ぴょんぴょんの「チロマルの去勢」 ~愛が動機なら、許されるのかもしれない

 人生初のネコの去勢の日。
 朝8:00、ネコを無理やり洗濯ネットに押し込み、新品のキャリーに詰め込んで、車の助手席に乗せた。そこから動物病院まで30分のドライブ。と言っても、隣りでミャンミャンうるさくて、運転に集中できない。そのもの悲しいトーンは、罪悪感を呼び覚ます。これで良かったのか? わからない。
 ただ、気づいたこともあった。
(ぴょんぴょん)
————————————————————————
ぴょんぴょんの「チロマルの去勢」 ~愛が動機なら、許されるのかもしれない

クロマルが旅立ってから早や10か月


クロちゃん、今朝は、早くから出かけたみたいだね。

ああ、大事な日だったからな。

大事な日?

話すと長くなるが?

いいよ、聞かせて。

クロマルが失踪して別世界に旅立ったのは、去年8月のこと。あれから、早や10か月。

もう、そんなに経つんだね。くろちゃん、あれから、クロマルの話もしなくなったし、こっちも触れづらいし、気にはしてたんだけど。

すまんな、気を使わせて。あの頃のおれは、孤独と寂しさで、押しつぶされそうだった。
それまでは毎朝、クロマルにメシを食わせ、クロマルの水を換え、クロマルを外に出して、クロマルのトイレの掃除して、帰ってきたクロマルを中に入れて、また外に出す。クロマル中心の毎日だった。それが、一挙に無くなって。


時間ができて良かったじゃん。

だがなあ、世話をする誰かがいるということが、どれほど張り合いのあることか、失ってみないとわからんのだよ。クロマルがうちに来るまで、おれはどうやって、一人の時間を過ごしていたのか、わからなくなっちまった。

そんなふうになるんだ。


エサをやり始めたのがすべての始まりだった


しかし、なにごとも3ヶ月。クロマル失踪から3ヶ月経った11月のはじめ、ひょいと庭に目をやるとネコがいた。そいつは、以前からちょこちょこ顔を出す、クロマルの娘だった。

娘ってわかるの?

わかる、顔の左半分がクロマルそっくりだから。ここにも登場したし、羊羹の母親でもあるが。


ミケ姫だね。

そうそう、そのミケ姫が、クロマル・ロスのおれに、まとわりついて甘えてくるんだ。そこで、捨てようかどうしようか迷っていたキャットフードの備蓄、少なくとも1年分はあるんだが、そいつにやり始めたのが、すべての始まりだった。

え?

数日後、生後6ヶ月くらいの兄妹と思われるネコ2匹が合流して、ミケ姫と3匹でメシを食うようになった。

後から割り込んできて、ミケ姫は怒らないの?

どうも、この2匹はミケ姫の子らしい。白地に黒い丸のチロマル(♂)とカフェオレ色のカフェオレ(♀)。

ミケ姫とは、親子だったのか。



そうこうするうちに、ミケ姫はなんと、1ヶ月位の子ネコを3匹も連れてきた。

3匹! ミケ姫、まだ子どもがいたの!?

きっと、よそで育てていたんだろう。こうして、一気に大所帯になっちまったのよ。

ヒエ〜! ミケ姫、頭いいね。ここの主はちょろい、かわいい盛りの子ネコを見せれば、追い払うことはないだろう、と。

はあ〜、あいつの策略に、まんまとやられたわ。これじゃ、備蓄のキャットフード1年分なんて、あっという間に消えちまう。

ということは、全部で5匹?

いや、6匹。ミケ姫、チロマル、カフェオレ、3匹の子ネコ。しかも、季節は11月。これから過酷な冬に向かうのに、1ヶ月の子ネコを外に置いとけるか?

寒さで死んじゃうよね。

かと言って6匹もいるからな。家に入れて、自由自在にはさせられない。そこで、庭に面した一部屋を、ネコどもに提供することにした。

くろちゃん、やさしい!

おれ、見かけよりやさしいのよ。

お嫁さんは来ないけどね。ネコにはモテるのに・・。

オッホン! で、その部屋に、捨てようと思っていた、クロマルのトイレ、キャットタワー、おもちゃを置いたら、完璧なネコ部屋になった。


捨てないで良かったね。

そして、昼間は外で遊ばせて、夜は中に入れる。2月、3月の雪が降った朝なんか、みんなが、ミケ姫を中心に身を寄せ合って震えているのを見て、暖房をケチったことを後悔した。次の日から暖房を入れてやったよ。

やっぱ、やさしいね。

だが、そんな冬も通りすぎ、春になってやれやれと思ったとたん、恐れていたことが起こった。朝メシのあと、みんな外に出たのに、カフェオレだけがハンモックでじっと動かない。

カフェオレってメスだよね。

それが2〜3日続いたある日、カフェオレの腹の下に、何かがうごめいているのを発見。

まさか!

グレイの長細いのが2本、モゾモゾ動いている。予想はしていたが、生まれたてのネコの子だ。初めて見た。衝撃だった。


たった2匹? もっと、たくさん生まれるかと思った。

初産は少ないそうだ。2匹のうち1匹は元気だったが、もう1匹は元気がない。案の定、そいつは翌日、動かなくなっていた。

ショック!

ああ、ショックだったよ。生まれてどうしよう? 死んでどうしよう? おれの心はジェットコースターみたいだった。1匹減って、喜んでいいのか、悲しむべきなのか、わからんまま、庭の隅で、亡骸を埋めるための穴を黙々と掘った。

はあ〜、誕生と死は背中合わせ。

ところが、そんなセンチメンタルに浸っているヒマもなかった。第2弾がきた!

え? あとはみんな子ネコだよね?

3匹の子ネコは、オス1、メス2。メスのチャビ子とルル子、両方が妊娠していたんだ。産んだのはチャビ子。

堅実母さん、チャビ子と3匹の子ネコ

なんと? まだ、生後半年なのに?

おれは怒った。6匹の中でオスは、11月時点で6ヶ月だったチロマルと、まだ子ネコだったオレンジしかいない。犯人はチロマルにちがいない。あいつにはさんざん言い聞かせてあったのに。「子どもなんか作ったら、動物病院に連れてって、タマトリの刑に処すからな!」なのに、あいつ、聞いてなかったんだ。

ハッハハ! で、いったい、何匹生まれたの?

今のところ、チャビ子が3匹、カフェオレが1匹で、計4匹。

ネコなのに、ネズミ算的に増えるんだね。

ネコには、人口削減計画は関係ないみたいだ。地球がこれほど、合成洗剤、化学薬品、殺虫剤、農薬にまみれているというのに。キャットフードだって、健康に良さそうじゃないのに。

たくましいんだよ、きっと。

だが、見ているとおもしろいぞ。ネコにも性格があってな。たとえば、先輩のカフェオレは、後輩のチャビ子より、母性愛が少ないように見える。夜になると、カフェオレはどこで遊んでいるのか、待っても待っても帰ってこない。

夜遊びの女王、カフェオレと子ネコ

子ネコは腹を空かせて待っているというのに。自分の娘なら、とっくにぶん殴ってるわ。

うわー、くろちゃんに娘がいなくて、良かったよ。

ネコにも、母親に向いているのと向いてないのがいるのかもな。


チロマルを動物病院に連れていく


それより、くろちゃん、今のうちに、今後のことを考えといたほうが良いよ。

ああ、このまま行くと、ネコ屋敷にされちまう。

かと言って、くろちゃんは、去勢したくないって言ってたよね。

ヤツらにはできるだけ、人工的なことはしたくないと思っている。そして、病院と名の付くものは極力避けたかったが、このまま増えすぎても困る。葛藤もあったが、やっぱ、去勢してもらうしか道はない。

いい、動物病院はあるの?

ぜんぜん知らない。よく通りがかる、あの動物病院はどうだろう? と思ったが、いきなりそこに連れて行くのは不安だ。かと言って聞ける人もいないから、ネットで検索した。すると、隣り町に5〜6件あることがわかった。だが、口コミがない。

大事な子を預けるんだから、慎重に選ばないとね。

そして、思いついた!こういうときこそ、東洋医学セミナー初級コースで習った、波動の測定をやってみようと。

くろちゃん、できるの?

できるもできないも、うちの大事なニャンコの命が関わっているんだ。やるっきゃねえだろ? 早速、ぴよらかーどを取り出して、それぞれの動物病院の住所と名前、医師の名前を書いて、測定した。やって正解だった。
一番最初に思いついて行こうと思った動物病院は、ダメだった。合格ラインの病院があったので、早速、電話して、去勢や避妊をやっているかを聞いたら、やっていた。しかも、予防接種の有無とか、めんどくさいことは一切聞かれず、即、予約が取れた。


良かった〜。

「当日は絶飲、絶食で来てください。大きめの洗濯ネットに入れて、キャリーに入れて9時から11時の間に来てください」と言われ、あわてて、洗濯ネットとキャリーを買いに行った。そして今日が予約日だったんだ。

だから、朝早くから出かけてたんだね。

夕べから緊張して、今朝もいつもより早く目覚めて、チロマルがメシを食いに帰宅するのを待った。帰ってきたチロマルを、絶飲絶食のままネットに入れて、キャリーに入れて、車に入れる。そこまで、ドキドキハラハラだったわ。


初めてのことだもんね。

動物病院までの30分の道のりは長く感じた。キャリーの中からは、ミャオンミャオンとなき続けるチロマルの声で、運転に集中できない。これで本当に良かったのか? 罪悪感にさいなまれ、体は緊張してくる。「力は抜く、気は抜かない」と自分に言い聞かせながら、ガヤトリー・マントラ3唱、「愛しています」3唱、「ありがとう」3唱を、チロマルが聞こえるように、大声で唱えながら運転した。するとふしぎなことに、唱えているとチロマルはなき止む。静かになったので止めると、またなき始める。着く頃には、おれの喉もガラガラだ。

お疲れさま〜。

ついに病院に着いてチロマルを預けた時、ようやくホッとすることができた。そう言えば、気づいたことがある。

なになに?

これまでおれは、動物の去勢には乗り気じゃなかった。できるだけ、したくなかった。だが、今回、チロマルを預けての帰り道、チロマルのために祈りながら、思った。おれはチロマルをこんなに愛していたんだと。そして去勢は、彼を傷つけるのが目的じゃなくて、愛しているからだと。愛が動機なら、許されるんじゃないか、そう思って、少し、気が楽になっている。

そうか、それなら良かった。

次はオレンジ(♂)だ。その後も、続々と連れていくぞ!

翌朝のチロマル


Writer

ぴょんぴょんDr.

ぴょんぴょん

1955年、大阪生まれ。うお座。
幼少期から学生時代を東京で過ごす。1979年東京女子医大卒業。
1985年、大分県別府市に移住。
1988年、別府市で、はくちょう会クリニックを開業。
以後26年半、主に漢方診療に携わった。
(クリニックは2014年11月末に閉院)
体癖7-3。エニアグラム4番(芸術家)


Comments are closed.