青年会議所の広報委員長だった私が振り返る21世紀初頭
〜2001年 特集記事『 道しるべを探して…』7月号を題材に(上)〜

 これから、「道しるベを探して・・・」7月号を前回同様3回に分けて見ていきたいと思います。・・・その前に。
 ぴょんぴょん先生の寄稿文「桜の散る頃に」、非常に興味深く読ませて頂きました。幼い頃(⒐歳時)に父とは死別し24年前に母とも私は死別しています。母との別れ、残念ながら自分なりには頑張ったつもりでしたが、寄稿文のようにはいかず、そうそう美しい別れにはできませんでした。それでも深い共感と学びをもって読み進められました。
 特に最後の部分

死ぬべき時に、人は死ぬし、産まれるべき時に産まれるはずです。どんなに死にそうでも、生きる時は生きるからです。また生がよくて、死は悪いというような思い込みもおかしいです。

生死を人工的に操作することは、苦しみの元であることを、人類が悟るのはいつの日でしょうか。死ぬことはそれほど悪いことでもない。とくに長患いをした人にとっては、ありがたい休息になるのです。

若い頃大学病院で、多くの方が亡くなる光景を見てきました。特に抗癌剤を使った人の最期などは、凄惨だなあと思いました。でも、身近な経験でわかったことは、どんな病気も、いらないことをしなければ、最期はとてもおだやかで、感動的なものにすらなりうるということでした。

余計なことをされずに、親しい人がそばにいて、平和と満足の中で眠るように死ぬことは幸せなことだと思います。

出典:桜散るころに 〜 自宅での介護と看取りの体験(下)

 適切な言い方か分かりませんが圧巻に感じました。そして図らずも実のところこの一文にこそ、当時私が特集記事7月号全体に込めた思いの全て語られています。
(seiryuu)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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特集記事 「道しるべを探して・・・2」  2001年7月号掲載  上 

・チベット奥地での体験記
生命科学に携わる方がチベットでの鮮烈な体験をある雑誌にてつづられていました。

チベット最深部のラチュとういう村で、治療と疫学のデータ収集の手伝いを半月間することになった。それは鮮烈な体験であった。

砂嵐の中、臨時診療所のテントをたたもうとしていると、うわさを聞きつけて遠くの村から、村人が村長を荷馬車に乗せてやってきた。村長はまもなく死ぬのだが、せめて最期だけは日本の医師の手で看取ってやってほしいというのである。

村人は皆、まもなく村長は死ぬものと信じきっている。村人はいつ頃死ぬのか、と問い質しもした。鳥葬の準備に時間がかかるのかもしれない。ところがわが同僚の医師の診断は、(軽い脳梗塞による運動麻痺と軽度の肺炎)であった。彼はてきぱきと点滴をし、村長は死なないのだと説いて回った。この時、村人の間を走った異様な戸惑いの表情を、私は決して忘れないだろう。 ええっ! という感じなのである。日本のような医療施設が一切ない奥地では、人は体が動かなくなり自力で栄養が取れなくなれば脱水症状に陥り、体力が消耗し死んでゆく。本人も死を覚悟し、周りの人々にお礼を述べ、心を固めてゆく。それはそれでたいへんおだやかな死なのである。

 同僚医師は、この事態に何の躊躇もなく、日本にいるのとまったく同様に点滴を施し、救命治療を行った。これはこれで立派な行為である。われわれも少し晴れがましく思った。だが、すえた臭いの垢だらけの足の甲を消毒液で何度もこすって、点滴のための静脈を浮き上がらせながら、私の心の中には言うに言われない異物感がわきあがってきた。その違和は、今ならはっきり言葉にすることが出来る。

それは、この行為によって、われわれが意識するにしろしないにしろ、それまでチベット奥地で不動のものとして共有されてきた死にゆくプロセスの文脈をいま破壊しているのだ、ということである。」


特集記事7月号作成の背景。本当に伝えたかったこと。
死にゆくプロセスの破壊。脳死・臓器移植


 今回特集記事で記載しているのは1998年4月法蔵館発刊の雑誌『仏教43号』に記載された米本昌平氏の記事の一部です。

「チベット奥地で不動のものとして共有されてきた死にゆくプロセスの文脈をいま破壊している」

実はこの一文を通し伝えたかったのは現に日本ではその破壊が最終段階まで進行し、死の基準までも都合で都度変更させられていることだった
のです。

脳死臓器移植の問題です。1997年に臓器移植法が成立されますが、その前に「脳死が人の死か?どうか?」の大きな論争がありました。日本では約30年前から脳死を巡る論争が脚光を受けます。その時分から私は「脳死・臓器移植」に反対の立場でした。

「臓器移植?そんなことまでして長生きしたい(させたい)のか?人間の身体をパーツ、パーツで分ける?まるで機械扱い、いかにも西洋的だな、それでパーツの調子が悪くなったら他人のパーツと入れ替える?不治の病のため?確かにつらいかもしれないけどなぜ受け入れられない?移植を誰が望み誰が受けられる?まず大金持ち。それで実際に不治の病が治ったら?マスコミ大絶賛?でも死ぬことに納得できない人たちでいっぱいになるね。『移植治療さえ受けられたら治ったかもしれない、死なず(死なさず)に済んだのに』と。でも、仏教経典説話集では地獄の亡者は針の山などで責め苦を負わされながらも死ねないので延々とそこから抜け出せず苦しむのが表現されているのだけど?死ねないのも苦しみじゃないのかな?生きた臓器の提供を待ちわびる夥しい人々の姿、見たくないぞっとする光景だな。」

若い私はこういう思い視点で脳死・移植論争の展開を注視していました。





テレビ公開討論会の光景


そのような中、26,7年ほど前に脳死認定(臓器移植)推進派の医師(学者)と反対派の医師(学者)が各3名(だったと思います)が、テレビ中継で公開討論を繰り広げ、家族でそろって視聴したのを覚えています。

反対派の医師(学者)たちの姿勢態度は謙虚で真摯に映りました。「死の判定にはもとより相当の慎重さが求められる。今度の問題は医学だけの問題ではない。日本の歴史・文化、倫理、宗教側面からも検討を要する。その点からも現時点で脳死を人の死と認定するにはあまりにも無理がある。また、医学的に見ても移植後の拒絶反応は熾烈が予測される。慎重でなくてはならず反対せざるを得ない。」おおむねこのような見解が出されていました。暖かい血が通った印象を受ける筋が通った主張だと思いました。

それに対して推進派の医師(学者)の態度、全く血が通った感がない無機質さ、なぜか自信満々で傲慢、見下した姿勢がありありに表れていました。推進派は反対派の個々の見解や主張には応えません。主張はただ「既にそのような技術は獲得できている、それを駆使しないでどうする?」言外に「我々が医学の進歩を担っている。王道を進んでいる。それに対して何を前近代的でカビが生えたような主張をするのか?」という態度です。

これに対し反対派の種々の反論があります。それには推進派は高圧的に一言、言い放ちました「移植以外の根治的治療がなく、待ち望む患者が現にいる。それを見殺しするのが医師か?」。医師に対しては殺し文句です。この発言に対して言い淀む反対派の面々、これに顔を見合わせ「せせら笑う」推進派の面々・・・。

残念ながらこの番組記録は今では見つからず、記憶の映像内容が正確かの証明はできません。しかし、同質の映像光景を私はこの6年間において二回目撃しています。一つは安保法案参院本会議の最終局面、採決直前の野党の反対討論、民進党福山議員意見表明時の公明党山口代表とその周囲が(ヤジを飛ばしながら?)「せせら笑い」談笑している映像です。


もう一つは京大小出裕章助教(当時)と東大大橋教授の討論映像、有名になった「プルトニウムは飲んでも大丈夫・・・」などとうそぶきながら「せせら笑う」大橋教授の映像です。


「脳死は人の死であり臓器移植は医療行為として必用。」「安保法案は適法で有り日本の安全保障のため必用」「原発は安全で日本に必用。」これら3件の主張に共通すること、それはこれら三者とも自身の深い学識・経験・哲学そして信念に基づいて主張しているのではないであろうことです。

「せせら笑い」は「巨大権力で既に決定している路線に、劣等者たちとそれの仲間になって擁護する潮流に乗り損ねた愚鈍者が今更何を言っている?」との態度です。自身のバックには巨大な力と権力が存在し自身はその巨大な存在に連座する代弁者で選ばれし優等エリートであるとの選民意識が明瞭に見て取られます。

ともあれ、当時の若い私でもこの番組ではっきり見えたのは、彼ら脳死・臓器移植推進者はその臓器移植手術は絶対に幾度も幾度も既に動物実験で繰り返し行っており、彼らには今度は何が何でも人体でその実験を実行しようとの非常に強い衝動が存在していることでした。

「日本の歴史?文化?倫理?宗教?バカバカしい。そんなことどうでもいい。我々はその崇高な使命を果たすのだ。」という姿勢が映りました。「医術は仁術」のかけらも彼らには存在しないよう見えていました。(私のように見えた方から批判も多くあったのでしょう。その後、推進側は反対側の批判に詳細に答えてもいます。) 

(了)

Writer

seiryuu様プロフィール

seiryuu

・兵庫県出身在住
・いちおう浄土真宗の住職
・体癖はたぶん7-2。(自分の体癖判定が最も難しかった。)
・基本、暇人。(したくないことはしない。)
・特徴、酒飲み。アルコールには強い。
・歯が32本全て生えそろっている(親不知全て)原始人並み。

これまでのseiryuu氏の寄稿記事はこちら


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