んできたものの何をどう実践したらいいのか考えあぐねていたようなのです。「それ、うちの学校でやってみませんか?ちょうど空き教室を利用して地域ルームを作ったばかりです」と言われました。
「えっ?本当ですか?」「月に一度でいいです。赤ちゃん連れの親子がその教室で過ごしているところに中学生が昼休みに遊びに来るのはどうですか?」「おもちゃは持っていきます。スタッフも集められます」と畳み込む私に「校長先生に話してみます。時間をください」という展開になっていきました。
私が今までしてきた事のほとんどがこのような展開で始まります。アイデアが浮かんでも1人ではできません。だから釣り糸を垂れて漂いながら魚が引くのを待っていると、予期せぬときに引きが来るのです。
5種体癖でヴァータの私は、いいも悪いも直感ですぐ行動します。エネルギーがぐんぐん動くので難儀だなあと思う時もあります。
赤ちゃん広場の準備
早速、子育て広場を立ち上げて一緒に働いていた仲間に話しました。有償ボランティアとはいえ交通費なし、最低賃金以下の1時間500円で働いていましたが更に無償ボランティアの話を持ち掛けたのです。
でも「先はわからないけど、開かずの門が向こうから開いたのだから乗らない手はないね!」とみんなで前に進むことにしました。本当に思いだけで動き始めました。
校長先生も賛同してくれたので下見に行きました。その教室は1階で図書室とトイレの間にあります。珍しく冷暖房完備、キッチンが付いています。学校の裏は公園で駐車場もあり、裏門から直接教室に入れるので便利です。まるで子育て広場のために作ったと言ってもいいような理想的な場所でした。
でも部屋に机と椅子があるので移動させなくてはいけません。赤ちゃんが床で自由に過ごせるマットもありません。学校は部屋を貸すだけで事業費は出してくれません。私達もお金がありません。
無いものばかりですが子育て支援課に事情を話してマットを借りることにしました。おもちゃは家庭からの持ち込み。並べる棚やままごとのキッチン、ランチを食べるテーブルと子ども用の椅子は夫が木工で作りました。
その頃は子育て広場の家具や砂場なども夫を中心にしたおじさんたちが作ってくれました。市に買ってもらうには予算を立てなければいけません。いきなり始める事業にそれは期待できません。でも、それを待っていたら前に進まないのです。
私たちは自分達ができる事ならタイミングを逃さないで行動します。それが民間のフットワークの軽さです。行政は実績を積んだら前向きに動いてくれます。行政にとって私達は厄介な存在かもしれませんが、逆に現場の声を届けて実働するパートナーになれば鬼に金棒です。
ありがたい事に協力してくれる人も出て、畳屋さんがイグサの畳マットを提供してくれました。絵本は隣の図書室にあるのを借りました。幸いなことに司書の先生は絵本の読み聞かせのボランティアリーダーでした。毎回、わらべ歌と絵本の読み聞かせを担当してくださることになりました。
私たちは学校に子育て広場ができることが嬉しくて教室や公民館、お店などにチラシを貼り、地区の民生委員、主任児童委員にも声かけました。
初日は早く行って準備しました。普通の教室を1日限りの赤ちゃん広場にするのが大変です。机や椅子、ホワイトボードを移動して、掃除をしてからマットや畳を敷きます。おもちゃのレイアウトは来る子の年齢に合わせます。中学生も一緒に遊べるようなカプラやボードゲーム、ボールプールも用意しました。
赤ちゃんを見て大騒ぎ
いつもは門が閉ざされて行ったこともない学校です。肝心の親子は来てくれるでしょうか?ドキドキしながら待っていると遠くからパタパタとスリッパの音が聞こえてきました。2歳の子がお母さんに手を引かれて大人のスリッパをはいて登校してきました(笑)
何と初日は赤ちゃんから3歳児までの16組の親子が来てくれました。学校の匂い、チャイムの音など若いママ達はちょっと前の学生時代を思い出して懐かしがっていました。
学校で迷子になった親子が教室の前を通ったり、広場の前の廊下を生徒が通る時など赤ちゃんを見て大騒ぎです。「きゃー!かわいい!!」と黄色い声が聞こえます。先生もやってきて生徒を「こらーっ」と怒りながら自分も身を乗り出して手を振ってくれます。
特別支援学級の生徒は早くから先生と一緒にやってきて赤ちゃんに絵本を読んだり、おもちゃで遊んでくれました。
さて、中学生は遊びに来てくれるのでしょうか?この広場は赤ちゃんと中学生が交流することを目的にしているのですが、あくまでも自由参加です。昼休みの30分間だけ交流できるのですが、どのくらいの生徒が赤ちゃんに興味があるのでしょうか?
ドキドキして昼休みを待ちました。すると男子生徒も女子生徒も雪崩のようにやってきました。赤ちゃんが圧倒されるので入場制限をするほどです。
「抱っこするときは赤ちゃんや保護者に聞いてから抱っこする」「特に首が座っていない赤ちゃんは抱き方を習う」「ハイハイの赤ちゃん、歩き始めた赤ちゃんなどがいるので尊重して丁寧に関わる」「大声を出さない」などのルールを書いた紙をクラスに貼ってもらっていましたが集団で来るとみんなのテンションが上がって大騒ぎになります。
びっくりして泣き出す赤ちゃんや、ママにしがみつく赤ちゃんもいます。生徒達も赤ちゃんとどう関わっていいかわからなくて生徒同士でおもちゃを投げたり、はしゃぎ始めました。こうなると男子生徒は大きいので危険です。
ルールを頭ではわかっていても場に慣れていない、赤ちゃんと触れ合ったことがないとはこういうことか・・・と思いました。
そんな時は特にはしゃいでいる男子生徒に声をかけて、「赤ちゃんを抱っこしたい?」と聞きます。たいていは「はい」と答えます。1人になると急にまじめになります。まず赤ちゃんの前に生徒を座らせ、抱っこしていいか赤ちゃんに聞きます。
赤ちゃんの機嫌が良ければ生徒の両腕を丸くして赤ちゃんを迎え入れる準備をします。その腕の中にすっぽり赤ちゃんを入れます。赤ちゃんのリアルな重さに気が引き締まります。
男子生徒の緊張!嬉しそうな顔!小さな命を前にしたらふざけていられません。赤ちゃんから笑いかけられたり、腕の中で眠ったりしたら嬉しくて一生忘れない体験になります。赤ちゃんの力はすごいなあと思います。
学校に赤ちゃんが来るのが当たり前に
あれからもう16年。コロナ禍の2年間だけはできませんでしたが毎月開催しています。今ではその時の中学生が親になり、自分の赤ちゃんを連れてきてくれるようになりました。子ども達もお兄ちゃんやお姉ちゃんと遊ぶのが好きで、保育園を休んでくる子もいます。
学校に赤ちゃんが来るのが当たり前になって生徒達も落ち着きました。あやし方も上手になりました。
この効果が認められて、2年前から年に一度、3年生の家庭科の授業として取り入れられました。親子と生徒がグループで交流して赤ちゃんと遊んだり、親に色々な質問をします。名前の由来、妊娠や出産の事、子育ての事を聞き、母子手帳やおなかの赤ちゃんのエコー写真を見せてもらって驚いています。
パパが来たときは男子生徒に「お産に立ちあえよ」「赤ちゃんは夫婦で育てるもの」など話してくれます。
生徒は「自分も親からこんな風に大事に育てられたのがわかり感謝したいと思います」と言い、親は「自分も中学生の時にこんな授業をして欲しかった」「自分の赤ちゃんをかわいいと言われたり、子育てを凄いと褒められて嬉しかった」と話してくれます。
この授業が研究発表されて、他の中学校でも子育て広場ができ、授業も増えていきました。
今は、普通に生活しているだけでは子育て中の親子に出会わないばかりか、自分の子どもを産むまでに子どもを抱いたことすらない状況です。
公園のように自由に行ける場所があっても一人ぼっちでは楽しくありません。逆に我が子が公共の場で泣いたり、騒いだりして迷惑かけるのではないかと肩身の狭い思いをしています。
そのために子育て広場ができたのですが、今度は社会との交流がなくなります。分断が進むと無理解が生まれます。子どもが笑ったり騒ぐ声を聞いて通報する人も出てきました。悪循環です。
私は人の営みの中で自然な形で自然な交流が生まれるのが理想だと思っています。目の前に赤ちゃんが居たら「かわいいね」「お母さん頑張っているね」と言ってあげるだけでどんなに励まされるでしょう!
お店に入ってきたら歓迎してあげる。困っていたら手伝ってあげる。子どもが泣いていたら迷惑そうな顔をするのではなく「どうしたの?」と言い、夢中で何かをしていたら面白がって見ましょう。してはいけない事をしていたらその場で教えてあげればいい。
このような何気ない日常のウェルカムが子育て支援なのです。そうしていたら、赤ちゃんや子どもが周りを笑顔にしてくれることに気が付くでしょう。


わが家はオーストラリアの娘家族が1ヵ月間帰国して賑やかなお正月でした。オーストラリアの夏休みは2ヵ月あります。その間宿題なし。大学勤務の娘と小学校の給食のシェフをしているパートナーも同じように休みです。その上、娘は来年で勤務10周年になるのでそれプラス3か月の休みを有給でもらえるとか!なんてこった!
今回は、中学校に子育て広場を立ち上げたお話しです。