(前略)
日本では一方的な銀行口座の取引停止はあまり聞かないですが、
アメリカでは、パンデミックの頃に、ウイルス対策に懐疑的な主張をしていた著名な医師や医学者(ジョセフ・メルコラ博士など)が口座などを閉鎖されたということもありました。
今後、日本でもさまざまな「デジタルな紐付け」が拡大すると、異端的な 人々(私なども含まれてしまうのかもしれません)に何らかの対策が立てられる可能性もあり得ます。
今回のような話とは違いますが、海外に住んでいらっしゃるメルマガの読者様から「日本の銀行の口座を凍結された」というお話をうかがったこともあります。
戦後の預金封鎖のときなどもそうですが、「銀行に預けておけば安心」という時代は実際には常に存在しないのかもしれません。
(中略)
銀行取引の口座を失う:あなたにもいずれ起こるだろう
De-Banked: It’s Only a Matter of Time Before It Happens to You
Nick Giambruno 2026/07/15
(中略)
お客様へのサービス提供を継続することができなくなったことをお知らせいたします。
この決定の結果、お客様の口座は本状の日付から 14日以内に閉鎖されます。
残高はすべて、弊社に登録されている住所宛に小切手で送付いたします。
遅かれ早かれ、あなたの銀行からもこのような手紙が届くだろう。
彼らは口座を閉鎖する理由すら教えてくれないだろうし、他の銀行で口座を開設するのもおそらく困難になるだろう。
銀行取引の停止・拒否は、懸念すべき、かつ拡大しつつある傾向だ。
要するに、支配エリート層は、自分たちの望む物語への同調を強制するために、銀行システムを武器として利用しているのだ。
大手製薬会社の毒物、偽りの気候「危機」、不正選挙、嘘で売り込まれた終わりのない戦争、あるいはメディアが「今話題」として煽っているものなど、
何であれ反対の声を上げれば、予告なしに経済的な打撃を受けることになるだろう。
顧客からの支払いを受け取ったり、請求書の支払いをしたりする能力を、あっという間に失ってしまう可能性がある。
これまでも COVID-19 による集団精神病を批判する著名な医師や、世界規模での権力集中(グローバリズム)計画に反対する政治家の口座が銀行によって閉鎖される事例が見られた。
しかし、銀行が著名人の口座を閉鎖する事例が一つあるごとに、
何百人、あるいは何千人もの一般人が同じような卑劣な扱いを受けているにもかかわらず、その声は誰にも聞かれることがない可能性が高い。
エリート層が思想犯を犯したと判断したために、 人々は日々経済活動に参加する能力を失っている。
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動画の冒頭でも「前回僕は、脳は意識を作り出す装置ではなくて、意識を受信する装置なのかもしれないというお話をしました 脳はテレビやラジオのような受信機で、宇宙に満ちた意識をただ受け取っているだけかもしれないという内容でしたよね」と話しています。
実は2022年9月8日の記事で、“あなたが見ている世界は、あなたの「脳」を通して見た世界で、それを「心」というフィルターで解釈したもので、あなただけの固有の世界なのです。…私たちの肉体と脳が、バーチャルリアリティーの機器の役割を果たしていることになります。肉体は微細な電磁波の受信機であり、それを脳が統合してバーチャルな世界を現出させます。私たちは、そのようにして自分の肉体と脳がつくり出す世界を「客観的な現実」だと錯覚するのです。”とコメントしました。
今回の動画では、「死んだあと、意識はどこへ行くのか」という人類最大の問いに、量子物理の観点から説明を試みるものです。
“動画のコメント欄にも、ある共通した問いがたくさん寄せられてきたんです。「もし脳が受信機なら、その受信機が壊れたとき、放送のほうはどうなるんですか?」という問いでした。つまり、人が死んだとき意識はいったいどこへ行くのかということなんですよね。今日は元物理学者として、多くの人が目を逸らしてきたこの問いに、正面から向き合ってみたいと思います。(18秒)”と話しています。
動画の説明ではありませんが、この問いに関するもっとも簡単な説明は、あなたの肉体の内側には、より微細で感度の高い別の身体が存在するというものです。例えば幽体(リンガ・シャリーラ)とか原因体(コーザル体)などです。
こうした微細な身体は常に活動しているのですが、肉体の荒い波動が静まった時でないと感知することが出来ません。瞑想は荒い波動を鎮めるためのものです。瞑想が深くなると微細な波動をキャッチできるようになります。
「アーユルヴェーダの解説シリーズの24回目」では、ヨーガ・スートラの二つの三昧体系を解説しました。
稀有の霊的体験者であったエマヌエル・スウェーデンボルグは、霊界に出入りする能力を「死ぬ技術」と呼んでいました。死により肉体の衣を脱ぐと、内側の微細な身体の意識が目覚めてきます。三昧は、それを生きているうちに体験することです。