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[櫻井ジャーナル]米国が衰退する中、神通力をなくして孤立したイスラエルとサウジアラビアが暴走して自滅への道 〜彼らの悪事を暴いてしまえば戦争は引き起こせない〜

竹下雅敏氏からの情報です。
 現在追い詰められているブッシュ・ナチ陣営の連中のこれまでの行状が、簡潔にまとめられています。私たちは、ここに書かれているようなネオコン連中を中心とする一部の狂信的なシオニストたちの思惑に従って、気づかないうちにいくつもの戦争に巻き込まれて来たのです。私たちは、意図的に戦争を引き起こそうとする人たちの思惑に気づかなければ、簡単に戦争に巻き込まれてしまいます。

 しかし、戦争を避けようと思えば簡単で、彼らの意図を暴き、情報を公開してしまえば、彼らは何もすることが出来ません。今後情報公開は進むと思われ、これまでの彼らの悪事が暴かれ、いっそう何も出来ない状態に追い込まれて行くでしょう。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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米国が衰退する中、神通力をなくして孤立したイスラエルとサウジアラビアが暴走して自滅への道
転載元より抜粋)
 世界秩序が大きく変化しはじめている。アメリカの衰退は以前から始まっているが、ここにきて注目されているのはサウジアラビアとイスラエルの孤立。両国とアメリカの好戦派は1980年代から接近し、2007年までにシリアやイランをターゲットにした秘密工作を開始、その手先になったのがイスラム教スンニ派の武装グループだが、その構図が公然と語られるようになっている。イスラエルやサウジアラビアの神通力が弱っている。

 イスラエルやネオコン(アメリカの親イスラエル派)は地政学的な見地からイラクを重要視、そこで1980年代からイラクからサダム・フセインを排除しようとしていた。

 ところが、アメリカの主流派はイラクのフセイン体制をペルシャ湾岸の産油国を守る存在だと位置づけていた。そもそもフセインを独裁者に仕立てたのはCIAである。そこでアメリカの主流派はイスラエル/ネオコンと対立することなった。

 1990年8月にイラク軍がクウェートへ軍事侵攻するが、その直前、イラクとクウェートは石油をめぐって対立していた。

 1990年7月にアメリカ国務省のスポークスパーソン、マーガレット・タトワイラーはクウェートを守る取り決めを結んでいないと発言、イラク駐在のエイプリル・グラスピー大使はフセインに対し、アラブ諸国間の問題には口を出さないと伝えている。少なくともイラクの軍事侵攻を止めようとはしていない。この間、クウェートはイラクを挑発し続けた。

 イラクが攻め込んだあとにアメリカ政府はイラク軍が攻め込んでくるという偽情報をサウジアラビアに囁いて軍をサウジアラビアへ展開、駐留する。そして1991年1月にイラクへの大規模な空爆を開始したのだが、犠牲者の大半はクルド人とシーア派で、結果的にフセイン体制を強化することになった。

 フセインを排除しなかったことに激怒したのがネオコンやイスラエルで、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官はシリア、イラン、イラクを攻撃するとこの時点で口にしていたとウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官は語っている

 2001年9月11日から間もない時点でドナルド・ラムズフェルドを長官とする国防総省ではこの3カ国にリビア、レバノン、ソマリア、スーダンを加えた国々を攻撃する計画を立てていたという。そのうちイラクは2003年に先制攻撃し、フセインは排除した。

 当時のアメリカ政府はネオコンが主導権を握っていたが、そのアメリカはイスラエルやサウジアラビアと手を組み、シリアやイランの体制を倒す秘密工作をはじめたとしている。その手先がイスラム教スンニ派の武装勢力で、その中にはアル・カイダも含まれていた。

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[ROCKWAY EXPRESS他]シリア大統領によるサウジアラビアへの反撃(記事2点)

竹下雅敏氏からの情報です。(記事2点)
 この2本の記事は、サウジアラビアに対する反撃と考えて差し支えないものと思います。ロシアのテロ事件の件もあります。このタイミングでロシアを敵に回して、大丈夫だと思っているのでしょうか。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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シリア大統領:サウジのワッハービズムに対する戦いを呼びかける
記事配信元)
本記事文章は現在公開を停止しております。 (2016/4/23)
記事の提供元にてご覧ください。
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カタール首長がシリア大統領の強い立場を認める
転載元より抜粋)

カタールがシリア政府に反対する武装勢力を支援してから約3年、カタールのタミム首長が、シリアのアサド大統領の強い立場を認めました。

アルアーラムチャンネルによりますと、タミム首長はシリアの現体制があらゆる転覆の危機をクリアしたことを認め、「シリア政府に反対するあらゆるグループは、シリア問題を話し合う国際会議・ジュネーブ2に参加しなければならない。なぜならシリア政府転覆は時機を逸してしまったからだ」と表明しました。
タミム首長はまた、アメリカのシリアに反対する立場が変化したことを指摘し、「アメリカ政府も、力の行使ではシリア政府を消滅できないと知ったことで、シリア政府に対する立場を変えた」と語りました。

[カラパイア]見よ!これが海上自衛隊が誇る、P-3C哨戒機「魚雷攻撃」のデモンストレーションだ 〜海上自衛隊の対潜能力は世界でもトップクラス〜

竹下雅敏氏からの情報です。
 これはすごい!海上自衛隊の対潜能力は世界でもトップクラスだと息子に聞いていましたが、これほどとは。動画を見て唸りました。
(竹下雅敏)
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見よ!これが海上自衛隊が誇る、P-3C哨戒機「魚雷攻撃」のデモンストレーションだ
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本記事文章は現在公開を停止しております。 (2016/4/23)
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[新ベンチャー革命]安倍総理の靖国参拝:沖縄米軍海兵隊のグアム移転を断固阻止したい日米安保マフィア日本人官僚の姑息なシナリオか

竹下雅敏氏からの情報です。
 日本が孤立しているということで、なぜこんなことになったのかなのですが、非常に的確な解説をしてくれている記事です。安倍政権は靖国参拝と辺野古埋め立ての承認とでバランスが取れていて、アメリカが不快感を示しつつも埋め立て承認の件で感謝すると見て、これほど強い反発をするとは思っていなかったと思います。おそらく各国の対応を読み誤った失態だと思います。これからの展開が興味深いところです。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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安倍総理の靖国参拝:沖縄米軍海兵隊のグアム移転を断固阻止したい日米安保マフィア日本人官僚の姑息なシナリオか
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本記事文章は現在公開を停止しております。 (2016/4/23)
記事の提供元にてご覧ください。

[櫻井ジャーナル]自衛隊が派遣されている南スーダンは米国が石油目当てに内乱を起こし、ダルフールはイスラエル 〜安倍が従っているのは9.11を引き起こしたブッシュ・ナチ陣営のネオコン連中〜

竹下雅敏氏からの情報です。
 自衛隊の部隊が韓国軍に銃弾1万発を提供したという事件によって初めて、自衛隊が南スーダンへ派遣されているという事実を知りました。ほとんどの国民が、私と同様にこの紛争地域に自衛隊が派遣されているということを知らなかったのではないかと思います。スーダンの状況は、この記事で非常に簡潔にまとめられています。もともと日本はブッシュ・ナチ陣営につながっているわけですが、この記事でその確認がはっきりと取れます。記事を見れば、安倍が従っているのが9.11を引き起こしたブッシュ・ナチ陣営のネオコン連中だということが、よくわかります。安倍政権の強引な動きを見ても、彼らが今や追い詰められ、死に物狂いの抵抗をしていることがよくわかります。抵抗するだけ早く滅びることになると思いますが…。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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自衛隊が派遣されている南スーダンは米国が石油目当てに内乱を起こし、ダルフールはイスラエル
転載元)
南スーダンへ派遣されている自衛隊の部隊が韓国軍に銃弾1万発を提供したという。それだけの銃弾を持ち込んでいたということ。

かつて南スーダンはスーダンの一部だったが、1983年から2005年まで続いた内戦で自治権を獲得、2011年に独立している。この内戦のキーワードは石油。1974年にアメリカの巨大石油会社シェブロンが油田を発見したのだが、その場所が現在のスーダンと南スーダンの国境周辺。スーダン西部のダルフールにおける戦闘も資源争いが原因である。

1980年代に入ると反政府軍が活動を開始するのだが、その集団、SPLM(スーダン人民解放軍)を率いているジョン・ガラングはアメリカのジョージア州にあるフォート・ベニングで訓練を受けた人物。この基地は特殊部隊の本拠地でもあり、ガラングは2005年に死亡するまでアメリカ政府の影響下にあったと考えるべき存在だ。

なお、フォート・ベニングには現在、ラテン・アメリカの軍人に暗殺や破壊工作のテクニックなどを教えるWHISCもある。この施設はかつてSOAと呼ばれ、パナマにあったのだが、1984年に現在の場所へ移動、2001年に名称も変更された。

スーダンでは1990年代の終盤になると自国の石油企業が成長し、アメリカの石油会社は利権を失っていき、中国やインドなど新たな国々が影響力を拡大し始めた。そうした最中、2001年9月11日にアメリカではニューヨークの世界貿易センターにあった超高層ビルへ航空機が突入、アーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃される。

それから間もなくしてジョージ・W・ブッシュ政権は先制攻撃計画を作成しているが、そのリストに載っていたのはイラク、イラン、シリア、リビア、レバノン、ソマリア、そしてスーダン。これはウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官が統合参謀本部で聞いた話だ。

ブッシュ・ジュニア政権はイギリスやノルウェーと手を組み、スーダンの南部を拠点にしていたSPLMとスーダン政府を「飴と鞭」で停戦させ、油田地帯が両者で分け合う形になった。そして南部は南スーダンと呼ばれるようになるわけだが、その歴史を考えるとアメリカの傀儡国家としての色彩が濃いと言わざるをえない。

一方、ダルフールでの戦闘は2003年から激しくなったと言われている。当初、欧米諸国がダルフールの殺戮を無視していた一因は、南スーダンの石油利権に関する話し合いに影響することを恐れたからのようだ。

それに対し、アメリカのネオコン(親イスラエル派)やキリスト教原理主義(聖書根本主義派)はダルフールへの介入に積極的。この2勢力は「ユダヤ系シオニスト」と「キリスト教系シオニスト」で、1970年代から同盟関係にある。

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