独逸の伯林で見た、聞いた、感じた難民問題、移民問題 ~第2楽章 シリアの難民のお医者さんの話

第1楽章のベルリンの街と人々の様子に続き、第2楽章をお届けします。
少し悲しいけれど、異国の地で前に進んでいく人たちへの賛歌です。
シリアは素晴らしい国だったのですが・・。
(ユリシス)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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21世紀は難民の時代




自分の国を離れるということ。
そこには、深い理由があるはず。
それは、難民でも移民でも同じ。

国を離れる思いを甘美でせつないメロディーで
表現した曲
がある。
ラフマニノフのヴォカリーズ。
ラフマニノフがロシア革命でアメリカに
移住する際の望郷の思いを謳った旋律。


Author:Alton[Public Domain]


シリア難民のお医者さんも、故郷アレッポが
崩壊していくのを見て、
気力を失い、
しかし、家族と子供4人を守るために
難民としてドイツ入国した2014年。


pixabay[CC0]


まずは、自分ひとりで、ゴムボートにてシリアを離れ
ギリシャから1000キロ以上歩いて、欧州の地に到着。


それから、ドイツで基盤を作って、
大事な家族をいちはやく呼び寄せた。


難民でさえも早めの行動が吉となる。
受け入れ人数は限定され、
いつでも受け入れてくれる
という甘い現状ではない。

ドイツ語を早めに習得して
医者の仕事を再度ドイツでできるように、
自立できるまで、ドイツの国から支援をうける。

シリアの国は非常に豊かで素晴らしい国だった。
教育費も医療費も無料の国。
地中海に面し、貿易が盛んだった。
レバシリといって、レバノン、シリアは
交渉が上手だと商社でも有名である。
フランスの影響が多い。


pixabay[CC0]


首都のダマスカス、古都のアレッポ。
世界遺産のパルミラ遺跡。



pixabay[CC0]


シリア人をさかのぼると、フェニキア人。
フェニキア文字は、アルファベットの元。


pixabay[CC0]


6年目に入ったシリア内戦。
国外に避難した人は480万人を超える。
ドイツでの難民申請数は、100万人超。

お医者さんは、難民の中では、
恵まれているのかもしれない。
4人の子供たちも元気に小学校に通学。

ベルリンでは、高学歴の難民の方たちの
経歴を活用していく大学プロジェクトもある。



シリア難民のコミュニティーもたくさんあり、
寂しくはなく、逆にドイツ語の習得に邪魔になるとか。

ドイツには、レバノン料理屋、
トルコのケバブに相当する、
アラブ版ケバブのシャバルマもある。


pixabay[CC0]



シリアの医学


flickr[CC BY]


シリアの医学はどうなのだろう?
シリアの医学は、アラブのユナ二医学で
ハーブや薬草をふんだんに使用
するらしい。
アラブ医学は、ヒポクラテスまで
遡る医学の元祖。

ユナ二医学は、中医学、インド医学(アーユルヴェーダ)
とともに、世界三大伝統医学
と呼ばれる。


Author:Allen3[Public Domain]


ユナニ医学(ユナニいがく)とは、現在もインド・パキスタン亜大陸のイスラーム文化圏で行われている伝統医学であり、古代ギリシャの医学を起源とする。中国医学、アーユルヴェーダ(インド伝統医学)とともに、世界三大伝統医学のひとつとされる。ユーナニ医学、ユナニー医学、ユナニティブ、ギリシャ・アラビア医学、グレコ・アラブ医学、アラビア医学、イスラーム医学ともよばれる。「Yunan」ということばは、(アラビア語でもそうであるが)ペルシャ語で「ギリシャ」(Ionia)という意味で、「Yunani」とは「ギリシャの」(Ionian)または「ギリシャを源にするもの」という意味である。イスラム医学、イスラーム医学と呼ばれることもあるが、イスラーム世界で発展したとはいえ、ネストリウス派キリスト教徒やユダヤ教徒など、多くの異教徒の学者も功績を残している。また、民族的にも非アラブ人であるペルシャ人(イラン人)やトルコ人、インド人、ギリシャ人、エジプト人、シリア人の医師たちも活躍したため、厳密には「アラビア人の医学」でも「イスラームの医学」でもなく、広くアラビア世界、イスラーム文化圏で発展した医学を指す。10世紀に確立し、イスラームの拡大とアラビア語の普及に伴い、ヨーロッパやインドでも広く行われた。ヨーロッパの大学では、15~16世紀には主にユナニ医学が教えられており、18世紀までイブン・スィーナー(Avicenna, 980-1307)の『医学典範』など、ユナニ医学の文献が教科書として使われていた。


人材は財産


ドイツの国の医学にしても
シリアのお医者さんを受け入れ
ることで
さらに研究が広がる。
ドイツの薬草学とアラブの薬草学で
研究の幅も広がる。



Author:Hanabishi[CC BY-SA]


このように難民を受け入れることで
ドイツにも恩恵がある。


人材は財産である。
難民の人たちは、ドイツ語を習得して
働いて、ドイツに税金を納める
ようになる。
また、次の世代もドイツで貴重な人材となっていく。

現在、トルコの食の豊かさがドイツの食を
豊かにしている
ように、
これから、シリアの良さがドイツをさらに
彩り豊かにしていく。


Author:E4024[CC BY-SA]



故郷を胸に秘めながら生きる


シリアのお医者さんも故郷アレッポでの思い出を
心に抱きながら、ドイツで進んでいく。

ロシア人音楽家、ラフマニノフもアメリカで
成功を収めたけれど、いつも心には、故郷
ロシアを思い描いていたに違いない。
それは、旋律の中に垣間見ることができる。


WikimediaCommons[Public Domain]


私も、日本の富士山や日本三大アルプスの
風景を忘れない。いつも心の中にある。

難民であっても、移民であっても
自分の生まれた国を離れて
世界の不条理さをかみしめながら、
真剣に生きている。



ブランデンブルク門 pixabay[CC0]


~シリア・アラブ共和国の情報~
(今がわかる、時代がわかる世界地図 2014年度版 成美堂出版より)
 
バシャール・アル・アサド大統領
2000年7月就任 1965年9月11日生まれ
面積 18.5万キロ平米
人口 2110万人
通貨 シリア・ポンド
首都 ダマスカス
主要言語 アラビア語
宗教 イスラム教
独立 1946年
主要輸出品 石油、同製品、繊維製品 果物、野菜、

追記 : アレッポのオリーブオイル石鹸が有名です!

pixabay[CC0]


Writer

ユリシス

東西冷戦時代を身近に感じられるドイツの首都在住。豪州の出会うと幸せになれると言われる、めったに出会えない青い蝶、ユリシスがいる、(ほとんど毎日会っていた!)トロピカルな街から移り住みました。世界に国境はない、人種も言語も関係なく、心で通じ合えるが信条。英、独、インドネシア語を学びました。1985年の人民服を来ていた時代の上海、1988年のベルリンの壁、1992年のインドネシアの民主化運動を目の当たりにする。
現在、東洋医学セミナーを勉強中。体癖はたぶん、2−8かな?しかし、3、5、10も入っているような気がする。

わかりやすく、音楽のように流れるような、軽快な文章をお届け出来ればと思います。小学生でもわかるように簡単で、本質をついた内容に努めてまいります。


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