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[Dinar Chronicles]2017年6月12日、知識を持つ者「最後通牒:結末がどうなるにせよ、これにてお終い」

 今週は再び知識を持つ者さんで、殺害通告です。先週はニール・キーナン氏の長い情報が入ったのでお休みしていました。本来でしたら先々週に開始したGCR/RVという世界通貨リセット&再評価イベントの内容説明を継続したかったのですが、カバールに対する緊急通達が出ていたので、そちらを優先します。
 次回の記事で、この投稿内容を読んだカバールの反応をご紹介したいと思います。今月、コブラを含めた向こう側との最後の戦いが地上でも繰り広げられていたようです。幽霊特殊部隊って007みたいですねー、殺しのライセンスとクローキング技術で最強。
(Yutika)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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2017年6月12日、知識を持つ者「最後通牒:結末がどうなるにせよ、これにてお終い」
転載元)

最後通牒:結末がどうなるにせよ、これにてお終い


これは私がこれまで書いた投稿記事の中で最も重要なものです。なぜなら私たちは「戦いの終結」に辿り着いたのです。カバールの残党、彼らの子分、そしてネット荒らしのそれぞれに最終のメッセージを届ける役目を私は言い付かりました。これは警告ではありません。結末がどうなるにせよ、これは「戦いの終結」宣言なのです。

カバールの残党へ


これはあなた方にとって唯一最後の通告です。次に何があなた方を待ち構えているのか、きちんとご説明しておきましょう。生か死かというご自分たちに与えられた選択肢を説明して差し上げることになりますから、この投稿はいわばプレゼントなのですよ。

あなた方の命なぞ他の人類にとってのアセンションの予定に比べれば全く重要ではない時期になってしまいました。これがあなたが読む人生最後のものになるやもしれませんから、私はこの最終通告を非常に心して書いています。

GCR【世界規模の通貨リセット】が成功裡に完遂することは、今やあなたが生存することよりも遥かに大事なことになったのです。なぜ現状に到達したのか、下記でより詳しく説明してはいますが、私は今ここで、あなた方自身の自由意思によって選べる道を与えることにしましょう。

選択肢① 極悪非道な活動の数々から手を引き、GCRが妨げられることなく遂行されることを許容し、生き残る。
選択肢② GCRを阻むために無駄な努力を続け、死ぬ。


私の言葉に偽りのないことを聞き取ってください。これは本物かつ最後のものです。あなた方には選択肢が与えられているのですから、自由意思を犯すことにはなりません。また戦時下における人権を侵害することにもなりません。


ライトワーカーの皆さんへ


私の友人であり家族である皆さん、これはNPTB【新しく権力の座につく存在】と長老たちが限界に達したために出された真正の宣言です。

相当数の死者がもうすぐ出ることを懸念しておられるやもしれませんが、大事なことを思い出してください。私たちは戦争の最中におり、隙あらば私たちを殺したであろう正にその人間の話をしているのです。彼らこそが私たちの空気に、水に、そして私たちが口にする食べ物に毒を混入したのではありませんか。彼らは私たちの子どもたちを犯し、殺し、人類に対する計り知れない残虐行為をやってのけたのです。

このようなことを書き連ねつつも、これが本当に実現しただなんて想像するのが容易くはないことは私も分かっています。ですが実際にそうなのです。ときは満ちたのです。後世のため、この通告を印刷しておいた方がいいかもしれませんね。これが正にカバールの終わりなのですから。

なぜ私たちが人類の最善のため、彼らの生命を奪う正当性を今や与えられているのか、カバールの残党に説明することでこの投稿記事を終えることにしましょう。

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【卑劣】ヤラセ会見直後に森友学園に「安倍首相の報復捜査」

 安倍首相のヤラセ会見直後に森友学園関係者に徹底した強制捜査が入りました。孫崎享氏の「安倍首相の報復捜査」という表現がぴったりだと思います。また菅野完氏は「森友使って加計学園隠し」だと指摘しています。ここ一連の安倍政権の嘘・ゴマカシ・攻撃などをリアルタイムでつぶさに見てきて、国の中枢にいる者達がとんでもない連中だとは聞いていましたが、当初の予想をはるかに越える酷さをここ最近強く実感しています。
 強制捜査の名目になっている補助金不正受給を捜査するのであれば、“続きはここから”以降のまちべんさんの記事にあるように、“キアラ設計建築研究機関と藤原工業に捜索押収が必要だった筈で、森友学園関係者のみを狙い撃ちにした捜査は、甚だしく公正にかける”と思います。
(編集長)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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捜索に籠池氏「国策捜査だ」 夫人「いじめないで」(17/06/20)
配信元)

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【国策捜査】森友学園の籠池元理事長が会見で反論!「トカゲの尻尾切りだ」「違和感がある」
転載元)
6月20日に森友学園の籠池元理事長が記者会見を行い、大阪地検特捜部の強制捜査を強く批判しました。籠池氏は会見の中で「会見直後という捜査手法には強烈な違和感を覚える」と述べ、強制捜査が開始された時期に疑問を投げ掛けています。

また、強制捜査の罪状が補助金詐欺という点も指摘し、「森友学園問題の本筋とは違う」などとコメント。その上で、籠池氏は「本筋の立件になれば、安倍総理夫妻を捜査せざるを得ない」というような発言をしていました。

まとめると籠池氏の主張は、強制捜査に疑問を投げ掛けると同時に、森友学園問題の本筋を調査するべきだというような感じになります。少なくとも、自分だけがトカゲの尻尾切りになっているという認識で、安倍政権の対応に怒りを示していました。






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[YouTube]馬の紳士すぎる対応にビックリ!

竹下氏からの情報提供です。
人馬一体っていいものだな。
馬さん、ありがとう!って。
(しんしん丸)
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配信元)

[ゆるねとにゅーす]【衝撃】加計孝太郎理事長が自民党岡山県支部の代表者だったことが判明!加計学園はお友達どころか「自民党そのもの」だった!

 一般のネットユーザーさんが発見された、資料付きの情報です。
 加計学園の加計孝太郎理事長は、驚いたことに、自民党の岡山県自治振興支部の代表者を務めていたことが判明しました。その組織の会計責任者も加計学園理事で、ご丁寧にも、この自民党支部の事務所は、加計学園の岡山理科大の住所、もはや自民党と一体だと言えます。巨額の税金を特定の政党へ横流しにするという「自民党による巨大詐欺事件」の可能性が強まりました。なだれを打ったように、次々と光が当たり、痛快です!
 後は、国民のために働く検察がいてくれるかしら?
(まのじ)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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【衝撃】加計孝太郎理事長が自民党岡山県支部の代表者だったことが判明!加計学園はお友達どころか「自民党そのもの」だった!
転載元)
どんなにゅーす?

・加計学園の加計孝太郎理事長が、実は自民党の岡山県自治振興支部の代表者を務めていたことが判明し、ネット上で大きな話題になっている。

・ネットユーザーによって、岡山県のHPに上がっていた平成27年の政党支部の収支報告書が発見。そこには、岡山県支部の代表者として加計理事長の名前と、会計責任者も加計学園の理事の名前が記載されており、加計学園が「自民党そのもの」だったことが判明。政党支部の住所も加計学園の岡山理科大の住所が書かれており、安倍総理と加計氏による自民党への税金の横流し行為が行なわれたとして、多くの批判の声が殺到している。

↓ネット上で大量に拡散されている、岡山県のHPに上がっていた収支報告書。「政党の支部」欄にもはっきりとチェックが入っている。

出典:岡山県



↓住所を検索すると、加計学園系列の施設がヒット。

出典:Google








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青年会議所の広報委員長だった私が振り返る21世紀初頭
〜2001年 特集記事『 道しるべを探して…』10月号を題材に(後)〜

 「流れる水は腐らず、流れぬ(淀む)水は腐る。」とのことわざがあります。これは全くの事実で基本的に全てに当てはまります。自然環境、社会環境も人間の体内環境もそうです。たとえば体内環境ですと(気の流れが先でしょうが)血流や体液の流れが悪くなり停滞し淀むとそこから癌化を始めとする病変が発生します。「腐って」くるのです。腐敗が拡散すれば「死に瀕する」人体の危機です。社会環境も同様です。金や権力がそこに集中固定され循環が止まると必ずそこから腐敗が広がっていきます。これはやがて社会全体が存亡の危機に瀕することになります。循環は生体維持には必然です。
 この度、閉幕した国会は最初から最後まで「でたらめ、強行採決」だとか「インチキ、隠蔽、嘘」などの言葉でも表現しきれない異様さでした。既得権益のみを死守しようとするその異様ぶりは、彼ら首相、首相官邸、内閣府を中心とした「異形の者たち(私には「ニンゲンモドキ」にしか見えないのです)」が腐敗の極みにあるのを露呈し、国会は最低限のルールさえも建てられずぐずぐずと溶け落ちていくかのような様でした。社会全体が存亡の危機にあるのは明白で、風を通し循環システムへの切り替えは必然ではあるのです。                    
(seiryuu)
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福岡正信氏
Author:naturalfarming.org



特集記事 「道しるべを探して3」  2001年10月号掲載 後 

・自然農法からの学び
  

 植物、動物、個々人、全ての生命体は、それぞれ独自のはたらきがあって存在しています。そして同時にそれぞれの生命体は、他の異なったはたらきの生命体との関係と循環によって成り立っています。独自性と全体としての一体調和。独自性を持ちながら、他と関わっていく、そこには愛憎の流れが生じざるをえません。その矛盾を認め踏まえて、互いに生かしあい調和をとっていこうとする精神、それを「和の精神」といい、21世紀創造の「道しるべ」にと、先の特集で提唱させていただきました。
 

 福岡氏の自然農法の世界では、微生物から植物、人間に至るまで、そこに生息する全ての生命体が、それぞれの独自の生態活動を阻むことなく、全体として生かしあい調和をとっている世界が、破綻無く成立しています。その世界は「和の精神」が具体的に表れた姿といえるように感じました。

 冒頭に示したように、一方で物資が極単に腐るほど集中し滞り、一方では餓死者がでるほど不足する現状も生み出す仕組み、それを利害に基づく経済優先固定システムと称すれば、福岡氏の自然農法の世界はそれに対し、多様な個々の生命のはたらきと、その自然の循環を重視したものであるから、生命重視循環システムとも言い表されるように感じます。


 福岡氏と自然農法から学び感じたこと。それは、全ての生命体が生きられる、生命重視循環システムづくりとそれへの転換。このことが、21世紀を新たに生きていく私達の課題ではないかということです。



・生命重視循環システムへの転換


 「自然農法は、今の私達の生活スタイルでは産業にはなりにくい方法かも知れません。しかしそこのところが、私達が考えなければならない大事なところだと思いました。・・・」
 私達の取材に応じて、自然農法の紹介ビデオ(「・・・自然農法・福岡正信 粘土団子が地球を救う」サルボン社)作成者が、自身や社会のあり方を問い直す前記のような言葉と、この社会にあって、求める気持ちがあっても、それを実践していく困難さをも語ってくれました。


 生命重視循環システムづくり、もしくはそれへの転換。言葉では簡単でも、現実に社会生活を営んでいる私達の事実の上では、それは決して容易なことではないでありましょう。私達みんなが自然農法を出来るはずも無く、現代の社会システムをすべて否定、改革するようなことは出来ません。

 そういった意味では、私達の出来うる生命重視循環システムへの、具体的な取組みの模索自体が、単純に答えが出ず、迷いや悩み、痛みさえもがついてくるものであるのかもしれません。

 しかし、迷いや悩み痛みとは、未来を見据え目的をもち、よりよく生きることを求めるからこそ生ずるのであり、そこからの迷い悩み痛みは、本当の意味での豊かさを育む糧や土壌になるように思います。


 様々な病理現象が現れている今、現状に沿った生命重視循環システムづくり、未来を見据えた取組みが、やはり、私達に課せられているのではないでしょうか。なぜならば、それは、樹上の生活から地上に降り立ち、大地に足をつけた前方を見据える高い視点と、自在に動かせる手の獲得、つまり『現状に立脚しながら、未来を見据え切り拓いていくはたらき』を身に付けたはずの人間、21世紀に生きる私達にとっての「人間らしさ」であろうからです。


 そしてその取組みは、少しずつでも我欲を制御し、私達が生きる土台である地球、自然の働きの中にある自分であることを直視し、身近な隣人、つまり家族や友人、そして共に生きている動植物を、愛していくことから始まるものだと考えます。

「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する・・・。」(宮沢賢治)


pixabay[CC0]



「自然農法(もどき)」を試してみると・・・


「全ての生命体が生きられる、生命重視循環システムづくりとそれへの転換。このことが、21世紀を新たに生きていく私達の課題ではないか」の提言、これは全くその通りでしょう。

しかし、それはいみじくもこの次の段落で「言葉では簡単でも、現実に社会生活を営んでいる私達の事実の上では、それは決して容易なことではない」のでした。私自身「折角自然農法を知ったのだから、いつかはそれに取り組もう」とは思いながら実際に「自然農法(もどき)」を試してみたのがこの記事を出してから十年近く後でした。「いつか」と思っているだけでは「いつまでも」できないものです。私は田舎生まれで生家の前には一反足らずの田圃が有り、以前は米を作ってもらっていました。しかし作り手がいなくなり、放置した状態の農地があるのです。私が「自然農法」を試すには格好の条件があったのですが、なかなか腰が上がらなかったのです。

さて、試してみると、・・・大変です。まず稲の粘土団子と麦の粘土団子それと種々の種を混ぜ入れた粘土団子作りに取り組むのですが、これが非常に大変。一つ一つ手でこねて作るのです。いやになるぐらい手間です。それでも必死でかなりの数は作れました。

2009年?の秋、草だけは刈った状態の、もと田圃の農地に苦労して作った粘土団子を蒔き冬明けを待ちます。その間にどうやら麦らしき芽が出てきます。(ただ他のイネ科の草との見分けが私にはつきません。)春、少量の麦は生長しますが他の芽はほとんど出てきません。夏、イネか?と期待したものは全て違っていました。

結果雑草(という名の草はないのですが便宜上)群の中、麦は少し、種々の種から僅かばかり出てきたのは三つ葉、大根、ニンジン程度でした。稲は皆無、他の種もほぼ全滅。自然農法は簡単ではないです。

それでやはりこれでは無理だとのことで、次からは粘土団子は諦め手作業で畝をたててみました。不耕起無除草は無理と判断した訳ですがこの作業も重労働で大変です。その畝に色々種を蒔きました。種が発芽する横で草が生い茂り無数の虫たちがたかってきます。時間がとれた時に草は刈ったり抜きましたが虫はそのままです。せめて無農薬と無肥料は守ってみようとしたのです。結果はやはり三つ葉、大根、ニンジンはそこそこ生長しました。それと春菊はうまく育ちました。他のものは育たなかったり、芽が出て生長しても菜の花小松菜等アブラナ系の作物は主にハムシにやられまくりスケルトン状態です。


pixabay[CC0]



会話と種々の情報交換する生き物たち


しかし時間をかけて観察していくと面白いことに気づきます。畝に蒔くのに余って、刈っただけの雑草群の中に蒔いた種からも数少ないですが芽を出してきたものがあります。それらはそれがアブラナ系でもほぼ虫は付かないのです。畝のアブラナ系とは全く違います。そして畝のアブラナ系でも薹がたちかけたら虫はいなくなります。ハムシたちも花実をつけるのは邪魔しないようにしているようです。どうもそこに生息する植物、虫やミミズその他の生物、皆で話し合いをして一定の決め事をして皆でそれを守っているように感じらました。

無論植物を虫が食べ、その虫をカエルが捕らえ、カエルを鳥が食べるといった連鎖はあります。しかしそれはそんなに単純な一方的連鎖では無さそうです。本当に一所に共に生きている雑多の生物群が会話して種々の情報のやりとりをして「どう折り合いをつけるか」決めている様子です。

雑草群が虫にむかい「人間が立てた畝に生えている植物は食べていいけど、我々の中で逞しく芽を出した植物は我々の仲間だから食べてはいけない。」とさとし、虫どうしでも「畝にある植物は自由に食べてもいいが、それも植物が花のつぼみをつけるまで。花を咲かし種を残す、生物が子孫を残す段階に入ったらそれを阻害してはいけない。そのような仁義に反することをすればやがて我々にそのカルマが返ってくるから。」といった具合に。

そこにある掟、「自由に生きて良い、しかし一緒に生きる生物を絶滅させるような振る舞いは許されない」を守っているように見えるのです。彼らがこの世界の真理だとしている「弱肉強食」などといった単純な世界ではないことがはっきり見えます。

「適者生存」「弱肉強食」とうそぶき幾多の生物種を絶滅させてしまった人間より遙かに理性的なのかもしれません。少なくとも一見貪欲に作物を食い荒らすに見える虫たちでも、傲慢な人間よりもずっと世界と調和的に生活しているのが見て取れるのです。確かに「全ての生命体が、それぞれの独自の生態活動を阻むことなく、全体として生かしあい調和をとっている世界」が見受けられたのです。私たち人間のほうが草や虫たちから学ぶべきなのかもしれません。 

(了)

Writer

seiryuu様プロフィール

seiryuu

・兵庫県出身在住
・いちおう浄土真宗の住職
・体癖はたぶん7-2。(自分の体癖判定が最も難しかった。)
・基本、暇人。(したくないことはしない。)
・特徴、酒飲み。アルコールには強い。
・歯が32本全て生えそろっている(親不知全て)原始人並み。

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