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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝64 ― 犯罪シンジケート(総括)
計画に基づく支配体制の完成
1913年末、ロスチャイルドの大番頭であるジェイコブ・シフが中心となる勢力が米国に中央銀行FRBを創設、米国が私人によって金融支配される体制は完成しました。
これに先立ち、すでにロスチャイルドは通信社など情報世界を押さえていました。所有してもいないお金を貸出しで作り出したことにして利息を複利でむしり取る信用創造、この金融はいわば「盗み」であり、それを成立・継続させるには民衆を騙し通す情報統制が必須なのです。
FRB創設以降に情報統制の役割を果たしていくのがADL(ユダヤ名誉毀損防止同盟)であり、このADLもFRB創設の前にやはりジェイコブ・シフらによってブナイ・ブリスの下部機関として創設されています。
Wikimedia Commons [Public Domain]
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ADLは「いわゆるユダヤ、国際金融」に都合の悪い相手に「反ユダヤ主義」のレッテルを貼り、社会的に抹殺する言論統制の情報支配を実施していくのですが、これの裏には暴力の実力行使の暴力支配があったのでした。米国1900年台に移民貧民街に勃興していたハザール・ユダヤ系とイタリア・シシリー系のギャング団が、1920年台の「禁酒法」施行によって急速にその勢力を大拡大したのです。
ADLはこのギャング団たちを支援育成しながら一体となって活動していき、やがてハザール・ユダヤ系ギャング団たちがイタリア系ギャング団を取り込み「殺人株式会社」を設立、更には1930年代始めに北米のギャング団が統一された「全米犯罪シンジケート」が成立します。
この全米マフィアの統一を完成させたのがマイヤー・ランスキーでした。マイヤー・ランスキーのギャング団は、1920年台には中国の阿片ネットワークともコネクションを築いてもいました。ランスキーの事業パートナーだったのがカナダを根城とするギャング団のブロンフマン一族でもありました。
「全米犯罪シンジケート」成立によって、北米に金融支配、情報支配、暴力支配並びにそれが継続される体制が完成したと言えるでしょう。
情報支配の側面で付け足すと、情報支配で重要になっていったのが映像であり、それを受け持ったハリウッドもユダヤ系ギャングにより作られたと言えて、映像世界とマフィアは切っても切れない仲なのです。
こうして完成した北米における金融支配、情報支配、暴力支配の全ての元にあったのが、1881年のロシア皇帝暗殺から始まったポグロムからのハザール・ユダヤ人の米国への大量移民です。それに加えるならば、1880年台のイタリア南部からの移民です。イタリア統一から弾かれた南部の人々が米国に大量移民したのです。
1880年台初期からのユダヤ系とイタリア系の大量移民 ➡ ギャング団の派生 ➡ ADLとFRBの成立 ➡ 禁酒法による不法時代 ➡ ギャング団の勢力拡大シンジケート化 ➡ 1930年台初期「全米犯罪シンジケート」成立
この一連の動きが偶発的自然的に成立したのでしょうか?
全てが計算と計画に基づくものでしょう。1880年初期から僅か半世紀の1930年初期に米国社会は完全に一転しているのです。
Wikimedia_Commons [Public Domain]
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ウクライナ危機、それを利して新たなゴールドラッシュを掴んだレイセオンとロッキード・マーティンら軍事企業、この背景にあって莫大な収益を手にしていたのは、情報は出ませんがアイゼンベルグ社ではなかったか?と思います。
レイセオンとロッキード・マーティンのキーマンは、ブッシュ Jr.政権副大統領ディック・チェイニーです。チェイニー元副大統領はレイセオン社の取締役、その夫人リン・チェイニーは94年から01年までロッキード・マーティン社の重役を務めたようです。
オルタナティブ通信からの情報では、チェイニーはアイゼンベルグ社の大株主。またショール・アイゼンベルグの遺産相続人と結婚していたマーク・リッチがチェイニーを支配し、「リッチは自分の顧問弁護士ルイス・リビーをチェイニーの主席補佐官とし、24時間体制でチェイニーを監視」ともあります。こういった情報はなかなか裏が取れないのですが、“当たらずといえども遠からず”ではあるでしょう。
イラン・イラク戦争でイラクを利用していたのは米国でしたが、イラン・イラク戦争を支配していたのはアイゼンベルグでした。そして「イラン・コントラ事件」で明らかなように、アイゼンベルグが米国政府を支配していました。当時はレーガン政権でしたが、イランとコントラの両方の窓口だったのがブッシュ Sr.副大統領であり、アイゼンベルグと最も深く関わったはずです。その後にブッシュ Sr.は91年に湾岸戦争を引き起こしますが、その背後にはアイゼンベルグがあったでしょう。それ以前の段階でも63年のケネディ大統領暗殺で、アイゼンベルグと当時CIA職員ブッシュ Sr.は深く絡んでいるのです。
ブッシュ親子、ディック・チェイニーらネオコンの背後にアイゼンベルグ一族があるのです。犯罪シンジケートの暴力支配の流れが現在にまで続いているのです。