*まるっと◎なんくるないさぁ~* あい∞ん在宅看取り介護5

 1990年に「病院で死ぬということ」という本が出版されました。かつて外科医だった山崎章郎氏がその当時、当たり前のように行われていた「1分1秒でも患者の命を伸ばそうとする延命至上主義」の医療に疑問を投げかけ、社会に大変な衝撃を与え話題になりました。病院での最期の時を家族とともに納得する形で迎えたいという患者さんの願いに応えられるよう「ホスピスケア」が注目されるきっかけともなりました。その後、ホスピス病棟は全国的に広がり、身体へのケアだけでなく精神面でのケアも含めた終末期医療への理解が広まりました。
 しかし一方で、山崎氏によると「どんなに病院らしくない解放された環境を提供しても」「最期まで家に居たかったと打ち明ける患者さんが少なくなかった」という現実があったそうです。「誰にも気兼ねをせずに、自分が主人公」で居られる自宅での環境が身体の緊張を解き、痛みも和らぐケースが少なくなかったそうです。
 さらにもう一つ、日本の高齢化を受けて病院のベッド数が圧倒的に不足し、来たる2025年には、およそ55万人の人々は病院で看取ることが事実上不可能と見られています。そもそもおいそれとは入院させてもらえない事態も考えられます。今後、自宅や老人施設でのより良い介護や看取りができるような施策が早急に求められています。
 そのような状況を受け、山崎氏は、患者さんが家に居ながら、患者さん本人が望む医療を提供する「在宅ケア」に重心を移されました。「ケアタウン小平」という施設で在宅での看取りを24時間体制でサポートされています。こうした在宅医療に取り組む診療所の数は全国的に増加しているものの、医師を始めケアスタッフの人手不足など課題は山積みで、ケアタウン小平でも地域のボランティアが多く参加されているようです。

 あい∞んさんは、ご両親の納得の上で在宅介護を選ばれました。いよいよ支援を受けながらの介護が始まります。
(まのじ)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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あい∞ん在宅看取り介護5

Q. 平成31年3月末、あい∞ん家に「居宅介護支援(ケアマネジメント)サービス」の契約のための担当スタッフさん達が来られることになりました。
ずいぶん慌てたそうですね。

そうなのです。
担当の介護師さんが家に来て下さる前に、とっちらかり放題だった部屋を片付けることも同時進行してました。将来在宅介護を検討されている方は、一部屋だけでも、多人数が集まれる片付いたスペースを準備しておくことが必要かも…と、反省。こんな反省しないといけないのは、私だけかもしれませんが(笑)。

介護が始まる前や訪問入浴を始める前や、何かを始める前には、関係者一同が集まってミーティングをして、当事者の意思確認してからでないと契約できないシステムになっています。
我が家では、多いときは5~6人が集まりました。


この日は、最初に介護支援専門の看護師さんがお見えになりました。
《居宅介護支援(ケアマネジメント)サービスに関する契約書及び説明書》という重要事項等の説明書&契約書の冊子を頂き、説明を聞いた後、契約欄にサインをしました。
本人はサインが出来ないので、本人欄は家族が代理でサインをしました。
この時に、「ベッドに手すりがあった方が良いかもしれません」とのことで、手すりレンタルの予約をしました。



また、これまで父は「要介護2」の状態でしたが、急激に身体の機能が低下した為、「介護保険書の再申請を直ぐにしましょう」とアドバイスを受け、その手続きを取りました。その結果「要介護5」となりました。

契約に当たって、家族構成や同居者を聞かれました。
そして簡単に介護の流れの説明を受けました。例えば、本人がトイレに行けない場合は、朝昼晩は採尿し計量することや、水分補給、食事のこと、医療行為や、緊急時の連絡のことなど、介護していて直面する様々なことが想定されていました。
訪問介護の希望の回数と希望の時間帯、医師の往診の曜日と時間帯の説明の他、福祉用品がレンタル出来ることや訪問入浴などもお願いができることが分かりました。


この日の午後には、これまでのかかりつけ病院から担当の訪問看護師さん2人、これからお世話になる在宅医療指定病院から医師、訪問看護ステーション管理者の看護師さん、記録係の看護師さん、そして午前中からの担当の看護師さんが一堂に会して、横たわっている父と挨拶や引き継ぎをしました。

この時、ドクターが父に、

「入院しなくても、往診するので家に居たままで心配しなくて大丈夫ですよ。」
「必要なお薬もこちらで出せますので大丈夫ですよ。」
「家に居て点滴したり、痛みをコントロールしたり出来ますから心配無いですよ。」
「何かご希望がありますか?何でも言って下さいね。」

いろいろ父に話しかけて聞いて下さったと記憶しています。
父は「はい。よろしくお願いします。」というような簡単な返事をしていたと思います。
希望は?と聞かれても、多分自分でも良く解らず、詳しい内容などは言えないのだろうなと思います。


その後、別室に移動して、今度は父を外したメンバーでのミーティングでした。
これまでに至る病状や、本人、家族の希望などの説明と引き継ぎが済むと、今後の介護についてドクターと看護師さんからの説明がありました。投薬の説明や、食事や清拭、排泄など具体的に話し合いました。

ドクターはここでも

「痛いと可哀想ですから、点滴やお薬で痛みはコントロール出来ますので大丈夫ですよ。食べられなくなっても点滴出来ますから大丈夫ですよ。」
「痛みの辛さは(段階的に薬を変えて最後は麻薬系のお薬で)取り除けるから大丈夫です!心配要りませんから、本人が辛くないように(家で亡くなれるように)出来ますから安心して下さいね。」

本当に親身になって、動けない末期癌の父に同情し親切に言って下さいました。

だけど私は、この場でこそ、自分の想っていることをちゃんとハッキリ伝えなければ、なし崩しに一般的で当たり前とされている治療をされてしまう、という気持ちになりました。
なのできちんと伝えなければ!!と、ドキドキしたけれど自分の想いを伝えました。

「私はなるべく自然の成り行きに任せて、極力薬を使わず、点滴もしないで、自然に枯れるように亡くなることが自然なことなんじゃないかと想っています。
もちろん本人の希望を聞きながら、本人が辛すぎる、痛すぎるから薬や点滴をして欲しいと希望した時には、お願いしようと思っています。
今現在、父は痛みを訴えることはほとんど無い状況で、これまでも自分が我慢出来ない時にだけ薬を飲むスタイルだったので、これからもそうしたいです。なるべく薬などを使いたくありません。


先生はちょっとびっくりされて、

「他の患者さんの所では『少しでも痛みがあったら可哀想だから…先生、少しだけの痛みでも取り除いてあげて下さい』とお願いされたりもしますよ…。痛いのは辛いし可哀想ですからね…。」

と教えて下さいました。
周りの方々も私の発言で、何だかちょっと微妙な空気になったのを感じました。
きっと何て冷たい娘なんだろう…と思っておられただろうなぁ…と想像したり(まぁ確かにその通りなのです!)、理解して貰えないことに傷つくなぁ…(私は今までずっと理解されないで傷つく事が多かった)と思ったりしましたが…。
 
でも、《私がしっかりしなければ!!》と逆に何かのスイッチが入ったような気がします。

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