「教育勅語」理解の決定版!横路孝弘議員の稲田防衛大臣を諭すような国会質疑が素晴らしい 【前編】

竹下氏からの情報提供です。
 この国会質疑は必見だと思います。今話題の教育勅語の本質が理解でき、歴史を振り返ると共に浮かび上がってくるのは、安倍政権が取り戻そうとしている方向性が、15回もの出兵と4回の戦争を起こした戦前の70年であると、自ずと理解できます。安倍政権が排除されなければならない大きな理由がそこにあると思います。その手段として、森友学園を巡る嘘が暴かれ、政権ごと崩壊すれば良いと思います。
 横路孝弘議員の質疑は、問題教師を諭すような校長先生のようで、稲田大臣を救うために改心を促しているようにさえ見えます。これで何かしら変化が起こらなければ、自滅していくしかないと思います。
(編集長)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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稲田「教育勅語・南京虐殺」3/16横路孝弘(民進)の質疑:衆院・安全保障委員会
配信元)

横路議員今日は稲田大臣にですね、あなたの歴史観とか、或いは教育観とか、そういうことを主に質問をしますので、自分の言葉でお答えを、考えを率直に言っていただければというように思います。

1つは籠池前理事長が、テレビで発言するのを見たんですが、稲田大臣とはですね、志を同じくする同志であるという発言をされておられました。今ではなく、多分昔のことなんだろうと思いますが、同じくした志というのは、そういうことだったんでしょうか。

稲田防衛大臣:森友…籠池氏がどういう趣旨でそのような発言をされたのか、わかりませんのでお答えする立場にはありません。

横路議員:前にですね、籠池さんが経営している幼稚園のことを、教育勅語を暗唱、子供がみんな暗唱しているんだというんで、「行ってみたら?」と勧めたことがありますでしょう?しかもご主人は、籠池さん所の顧問弁護士もやっていたと。同じ大阪だと。だから例えば日本会議なら日本会議という場での、同志としての連帯感みたいなものを向こうは持っていたんじゃないんですか?

稲田防衛大臣:私の今、記憶に基づいて御答弁いたしますが、あの、籠池…、あの…、その…幼稚園に行ってみたらと勧めたという記憶がなく、また、私自身は行ったことはありません。そして、日本会議、私も日本会議で講演をしたり、また、そういった活動の場に行ったことがございますので、それを見てとか、また私が弁護士時代に行っていた訴訟などをご覧になってそのように感じられたのかもわからないという風に思います。

横路議員それでは教育勅語についてお尋ねしますが、その前にお渡しした「出兵及び言論統制やテロに関する歴史」という年表がありますよね。これをちょっと見て下さい。この年表はですね、最初の出兵が台湾出兵です。1874年から太平洋戦争が終わるまで、だいたいこの間、71年間なんですね。この71年間に15回の出兵。それから日清、日露、日中、太平洋戦争という4回の戦争が行われています。教育勅語は1890年ですよね。それからずーっと、日本の歴史というのは、これは出兵した記録と、それから表現の自由をいかに取り締まってきたかというようなこと、或いは起きたテロとか、クーデターとかいうようなことをまとめて私が作った年表でございます。これを見るとだいたい、明治、大正、昭和前期の71年間の歴史がはっきりします。

それでですね、大臣は教育勅語をどういう国家を目指す精神を日本として取り戻すべきだという発言、評価をされておりますが、問題は教育勅語は戦前の日本軍による戦争や侵略行為の中で、どんな役割を果たしてきたかというのが大事なんですね。大臣はこの昭和の日本が軍事化を進め、軍事国家となっていった中で、教育勅語がどんな役割を果たしたかというようにお考えでしょうか?

稲田防衛大臣本件は、防衛大臣の所管ではなく、お答えする立場にはありません。ただ私が今まで森友学園に関して、国会の中で教育勅語について随時質問され、お答えしてきたのは、「父母ニ孝ニ(親に孝養を尽くしましょう)、兄弟ニ友ニ(兄弟・姉妹は仲良くしましょう)、夫婦相和シ(夫婦は互いに分を守り仲睦まじくしましょう)、朋友相信シ(友だちはお互いに信じ合いましょう)」など、今日でも通用する普遍的な内容を含んでいるということを答弁してきた所でございます。教育勅語は戦前のように、教育の唯一の根本理念として復活させるべきとは考えておりません。

05:11 

横路議員:あのー、自分の管轄じゃないから答弁できないというのはおかしいんで。今の自衛隊というのは、戦前の日本軍の様々やった過ちや失敗を教訓として今日あるわけでしょ?今日あるわけですよね。だから、もちろん戦前の歴史、どうなるかということはですね、自衛隊のやっぱり責任者としては、その認識は非常に大事だと思いますよ。

教育勅語というのは治安維持法の基に、国民教育の思想的な基礎として神聖化されていったんです。教育勅語の写しはですね、御真影(天皇の写真)とともに奉安殿に保管されて、生徒には全部暗唱することが強く求められたんですね。

特に1938年に国家総動員法が制定されますと、その体制を正当化するために利用される形で軍国主義の教典として利用されてきたんですよ。

だからこの、今お話しになった12の徳目の始めの話は、これは当たり前の話であってですね、いつの時代でもどこでもこうであるべきだという話だと思いますよ。そこに、だから特徴があるわけじゃなくて、この12番「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ(国に危機が迫ったなら国のため力を尽くし、それにより永遠の皇国を支えましょう)」ここがやっぱり一番のポイントですね。そこでわざわざ御真影とともに奉安殿に保管して、生徒が暗唱すると。こういう事になったわけですよ。そう思いませんか?この事をどう受け止められます?そういう扱いをされたという事について。


稲田防衛大臣教育勅語に関して、どのように解釈するかは防衛大臣の所管ではなくお答えは差し控えたいと思いますけれども。教育勅語を戦前のように教育の唯一の根本理念として復活させるべきとは考えてはおりません。

横路議員:あのー、教育勅語についてですね、戦後衆議院や参議院での国会の決議もありました。それは後でご質問しますが、ちょっとこの戦後の教育基本法に至る経過のところをちょっとご紹介したいと思うんですが。

昭和20年、終戦の年ですね。幣原喜重郎さんが総理大臣をやった時に、安倍能成さんが文部大臣になりました。彼が日本の教育改革のためにと言って、アメリカから使節団がやって来たんですね。その時にどういう挨拶をしたか。

始めべからざる戦争を始め、継続すべからざる戦争を継続して、今日の悲惨を招くに至ったのは、歪んだ日本の教育にその一因がある。」と。「日本の教育改革が絶対に必要であることは天下の世論である。」と。「その改革の方向は単に軍国主義、過激国家主義を払拭するのみでなく、なぜ軍国主義、過激国家主義に軽々しく染まったのか、その基礎を深く反省しなければならない。その反省には、日本的なものとか、アメリカ的なものという区別はありえない。真の人類的な高邁な理想に基づいて進まなければならない。」

そして、来たその使節団に対して、「日本は過去における占領政策において、極めて多くの失敗をした。朝鮮において、中国において、満州において、南方においても然りである。それはその国の伝統と実情を無視し、自分勝手な政策の力を以て強いたからだ。私は米国に対して衷心により、日本の犯した失敗を米国が日本に対して繰り返さないことを祈る。」と、こういう挨拶をして、使節団の団長がもう立ち上がって握手を求めたというような光景がございました。

そこで、この戦後の教育基本法の制定に当たっては、どういう人が中心になったか。田中耕太郎、天野貞祐、芦田均、南原繁、安倍能成。こういう人たちが担当したんですね。こういう人たちは戦争中、命を賭けてリベラリズムの思想を守った人たちです。思想の幅は非常にあるけれどもですね、その一点で戦争に対しては非常に厳しい意見を持っていた人たちです。

リベラリズムの思想というのは、人間の尊厳を守り、魂の自立を支え、市民的自由が最大限に確保出来るように社会的、経済的制度を模索して、社会的、政治的運動なり、学問研究を展開することを意味しているんです。田中耕太郎さんは何と言ったかと。「ファシズム国家も、共産主義国家も、そして日本の軍国主義の元における教育も、教育が国家に奉仕する目的とされた。」と。「しかし、教育はやっぱり国家の奴隷ではなかったんだ。」と述べられています。したがって、戦後にできた教育基本法は、「一人ひとりの人格の形成を目指して、平和的な国家と社会の形成者として育成する。」ということになったんですね。この田中耕太郎さんの意見についてはどう思われますか?

10:51 

稲田防衛大臣:先ほど御答弁いたしましたように、教育勅語を戦前のように教育の唯一の根本理念として復活させるべきとは、私も考えておりません。国会の中で答弁してきましたのは、その中にも夫婦仲良くとか、兄弟仲良く、友達と仲良く、それから世界から尊敬される国を目指しましょうという、そういう部分において今も普遍的なものはあるということであります。また、先ほど委員がご指摘になりましたように、教育勅語については、日本国憲法、及び教育基本法の制定等を以て正常の効力が喪失しているということを承知をしております。

横路議員:今この田中耕太郎さんのお話を介しましたが、教育というのはやはり国家の奴隷ではないんだと。一人ひとりの人間の人格を形成することなんだと。こういう点についてはどう思います?

稲田防衛大臣:教育は、正しく一人ひとりの人格を形成するものであると。その点については全く同意をいたします。

横路議員:そこでお渡しした資料の4ページの所に、衆議院の決議と参議院の決議がございますのでそれを見てお答え頂ければと思います。

衆議院の決議はですね、「民主平和国家として世界的建設途上にある我が国の現実は、その精神内容において今だ決定的な民主化を確認するを得ないのは遺憾である。」と。「これは、徹底に最も重要なことは、教育基本法に則り、教育の革新と振興を図ることにある。」と。

しかしなお、今日もですね、その教育勅語が指導原理としての性格を持っているかのように誤解されるのは残念だというような事が書かれています。戦後のことでございますよね。教育勅語ですよ。「主権在君、並びに神話的国体観に基づいているという事実は、明らかに基本的人権を損ない、且つ国際信義に対して疑点を残すもととなる。」ということで、教育勅語とはどうだったかということがここで明確に、衆議院の決議としてあります。この点はどうですか? 教育勅語の根本理念というのは、あなたが言ったように、その親を大事にしろとか、友達を大事にしろという話ということより以上に、その根本的理念がここにあるんだということを決議しておりますが、この点、どう思いますか?

13:54 

稲田防衛大臣:先ほど申し上げましたように、教育勅語はですね、戦前のように唯一の根本理念として復活させるべきなどということは、全く考えていないということでございます。

横路議員つまり教育勅語はここで衆議院の決議があるような側面を非常に持っていたと。それが戦争をずーっと遂行してきたことになっているという思いから、新しい教育基本法を作ろうという風に変えたわけでしょ?その点はご理解できますか?

稲田防衛大臣:教育勅語について、日本国憲法、及び教育基本法の制定等を以て、法制上の効力が喪失していると承知しております。ご指摘の昭和23年の衆議院本会議における教育勅語等排除に関する決議では、憲法98条の本旨に従い、教育勅語等の詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言したものと承知をしております。

横路議員:そして今度は参議院の決議ですね。参議院の決議は、「教育基本法を制定して、我が国家、及び我が民族を中心とする教育の誤りを徹底的に払拭し、真理と平和とを希求する人間を育成する民主主義的教育理念を厳かに宣明した。」と。「しかし、教育勅語が従来のごとき効力を今尚保有するかの疑いを抱く者もあるのを慮り、我らは特にそれが真に効力を失っている事実を明確にする。」という具合に、その当時の話ですよ。しかしこれが残念ながら大臣のように今になっても教育勅語に拘っておられる方がおられるわけですから。この意味、わかります?最初の方はですね、要するに、戦前のこの日本社会、その有り様の間違い、教育の根本になった教育の誤りを徹底的に払拭して真理と平和を希求する人間を育成するんだと。しかし今尚、その教育勅語に囚われている人がいるというのがこの1948年6月の参議院の決議なわけですよね。囚われているのは、あなた、今でも囚われているんじゃないですか?

稲田防衛大臣あのー、囚われているということではなくて、その教育勅語の中に書かれているものの中には、今にも普遍的な価値、すなわち、親孝行、兄弟仲良く、夫婦仲良く、友達を大切にする。高い倫理観で世界から尊敬されるなどですね。そういうものはあると。そういういいものは残す。正しく、不易と流行ということだという趣旨で述べたところでございます。いずれにいたしましても、教育勅語の解釈は防衛大臣の所管ではなく、お答えは差し控えたいですけれども、教育勅語を戦前のように唯一の根本理念として復活させるべきとは考えておりません。

17:25 

横路議員別にあなたに教育勅語の解釈を求めているわけじゃないんです。教育勅語というものが、戦前の日本の社会の中でどういう役割を果たしたのかということなんですね。その親に孝行というのは何も教育勅語を聞かなくたっていいじゃないですか。そのことを言えばいいわけで、わざわざ教育勅語を引用して、そしてご説明されるからですね、あなたの目指しているのはやっぱり教育勅語下の社会なんだということになるわけですよね。

安倍内閣はですね、このあいだの施政方針演説の時に、次の70年間を見据えて新しい未来をつくろうという話をされたでしょう。先ほどの出兵と言論統制の歴史(年表)を見てもらいたいんですが、戦前の70年間は、先ほども言ったように15回も出兵してるんですよ。4回戦争をやっているんですよ。そして表現の自由はここに書いてあるように、いよいよになりました。これは大日本国憲法下の71年ですよ。そして戦後の70年というのは、日本国憲法のもとにあって、一発の弾丸も打たず一人の戦死者も出さなかった70年でしょう。どっちの70年がいいんですか?つまりこれからの70年はどっちの70年を選択されます?

教育勅語というのは、その戦前の70年間の象徴なんですよ。それをあなたに分かってもらいたくて、わたくしはこういう質問をしているんですよ。 


稲田防衛大臣:総理が所信の中でふれられていること、そしてご指摘のように戦後日本の歩みは、一つの国も侵略することなく、一つの戦争もすることもなく、平和で安定した国家を築いてきたと。世界で最も平和な国を築いてきたという誇りを持って、気概を持って、いま現行憲法の下で、憲法が許す範囲において、日本が積極的に世界の平和にも貢献をしていく、そして力による変更ではなく、法と秩序、そして普遍的な人権や自由やといった価値観を共有する国々と協力をして、平和な世界を築いていこうという方針でございます。

横路議員:つまり、この70年間というのは誇るべき日本として、世界に誇るべき時代だったんですよ。先の70年というのは戦争があったりして非常に大変だった。人々の基本的人権も色んな制限を受けたということは年表に書いてある通りですよ。そうするとこれからの70年間も、昔に戻るんじゃなくて、今までの70年間の平和をベースとしてやっていかなくてはいけないと、いうことをあなたに伝えたかったわけであります。

戦争をするにはどんな体制が必要なのかというと、まず教育ですよね。教育勅語は1890年です。教育勅語のもとで子どもたちは天皇につくし、美しく散ることが唯一の価値だと教えこんだわけですよ。国家に奉仕して国家のために死ぬということのできるような人間をつくるということが、客観的に言うと教育勅語の果たした役割なんです。

それから同時に情報管理体制のための秘密保護法を制定してですね、国民に情報を提供しない、秘密を保護する、知ろうとする者には厳しく刑罰を科すという体制が出来てますよね。治安維持の体制であります。治安維持法もだんだん強化されて、戦争に反対する発言や行動はどんどん取り締まりをされていくんです。

私のところの北海道で綴り方教室の事件と図画事件というのがあります。釧路で行われた図画事件というのは、炭鉱夫の日常生活を描いた絵が今の社会を暗く描いているというので、治安維持法違反で教員が逮捕されてるんですよ。作文だって「お父さんがいなくなって大変だ」というような作文を書いただけで、これは戦争に反対してるというんで逮捕されているわけですよ、現実の問題として。

そして最後には国家総動員法の体制、その間テロやクーデターもあって、軍事国家になっていったわけですね。この年表を見て、どのように考えられますか? 受け止められますか? 感想を聞かせていただきたい。

稲田防衛大臣:戦後70年の節目に総理が談話を出されました。その時もまさしく委員がご指摘にったように、軍部の暴走を民主主義がすなわち政治が止めることが出来なかった歴史については、しっかりと反省もし、さらに戦後の平和なあゆみについて誇りを持ち、そして我が国を取り巻くきびしい環境の中で、力ではなく、法の支配による平和の構築を目指さなければならないと感じているところです。

横路議員:その認識は、ずっと持ち続ける認識になります?個人の意見は別だけど、今は内閣の一員だからそれに従っていますというご答弁ですか?今の答弁は。

稲田防衛大臣:私は基本的に、70年談話で総理が様々な有識者の意見を聞かれてまとめられたあの談話の認識に、共通の認識を持っているということでございます。

25:20 

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