留守中に家出した「くろまる」
くろちゃん、お帰り。3泊4日のお祭りは楽しかった?
ああ・・。
今週末は近所のお祭りがあるよ。一緒に行こう。
う〜ん・・。
まだ、腰がおかしいの?
いや、腰はすっかり良い。
じゃあ、行こうよ〜♪
悪いが、今日はそっとしといてくれ、またな。
いったい、どうしたの? いつものくろちゃんじゃないよ。
・・実はだな、おれの留守中にくろまるが家出しちまって、まだ帰って来ねえんだ。
ええっ?!
くろまるの世話を頼んだ人が言うには、おれが帰る前日は見たそうだ。ご飯はほとんど食わず、勝手口でずっと待っていたそうだ。
それは心配だ。外はこんな異常な暑さだし。
くろまるは、おれをずっと待っていた。
でも、帰ってこないと思って、飛び出した。なのにおれは、あいつのことなんかすっかり忘れてお祭り三昧だった。
でも、これまで何度も、くろまるが家出した話は聞いたよ。
1ヶ月帰らなかったこともある。だが、あの頃はまだ若くて太ってたから、帰ってきた時も、変わってなかった。だが今はちがう。年取って、ガリガリに痩せている。そんな体で、炎天下をさまよっているかと思うと・・・。
それは、心配だ。
おれは自分じゃ、けっこうタフな人間だと思っていた。
くろまる以外のネコが家出しても、ぜんぜん平気だった。もっと言えば、親が死んでも平気だった。なのに、くろまるがいなくなって、こんなに萎えるとは、自分でも意外だ。
よっぽど、かわいかったんだよ。
はあ~ 思えば、あいつを拾ったのも、こんな暑い日だったなあ。
足にケガして動けなくなってたんだよね。
暑い日に拾って来て、暑い日に出ていくことになるとは、ウワ〜ン(泣)。
大丈夫、ひょっこり帰ってくるよ。
あの、ガリガリが? この猛暑の中で、生きていける? 今ごろ、どっかで、野垂れ死んでるんだ、ウワ〜ン(泣)。
落ち着いて、いつもの強気のくろちゃんはどこ行ったの?
すまん。
強気なときは「大丈夫、帰ってくる」と思えるが、弱気になると「どっかで、野垂れ死んでる」と落ち込む。
まるで、躁うつ病だね。
落ち込んだときは、自分を責めるのが止まらない。お祭りに行ってたから、こんなことになったんだ。そう言えば、くろまるがしつこくて、めんどくさい時は、「もう、帰ってこなくていい」って言ったこともある。
ひえー!
心が動揺している今こそ…
ああ~ おれはどうして、くろまるにもっと優しくできなかったんだ? おれはまちがっていた。外に出さずに、家の中に閉じ込めておけば良かったんだ。マイクロチップを入れておけばよかったんだ。
ええ? マイクロチップとか、一番、嫌ってたくせに?
は! だった、だった、忘れてた。
いくら取り乱してると言っても、ブレすぎだよ。確かにマイクロチップを入れてたら、すぐ見つかると思う。でも、ご遺体とのご対面だってあり得るんだよ。
う〜ん、それもイヤだな。どこかで生きている希望があった方がいいな。
家の中に閉じ込めておけば、逃げ出すこともないけど、くろちゃんは、くろまるの自由意志を尊重したかった。だから、くろまるが出て行ったのも、自由意志だよね。
その通り。それで良かったんだ。良かったのに、そう思えないのはなんでだ?
思い通りにならなかったからでしょ。
エゴか!
今みたいなブレてるときに、やるべきことは、なに?
銅線グルグル巻き?
そうだった! 動揺しすぎて、最強の武器を忘れていた。
よし、丹田呼吸をやる。目の力が抜けて、気が下りていく~
「母なる神様、くろまるが、早く無事に帰ってきますように。」 ガヤトリー・マントラ3唱。
どう?
くろまるはまだ帰ってないのに、気分が激変した。裏返しになってたのが、表にひっくり返された感じ。なんでもっと早くやらなかったんだ? ついでに3マラ(108回✕3)やっちまおう!
おお、やる気スイッチが入ったね。
さらに、スッキリなった。これで、切り抜けられそうだ。サンキュー!
お礼は、竹下先生に言ってね。
ペットロスになる
《翌日》
どう? 気分は良い?
ワオ〜ン! 良かったんだ。落ち着いて、もう大丈夫と思ったんだ。ところが、さっき、
昼寝でウトウトしてたら、くろまるが胸に飛び込んでくる夢を見た。大喜びで目を覚ましたら、いない。その落差に、また落ち込んじゃったよー。ワオ〜ン!
はあ〜、あきれたね。くろちゃんがペットロスになるなんて、想像しなかったよ。そうだ、
ホメオパシーに「イグネシア」という失恋に効くレメディーがあるから、飲んでみたら?
ベロの下に入れて・・・
お! あっという間に、表の世界に戻って来れたぞ。もう、大丈夫そうだ。サンキューな!
積もり積もった「寂しさ」
《翌日》
どう? 元気ー?
とうとう原因にたどり着いたぞ。
原因?
今朝、珍しく早く目が覚めて、くろまるのことを考えていた。そしたら、どっかで暑さにヤられて死んだ、それはおれのせいだと、悪いことしか思い浮かばない。
あんなに、いろいろやったのに、また、裏の世界にもどっちゃった?
そこで
ハタと気づいて、考えるのを止めた。すると、心が静まった、と思ったら、次に出てきたことばはなんと、「寂しい」・・仰天した!
ケラケラ、くろちゃんが「寂しい」って、似合わなーい。
だろ?
人生この方、1人でいるのが一番幸せで、寂しいなんて、これっぽっちも思ったことがない。
だよねえ、それがくろちゃんだよねえ。
だから、「寂しい」というセリフが、一ミリも認められなくて、打ち消したのに、心は「寂しい」と叫んでいる。
そういうとき、誰かと話したらいいよ。ぼくに電話してくれてもいいよ。
朝の5時に電話できるか? それより、この深い、底なしの深淵のような「寂しさ」を、どうやったら、人にわかってもらえるんだ?
たかだか、ネコ一匹いなくなって、深淵のような「寂しさ」とか、大げさすぎない?
最愛の人を亡くしたとか、子どもを亡くした人なら、そういう「寂しさ」を味わうかもしれないけど。
いや、
くろまるの家出は、深淵を覗くきっかけにすぎない。思うに、この「寂しさ」の深淵は、人間として生まれて、何度も転生を繰り返して、積もり積もった「寂しさ」だと思う。
またまた、大げさな。
過去生で愛する妻、愛する夫、愛する子どもを失って、未だに未解決の「寂しさ」の蓄積がある。その「寂しさ」を解決するために転生して、また「寂しさ」を体験して、何重にも重なっていくイメージだ。
まるでバウムクーヘン。
そこで思った、なんで、一生のうちに解決せずに、持ち越して来たんだろうと?
人生はいろいろあるからね、忙しすぎて「寂しさ」なんか、さっさと紛らわして、どっかに忘れて来るんだよ。
だが、
塗り重ねられた「寂しさ」は、魂の深くに刻まれる。おめえは寂しいとき、どうする?
電話するね、彼女とか、親とか。あとはテレビを見たり、映画を見たり?
それで、解決できるか?
気分が変わって、スッキリするよ。
それじゃ、ただのごまかしにすぎん。
そんなこと言ったって、「寂しい」くらいで、お金出してカウンセラーにかかるほどのこともないでしょ。
竹下先生は、心がざわついた時は、自分をカウンセリングすることを勧められた。だが、自分をみつめて、「寂しさ」の深淵を直視するのはけっこうきつい。テレビやマンガや映画でごまかしたくなる。精神安定剤を使うヤツもいるだろう。
薬は、あとがコワいよね。
ああ、薬で封じ込まれた感情はもっと増幅されて、自殺まで行かなくとも、うつ病になったり、次の転生に「寂しさ」を持ち越すことになる。
だから今、解決すべきなんだね。くろちゃんは、どう対処するつもり?
それがだよ、
くろまるのことでモヤモヤしていたら、足元を足長のでっかい蜘蛛がエッサカ走り抜けていった。なんか、ホッとした。台所では、いつも通りの黒い常連がコソコソやってる。おお、いつものメンバーだ。
今の季節、G全盛だからねえ。
散歩に行けば、田んぼの真ん中で、アオサギが偉そうにこっちを横目でにらんでいる。トンボの群れをツバメの一団が追い回している。
いつも見ている景色なのに、なんかホッとしたんだ。山も空も雲もいつもどおりだった。
自然がそばにいてくれると、寂しくないよね。
それから、
壁に飾ってある神様のイラスト。いつもに増して、こっちを見つめている気がする。
心強いね。
そして、
強がって生きてきたおれ自身も、弱い面があると気づいたことで、楽になった。そして、「寂しい」気持ちもすなおに認められるようになった。
誰にでも「寂しさ」はあるからね。これから、
転生をまたいで持ち越した「寂しさ」に、どうやって対処するの?
愛する人と結婚して、愛に溢れた毎日を過ごす・・なんちゃって、今からじゃ遅すぎだな。
次の転生にご期待、だね!
あと、思ったんだが、生まれてすぐの赤ん坊を親から引き離したら、過去からの「寂しさ」がさらに上乗せされるだろう。
だから竹下先生は、生後1年間は赤ちゃんをずっと抱いて育てなさい、とおっしゃったんだね。
前世から持ち越された「寂しさ」を解決するために生まれたのに、しょっぱなから「寂しさ」を上乗せするなんて、やったらあかん。
「寂しさ」の特効薬は「愛」。
ああ、
おれはくろまるに、たくさんの「愛」を注ぐことができて、幸せだったよ。
くろまるも、どっかで感謝してるよ。
おれも感謝している。
くろまるのおかげで、自分の中の深淵と向き合うことができた。
Writer
白木 るい子(ぴょんぴょん先生)
1955年、大阪生まれ。うお座。
幼少期から学生時代を東京で過ごす。1979年東京女子医大卒業。
1985年、大分県別府市に移住。
1988年、別府市で、はくちょう会クリニックを開業。
以後26年半、主に漢方診療に携わった。
2014年11月末、クリニック閉院。
現在、豊後高田市で、田舎暮らしをエンジョイしている。
体癖7-3。エニアグラム4番(芸術家)
そして、気づいたのです。
これまでは、心がざわついた時、テレビに逃げ場を求めていたことに。
そして今、さらにもう一つの精神安定剤を失ってしまいました。
嵐の波間を漂う木の葉のように、不安定になった心を鎮めてくれたのは、やはり、ガヤトリー・マントラでした。