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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝40 ― 暗躍していた英国秘密スパイ団
「用済み厄介者は始末せよ」 ~始末されたハミルトン、ロベスピエール
ロスチャイルド初代を中心とする国際金融団の思惑通りに、新国家アメリカに中央銀行「第一合衆国銀行」が設立されました。1791年のことでした。
この頃フランスでは「革命の陰惨な狂気」が既にフランス全土を席巻していました。アメリカでの中央銀行設立に奔走し実現させたのがアレクサンダー・ハミルトンです。
アメリカ合衆国10ドル紙幣(SERIES 2004A)に描かれた
アレクサンダー・ハミルトンの肖像画
アレクサンダー・ハミルトンの肖像画
Wikimedia Commons [Public Domain]
彼は米国初代大統領ジョージ・ワシントンの「革命戦争」時の副官であり、米国初代財務長官でもあったのですが、ロスチャイルド初代の意志を具現化するための代理人だったのです。
彼は1801年に「米国最古の日刊紙ニューヨーク・ポスト紙やバンク・オブ・ニューヨークを創業した」(「ウィキペディア」記事より)のです。これもロスチャイルド初代の意志である「通貨と情報支配」の米国における実現の一環でしょう。
しかし、この忠実なロスチャイルドの代理人ハミルトンは1804年に殺害されます。トーマス・ジェファーソン政権下の副大統領であったアーロン・バーとの「決闘で射殺」されたのですが、これは「始末された」と見るのが適当でしょう。『闇の世界史』は159頁に次のように記しています。
「ハミルトンは「知りすぎていてもはや信用できない」と、国際銀行家に目をつけられたのかもしれない。彼はアーロン・バー(という名の処刑の専門家)に決闘を挑まれ死亡した。」
アレクサンダー・ハミルトンとアーロン・バーの決闘(1804年)
Wikimedia Commons [Public Domain]
はかりごとの実行当事者が用済みとなり「知りすぎた厄介者」となれば始末する。この「用済み厄介者は始末せよ」の典型的な一例です。
同様にハミルトンに先立つ「用済み厄介者は始末せよ」の典型があります。フランス革命で1793年にルイ16世、マリー・アントワネットをギロチンに送りこみながらも、翌年1794年に自らもギロチンで断首された、マクシミリアン・ロベスピエールです。
ロスチャイルド初代の代理人としてフランス革命を指導したのはヴァイスハウプトです。そのヴァイスハウプトの手駒がジャコバン党党首、つまり外見上はフランスでの権力の頂点に立って恐怖政治を断行していったロベスピエールでした。彼がギロチンに送られる過程を『闇の世界史』は136頁に次のように記しています。
「「(1794年)7月28日、ロベスピエールは国民公会で長い演説を行った・・・」・・・ロベスピエールは語りすぎた。彼は意図的に顎を撃たれ、沈黙を余儀なくされ、翌日には断頭台におくられた。こうしてフリーメーソンがまた一人、知りすぎたために、始末された。」
Paul Lehugeur
— Paname Paris 200 (@ParisAMDParis) 2018年8月17日
Exécution de Maximilien de Robespierre (mouchoir soutenant sa machoire, embrassé par Saint Just, au pied de la guillotine) et des Jacobins le 10 Thermidor de l'an ll pic.twitter.com/n0boMeueVp
編集者註:ギロチン台の下の顎にハンカチを巻いている人物がロベスピエール
【閲覧注意】こちらの動画は、ロベスピエールがギロチンで処刑される映画のワンシーンです。当時のフランス社会を覆っていた「狂気」がよく表現されてはいますが、相当残酷です。
「用済み厄介者は始末せよ」、この命令は後のロシア革命でも遺憾なく発動発揮されました。本編で記した通り、最終的にはスターリンがそうであったのですが、ロシア革命の実行者はトロッキーを始め悉く暗殺されています。病死とされるレーニンも実際は実質としては暗殺でしょう。
英国スパイ団の米国での暗躍 ~米国分割に動く現地実行部隊
米革命戦争、そしてフランス革命の裏にはロスチャイルド初代を中心とする国際金融団がありました。そして実はそれ以外にも暗躍していた存在があります。英国秘密スパイ団です。
英国スパイは、1600年のエリザベス女王勅許のもと設立した東インド会社が始まりです。ドレーク海賊団の海賊たちなどが女王公認のスパイとなり、戦闘員になっていたのです。英国秘密スパイ団からの新国家への攻撃を『カナンの呪い』では235頁から以下のように記しています。
「合衆国憲法が批准されて間もないうちから、合衆国憲法破壊のために延々と続くことになる試みの最初の動きが開始された。これはイェール大学学長ティモシー・ドワイトを中心とするジョージ3世の陰謀であり、陰謀に加担したのはカルヴィン主義者の聖職者および教授たち、(中略)...彼らによって、誕生したばかりの共和国を早い内に葬り去ることが提案された。(中略)...ジョージ3世の陰謀は英国国教会の聖職者ジョン・コーゼンツ・オグデンによって暴露された。(中略)...
イェール大学学長ティモシー・ドワイト
Wikimedia Commons [Public Domain]
ティモシー・ドワイトといえば、イェール大学のラッセル信託(スカル・アンド・ボーンズもしくは死の同朋団としても知られる)の3人の統轄者の一人として知られているが、同じ陰謀者の小集団がアメリカという共和国の破壊のためすべての陰謀に登場しているのである。
この陰謀が発覚しても、陰謀者は思いとどまることを知らなかった。彼らはほどなく新たに政治的秘密者陰謀団「エセックス・ジャントー」を組織した。(1804―1808年)。この組織はその名の通り、マサチューセッツのエセックス郡あるいはその周辺から生まれた人々からなる陰謀団だった。彼らはボストンの英国諜報機関と密接に連携して活動しニューイングランド諸州を合衆国から引き離そうとした。」
この陰謀が発覚しても、陰謀者は思いとどまることを知らなかった。彼らはほどなく新たに政治的秘密者陰謀団「エセックス・ジャントー」を組織した。(1804―1808年)。この組織はその名の通り、マサチューセッツのエセックス郡あるいはその周辺から生まれた人々からなる陰謀団だった。彼らはボストンの英国諜報機関と密接に連携して活動しニューイングランド諸州を合衆国から引き離そうとした。」
同書は続けて「エセックス・ジャントー」の中心人物がアメリカ大陸上陸を果たした「黒い貴族」のカボット父子の子孫ジョージ・カボット、その他名門一族が指導的立場にあったことを記しています。そして陰謀組織エセックス・ジャントーの裏に英国スパイがいて、しかもこの米新国家を攻撃する英国スパイが以下のように米国副大統領と連携していたとするのです。
「この組織の陰謀に力を貸していたのは英国諜報機関の重要人物ジョン・ロビンソン卿で、彼の活動はアーロン・バーのスパイ網に綿密に連携していた。」
An early photo of the Skull and Bones Society with what is reportedly the skull and bones of Geronimo. #Geronimo #History #FutureProvesPast pic.twitter.com/7pI86Ht9K7
— ]o[ (@occulturalism) 2019年3月23日
編集者註:エセックス・ジャントーに関する詳細な情報を見つけられなかったため、代わりに秘密結社スカル・アンド・ボーンズの1800年代半ばのメンバーの集合写真を掲載します。毎年15人のみが選出されるようです。
英国秘密スパイ団のボス、シェルバーン卿 ~米副大統領が英国秘密スパイ
新国家アメリカは一つにしておかず分割させたほうが統治しやすいと、闇からの米新国家の攻撃を開始していた英国秘密スパイ団。
その現地部隊の陰謀団エセックス・ジャントーの詳細はトマス・ジェファーソン大統領に報告され、彼らは米国破壊を長期戦略に転じたのですが、この英国秘密スパイ団の統治者で、米革命戦争、そしてフランス革命を英国の地からコントロールしていたのがシェルバーン卿であったと『カナンの呪い』等ではしています。
シェルバーン伯派の議員とシェルバーン伯(一番右側)
Wikimedia Commons [Public Domain]
金融家と秘密スパイ団、役割は違えども同じような立ち位置にあったロスチャイルド初代とシェルバーン卿の関係性はどうであったか?
シェルバーン卿は英国秘密スパイ団のボスであり、英国首相も勤めた人物ですが、コールマン博士は「シェリバーンは何よりもまず、スコティッシュ・ライトのフリーメーソンであり、イギリス、フランス、スイスのイエズス会と強いつながりを持っていた」(『秘密結社 上』)としています。
つまりシェルバーン卿は、バックにイエズス会が、別の言い方をすれば「ゾロアスター13血流」がバックにあった「表のイルミナティ」の一員と見て取れます。ロスチャイルド初代も「表のイルミナティ」所属でしたので、両者は基本として協力協調関係にはあったのは間違いないでしょう。『カナンの呪い』236頁で次のようにあります。
「英国秘密諜報部はシェルバーン卿の資金提供を受け、東インド会社、イングランド銀行(英国秘密諜報機関は同銀行のための最重要情報網となった)、ホープおよびベアリングといった金融一族、さらにはスイスの協力者プレヴォー、ヌフリズといった銀行家の利益をはかった。」
またハミルトンを「始末」した米国副大統領アーロン・バーは、ロスチャイルドたち金融団の意志を具現する代理人であったと同時に、シェルバーン卿の英国秘密スパイ団の一員でもあった模様です。
米国副大統領アーロン・バー
Wikimedia Commons [Public Domain]
英国秘密スパイ団と米国現地部隊を「合衆国内で支持したのはジョン・ジェイコブ・アスターとアーロン・バーだ」としたうえで『カナンの呪い』は236頁以下次のように明かします。
「独立戦争のあいだ、バーは二重スパイとして活動し陸軍士官学校から毎日のように英国軍に報告を送った。」
「バーはトマス・ジェファーソン大統領政権下で副大統領となり、大統領を説得してスイスの銀行家アルバート・ギャラティンを財務長官に任命させた。・・・フランス革命を早めた悪名高きネッケルも(ギャラティン一族の)その遠縁にあたる。」
「(ハミルトン射殺後)バーはフィラデルフィアに逃れ、英国諜報員チャールズ・ウイリアムソン大佐と協議した。」
バーは英国秘密スパイ団の一員でした。
このシリーズを始めるきっかけとなり、開始時に「主に用いる二つの文献資料を紹介」として提示した「シオニストユダヤからの内部告発」と「元ソ連外交官が語る「ロシア-ユダヤ闘争史」の全貌」、この二つの資料は、それぞれイスラエル建国の実体とロシア革命の実体を伝えるものでした。そして、イスラエル建国とロシア革命を背後から操っていたのがロスチャイルド家だったからです。
ただし、執筆を重ねていく内に気になってきたのが東インド会社と英国秘密スパイ団のことでした。東インド会社については、既に度々取り上げていますので置いておきます。
英国秘密スパイ団について、1600年以降起きた世界的事件の背後には、常に英国スパイの影がちらつくので気になったのです。具体的には世界を揺るがしたサバタイ・ツヴィの「メシア宣言」、ところが裏を見れば、サバタイ・ツヴィの父親はどうやら英国スパイ団の現地エージェントだったのです。このような具合に、です。
米革命戦争、そしてフランス革命にも英国秘密スパイ団はやはり暗躍していました。当時、英国秘密スパイ団を統治していたのがシェルバーン卿です。
ネットでは、ロスチャイルド一族とシェルバーン一族を比較しどちらが支配者か?といった議論を散見します。しかしこの議論は当時に限ってはあまり意味はなさそうです。なぜなら当時ロスチャイルド初代もシェルバーン卿も「表のイルミナティ」に所属していたと見て取れるからです。
ただし、その後ロスチャイルド家は「裏のイルミナティ」に転じていたりするので、そうことは単純ではありませんが・・・。