2026年2月17日 の記事

[Alzhacker氏] 予告されていた衆院選不正選挙: ISFシンポジウムから 〜 激増している期日前投票の構造的欠陥、開票プロセスの死角、そして選挙制度を改革しようとしない日本全体の体制

 Alzhackerさんが、不正選挙に関する記事をあげておられました。2025年12月に開催されたISF(独立言論フォーラム)のシンポジウム「不正選挙と日本の民主主義を問う」の動画の要点をまとめておられ、ここで指摘されていた選挙制度の「穴」が2ヶ月後の「2026年衆院選で表面化した疑惑とほぼ完全に重なる」ことを提示されていました。
 主な問題点の一つは「期日前投票制度の欠陥」です。
投票率の向上を名目に導入された期日前投票は当初、全投票者の15%程度だったものが、2025年参院選では40%、2026年衆院選では2700万人にまで達したそうです。しかし期日前投票には「期日前投票箱の中身が丸ごとすり替えられても、検出する手段が存在しない」「投票箱の保管体制に法的規定がほぼ無く、実務責任者であれば、そのすべてに物理的アクセスが可能」「使われなかった投票用紙の管理規定が事実上存在しない」などの問題があり、しかも日本では「国民の個人情報は徹底的に管理される方向に進みながら、選挙だけがアナログかつ低セキュリティのまま放置されている」という不可解な状況です。現場の実務者が善意でも、悪意ある圧力があれば不正は可能な構造になっています。
 「開票システムの問題」では、よく聞かれるムサシなどの省力化マシンで候補者ごとに分類した後、人間が点検をして500〜1000票の束を作り、得票計算係がパソコンにデータ入力します。しかし「パソコンの画面は開票所内の誰にも——立会人にも参観者にも——見えない状態に置かれている」しかも「開票所の機械はネットワークに接続されている。(中略)外部からの操作も技術的には可能だ」ということです。
「替え玉投票の問題」は、以前から長井秀和氏が告発しておられますが、今回の大阪府知事選挙で実際に「2回投票できた」という有権者がいたようです。
「選挙裁判の問題」は、実際に選管に数え直しを要請し、県選管への審査申立、東京高裁への訴訟、最終的には最高裁への上告まで戦った方の体験談で、「原告は『不正があった』という証拠を出さなければならない。しかし、その証拠となりうる投票用紙の開示は認められない。証拠を出す手段を制度が封じておきながら、証拠がないことを理由に訴えを退ける」という事実上の門前払いになっている日本の制度が語られました。
 さらに「不正が可能な制度設計がなぜ放置されているのか」という問題がありました。恐ろしいことに「与党も野党も選挙制度の根本的改革を一度も正面から求めていないという事実」が指摘されました。市民以外にこの強固な不正を生む制度を変えることはできないのかもしれません。
 そして最後に、提案されていた4つの「今、市民にできること」を、元記事からピックアップしました。
(まのじ)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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配信元)
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不正選挙と日本の民主主義を問う 第6部
配信元)

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予告されていた衆院選不正選挙: ISFシンポジウムの専門家証言が暴いた「期日前投票」というブラックボックス
引用元)
(前略)
いま、市民に何ができるか
シンポジウムで提示された行動指針を、2026年衆院選後の市民運動の文脈で再整理する。

第一に、期日前投票を避け、できる限り当日投票を選ぶこと。期日前投票の「便利さ」がセキュリティリスクの拡大と裏腹であることは、制度設計のレベルで明らかになっている。

第二に、開票立会人または参観人として開票所に実際に足を運ぶこと。青木は「期日前投票箱を開票前に中を確認する。法律に『見るな』とは書いていない」と述べた。同じ筆跡で特定候補の名前が大量に書かれていれば、それだけで開票停止を要求する根拠になる。この実践自体が抑止力となる

第三に、行政への問い合わせにおいて「法律的根拠を示してください」と求めること。青木が繰り返し強調したこの一言は、選管の恣意的運用に対する最も有効な防御線である。

第四に、2026年衆院選後にX上で急速に広がった「台湾式公開開票方式」の導入要求を、具体的に推進すること。これはシンポジウムでの提言——期日前投票と通常投票の個別開票、保管場所の法的規定と監視カメラ設置、投票用紙残部の厳密管理——と方向性を共有するものだ。
(中略)

選挙制度の穴を一気にふさぐ「解決策」は存在しない。だが、「目に見える距離の政治」——地方議会への働きかけ、開票所への参加、情報公開請求、法的根拠の確認——という分散型の実践を、各地で同時多発的に積み重ねることは可能だ

2026年衆院選後にXで数百万人が共有した「選挙制度はおかしいのではないか」という問いは、もはや一部の活動家のものではない。その問いを、検証可能な制度論に着地させること。それが、このシンポジウムが投げかけた最も重要な遺産である。
(以下略)