かんなままさんの執筆記事第22弾です。
————————————————————————
夫婦関係
人類がずっと苦しんでいるのは、愛と恋を混同しているためです。これは全く別のものなのに、イコールで結んでしまうために、苦しみが生じるのです。
愛は相手に対する期待や幻想が何もありません。相手に対して「こうあって欲しい」という願望が無いのです。愛は、幻影が無い真実なのです
愛は相手に対する期待や幻想が何もありません。相手に対して「こうあって欲しい」という願望が無いのです。愛は、幻影が無い真実なのです
出典:「ぴ・よ・こ・と 2」竹下雅敏(著)
半月以上も冷たい戦争状態の夫婦〜若いママからの訴え
パパの仕事が忙しくて、4人の子育てのほとんどを1人で頑張っているママがいます。そのママが、もう半月以上もパパと口をきいていないとか。
理由は・・・夏休みも終わりに近づき、久しぶりにパパの休みが取れたので期待が高まり、家族で出かけることにした時の事です。
もともと釣りやキャンプが好きなパパ、早朝から家族を連れて釣りに行くことにしました。でも、子ども達は飽きて車の中でゴロゴロ。それでもパパが喜んだから良し!としました。でも、次の日も早朝から釣り。その次も・・となると怒りが込み上げて、とうとうパパに吐いた言葉が、「(―_―)!!8->×\(◎o◎)/!!●~*!!」
その暴言にパパも怒って無言の行。言い過ぎたと思って、途中で話しかけても無視。LINEで好きなご飯を作ったよと書きこんでも既読スルー。原因を作ったのは相手だし、顔を合わせると怒りが込み上げるから家の中で会わないようにしているとのこと。でも、悲しいことに、もしかして、パパが謝ってくるかもしれないという期待で外出することもできない。そんなウジウジの自分も嫌で、いっそ家出してゴメンと言わせたい、など悶々と思っていたらしいのです。
若かりし頃の私たち夫婦の場合
こんな事はありませんでしたか?と聞かれて若い頃の自分を思い出しました。
私も子育ての全てを引き受け、家業も手伝い、自分の時間など無く、ストレスが溜まっていました。夫は休日になると1人で早朝からゴルフ。気候のいい9月10月は休日のほとんどがゴルフでした。その時期に開催される子どもの運動会や発表会には来たことが無く、代わりに両親と親戚が見に来るのでお弁当を作るのも大変でした。だから秋は怒り爆発●~*!!
そうなると、夫は更に怒って無言。どうしてこうなってしまうのでしょう。
そして、いつも私から謝らなければ折れてくれませんでした。私は悪くないという思いが募って、なかなかそんな気になれません。拍車をかけるのがセックスレス。持って行き場のない性エネルギーが怒りへと転換されていきます。
そんな感情を持ったまま、朝から晩まで子どもや両親、従業員がいる家の中で普通にしているのも辛いものです。こんな時は、何をしていても、頭の中で自分の正当性を繰り返し膨らませてしまいます。そうすることで一瞬、スカッとするのです。昔の古傷まで引っ張り出して拍車をかけます。
でも、ずっと怒っているのも疲れます。気を変えて夫の好きな食事を作って「僕が悪かった」という言葉を期待してみますが、相手も意固地になっていて見事に撃沈。更に私も怒りが募る、という構図になるのです。もうそうなると自分勝手に膨らませた怒りの理由がありすぎて、何が原因だったのかもわからないくらい混乱しています。夫も無表情で、頑固な岩の様でした。
閃光が走り、自分の本心に気づいた瞬間、そして夫婦の邂逅
この状態が1ヶ月以上続き、解決の糸口さえ分からなくなっていた頃、羽布団を買いに行く用事があって1人で車を運転していました。久しぶりに独りになれたせいか、人前では出せなかった感情が吹き出し、涙がぽろぽろ出て止まらなくなりました。前が見えなくなって無意識にワイパーを付けている自分に気がつき、我に返りました。
すると、絶妙のタイミングでラジオから歌が聞こえてきました。岩崎宏美の歌でした。聞いた事もない曲で歌詞の詳細は忘れましたが「愛するのに条件はいらない。ただ私が好きだからそれだけでいいのよ」と聞こえました。その瞬間、閃光が走りました。わかったのです。「ただ、私が好きだからそれだけでいい」という事が。
帰りは別人です。心が軽くなり、嬉しくなり、早く夫に会いたくなりました。私は何を勘違いしていたんだろうと思いました。
子どもが寝静まって、夫が1人、無表情でお酒を飲みながらテレビを見ている部屋に行きました。横に座りました。夫は一瞬びくっとして体を固くしたのがわかりました。少しひるみましたが、深呼吸して息を吐きました。そして「ねえ、もうやめよう」「同じ家にいて、こんなに意固地になって無視しあって口もきかない生活なんて、もうイヤ」「何やっているんだろう、私。今日はっきり分かったの、あなたが好きだって。ただ好きなだけで何もいらないって」と話しながら涙が溢れてきました。
自分の事で胸がいっぱいで気がつかなかったのですが、横を見ると夫が震えているのです。びっくりしてよく見ると、泣きそうな顔をして「俺も苦しかった!」と言ってくれました。
それから、2人でしっかり抱き合って愛を確かめました。
昨日までの重苦しい生活がウソのよう。まわりは何も変わっていないのに、住んでいる世界が変わりました。逆に夫も優しくなり、少し家庭的になりました。
結局、お互い疲れ、片方は発散に行って責められ、片方は我慢して思いやりを求め、お互い不満が募り、暴言を吐き、意固地になり、期待と怒りの負のスパイラルに自らはまり込んでいただけでした。
これは自分の期待と幻想を押し付けただけの恋。生活の中ですぐに陥る、果てしない恋の道です。そちらを進んでいたら愛という本道へは行けません。今回のように、原点に戻り、性のエネルギーを正しく融合させるのは大切な事です。安らぎと同時に愛が芽生えてきます。
でも、私が体験したのは愛の入り口、ほんの序章でした。でも確実に夫婦の愛はこっちの道だよと教えられた瞬間でした。
そんな私の思い出を話していると、そのママはもう涙をぽろぽろ流しています。「わかりました。今日、出て行こうと思っていたけど、パパと仲直りしたいです」と、すぐ感化されて健気です(笑)。すると、夜遅くメールが来ました。
パパに言おうと待ち構えていたら、パパもケーキを買ってきて「誰か一緒に食べよう!」と言ったので、「はーい!私が食べます!」と言えました。そして、仲直りしました❤
と書いてありました。パパも仲直りしようと思っていたらしいです。
ひとまず、めでたし、めでたし・・・。