・・・《前回の話の翌日》・・・
くろちゃーん、
くろまる、帰ってきた?
まだだ。
くろちゃんも寂しいよね。旅行から帰って、1回もくろまるに会えてないでしょ。
いや、行く前の、出発の朝から会ってねえ。いつもなら、朝早く飯を食いに来るのに、その朝は来なかった。だから、
最後にくろまるを見たのは、出発前日の夜。
くろまるには、待つ時間が長すぎたんだ。それで、しびれを切らして家出したんだよ。
おれも、後悔している。これまでは家を空けても、せいぜい2泊3日だったのが、今回はじめての3泊4日だったから。
くろまるはたしか、くろちゃんの帰る前日の午後に目撃されてたよね。1日早く帰れば会えてたのに。
でも、どうしても3泊4日じゃなきゃダメだったんだ。くろまるには悪いが、1日くらい伸ばしても、ご飯もあるし、大丈夫と思ったのよ。だが、
結果的には、おれのせいで、くろまるは暑い最中に家出することになっちまった。
まあまあ、そんなに落ち込まないで。くろまるが帰ってきたら知らせてね。
・・・《6日後》・・・
くろちゃん、来ちゃったよ。帰ってきたら知らせるって言ったのに、連絡ないんだもん。
わりいわりい。帰ってねえのに連絡するわけいかねえだろ。
でも、
いなくなって、かれこれ1週間になるよ。
おれだって毎日、落ち着かなかったよ。どんな小さな物音がしても、くろまるじゃないかって、飛んでったりして。
くろまるにしたら、1日め「帰ってこないなあ、でも前にもこんなことあったから、待っていよう。」2日め「たぶん、明日は帰ってくる。」3日め「帰ってこない。これは、もう帰らないんだ」って、出て行ったのかな。まるで、ロミオとジュリエットのすれ違いみたい。
だが、あいつはもう、ここにいないことはわかってる。
ここって、どういう意味?
実は、昨日あたりから、くろまるの波動を感じないんだ。
へえ! くろちゃん、そんなことわかるの?
これまでも、くろまるの肉体とエーテル体の波動は調べていたが、一番良かったときはどっちもアナハタチャクラで、最近やせてからは、エーテル体はアナハタ、肉体がマニプラに下がっていた。
くろまるがいなくなってからも、毎日チェックしていたんだが。
いなくてもわかるの?
「くろまるの肉体の波動」と思いながら、反応する体外のチャクラを探す。「くろまるのエーテル体の波動」と思いながら、反応する体表のチャクラを探す。
1日めは、肉体はマニプラで変わらず、エーテル体の波動はアナハタからマニプラに落ちていた。
やっぱ、家を出て不安だったんだ。
でも、生きてるとわかっただけで、ホッとした。2日め、3日め、4日めも、同じままだった。これだと、いつか、帰ってくるかもしれないと期待した。
生きてさえいればいいよね。
だが、生きていたら、車に轢かれるかもしれない。何があってもおかしくないから、気が気じゃなかった。
ところが5日め、反応が消えた。肉体もエーテル体も、どのチャクラにも反応しない。「とうとう、行った」と思うと、なぜかホッとした。
なんでホッとするんだよ? 死んじゃったんでしょ?
だって、もう苦しまない。ネコという不自由な身から開放されて、自由だ。
たしかに、人に依存しているネコは、不自由だよね。
反応が消えた5日めの明け方、目がパッチリ覚めて、まったく眠れなかったので、くろまるのことをずっと考えていた。くろまるが旅立ったのは、この時間かもしれない。
でもさ、いったいなんで、くろまるは、あと半日待てなかったんだろう? あと半日待てば、くろちゃんは帰ってきたのに。なんで、待たずに行っちゃったんだろう?
きっと、行くべき時だったんだよ。
そんなのがあるの?
くろまるを引き上げる時が来たんだよ。神様の計画では、おれが帰宅してくろまると再会したら、ダメだったのかもしれない。おれが帰る前日の晩、ウルトラマンみたいに、くろまるの
カラータイマーが鳴ったのかもしれない。
くろまるも、M78星雲からきた?
そして、ネコ仲間から伝え聞いた、
ネコの墓場に向かい、約4日間、1人で過ごした。そして、5日めの深夜、時が来て、あっちに旅立ったと思う。
一人ぼっちで、死を待ってたんだ。寂しかったろうなあ。
いやいや、ネコを見ていると、何もしないとき、具合が悪い時は、じっと静かに寝ている。
じゃあ、飲まず食わずで寝たまんま、苦しまないで旅立ったの?
おれは苦しんだが、くろまるは苦しまなかったと思う。これは神様の計画だから。
神様の計画?
7年前のめちゃくちゃ暑い日、足をケガして歩けなくなったくろまるを拾った。ケガしたくろまるを、おれの散歩道に置いたのは神様だと思う。そして、7年後、同じように暑い日に、くろまるは旅立つことが定められていたと思う。
やっぱ、神様の計画だった?
今回の旅行で、満室だったホテルが突然1部屋だけ空いたのも、満席だった飛行機が突然1席だけ空いたのも、くろまるにとって初めての3泊4日になったのも、出発の2日前に腰痛で行けなくなるはずが、銅線グルグル巻きで治ったことも、
すべて、おれがくろまるの最期に立ち会わないよう、神様が取り計らってくれたんじゃないかと思う。
じゃあ、神様がついててくれたんだね。不安もなくて、寂しくもなかったんだね。
おれは、そう信じている。だから、言えるんだ。おめでとう!くろまる!とうとう、ネコを卒業したな。ゆっくり休んで、おいしいものを存分食って、
次は妖精に生まれ変わって来い。そして、いつの日か、人間に生まれて来い。
いつか、会えるといいね。
実は、くろまるが旅立って良かった、と思った後、なんか、ものすごい平和の雲に包まれた感じがしたんだ。その雲は、これまで覆いかぶさっていた暗雲を、すっかり取り払ってくれた。あいつは今、平和の世界にいる。そして、おれに感謝してくれてる。こっちこそ、ありがとう。おれも、おめえみたいなきれいな心になって、平和の世界に旅立ちたい。
・・・《翌日》・・・
おいおい、聞いてくれ!
ど、ど、どうしたの?
今朝方、「ミア〜〜!!」という、ハッキリした声で目が覚めたんだ。
ネコのケンカじゃないの?
いや、ケンカじゃない。
あれはまちがいなく、くろまるの声だった。
とうとう、帰ってきた?!
んなはずねえ、と思って、外を見回したが、姿は見えない。
となると、夢? 幻聴? くろちゃん、自分を追い詰めすぎて、おかしくなった?
だが、あれはたしかにくろまるの声だ。おれにはわかる。
帰ってないのに? 声だけ?
たぶん、挨拶に来たんだと思う。「このたびは、大変にお世話になりました。これから、私は別の転生に参ります」と、ネコとしての、最後の一声を聞かせに来てくれたのよ。
くろまるも、いよいよネコ卒業かあ。
くろまるは、身をもって教えてくれた。周囲に少しくらい迷惑かけても、自分に正直に生きていいことを。今回の旅行で、おれはそれを実践した。くろまるそっちのけで、好きな所で、好きなものを見てきた。くろまるは、そういうおれを見て、もう大丈夫と、旅立ったのかもしれない。
もう、お手本はいらない、お役御免、ってとこだね。
だから、
今はふしぎなくらいに寂しくない。むしろ、くろまるに振り回されていた日々が、大変だったと実感している。毎日忙しかったからなあ。今はヤツに気を使うこともなく、たくさんの時間を自分のために使える。
そう言えば、いつもザラザラだった床が、ツルツルだよ。
掃除機をかけてもかけても、きれいなのは一瞬で、あいつが帰ってくると、すぐザラザラになっていた。あいつがメシを食うと、その周辺は、カリカリの破片や、缶詰の魚が散乱して、きたならしかったな。
やっぱ、家の中にネコがいると大変だね。
そうそう、
おれ、くろまるの形見を持ってるんだ。
へえ? お骨もないのに?
それが、
1〜2週間前のこと、くろまるのご飯の中に硬いもんがあって、何だろうと思ったら、くろまるの牙だった。
へええ? ご飯食べながら、抜けちゃったの?
食べるとき、口の中を痛そうにしてたから、ぐらついてたんだろうな。だがまさかその牙が、こんなに早いこと、くろまるの形見になる日が来るとは。
すごいね。形見まで用意してたんだ。まるで、自分の運命がわかってたみたい。
わかってたと思う・・。
でも、良かったー。くろちゃんがペットロスから脱出できて。最近、ペットロスで精神を病む人が多いらしいよ。仏教の「六道輪廻」では、ペットは畜生道、飼い主は人道と分かれているから、飼い主とペットは一緒に極楽浄土に行けないんだって。だから、高野山のお寺が、飼い主がペットと一緒に入れる納骨堂を作ったんだって。(
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メソメソしてると、金もうけのカモにされるな。
でも、いいんじゃない? 飼い主さんがうれしそうだったから。要は、飼い主さんの気がすめばいいんだよ。
夕べ、ふと思ったんだが、
「おれは、もしかして、くろまるの進化を助けたんじゃないか?」 だとしたら、最期に会えなかったのも、くろまるの進化を早めるためだったのか。そう思ったら、グンと気分が軽くなって、肯定的になれた。
それはね、
江原啓之氏が言ってるよ。「動物を育てることは、たましいへのボランティアなんですよ。」「人間とかかわることで、霊性を高めていって、愛を学んでいく。」(
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竹下先生もそうおっしゃってたな。
そして、
江原さんはペットロスについて、こう言った。「人間に問われるのは、本当にその子を愛しているか?」
わかる。
本当に愛していれば、ペットが進化することを喜べるはず。たとえ、どんなに自分が寂しくても、ペットが幸せになるんなら、なんてことねえよ。
この後、くろまるは妖精になるのかな?
ああ、今ごろ、妖精の養成所に通ってんじゃねえか?
それ、ダジャレ?
アッハッハ!
そこを卒業したら、くろちゃんちの庭に派遣されるかも。
進化系くろまる、待ってるぞっ!!
Writer
白木 るい子(ぴょんぴょん先生)
1955年、大阪生まれ。うお座。
幼少期から学生時代を東京で過ごす。1979年東京女子医大卒業。
1985年、大分県別府市に移住。
1988年、別府市で、はくちょう会クリニックを開業。
以後26年半、主に漢方診療に携わった。
2014年11月末、クリニック閉院。
現在、豊後高田市で、田舎暮らしをエンジョイしている。
体癖7-3。エニアグラム4番(芸術家)
ほんとは、もっと穏やかな気持ちで、送り出せると思っていましたが。
でも、彼には、ネコらしい一生を送ってほしかった。
だから、去勢も予防接種もしませんでした。
それは、都会では許されないでしょう。
最後も本能のままに、山中のネコの墓場に行き、1人で死んだようです。
それも、田舎だからできたことです。
きっと穏やかな最期だったと思います。