パリのノートルダム大聖堂の大規模火災はフランス政府の自作自演!〜イエロー・ベスト運動の沈静化を狙ったものか?!

竹下雅敏氏からの情報です。
 フランス・パリのノートルダム大聖堂で、大規模な火災が発生しました。
 “続きはこちらから”の一連のツイートをご覧になると、今回の火災におかしな点がいくつか見られます。まず、ノートルダム大聖堂は老朽化が進んで壁に亀裂が入るなどして、修復作業中でした。“4月11日には尖塔にある彫像16体がクレーンで下ろされており、彫像の修復作業中に尖塔の改修工事を行う予定だった” とのことで、冒頭のツイートは、その時の様子を現すものではないかと思います。
 また、火災時になぜか修復の作業員と思われる人物が火災現場でうろついている様子が写っています。また、修復の作業員は、今回の火災が“意図的なものだった”と言っているようです。
 今後、様々な事実が上がってくると思われますが、現在の状況から見る限り、どうやら政府の自作自演のようです。ディープ・ステート側は、ノートルダム大聖堂に火を付けなければならないほど追い詰められていると言えるでしょう。
 2018年6月21日の記事「本日は生贄日和なり」では、スイスのジュネーブにあるノートルダム聖堂で生贄儀式を予定していたことが書かれています。おそらく、パリのノートルダム大聖堂でも悪魔崇拝の生贄儀式が行われていたと思われます。なので、今回の火災は証拠隠滅という側面もあるとは思いますが、それ以上に、フランスのロスチャイルド家、マクロン大統領が頭を悩ましているイエロー・ベスト運動の沈静化を狙ったものではないかと思います。おそらく、他にも目的はあるでしょう。今後の情報を待ちたいと思います。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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フランスの引き裂かれた心:ノートルダム大聖堂火災
転載元)

© Sputnik / Dominique Boutin

フランスは15日夜、近代史上最大の悲劇の一つを経験した。15日夜、首都パリの主要な大聖堂、ノートルダム大聖堂が、パリ市民の目の前で燃え上がった。大聖堂の尖塔は崩壊し、支持構造は炎に包まれた。だが正面と2つの塔の崩壊は免れた。

スプートニク日本

火災は現地時間18時50分頃(日本時間16日01時50分頃)に発生した。ある説によると、修復作業のために大聖堂の上層階に設置された足場で火災が発生した。
 火はまたたく間に広がり、尖塔が崩壊した。大聖堂の広報アンドレ・フィノ氏によると、大聖堂に保管されていたキリストの「いばらの冠」を含む主な聖遺物は難を逃れ、運び出された。だが、その最初のものは13世紀に建てられた大聖堂の歴史的な屋根の支えが燃えた。時計と屋根の大部分も崩壊した。

火災のニュースはまたたく間に広まった。町のさまざまな地域から人々が集まり、大聖堂の近くでイースター(復活祭)前の「聖週間」の奇跡を願い、「アヴェ・マリア」を歌った。

パリには一晩中、外国から連帯のメッセージが届いた。在フランス・ロシア大使館もいち早く反応し、ノートルダム大聖堂の火災はフランス及び全人類にとって取り返しのつかない損失だと指摘した。

400人以上の消防士が消火作業にあたった。なお大聖堂が倒壊する恐れから航空機は使用されなかった。


3時40分頃(日本時間10時40分頃)、マスコミは、火はほぼ消し止められたと報じたが、現在も放水は続いている。

マクロン仏大統領はノートルダム大聖堂について、すべてのフランス人の生活の中心であり、フランスの歴史だったと述べた。また大統領は大聖堂の火災について、恐ろしい悲劇だとし、ノートルダム大聖堂を再建すると述べた。

当局は16日に被害の調査を開始する予定。また16日、再建に向けた募金活動も始まるという。再建には5年から数十年かかる可能性がある。

ノートルダム大聖堂はパリの最も有名な観光名所の一つで、12世 紀半ばから14世紀半ばまで、およそ200年かけて建設された。 主要なカトリック教会の一つでもある。大聖堂には貴重な宗教的芸 術作品などが数多く保管されている。

非常に印象的で、 間違いなく初期のゴシック建築の最高傑作であるノートルダム大聖堂は、フランスの数多くの歴史的な出来事を目撃してきた。大聖堂には毎年1400万人の観光客が訪れていた。 またノートルダム大聖堂は、ヴォクトル・ユーゴーの有名な小説『ノートルダム・ド・パリ』 をはじめとした一連の芸術作品にも登場する。

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配信元)



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