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独逸の伯林で見た、聞いた、感じた社会問題、教育問題 ~第83楽章 ベルリンの6月17日通りと戦勝記念塔(ジーゲスゾイレ)

4月も半ばを過ぎて、新学期、入社式を迎えたことと思います。ドイツでは、イースター休暇も終わりました。
ちょっと耳にしたことは、日本の今どきの大学の入学式は多くの学生が黒いスーツ、就職活動も黒いスーツであると聞きました。バブル時代は、もっといろいろな種類があったのに・・とのことでした。
ドイツでは、卒業のパーティーはあるけれど、入学式はないですし、オリエンテーリングぐらいでしょうね・・入社式もないでしょうね・・。

さて、ベルリンのコロナ状況は・・ということで、バスからちらっと見えたのですが、ベルリンの見本市会場が予防接種会場になっているようで、たくさん人が並んでいました。

第83楽章は、ベルリンの6月17日通りと戦勝記念塔(ジーゲスゾイレ)です。
(ユリシス)
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ベルリンのコロナ状況


ベルリンのコロナの状況・・多くの方がワクチンを希望されているようです。息子の友人の妹さんは、喘息を持っているので、早めにワクチン接種をしたと聞きました。ツイッターを見ていると、ベルリン在住の多くの方が、ワクチンに安心と希望を見出しているようです。同調圧力などもありますでしょうか・・。

Author:U.S. Secretary of Defense[CC BY-SA]

また、「ネオナチだけではない、ドイツの多様な陰謀論者 民主主義への不安に忍び込む極右の影」という記事によると、ドイツにおける「極右」「陰謀論者」の実像を、社会学者のオリヴァー・ナハトヴァイ氏のアンケート結果やトビアス・ギンスブルク氏の取材を引用。この記事を書かれた筆者の認識はともかく、ドイツの少なくない人々がコロナや医療をどう考えているのかをうまく伝えていますが、大手メディア寄りですので、大手メディアも99%間違いであると学びましたし、陰謀論も半分は間違っているようですので、どのように真実にたどり着くのか・・竹下先生が語られているように、波動を読むことができない限り、難しいことがわかります。

早速、竹下先生の映像配信の最新号を拝見して真実を理解することができました。ワナが2重にも3重にもなっていますので、大手メディアだけでは、理解することができませんし、陰謀論も間違っているということで、多くの方が混乱して、シャンティ・フーラの時事ブログを読まない限り、本当のところにたどりつけないようになっていることがわかります。


世界中にたくさんある高い塔


さて、ベルリンには、ブランデンブルグ門からまっすぐ、6月17日通りがあり、戦勝記念塔(ジーゲスゾイレ)まで続いています。Googleマップ

6月17日通りとは、ウィキペディアより引用すると、

東西の軸にあたることからナチス期にはパレードルートに指定され、沿道には鉤十字旗がはためいた。道幅も広くなり、1938年には世界首都ゲルマニア構想(ベルリン改造計画)の一環として、国会議事堂(1933年2月に火災。本格的修復は1999年)前にあった戦勝記念塔が現在の位置に移された。ベルリンの戦いで市内の全空港が利用不能になると滑走路になった。

Author:De-okin[CC BY-SA]

戦勝記念塔とは、ウィキペディアより引用すると、

Author:NikolaiSchwerg[CC BY-SA]

当初、帝国議会前の広場に建てられていたが、ベルリンを世界首都に改造するヒトラーのゲルマニア計画の実施に先立ち、1939年に現在のティーアガルテンのグローサーシュテルンのロータリー中央に移設された。




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「グレート・リセット」の主要な推進者であるチャールズ皇太子に関わる事故は「偶然の一致ではない」 ~プーチン大統領とメルケル首相の驚くべき会話

竹下雅敏氏からの情報です。
 読者の方から、「シャンティ・フーラの時事ブログ 寄稿フォーム」へ提供された情報です。
 スプートニクの英語版によると、4月7日に英国で最も裕福な男性の1人であるリチャード・サットン卿が殺害されたとのことです。
 記事によると、チャールズ皇太子は「グレート・リセット」の主要な推進者であり、リチャード・サットン卿はチャールズ皇太子の盟友の1人であったとのことです。もう1人の盟友ペトル・ケルナー氏も、3月27日にアラスカで謎のヘリコプター墜落事故により死亡したとのことです。
 これらの事件について、プーチン大統領とメルケル首相の驚くべき会話が記録されています。2人ともこれらの事故は「偶然の一致ではない」ということを知っているのです。記事では、これらの事件は、「グレート・リセット」に反対する強力な勢力によるメッセージだと言っています。
 この事件から、水面下では「グレート・リセット」を推進する勢力と反対する勢力の激しい争いがあることが見て取れます。「グレート・リセット」が成功するには、アメリカの保守派の人々やロシアを、推進派が打ち負かさなければなりません。アメリカの保守派の中には、Qグループとトランプ大統領が創設した「宇宙軍」があります。「グレート・リセット」の推進派が勝てる見込みは、まず無いと考えるのが常識的だと思います。
 ただ、勝負がついて真相が明らかになった時には、ほとんどの人がワクチンを打った後ではないかという気がします。そういう人たちを救済するために、メドベッドが推奨されるのかも知れませんね。そうすることで、ブラックキューブ(人工知能666)に人類は、より完璧にコントロールされるというわけです。なかなかよく出来たシナリオです。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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プーチンとメルケル:チャールズ皇太子と関係のある「グレート・リセット」の大物たちの謎の死を「偶然ではない」と同意
転載元)
ソルチャ・ファール、そして彼女の欧米の読者への報告
 
本日クレムリンで発表された新しい安全保障理事会(SC)報告書の意味をよりよく理解するためには、昨日の電話会議でのプーチン大統領とドイツのアンゲラ・メルケル首相との間の驚くべきやり取りが記録の最初の部分に記載されているが、まず40年以上にわたる二人の緊密な個人的関係の歴史を調べる必要がある。
 
その歴史とは、冷戦初期の西ドイツで生まれたメルケル首相が、1968年にドイツの与党であるマルクス・レーニン主義社会主義統一党が主催する公式の共産主義青年運動である「自由ドイツ青年」に参加したことに始まる。その後、東ドイツに移り、1973年から1978年まで物理学を学んだ。1973年から1978年までライプツィヒのカール・マルクス大学で物理学を学んだメルケルは、工学系大学の助教授職に就こうとしたが、その条件として、国家保安省(シュタージ)の職員に同僚の報告をすることを求められたという。
 
メルケルは、「自分はスパイとして十分な秘密を守れない」という理由でこの命令を断った。そのため、シュタージは、メルケルのような西ドイツの高名な市民を対象としたスパイ活動について、シュタージが管理・指導している旧ソ連の主要な情報組織である国家保安委員会(KGB)にさらなる指導を要請したのだ。
 
1975年にKGBに入隊したプーチンは、サンクトペテルブルク高校281で15歳から学んだドイツ語を流暢に話すことが評価されて採用された。
 
今は亡きKGBとシュタージのファイルには、メルケルとプーチンの関係についての記述は一切ないが、メルケルが1978年から1990年まで、東ドイツのベルリン・アドラーズホフ地区にある科学アカデミーの中央物理化学研究所で働き、学んでいたことは注目に値する。
 
-シュタージが12,000人の精鋭警備隊を駐屯させていた重要な地域である。
 
-1985年から1990年までのKGBの主な報告先は、第一部長のウラジミール・プーチンであった。

-その後、東ドイツとソビエト連邦が消滅し、驚くべきことに、1999年の最後の日にプーチンがロシア連邦の指導者になり、2005年11月22日にメルケルがドイツの指導者になり、現在では二人とも大国の指導者としては最も長く務めている。
 
このような歴史を知っていれば、この記録でプーチン大統領とメルケル首相が、米国はノルドストリーム2プロジェクト(Nord Stream 2 project)を制裁で止めることができないことを理解しており、そのために欧州に圧力をかけようとしていることに同意しているのも不思議ではない。しかし、EUはその重要性を理解しており、このプロジェクトはドイツにとって重要であり、ロシア産ガスの低コスト化はドイツの産業の効率化につながるため、米国が欧州にパイプラインに対する公式な制裁を課して建設を中断させることはできないだろう。

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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第6話 ― ヒトラーの背後の存在たち

 『永遠なるヒトラー』の「はじめに」に、ヒトラーが居住し執務をしていた場所が記されています。

彼はベルリンではなくオーバーザルツベルクの山荘にあって、山麓と森に囲まれて執務する。さらにはまた、岩を爆破して作られた山道を登り、エレベーターに乗って、山荘のはるか上に作られた水晶宮とよばれる山頂の家でも...(以下略)

ヒトラーは都会を離れ、山中で居住し執務を取っていたのです。
 なるほど、常人とはかけ離れた発想や思考行動が生み出された秘密の一端がここにもあったのだと知らされます。
 自然に囲まれた山中でインスピレーションを得るためもあったでしょう、ヒトラーは自己と対峙すると同時に、霊存在や宇宙人グループとも交信していたと思われます。ヒトラーは霊媒体質でもあったのです。
 前回の編集者さんの時事ブログからの引用で、
彼に憑依していた霊の集団が、SSP(秘密の宇宙プログラム)を主導してきた
ヒトラーには、ブラック・ロッジ(闇の館)の大主の1人が憑依していたため、ヒトラーの予言は、そのほとんどが実現
と明かされていました。
 ヒトラーにはブラック・ロッジの太守や霊集団(宇宙人グループ)が憑いてもいたわけです。ヒトラーの背後には彼が所属するブラック・ロッジの存在があったわけです。そして、そのヒトラーは第2次世界大戦を勃発させ、SSP(秘密の宇宙プログラム)を進めていったのです。
 ただし、これはヒトラーとナチスその背後のブラック・ロッジのみで発動し、進められたわけでは決してありません。救世主を装うホワイト・ロッジ、そしてそのホワイト・ロッジの宇宙人グループである「銀河連合」なども複雑に絡んでいるのです。
 違う言い方をしましょう。第2次世界大戦を導いたのはホワイト・ロッジもあります。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第6話 ― ヒトラーの背後の存在たち

ヒトラーの師カール・ハウスホーファー 〜「ヴリル・エネルギー」の探求


ヒトラーが見ていたのは、超人や神人とも称される「“新人類”の創造」を主導することでした。そしてそれを実現する鍵となるのが「聖杯」であり、性錬金術でした。

性錬金術によるクンダリニー・エネルギーの上昇がそれとなります。クンダリニーエネルギーを彼らの使う別の言い方をすると「ヴリル・エネルギーです。


地上世界の救世主たる自覚を強く持っていたヒトラー、ヒトラーをこのように師匠として導いたのがカール・ハウスホーファーでした。

カール・ハウスホーファーは地政学者でしたが、それ以上にオカルティストであり、エドワード・ブルワー=リットンの小説『来るべき種族』に傾注していました。小説に登場する地底民族ヴリル・ヤが駆使する「ヴリル・エネルギー」に着目したのです。

ハウスホーファーは1918年に「ヴリル・エネルギー」の獲得を目指しヴリル協会を設立していますが、彼の「ヴリル・エネルギー」の探求はそのずっと以前から始まっていました。チベットを訪問しラマ僧の集団に接触し、また日本の緑龍会にも入会しています。

こういったハウスホーファーの動き、そしてハウスホーファーとヒトラーとの接触、そしてヒトラー政権誕生までの簡単な年表が、大正編 第7話に記した以下のものです。

*1908年直近 カール・ハウスホーファー、ラマ僧から奥義を授かる。
*1908〜10年 カール・ハウスホーファー、日本に駐在し、この期間に緑龍会に入会。
*1918年 トゥーレ協会、ヴリル協会設立される。
*1919年 ヒトラー、トゥーレ協会に潜入。ナチ党結成へ。
*1921年 カール・ハウスホーファー、ヒトラーと出会う。
*1923年 ハウスホーファー、ミュンヘン一揆で収監されたヒトラーと『わが闘争』を共同執筆。
*1926年〜 ナチス、チベット奥地への探検隊派遣開始。
*1933年 ヒトラー政権誕生。

ヒトラーはハウスホーファーと出会う前の青年期からワグナーに傾倒し、食費を削ってまでもワグナー作品の鑑賞にでかけていました。特にヒトラーがワグナー作品の中でも注目したのが「聖杯伝説」でした。

そのヒトラーがハウスホーファーと出会うのは、ヒトラーがトゥーレ協会に軍の命令で潜入し、ナチ党が結成され、その総統(フューラー)になった後間もなくのことでした。

ハウスホーファーがヴリル協会を設立した1918年にはトゥーレ協会も結成されていますが、ハウスホーファーはトゥーレ協会の会員でもあったのです。

ハウスホーファーと出会ったヒトラーは、ハウスホーファーが説く内容「ヴリル・エネルギーを獲得・駆使するものがこの世界を制覇・支配する。そしてヴリル・エネルギーを本来駆使していたのがアーリアン民族。アーリアン民族がこの世界の支配者となる。」を強く確信します。

それで1926年から1942年までナチスはチベットへ毎年調査団を派遣し、チベットのあるラマ僧組織と強固な繋がりを持つようになったのです。

ナチスがチベットに派遣した調査団(1938年)

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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第5話 ― ヒトラーの「聖杯」

 超壮大にして美麗な「聖杯神殿」をヒトラーは設計していました。そしてヒトラーは、その「聖杯神殿」を中心にした世界首都ゲルマニア計画を立てていた、と『ヘブライの館2』「ヒトラーの超人思想」の中で明かされています。そして実際にそのヒトラーが設計した「聖杯神殿」と世界首都ゲルマニアの模型の写真が載せられています。
 ヒトラーはこの「聖杯神殿」と世界首都ゲルマニアのことを、ベルリン陥落の最後の日まで気にかけていたとのことです。ヒトラーの思想と行動、その元には核心部分があり、その核心を理解する鍵となるのが「聖杯」ということです。
ヒトラーの超人思想」の中では続いて次の記述があります。

ヒトラーの死後、側近の一人は次のようなことを語っている。

「ヒトラーの目的は“支配者の種族”の確立でもなければ、世界の征服でもなかった。これはヒトラーが夢見た大事業のための単なる『手段』にすぎなかった。
 ……ヒトラーの真の目的、それは“創造”を行うことである。神の事業を、つまり『生物学的変異』を実現することにあったのである。この結果、人類は天上に昇ることになろう。
いまだかつて前例を見ない半神半人の“英雄現出”こそ、彼の究極の目的だったのである」

超人もしくは神人とも表現される“新人類創造”こそが、ヒトラーの思想理念と行動の核心部分だったと見て間違いないでしょう。そして“新人類創造”の鍵となるのが「聖杯」だったのです。

「聖杯」とは何か?「ヒトラーの超人思想」の中で「聖杯」の一般的であろう認識が次のように示されています。

「聖杯」とはイエス・キリストが最後の晩餐で用いた「聖なる杯(さかずき)」であり、十字架から滴る彼の血を受けたものである。この失われた「聖杯」の伝説は、「アーサー王伝説」の中心的主題の一つとして広まり、イエス・キリストを刺したといわれる「ロンギヌスの槍」と合わせ、ともに失われた2つの秘宝を手にする者は、地上世界の支配者になれるといわれた。

 しかし、この「聖杯」の一般的な認識は皮相部分であり、本質ではないことは過去既に縷縷示してきました。「アーサー王伝説」で騎士たちが探し求める「聖杯」とは、実は「マグダラのマリアだった。」というべきでしょう。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第5話 ― ヒトラーの「聖杯」

ヒトラーの天才部分=理解不能の秘密 〜多種万能の才能を示すヒトラー


邦題『永遠なるヒトラー』の原作者ヘルマン・ラウシュニングは、1934年、家族を国外へ逃した後に、自身もゲシュタポからの銃の乱射を受けながら国外逃亡し、イギリスへ亡命。

邦題『永遠なるヒトラー』はアメリカへ落ち着いてから書き始め、1939年末に出版されたものです。

ラウシュニングが国外逃亡したのはヒトラーへの恐怖心からだったのですが、その彼をしても、ヒトラーの抜きん出た万能の才能については次のように記しています。

彼は企画し、改良し、設計図を描く。実際、彼はモデル設計家であった。否定することのできぬ才能をもっていた。賞賛者たちの目には、彼は、どんなこともできるようにみえた。彼は万能の人であった。あらゆる分野に刺激を与えた。建築家・将軍・学者・詩人・政治家・経済学者等、皆が、それぞれの仕事に役立つ決定的なアイディアを、ヒトラーから受け取っていた。ロヤルマール・シャハトが告白しているように、ヒトラーのもとを辞去するときは、だれもが、解放され、元気づけられて仕事にもどることができるのであった。
(『永遠なるヒトラー』p323~324)

ヤルマール・シャハト
Wikimedia Commons [Public Domain]

ここに出てくるヤルマール・シャハトですが、1923年12月からドイツ中央銀行の総裁を勤めた人物です。彼は1930年に一旦はドイツ中央銀行総裁の職から離れ、ナチスと接近。そして1933年のヒトラー政権下で再びドイツ中央銀行の総裁を任じていった人物です。

本籍は国際銀行家の一員と見なせるシャハトもまた、銀行家のシュローダー男爵と同様にヒトラーに魅了された人物の一人だったのです。

様々な方面にも深い造詣と才能を示したヒトラー、その素顔に関してナチス崩壊時にヒトラーと結婚したエヴァ・ブラウンの日記が興味深いです。『ヘブライの館2』の「アメリカの極秘文書が伝えるヒトラーの意外な素顔」に出てくるその日記によると、ヒトラーは女性の美容に関しても達人の域にあったようです。

そしてこの日記によると、ヒトラーは非常に繊細内気で理解不能の秘密を隠し持っていたと記しています。

また、ヒトラーの語ったことはそれがどんな奇天烈に思えようと実現していくという意味のことを記しています。事実ヒトラーの予言はそのほとんどが実現しています。ラウシュニングも次のように記しています。

ヒトラーが、談話の中で、まだ将来の目標、おそらくは、はるか彼方の目標として示唆していたことが、その後、数年たった今、不気味に、目標をあやまたず活動しはじめている
(『永遠なるヒトラー』p321)

ヒトラーには遠い未来のことまでもはっきりと視界に入っていたようです。これが彼の天才部分であり秘密部分でもあったでしょう。これは多分ヒトラーが20歳そこそこから練り上げてきた思想理念であり、その核心部分とは「新たな人類(超人・神人)の到来」になるでしょう。

実は彼(ヒトラー)は予言者だったのです。今の時代に超人が現れること、人類が2分化することを予言していました。これは彼に憑依していた霊の集団が、SSP(秘密の宇宙プログラム)を主導してきたからだと思います。
(中略)
予言が当たるというのではなくて、予言をしたグループがその予言が実現するように自ら行動しているわけで、その計画から彼らの邪悪さが推し量れます。
2017/11/07 時事ブログ)
当時のヒトラーには、ブラックロッジ(闇の館)の大主の1人が憑依していたため、ヒトラーの予言は、そのほとんどが実現しています。予言という形でヒトラーはヴィジョンを見せられたのだと思いますが、これは彼らの計画でもあります。
2021/03/15 時事ブログ)

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独逸の伯林で見た、聞いた、感じた社会問題、教育問題 ~第82楽章 ベルリンの病院、救急待合室を観察してみると・・

 4月になりましたね。ベルリンは黄色と紫のクロッカスが咲き始めて
春らしくなっています。先週は、メルケル首相のイースターの期間の聖木曜日の4月1日から月曜日の4月5日まで、土曜日以外、お店を閉鎖するという発言から、その後、撤回ということになり、発言に振り回されました。お店が閉まるなら、多めに購入しておく必要があり、そうでないのなら、多めに買う必要がないからです。

 こんなコロナ時代においても、私自身、ホスピタルなどは関係ないような生活をしていくだろうと思っていた矢先、ベルリンの病院を観察するチャンスが訪れてしまいました。

 第82楽章は、ベルリンの病院、救急待合室を観察してみると・・です。
(ユリシス)
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ドイツの病院と保険システム


ドイツでは、ほとんどの人が公的保険、ドイツの法定保険に加入しています。私立保険に加入しているのは、富裕層や一部の人と言われています。多くの方が家庭医をもっていて、そこで大きな病院を紹介されたり、学校の試験の欠席証明書などを書いてもらう仕組みになっています。

Wikipedia[Public Domain]
ドイツの公的保険の一つであるAOK

我が家は、最初にカイロプラクティックのようなマッサージのところへ行きましたら、病院の証明書がないとできないと言われ、紹介されて、カトリックの病院へ、そして、検査をして問題がないので、違うところを紹介すると言われ、ベルリンの某病院の救急にたどり着きました。すでに金曜日の18時を過ぎていましたが、多くの方が救急の待合室に座っていました。コロナ患者は別の入り口になっていました。


さて、救急の待合室にはどんな方がいるのでしょうか。
日本だと赤ちゃんや子供が来ているようですが、この日に観察した限りでは、子供はいませんでした。また、純粋なドイツ人というより、外国人背景の方が多いように見えました。結局、こちらの救急に4時間以上もの間いたことになりますが、すぐに行きますねと医者からいわれて、この「すぐ」というのが、1時間40分かかりました。あるおばあさんも、「私は4時間も待っている!」と文句を言っていましたので、皆さん同じなようです。夜遅くなると、こちらが24時間開いていることを知っているホームレスの方が暖を取りに来ていることも観察できました。セキュリティーに追い払われる場面もありました。そしてわかったことは、かなりの時間待たされますが、夜遅くても、検査をしたり、昼間のように機能していることに驚きました。


非常に長く待たされますが、大事なところは機能しているようです。
聞いたところによると、医者も看護師も8時間ごとの3交代シフト体制になっているようで、こちらでは、夜23時から朝7時まで、午前7時から15時まで、15時から23時までの交代制であると聞きました。

また、興味深いことは、日本のように1階出入り口付近の会計がなく、ドイツの健康保険のカードを最初に受付にて提示することで、すべてデーターがつながっていますので、請求書などがあれば、住所に送られる仕組みになっています。病院にて会計をする必要がないのです。

Author:ルム(トーク)[CC BY-SA]

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