かんなままの「ぴ・よ・こ・とライフ」(12)逆境に遭った時

かんなままさんの執筆記事第12弾です。 

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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逆境に遭った時
“怖い”というのは、それについてあれこれと否定的な事を考えることです。
将来に対して悲観的にイメージし、悪いことを想像していると、そこに恐怖があります。これは、ネガティブで、破壊的な事なのでやってはいけません。そういう現実を自分が引き寄せてしまうことになります。
未来について、あれこれ想念しなければ、恐怖はありません。困難に出会った時には、その時にやらなければならないことを建設的に淡々と行うのです。

出典:「ぴ・よ・こ・と2」竹下雅敏(著)


やっと授かった赤ちゃんを流産してしまいました。おなかが張って、出血して、病院に行ったら亡くなっていたのです。ショックでした。次に妊娠して、又出血した時、流産するのでは?と不安になりました。みんなの勧めで入院することになりました。安静入院なのでベッドから起き上がれません。ちょっと動くとお腹が張ります。身動きできないまま5ヶ月も入院して、気力も体力も弱り、足も細くなって、少し動くだけで息切れするようになりました。次第に私は普通に生めない体なのかもしれないと思ってしまいました。でも、7月になったら赤ちゃんに会えるというのが支えでした。

ベッドの上で、ラマーズ法など自分なりに勉強してお産に臨んだのですが、抵抗力が弱っていたせいか直前に感染症にかかってしまいました。赤ちゃんに感染する可能性があるという事で帝王切開を勧められました。ここまで頑張ったのだからという理由で受け入れることにしました。

自然分娩の夢が破れて悲しい思いと、赤ちゃんに申し訳ない思いで手術室に入りました。ところが予期せぬことが起こったのです。麻酔の失敗で、効かないまま執刀が始まったのです!激痛で苦しがる私。でも、ここで追加の麻酔をすると赤ちゃんが眠ってしまうとの判断で、赤ちゃんが出るまで猛烈な痛みを我慢しなければいけませんでした。

後産の痛みと、傷口の痛みと、お産のショックで私は混乱していました。でも、無事に生まれた息子を見た時、その苦労も癒されました。私の横に眠り、小さな寝息を立てている赤ちゃん。この子の無事のためだけに頑張ったのです。愛しさが募りました。



二人目の妊娠 〜不安と恐怖〜


普段の生活に戻ったのも、つかの間、2人目の妊娠がわかりました。上の子はまだ6ヶ月。流産の不安とお産の恐怖が私を襲いました。今回は息子がいるので安静入院はできません。まして、ここは遠いカナダの地。

pixabay[CC0]


でも、私の選択肢は1つ。どんな状況でも、新しい命を授かった喜びは私の本心であり、そちらを選ぶことに迷いはありませんでした。同じように出血したのですが、開き直るしかありません。祈りながら子育てに専念しました。不思議な事に大丈夫でした。ただ、生む直前になると、あの麻酔の恐怖が襲ってくるのです。怖くて、怖くて、逃げたい気分でした。

普通分娩を望んだのですが、カナダは訴訟の国。子宮破裂のリスクがあるから帝王切開しか許されません。入院した日は―30度。雪が舞い、クリスマスのイルミネーションが町を彩っていました。聖歌隊が蝋燭を持って病室を訪れて、私とおなかの赤ちゃんのために歌い、祝福してくれました。これから受けるであろう手術を覚悟して、眠れない夜を過ごしていたら夜中に陣痛が始まりました。緊急手術になって朝方、無事に娘が生まれました。今度は麻酔が効いてホッとしました。

ところが翌朝、起きようとしたら強烈な頭痛で起き上がれないのです。吐き気までします。これもまた麻酔の失敗!針が髄膜を突き抜けて髄液が漏れていたのです。何という事でしょう!髄膜に自分の血液を入れて凝固させて、やっと起き上がれるようになりました。


目の前の事を淡々と…


帰国して、これ以上、妊娠しないように用心していました。でも、3人目、まして4人目を授かったのです。不思議な気持ちでした。欲しくても妊娠しなかったり、予期せず妊娠したり、すべてに計り知れない意味があり、この子たちは必要な子だという思いに至りました。そう思うと、神聖な気持ちになり、大丈夫だと思えました。でも、現実は、4回も同じところを切ると、癒着や子宮破裂のリスクが増大します。まわりは私の体を心配して反対しました。でも、私の意思は揺らぎませんでした。

以前は、周りの期待や、不安に押し切られて不本意ながら従い、自分でも不安を増大させ、自分や赤ちゃんの生命力を削ぎ、自信を失くし、結果、思わぬ逆境を引き寄せていました。何より、私の意思が不在でした。させられた苦行は苦しいです。でも、どんな理由があるにしても結果を引き受けるのは私です。

ところが、この結果を幸せに変えてくれたのは、その時、苦労して産んだ子ども達でした。かけがえのない子ども達。私に色々な事を気付かせてくれた子ども達。子ども達がいるから逃げないで強くなれました。

だから、3人目、4人目からは自分の意思から逃げませんでした。不安を煽らず、目の前の事をするだけ。大出血した時も、早産しそうになった時も、赤ちゃんに語りかけ、励まし合って乗り切りました。

結果、無事に生まれて来てくれました。

今、はっきりわかります。不安が不安を生むことを。先が見えない時ほど、目の前の事を淡々とするだけです。そこに感情を入れるから混乱するのです。それでも、日々、さざ波のような不安がおし寄せてきます。それを認めます。そして毎回確認するのです。「今できることをしよう」と、こうして強くなって行くのだと思います。

そして、麻酔のミスは私のカルマだったと思っています。始めから相手を恨まなかったので楽でした。ただ、20年後にその時の麻酔科の先生が私を見かけて、駆け寄ってこられ、深々と頭を下げて「あの時は申し訳ありませんでした」と謝られました。偉い教授になっていました。私は驚きました。20年もの間、この思いを持ち続けてこられたのだなあと。私も頭が下がりました。

Writer

かんなまま様プロフィール

かんなまま

男女女男の4人の子育てを終わり、そのうち3人が海外で暮らしている。孫は8人。
今は夫と愛犬とで静かに暮らしているが週末に孫が遊びに来る+義理母の介護の日々。
仕事は目の前の暮らし全て。でも、いつの間にか専業主婦のキャリアを活かしてベビーマッサージを教えたり、子育て支援をしたり、学校や行政の子育てや教育施策に参画するようになった。

趣味は夫曰く「備蓄とマントラ」(笑)
体癖 2-5
月のヴァータ
年を重ねて人生一巡りを過ぎてしまった。
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