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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝42 ― ロスチャイルド金融帝国の実現

 「ハゲタカが日本に飛来」、このフレーズが日本に踊っていた時期がありました。バブル崩壊後の2000年代の初め頃でしょうか、外国ファンドがバブル崩壊で株価の暴落した日本企業をさらに買いたたきに殺到したのです。
 こういったハゲタカファンドを呼び寄せたのが、当時小泉政権下で経済財政政策担当大臣、金融担当大臣などを歴任した“政商納言”竹中平蔵氏といって間違いないでしょう。
 国際金融団や英国秘密スパイ団が国家中枢に代理人を送りこみ、内部から破壊させる手口を常套手段にしてきた事実は、これまでこのシリーズで見てきたとおりです。
 さて、ハゲタカファンドの本家がネイサン・マイヤー・ロスチャイルドです。彼は暴落したイギリス公債(コンソル債)を買い占めることでイングランド銀行を手中にし、次の有名な発言をしています。

「イングランドの王座に座って、日の没すること無き帝国を統治する傀儡など、誰でも構わない。イギリスの貨幣供給を掌握する者が大英帝国を支配するのだ。そしてイギリスの貨幣供給を掌握しているのは、この私だ」

 しかもネイサンは「ワーテルローの戦い」を通したあの有名な「逆売り」によって、本来は高騰するコンソル債を逆に大暴落させた上で、代理人にそのコンソル債を買い占めさせたのです。これで逆転高騰したコンソル債を一手に引き受けたネイサンは、やがて英国のみならず、欧州に金融帝国を築きあげたのです。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝42 ― ロスチャイルド金融帝国の実現

主人の資金を横領、ロスチャイルド初代 ~ネイサン“シティ”の盟主へ


ネイサン・ロスチャイルドの意向によって1812年に始められた米英戦争これはアメリカの第二の独立戦争とも呼ばれています。この米英戦争について『ユダヤ・ロスチャイルド 世界冷酷支配年表』の54頁は次のように記しています。

ロスチャイルド家の計画では、この戦争によってアメリカに多額の債務を負わせ、アメリカはイギリスに降伏して、ロスチャイルド家が所有する第一合衆国銀行の認可更新を認めざるを得なくなる予定だった。しかしながら、イギリスはまだナポレオンとの戦争に忙しく、大規模な攻撃をしかけることができなかったので、アメリカを打ち負かすことができないまま、この戦争は1814年に終結を迎える。」

ここでは、戦闘としては米国側の敗北とならなかったとしています。しかし本来の通貨戦争としての米英戦争の意味では、やはりネイサンが勝利しています。1816年に第二合衆国銀行が発足しているからです。

ツイート:1816年に、(第4代)マディソン大統領は、第二合衆国銀行設立法案に署名しました。

このようにロスチャイルド一族は着々と金融帝国を築いていきます。ロスチャイルド一族が金融帝国を築く決定的な“種銭”を手に入れたのは、1806年のことのようです。

複数の情報によると、ナポレオンが軍を率いて攻めてくるとの情報に、ヘッセン=カッセル方伯はドイツからデンマークへと逃れます。その際に自らの資産運用を任せていたマネージャーのロスチャイルド初代に、60万ポンド約(300万ドル)の資産の管理を委ねます。ところがこの巨大な資産はヘッセン=カッセル方伯に返却されることは無く、ロスチャイルド一族によって金融帝国構築の資産として運用されます。

ヘッセン=カッセル方伯
ヴィルヘルム9世
Wikimedia Commons [Public Domain]
マイアー・アムシェル
・ロスチャイルド
Wikimedia Commons [Public Domain]

ようは、主人であったヘッセン=カッセル方伯からロスチャイルド初代が巨大資産を“横領”したようなのです。この横領金を最大限に効率的に運用したのがネイサンです。

ロンドンに移住していたネイサンは、1810年に世界金融中心地となるシティの盟主の座を築きつつありました。幸運にもこの年、シティを支配していたベアリング社のフランシス・ベアリングが、またシティの大物エイブラハム・ゴールドシュミットも死去していたのです。

シティの支配者となったネイサンは、ナポレオンの動きも逐次捉えながらコントロールしていた様子です。ナポレオンはその軍内部の裏切り者(ロスチャイルドの配下)によって、1812年のロシア遠征に失敗し、年末にはモスクワから撤退、その後皇帝の座から退位を余儀なくされ、エルバ島に送られます。

しかしナポレオンは復権を目指していました。このナポレオンの動きをもネイサンは最大限に利用するのです。ネイサンは「ワーテルローの戦い」が起こることを予想?し(ネイサンがそのように戦争を導いたのが真相のような気がしますが)東インド会社の金に投資し、莫大な資産を形成していくのです。

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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝41 ― 通貨発行戦争再び

 米国の歴史はその舞台裏では通貨発行権を巡る戦争、暗闘の歴史だった、と断じても間違いはないでしょう。1913年のFRB設立で、この戦争は完全決着となったように見えていましたが、実はこの戦争は米国内で現在も継続中です。
 そもそも米革命戦争は、この通貨発行権が真因で勃発したのです。この通貨発行を巡る戦争は一旦はその終結を見ます。一つの明確な結果が出たのです。ロスチャイルド初代の采配によって、1791年に第一合衆国銀行が設立されたのです。
 彼の前年の言葉「私に一国の通貨発行権と管理権を与えよ。そうすれば誰が法律を作ろうとも構いはしない」。これをロスチャイルド初代は実現したのです。
 しかしこれで終わりではありません。米国大統領が反撃にでます。「米国独立宣言」を起草したトーマス・ジェファーソンが大統領に就任したのです。
 彼は国家にとって中央銀行制度がいかに危険な代物であったかを知っていました。彼にとり銀行は軍隊以上に危険だったのです。ジェファーソンは第一合衆国銀行の設立に本来から反対しており、その特許更新の阻止に動きます。
 これに対し米国を分割して完全支配を目論んでいたロスチャイルドたちカバール側は、ジェファーソン政権に刺客を送りこみ、国家転覆を試みます。
 その刺客が「厄介者」となっていたアレグサンダー・ハミルトンを「始末」したアーロン・バーでした。彼は実際に大逆罪を起こしていたのです。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝41 ― 通貨発行戦争再び


「米国独立宣言」の意味 ~銀行の危険を熟知する大統領


ロスチャイルド初代は、念願の中央銀行を米国に設立させることに成功。1791年の第一合衆国銀行です。

第一合衆国銀行
Wikimedia Commons [Public Domain]

ロスチャイルド一族は、欧州ではフランス革命、そして引き続きナポレオンを操作しての戦争で、王政とカソリック教会を破壊、三男ネイサン・ロスチャイルドの台頭もあって、金融帝国を着々と築いていきます。

しかし、新国家米国はそう一筋縄で思い通りになったわけでもありません。欧州でも飼い慣らしていたはずのナポレオンが牙を向けてきたことが、金融帝国完成の障害となった部分もあります。

ロスチャイルドを中心とする国際金融団、そして英国秘密スパイ団のバックにはカナン族の「黒い貴族」、カバールがいたのですが、彼らが1600年代を通して完全にイギリスを掌握したようにはアメリカの場合は行かなかったのです。

アメリカを共和国として建国に導いたのがアメリカン・フリーメーソンです。アメリカが国家として成立していくルーツを辿ると、1398年のヘンリー・シンクレアの一団がアメリカ大陸に上陸し、入植を始めたところに遡ります。

彼らは、マグダラのマリアや洗礼者ヨハネ、ナザレのイエスが所属していたクムラン宗団の「秘密文献」が「星の指し示すメリカ」とする地で、彼らなりの理想国家建設を目指していたのです。彼らは悪魔崇拝でないポジティブなテンプル騎士団で、この末裔がアメリカン・フリーメーソンになっていたのです。


彼らの理想国家建設の思想が「米国独立宣言」に現れているのです。テンプル騎士団は、カナン族の「黒い貴族」と協働して地中海を中心に国債金融業を営んでいたのです。テンプル騎士団員であったシンクレア一族は当然ながら、そして彼らの末裔であるアメリカン・フリーメーソンも国際金融団の手口はよく分かっていたはずです。

米国に中央銀行を設立した上で国を分割してその国力を割くことによって、米国の完全支配を目論んでいたロスチャイルドを中心とする国際金融団、そしてシェルバーン卿をボスとする英国秘密スパイ団たちにとって厄介な人物が米国大統領に就任したのです。

1801年就任から8年間の米国大統領を勤めたのが「米国独立宣言」を起草したトーマス・ジェファーソンです。ジェファーソンは第一合衆国銀行設立に反対して、ハミルトンたちと激しく対立していたのです。彼は、駐フランス公使も勤め、欧州の歴史と実態からも銀行の正体をよく知っていた模様です。後に次のような言葉を残しています。

「銀行は軍隊よりも危険である。アメリカ人が一度でも私営銀行に貨幣発行の支配を許したのなら・・・銀行や企業は、私たちの資産を奪い成長するだろう。祖先たちが打ち勝った大陸で、子供たちがホームレスになるまで・・・」

米国で再び通貨発行権を巡る戦争が再燃していたのです。


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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝40 ― 暗躍していた英国秘密スパイ団

 このユダヤ問題のポイント(近・現代編)の最初からずっと私の念頭にあったのはロスチャイルド家でした。
 このシリーズを始めるきっかけとなり、開始時に「主に用いる二つの文献資料を紹介」として提示した「シオニストユダヤからの内部告発」と「元ソ連外交官が語る「ロシア-ユダヤ闘争史」の全貌」、この二つの資料は、それぞれイスラエル建国の実体とロシア革命の実体を伝えるものでした。そして、イスラエル建国とロシア革命を背後から操っていたのがロスチャイルド家だったからです。
 ただし、執筆を重ねていく内に気になってきたのが東インド会社と英国秘密スパイ団のことでした。東インド会社については、既に度々取り上げていますので置いておきます。
 英国秘密スパイ団について、1600年以降起きた世界的事件の背後には、常に英国スパイの影がちらつくので気になったのです。具体的には世界を揺るがしたサバタイ・ツヴィの「メシア宣言」、ところが裏を見れば、サバタイ・ツヴィの父親はどうやら英国スパイ団の現地エージェントだったのです。このような具合に、です。
 米革命戦争、そしてフランス革命にも英国秘密スパイ団はやはり暗躍していました。当時、英国秘密スパイ団を統治していたのがシェルバーン卿です。
 ネットでは、ロスチャイルド一族とシェルバーン一族を比較しどちらが支配者か?といった議論を散見します。しかしこの議論は当時に限ってはあまり意味はなさそうです。なぜなら当時ロスチャイルド初代もシェルバーン卿も「表のイルミナティ」に所属していたと見て取れるからです。
 ただし、その後ロスチャイルド家は「裏のイルミナティ」に転じていたりするので、そうことは単純ではありませんが・・・。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝40 ― 暗躍していた英国秘密スパイ団

「用済み厄介者は始末せよ」 ~始末されたハミルトン、ロベスピエール


ロスチャイルド初代を中心とする国際金融団の思惑通りに、新国家アメリカに中央銀行「第一合衆国銀行」が設立されました。1791年のことでした。

この頃フランスでは「革命の陰惨な狂気」が既にフランス全土を席巻していました。アメリカでの中央銀行設立に奔走し実現させたのがアレクサンダー・ハミルトンです。

アメリカ合衆国10ドル紙幣(SERIES 2004A)に描かれた
アレクサンダー・ハミルトンの肖像画
Wikimedia Commons [Public Domain]

彼は米国初代大統領ジョージ・ワシントンの「革命戦争」時の副官であり、米国初代財務長官でもあったのですが、ロスチャイルド初代の意志を具現化するための代理人だったのです。

彼は1801年に「米国最古の日刊紙ニューヨーク・ポスト紙やバンク・オブ・ニューヨークを創業した」(「ウィキペディア」記事より)のです。これもロスチャイルド初代の意志である「通貨と情報支配」の米国における実現の一環でしょう。

しかし、この忠実なロスチャイルドの代理人ハミルトンは1804年に殺害されます。トーマス・ジェファーソン政権下の副大統領であったアーロン・バーとの「決闘で射殺」されたのですが、これは「始末された」と見るのが適当でしょう。『闇の世界史』は159頁に次のように記しています。

「ハミルトンは「知りすぎていてもはや信用できない」と、国際銀行家に目をつけられたのかもしれない。彼はアーロン・バー(という名の処刑の専門家)に決闘を挑まれ死亡した。」

アレクサンダー・ハミルトンとアーロン・バーの決闘(1804年)
Wikimedia Commons [Public Domain]

はかりごとの実行当事者が用済みとなり「知りすぎた厄介者」となれば始末する。この「用済み厄介者は始末せよ」の典型的な一例です。

同様にハミルトンに先立つ「用済み厄介者は始末せよ」の典型があります。フランス革命で1793年にルイ16世、マリー・アントワネットをギロチンに送りこみながらも、翌年1794年に自らもギロチンで断首された、マクシミリアン・ロベスピエールです。

ロスチャイルド初代の代理人としてフランス革命を指導したのはヴァイスハウプトです。そのヴァイスハウプトの手駒がジャコバン党党首、つまり外見上はフランスでの権力の頂点に立って恐怖政治を断行していったロベスピエールでした。彼がギロチンに送られる過程を『闇の世界史』は136頁に次のように記しています。

「「(1794年)7月28日、ロベスピエールは国民公会で長い演説を行った・・・」・・・ロベスピエールは語りすぎた彼は意図的に顎を撃たれ、沈黙を余儀なくされ、翌日には断頭台におくられた。こうしてフリーメーソンがまた一人、知りすぎたために、始末された。」

編集者註:ギロチン台の下の顎にハンカチを巻いている人物がロベスピエール

【閲覧注意】こちらの動画は、ロベスピエールがギロチンで処刑される映画のワンシーンです。当時のフランス社会を覆っていた「狂気」がよく表現されてはいますが、相当残酷です。

「用済み厄介者は始末せよ」、この命令は後のロシア革命でも遺憾なく発動発揮されました。本編で記した通り、最終的にはスターリンがそうであったのですが、ロシア革命の実行者はトロッキーを始め悉く暗殺されています。病死とされるレーニンも実際は実質としては暗殺でしょう。

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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝39 ― ナポレオンの覚醒

 現代社会でクシャトリア(武人)に当たるのは政治家、ヴィプラ(知人)は官僚組織、ヴァイシャ(商人)は大企業となります。しかし今の日本の政治家、特に与党の政治家は上の権力に唯々諾々と従うシュードラ(奴隷)でしょう。官僚組織も明らかにシュードラに成りはてています。
 P・R・サーカー氏は、人民がクシャトリアやシュードラなどへ分類されるのはその地位や役職では無くて、個々人のマインドによるとしています。地位・役職はクシャトリアやヴィプラであっても、そのマインドが奴隷根性ならシュードラなのです。
 いつしかナポレオンは自分の支配者ロスチャイルド一族へ反感を抱き、やがて「粛然と逆らい始め」ます。ナポレオンはクシャトリアではありました。しかし皇帝になるまでのナポレオンのマインドはロスチャイルドの奴隷、つまりシュードラでした。ナポレオンはクシャトリアとしてのマインドに完全に覚醒し、支配者ロスチャイルドへの反乱を起こしたのです。これはヴァイシャへのクシャトリアの革命とも、ヴァイシャに対するシュードラ革命ともいえます。
 この革命は失敗し、ナポレオンは転落し、やがて死を迎えます。しかしナポレオンはシュードラでは無く、クシャトリアとして死を迎えた、といえるでしょう。
 さて、現在はシュードラ時代です。P・R・サーカー氏はシュードラ革命が起きることを予言していました。そしてこの原稿を記している4月19日現在、その結果は分かりませんが、たしかに“それ”は起きつつあります。山本太郎氏、そして宮本たけし氏の言動はシュードラ革命を導くクシャトリアの行動、いや、この二人の行動は単なるクシャトリアではなく「サドヴィプラ」のそれと言えるかも知れません。
 そして本当のシュードラ革命は、「抑圧されていたシュードラ人民が権力者を引きずり下ろす」という単純なものでなく、シュードラ一人一人が覚醒し、その個性に応じクシャトリア、ヴィプラ、ヴァイシャへとそのマインドに変容することであり、これが理想のシュードラ革命だとも考えています。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝39 ― ナポレオンの覚醒

ナポレオンの栄達 ~コントロール下にあったナポレオン


玉座のナポレオン
Wikimedia Commons [Public Domain]

ナポレオンが一気に栄誉栄達、権力の階段を駆け上がった裏には、スポンサーとなったロスチャイルド初代の存在があったことを前回触れました。これと類似することを『闇の世界史』138頁にも次のように記しています。

銀行家たちは目論見の道具としてナポレオンを利用することに決め、ヨーロッパの王権をさらに多く転覆させる意図をもって、ナポレオン戦争を生じさせた。」

ナポレオン戦争の目論見は、クシャトリアの王権転覆とヴィプラのキリスト教会の破壊でした。これはロスチャイルド初代の意志でした。『ロスチャイルドの密謀』96頁では、ナポレオン自身もロスチャイルド初代にとりいったとして次のように記しています。

「名目上はキリスト教徒だったナポレオンはほどなく、アムシェルの一家に宿るキリスト教への強い憎悪を察知し、資金提供者の胸をくすぐる手段に訴えた。すなわち彼もカトリック教会に反発したのだ。ローマ法王が貶められると考えただけでアムシェルは喜喜たる思いに駆られ、ナポレオンに限りなく金を注ぎ込むようになった。」

また、ナポレオンを発見したタレーランがナポレオンに対して「教会を破壊する唯一の方法は戦争だけだ」と吹き込んだとします。

これまで米革命戦争、フランス革命などで見てきたように、ロスチャイルド家は、狙いをつけた相手に対しては代理人を送り込み、籠絡させ、コントロールするのです。ナポレオンは自らロスチャイルド初代に自分を売りこんだのですが、同様にナポレオンにも彼をコントロールさせる人間を送り込んでいました。

『ロスチャイルドの密謀』では、ナポレオンをコントロールする役割を担ったのが、かつてナポレオンに軍服を与え、1796年にナポレオンの妻となったジョセフィーヌ・ポーアルネとします。

ジョセフィーヌ・ポーアルネ
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ジョセフィーヌ・ポーアルネはポール・ドウ・バラス伯の愛人で、ナポレオンのジョセフィーヌ・ポーアルネとの結婚は、バラス伯を通じてロスチャイルド家に仕組まれた結婚であったとしているのです。96頁に「ジョセフィーヌはバラスの役に立とう、夫ナポレオンから聞かされた秘密情報を流し、それがそのままロスチャイルド家に伝えられていたのである」としています。

ジョセフィーヌがバラス伯の愛人であったことはウィキペディア記事にもあり、ナポレオンをコントロールするための結婚であったことには間違いないでしょう。

このような状況の中でナポレオンは戦争で欧州を制圧し、ついに1804年皇帝の座へ、頂点へと登りつめます。

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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝38 ― 作られたヒーロー

 平成の終了する現在、既に昔話になってしまうのですが・・・、グローバリストが日本マスコミを稼働させ、ヒーローとなった小泉首相、その彼の前にマスコミからヒーロー扱いされた人物がいます。日銀総裁の三重野康です。
 三重野はマスコミから盛んに「平成の鬼平」ともてはやされました。「悪しきゆがみをもたらしたバブルを成敗する快人物」とされたのです。しかし三重野の極端な金融引き締め、銀行の貸し渋り・貸しはがし等によって、実に多くの中小の社長などが自殺に追い込まれたのです。
 そもそも日本バブル自体が「意図的に作られた」もので、実はその主犯が日銀のプリンスであった三重野だったのです。この「自作自演」のマッチポンプで、今日まで続く日本経済の破壊、大不況が創出されていったのです。
 無論、三重野そして日銀の背後にはグローバリストがいました。三重野が作った「日本には構造改革が必要」の文脈の上に小泉首相が登場したのです。
 さて、フランス革命も似たような文脈で勃発しています。確かにフランスは非常に財政が悪化していました。しかし、それを完全に破壊する方向で施策をとったのが、当時のフランスの喧伝機関によって国民人気のヒーロー扱いされた様子のネッケルです。時の財務長官であった彼はカバールが送り込んだ工作員だったのです。
 今日のグローバリストとカバールはほぼ同一と見て構いません。ネッケルの罷免をきっかけに勃発したフランス革命は凄惨な惨劇として進捗します。このような中、あのナポレオンが登場するのです。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝38 ― 作られたヒーロー

フランス革命の前提 ~国民人気のネッケルの財政運営


アンシャンレジームを風刺した漫画
(第三身分者が聖職者と貴族を背負う)
Wikimedia Commons [Public Domain]

フランス革命の前提となっていたのが、同国の極端な財政悪化でした。財政悪化の要因は無論戦費ではありました。しかしそれだけではなさそうです。そこにはやはり、戦費も含めてそれを調達したいわゆるユダヤ国際金融団(カバールと表現するのが最も正確でしょう。)の陰謀があった模様です。

自分たちの資産をまとめて巧みに利用すれば、大衆を失業させて飢餓寸前の状態に陥れる経済的悪化状況を生じさせることは可能」。

このフランクフルト秘密会合でのロスチャイルド初代の言葉を実現させる工作員エージェントが存在するのです。

さて、「フランス革命」の口火が切られた瞬間をウィキペディアの同記事は次のように記しています。

「緊張が高まるなか、7月11日に国民に人気のあったジャック・ネッケルが罷免された。これに怒った民衆は、1789年7月14日、当時は火薬庫であったバスティーユ牢獄を襲撃した。パリでの事件が伝えられると争乱はフランス全国に飛び火」。

革命の口火が切られるきっかけとなったのがジャック・ネッケルの罷免、国民に人気があったとされるジャック・ネッケルは当時のフランスの財務長官でした。ところが彼は元々はスイスの銀行家であり、彼こそが国際金融団のカバールのエージェントだったと『闇の世界史』と『カナンの呪い』ではしています。

ジャック・ネッケル
Wikimedia Commons [Public Domain]

『闇の世界史』では、フランスへの巨大融資の際に国際金融団はネッケルを送り込んだとして128頁に次のように記しています。

「財務長官としてフランス国王の顧問に任じられたネッケルのことを、ユダヤ人金融家たちは、金儲けの天才だから瞬く間にフランスを財政的窮状から救いあげてくれるはずだと吹聴した。実際のところ、次の4年間でネッケルがしたことと言えば、フランス政府をいよいよ深くユダヤ人金融家と関わらせ、国家負債を1億7000万ポンドにまで増大させたこと、それだけだった。」

『カナンの呪い』では、202頁で「スイスの銀行家ネッケルは革命における自らの役割を忠実に遂行し、わざとインフレ政策を貫いてフランスに深刻な経済危機を招くことで、国民をさらに煽った」とします。そしてその上で、ネッケルは銀行家グループの誰かに追従していた筈であり、その人物を「ロスチャイルド男爵をおいて他に考えられない。」としています。

バスティーユ襲撃
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1789年7月14日バスティーユ牢獄を襲撃した民衆とされるのは、陰謀団カバールに雇われ潜伏していた凶悪犯や異常者たちが中心で、叛徒のその大多数を占めてはいたでしょう。ただしその後の展開では、前回の「マリー・アントワネットの首飾り事件」で見たように、カバールがプロパガンダを通して流したその思惑に乗せられ、踊らされた多くの民衆たちもいたのです。騙された民衆は革命の犠牲ともなっていくのです。

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