ままぴよ日記 23

 今、ミサキタカクノボルヒメミコ様タカキウチュウノヒカリノヒメミコ様の御光が降り注いでいます。唱名(ジャパ)の方法も詳しく教えていただきました。

 そしてハルカナウチュウノヒカリノミコト様から当面の心配や不安は、「ガヤトリー・マントラ」と「愛のマントラ」を3回ずつ繰り返し唱える事ですみやかに解消されていきます(最後に“オーム シャンティ シャンティ シャンティヒー”はいりません)と教えていただきました。

 又、体、心、意識を癒す救済の日輪の効果的な飾り方や眺め方の情報も開示されました。

 なんとタイムリーな恩寵でしょう!これからますます格差社会が広がり、災害を含めて混乱が予想される一方で神様の愛の恩寵も確実に増しています。

 個人的な問題に関しても本当に救われています。ありがとうございます。
(かんなまま)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

————————————————————————

渡米する娘と、入院する認知症の義母


生後6か月の赤ちゃんを含めた子ども4人を連れて渡米する娘。長期滞在なので空港の税関でいろいろな審査と手続きが必要です。パートナーは一足先に発ったので全てを1人でしなければいけません。その上、アメリカに着いてからも新しい家のこと、子ども達の学校のこと等も大変です。それで、暮らしが落ち着くまで私が付いていくことになりました。去年オーストラリアに二女のお産の手伝いに行った時と全く同じ日程で日本を留守にします。こんなことになるとは想像もしていませんでした。

さて、今まで娘の渡航準備を手伝っていましたが、ひと段落したので今度は自分の準備です。去年と同じように留守にする家業の事務処理。夫への激励(笑)。子育て支援の仕事の段取り・・・。渡航まで2週間!と思っていた矢先に義母がグループホームで腹痛を訴えました。病院で急性胆嚢炎と診断され、外科的な処置ができる総合病院に救急車で運ばれました。


駆けつけると胆のうにドレーンを入れられて胆汁を排出する処置がされていました。義母は認知症です。説明しても今の状況が理解できずに何度も管を抜こうとします。足が悪くて自力で歩けないのにそれも忘れてベッドから起き上がって歩こうとします。

治療を優先するために拘束衣着用の許可を求められました。手足を縛るわけではないファスナーのつなぎ服です(自分で管を抜けないようにするためのパジャマ)。看護師さんも朝から晩まで一瞬のスキなく見守っていることはできないし、ドレーンを抜かないためには仕方ありません。かわいそうにと思うこちらの心配をよそに義母はあっさり受け入れました。と言ってもすぐに忘れてファスナーを壊してまでも抜こうとしますが。

炎症が収まったら手術して胆のうを全摘しなければ再発するとのこと。でもその前に心臓の機能がかなり低下しているので別の病院に転院して心臓カテーテルをして、場合によってはステントを入れて、心機能が上がってから胆のうの全摘手術をします、と言われました。聞いていて苦しくなってきました。義母は91歳。



病室に戻って義母にわかりやすく説明しました。義母ははっきり「手術はしない。このままあっちに行ってもいい」と天を指さして言いました(笑)。子ども達とテレビ電話で家族会議をしました。みんな心臓のカテーテルやステントまでしなくていい。このまま炎症が収まってドレーンが取れたら施設に戻る。又再発したらその時対処する。おばあちゃんの意思を尊重しようということになりました。

「手術はしません。これから起こることを義母の意思を尊重しながら自然な形で受け入れることにしました」と、先生に伝えました。ただ、ドレーンがすぐに取れるのかはわからないし、ドレーンをつけたままでは今まで入所していた施設が受け入れてくれません。

でも、このままずっと病院に入院していると義母の認知が進み、QOLが保てません。認知の義母は人から話しかけられたら楽しそうに話すのですが自分から何かをする、本を読む、テレビを見るなどができなくなっています。じっと天井を見ているだけです。社交的で出かけるのが好きな義母が一番いやな状態です。それもかわいそうだなあと思います。それを考えたら残されたもう一つの選択肢は在宅です。国は医療や福祉費の財政難で在宅介護を推奨しています。

でも、認知症の義母との同居は試練です。すぐに忘れるので病気の理解や治療への協力は望めません。歩けないので移動するために抱えて車いすに乗せるのも大変です。足が悪いのを忘れてトイレに1人で行こうとして立ち上がり、倒れます。去年はこれで骨折しました。不快なのでしょう、おむつやパンツは自力で外します。おもらしは日常茶飯事。会話は笑っちゃうほど同じことの繰り返し。今はグループホームで看ていただいているので本当に感謝しています。私たちも余裕ができて笑えるようになりました。


在宅介護になれば24時間ずっと看なければいけません。かつて私が弱い立場の嫁だった時に、義母から世間体を気にして「長男の嫁として恥ずかしいと思いなさい!」と言われて何につけても家のために我慢することを強いられたことを思い出しました。義母が家を留守にするたびに実家に行って父の世話をしました。やっと叶った夫との旅行も義母の入院で私だけキャンセルになりました。完全看護なので義母の友人がお見舞いに来る時だけ呼び出されました。

やがて、これは義母が縛られている幻想であり、私が抱える問題ではないという思いに至り、その時の辛かった感情も義母へのネガティブな思いも消えていきました。そしてもう私の中に世間体という選択肢はありません。それよりもみんなが尊重されますようにと祈りながら模索する方がずっと幸せだと思っています。そして後は神様にお任せします。

さて、どうなるのでしょうか?もうすべてが予定で未定です。

でも、不思議なことにちっとも落ち込んでいません。もう私には決められないことばかりで全体を眺めているという感覚です。義母の顔を見ていたら笑っているし、夫も「大丈夫だよ」というし、娘たちも予定通りアメリカに行く気満々です。


いろんなことが同時期に起きても抗わず、抱え込まず、欲望を持たず、今を良心に従って行動していれば自ずと道は開けていくのだと信じています。とにかく今は義母を見舞いながら渡航の準備をします。


ウェルカム!!新しい波よ!!


と、思っていたら・・・この忙しい時に、病院と自宅の移転の話まで持ち上がりました。我が家が県の計画道路にかかるそうです。以前から言われていたことでしたがいきなり測量が始まり、説明会がありました。来年度から工事が始まるようです。病院はどこに移転するのだろう?住むところは?義母の家の片付けもある。あはははは~!もう笑うしかありません。

ちょうど開業して30年になるので息子の代に譲る時期です。いいチャンスかもしれません。でも住み慣れた家、病院、自分たちで作った庭の木々が愛おしい。寂しい。

落ち着くためにガヤトリーマントラと愛のマントラを唱える日々です。恩寵の光をいただく唱名、救済の日輪にも救われています。ちょうど3.11の追悼番組で一瞬のうちに全てを無くした人々の姿が映し出されました。あの日の衝撃がよみがえりました。あらためて家も自分の体さえ仮のものだということを思い知らされました。私のものという幻想を膨らませて執着するのではなく、ただただ、ひと時ひと時を愛をこめて過ごそうと思いました。

ああ、人生の変革の波が来ています。ハワイで泳いでいた時、突然3メートルほどの大波が来てどうすることもできずにのまれたことがありました。ぐるぐるのまれる様をしっかり目を開けてスローモーションのように見ていました。無事に浮かび上がりましたが、その時に「自分から波の方に潜っていったら抜けられるよ」と教えてもらいました。
そうだ、自分から変革の波に向き合おう!ウェルカム!!新しい波よ!!

pixabay[CC0]


さて、とりあえず、今のところ、渡航予定です。そして5月中旬には帰国予定です。

アメリカの暮らしで感じたこと、義母のこと、移転のこと等、どんな事態になっているか、帰国してからままぴよ日記でご報告します。それまでしばらくお休みをいただきます。乞う、ご期待!


Writer

かんなまま様プロフィール

かんなまま

男女女男の4人の子育てを終わり、そのうち3人が海外で暮らしている。孫は8人。
今は夫と愛犬とで静かに暮らしているが週末に孫が遊びに来る+義理母の介護の日々。
仕事は目の前の暮らし全て。でも、いつの間にか専業主婦のキャリアを活かしてベビーマッサージを教えたり、子育て支援をしたり、学校や行政の子育てや教育施策に参画するようになった。

趣味は夫曰く「備蓄とマントラ」(笑)
体癖 2-5
月のヴァータ
年を重ねて人生一巡りを過ぎてしまった。
かんなままの子育て万華鏡はこちら



Comments are closed.