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シドニー・パウエル弁護士チームへのスピリチュアルな攻撃を繰り返す悪魔的な連中 ~祈りで対抗しているシドニー・パウエル弁護士チーム

竹下雅敏氏からの情報です。
 シドニー・パウエル弁護士のチームから友人への電話で、“今までこのような悪魔のような攻撃を感じたことはない "と言っているという事なのですが、こうした攻撃は物理的なものはもちろん、ツイートにあるようにスピリチュアルなものも有ります。
 実は今朝、こうしたスピリチュアルな攻撃の現場に偶然遭遇しました。中国のサイキック部隊の隊長が、シドニー・パウエル弁護士を殺そうとしていたようです。シドニー・パウエル弁護士チームは、トランプ大統領のチームと同様に祈りで対抗していると思われます。また、ツイート主のように、彼らとその家族のために祈る人たちもいます。
 こうした祈りは、基本的には現在のキリストである聖フランシスの所へ届くのですが、私が現在のこの戦いに関心を持っている以上、祈りは私のところにも届くのです。というのは、こうした攻撃を神に祈ると、攻撃は神の所へ行くことになり、私もこの攻撃の影響を受けてしまうからです。
 「天界の改革」以来、こうした攻撃は日常茶飯事なので、どうという事は有りませんが、中国のサイキック部隊の隊長を含め、魔女たちの執拗な攻撃をもはや容認できないと思い、全ての攻撃を返すことにしました。
 攻撃を跳ね返し、私の身体が楽になったその時、今朝の9時30分のことですが、突然女の叫び声が聞こえました。中国のサイキック部隊の隊長が廃人になったのが分かりました。この瞬間、私の身体の「気」の流れが正常に戻りました。
 こうしたスピリチュアルな攻撃は、今年いっぱいは続きます。来年になると、こうした悪魔的な連中は、狭義の肉体の「表層」の心を破壊されてしまうのです。それまでに改心すれば、破壊を免れるでしょう。現段階でこのような悪魔的な所業を成す連中は、既に「中層」「深層」の心にはアクセスできないようにされています。来年からは「表層」にもアクセスできないようにされるわけです。
 そうなると彼らに残されたのは、身体と顕在意識のみになります。この部分の戦いが2021年の1年間かかります。上位の「身体」を全て滅ぼされ、狭義の肉体も「表層」「中層」「深層」が全く使えなくなった者たちは、死ぬかロボット人間になるしか残された道はないでしょう。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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配信元)
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旧ソ連「黒魔術暗殺部隊」の存在がCIA機密文書で発覚! 頭蓋骨破壊、病気誘発、超能力コピー…!
引用元)
(前略)

「CIA」より

「Soviet and East European Parapsychology Research(ソ連と東欧の超心理学研究)」というタイトルのこの文書では、ソ連軍が“黒魔術”に興味を持ち、研究と実験を行っていた実態がCIAによって調査・報告されているのだ。
(中略)
ジム・シュナーベル氏の著書『Remote Viewers:The Secret History of America’s Psychic Spies(サイキック・スパイ-米軍遠隔透視部隊極秘計画)』(1997年刊)には、この時期のソ連で行われた超能力研究についての一端が詳述されている。(中略)… この報告書に登場するシベリアのシャーマンは、サイキックパワーを駆使して路面バスに立って乗っている乗客を転落させたり、小動物を殺すことができたという。
(中略)
カザフスタンの研究所では、黒魔術のシャーマンがマトリョーシカ人形、木彫りのスプーン、お土産(アクセサリー)を手に取り、邪悪なサイキックエネルギーをそれらに“注入”した。(中略)… これをプレゼントとして贈られ、身に着けたり身近に置いていた者は、神経痛、うつ病、さらには神経衰弱に苦しむということだ。
(以下略)
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ロシア軍では国家プロジェクトで超能力を駆使するサイキック兵士を養成していた
引用元)
(前略)
サイキック部隊をロシア軍が作っていた事実が明らかになった。ロシア連邦国防省の公式雑誌Armeysky Sbornik(アルメイスキー・ズボールニク)の2月号に「未来の戦争のためのスーパーソルジャー」というタイトルの記事で超能力を使った数々の実験の内容について紹介している。(中略)… 記事の著者のニコライ・ポロスコフ退役大佐は「超心理学は、直接接触しないで敵を倒すことを可能にする」と書いている。1980年代から始まったこの実験は実際にチェチェンでの軍事作戦で用いられ、超心理スキルは完成されたとしている。
(中略)
記事によると以下能力がある。
テレパシーによる敵の尋問
・金庫の中の透視
・外国語の習得
負傷兵の治療、痛みの緩和
・敵の罠や貯蔵庫を見つける
コンピュータをハックする
テレビや電話といった通信や傍受、妨害する。会話も傍受ができる
・何日も食べずに眠らず活動する、など
(以下略)

中西征子さんの天界通信61 ガヤトリー・マントラと愛のマントラによって飛躍的進化をとげた「ひとみちゃん」と「モモちゃん」

竹下雅敏氏からの情報です。
 中西征子さんのイラストを見た読者の方が、中西さんの庭の写真を見て、木の所に「犬を抱っこしている女の子の姿が見える」というので、中西さんが調べたところ「数日迄から、確かに女の子がコーギー犬を連れて来ている」ことが分かり、女の子は「サザンカの精霊」で、犬はコーギー犬ではなくミニ・ダックスフントだと分かりました。女の子は「ひとみちゃん」で、ミニ・ダックスフントは「モモちゃん」です。
 中西さんが彼らにガヤトリー・マントラ愛のマントラを伝授したところ、ふたりはたちまちサマーディ(三昧)に没入し28日間瞑想状態にあったという事です。
 ひとみちゃんは神様から「今は女神になった」と教えられたという事ですが、これは確かに事実です。進化段階は少なくとも6.0は有ります。モモちゃんも進化段階は少なくとも2.0以上なので、平均的な地球人を遥かに超えます。
 人類は最強のマントラを授かっているのですが、二人のようにその果実を手にする者は僅かです。人間は疑い深く、欲が深いのかも知れません。
(竹下雅敏)
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中西征子さんの天界通信61
<通信者:中西征子>
<通信日時:2020年11月28日>


“ひとみちゃん”と“モモちゃん”は、先月の10月30日から11月27日迄28日の間、一度もとぎれる事なく、ガヤトリー・マントラと愛のマントラの中に没入し、昨夜神様から目覚めさせられる迄、瞑想状態にあった様です。
彼女との会話から、かいつまんでお伝えしたいと思います。

(質問)
28日の間、呼んでも返事がなかったけど、どうしていたの?

「ガヤトリー・マントラをずう~っと唱えていました。
愛のマントラも時々…。モモちゃんも一緒です。」


(質問)
そんなに長い間、大変だったでしょう!?休みなしで~。
おなかはすかなかったの?

「ちっともつらくなんかなかったわ。
とても気持ちよくて、このままこうしていたいと思ったわ。
あたたかい光の中に居たから…。
モモちゃんもず~っと一緒…。
ごはんはいらないの…。

光があればとてもしあわせだから。」


(質問)
じゃあ、ほっといたら、いつ迄も唱え続けていたのね~。

「神様の声がしたの。
神様が、“お疲れ様。
よくがんばったね~。
素晴らしいよ~”ってほめて下さったの…」


(質問)
良かったわねぇ!
それで帰って来たのね。
今、どこに居るの?

「私のイラストの傍に立っているわ。
モモちゃんを抱っこしているの…。」


(質問)
今朝、丁度、貴女とモモちゃんのイラストが、私の手元に帰って来たわ。
私、霊視出来なくて、多分、全部は似ていないと思うけど…どうかしら?
似てなかったらごめんなさい…。

「すっごく似てるー!
モモちゃんもそっくり! お耳がうんと長いの!この絵のとおりに…。
私達大の仲良しで、とても幸せなの。」


(質問)
ところで、今でも“サザンカの精霊”なの…?

「サザンカの木のところから降りて来た時は“サザンカの精霊”だったけど、今はもうちがうって云われたわ。
今は女神になったと云われたの。」


(質問)
おめでとう!!本当におめでとう!!良かったわね…。
これからもいつ迄も二人仲良く、周りの全てに幸せを分けてあげてね…。

この会話のしばらく後に、2人は新しい界層に旅立った様です。
通じなくなった期間、心配していた私の元に、お別れの挨拶に来てくれて、私の想像通りの結果に驚くと同時に、今さらながら、“ガヤトリー・マントラ、愛のマントラ”の途方もない効力を改めて実感させられた体験となりました。
しかし、それは、2人の様な神に対する専心と信頼、汚れのない純粋さ、無心で無欲な愛があってはじめて実現した事ではないのか…と感じています。(モモちゃんは女神になってはいませんでしたが、飛躍的進化をとげているようです。)
光と闇の二極化する現代に於いても、絶望する事なく、決してあきらめる事なく、“ガヤトリー・マントラ”と“愛のマントラ”を人生の道ずれにする事が、最善の生き方になるという励ましを、2人から教えられた様に思います。


  




ホツマツタヱに伝わる、中国で古くから信仰された女神「西王母」の伝承

竹下雅敏氏からの情報です。
 今回はホツマツタヱの天の巻15「御食(ミケ)、万(ヨロズ)、生成(ナル)の紋(アヤ)」を中心として、西王母(せいおうぼ)の伝承を考察します。
 西王母は中国で古くから信仰された女神で、崑崙山(こんろんざん)に住み、神仙思想と結びついて「不老不死の支配者」と見なされています。というのも、西王母は「蟠桃園の女主人」であり、伝説では「蟠桃園には、三千六百本の桃の木があり、手前の千二百本は、三千年に一度熟し、これを食べた者は仙人になれ、中ほどの千二百本は、六千年に一度熟し、これを食べた者は、長生不老が得られ、奥の千二百本は、九千年に一度熟し、これを食べた者は天地のあらん限り生き永らえる」とされているからです。
 その西王母が、ホツマツタヱではニシノハハカミとして登場し、「コロヤマ(崑崙山)の民はまことに愚かしく、肉を好んで食べ、皆短命です。百歳か長くて二百歳位で亡くなります。稀に千歳、万歳の者もいますが、おしなべて、日々肉を食しております」と言って、崑崙山の民の寿命が短いのを嘆くのです。
 この場合の「(寿命が)百歳か長くて二百歳位…稀に千歳、万歳の者もいます」という言葉は、文字通り受け取るべきものです。三千年に一度熟すという桃の木がある「蟠桃園の女主人」の言葉なので、文字通り受け取るよりないのです。
 ホツマツタヱによれば、この三千年に一度熟すという桃は、「三千実(みちみ)の桃」としてニニキネが西王母に授けたものになっています。この15紋には次のくだりが出て来ます。
「吾は、日常の食事に千代見草を食べている。それは世の中にある苦菜より百倍も苦い。苦菜を食べて長生きをして、民が豊かになるようにと国を治めているのである。吾はマサカキが千本の枝を出したのを四回見てきた。わが身も今年で二十四万歳になったが、今でも元気なカキツバタのようで、これからも百万年も生きると思う」
 こうした背景を考慮すれば、上記の文章も文字通り受け取るしかないのです。ホツマツタヱに出て来る年数は途方もなく大きなもので、私たちの常識に合わないので、適当に数字を調整して常識の範囲に収まるように解釈する人が多いのですが、このようなことをすべきではありません。
(竹下雅敏)
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御食(ミケ)、万(ヨロズ)、生成(ナル)の紋(アヤ)
2020年11月29日  竹下雅敏

 
今回はホツマツタヱに伝わる「西王母」の伝承を紹介したい。

http://hotumatutaye.com/wp/wp-content/uploads/2014/06/260610ほつまつたゑ全文.pdf
ほつまつたゑ 全文より抜粋

    ウケステメ ネノクニニキテ  ウケステメ  ネの国に来て

    タマキネニ ヨクツカフレバ  タマキネに  よく仕ふれば

    ミニコタエ ココリノイモト  身に応え   ココリの義妹と

    ムスバセテ ヤマノミチノク  結ばせて   弥真のミチの奥

    サヅケマス ヨロコビカエル  授けます   喜び帰る

    ウケステメ コロヒンキミト  ウケステメ  コロヒンキミと

    チナミアヒ クロソノツモル  チナミ合ひ  玄圃積もる
 
15-23 ミコウミテ ニシノハハカミ  御子生みて  西王母

    マタキタリ コロヤマモトハ  又来り    「崑崙山麓は

    オロカニテ シシアヂタシミ  愚かにて   獣肉味嗜み

    ハヤカレシ モモヤフモモゾ  早枯れし   百や二百歳ぞ

    タマユウニ チヨロアレドモ  たまゆうに  千万(歳)あれども

    ヒヒノシシ シナキミイデテ  日日の肉食  シナキミ出でて

    チヨミグサ タヅヌトナゲク  千代見草   探づぬ」と嘆く
 
「完訳 秀真伝 上巻 鳥居礼著 八幡書店」を参考にすると、意味は次のようになる。
 
ウケステメ(西王母)はネの国のタマキネ(豊受大神) のもとに来て、良く仕えたので、大神は心から感動し、ココリ姫(菊理姫)の道の妹として縁を結ばせ、両人にヤマノミチノク(神仙の奥義)を授けた。喜んで帰国したウケステメは、コロヒン君(崑崙王)と結婚してクロソノツモル(玄圃積王)を産みました。
 ニシノハハカミ(西王母)は再び来朝して、「コロヤマ(崑崙山)の民はまことに愚かしく、肉を好んで食べ、皆短命です。百歳か長くて二百歳位で亡くなります。稀に千歳、万歳の者もいますが、おしなべて、日々肉を食しております。
 シナ(支那)君がやってきて、仙薬のチヨミ草(千代見草)を探し求めています。」と嘆いた。

これは驚くべき記述ではないだろうか。西王母(せいおうぼ)は、「西方にある崑崙山上の天界を統べる女性の尊称、天界にある蟠桃園の女主人でもあり、すべての女仙を支配する最上位の女神。東王父に対応するとされるのだが、ホツマツタヱにはニシノハハカミ(西王母)と言う尊称と共に、ウケステ女と言う個人名が書かれているのである。
 西王母に対置される東王父は、タマキネ(豊受大神)である。
 
ウィキペディアの「西王母」には、“前漢の武帝(前141年~前87年)が長生を願っていた際、西王母は十万人の玉女の名録を掌る女仙の上元夫人と董双成や王子登などの侍女とともに天上から降り、三千年に一度咲くという仙桃七顆を与えたという。西王母は黄金の光輝く華美な衣装を纏い、頭には太華髻と太真晨嬰の冠をつけ、腰には分景の剣を備えた30歳位の絶世の美女であることが描かれている”とある。

「西王母が武帝に桃を贈る 伝説の蟠桃は実在したのか?」と言う記事には、“宴会の途中に、西王母は仕える天女に仙桃を持ってくるよう命じました。…桃は淡い青色をしていて、西王母は武帝に4個をあげ、自分は3個食べました。武帝が桃を食べてみると、とても甘くて美味しくて、食べ終わった桃の種は全て保存しました。西王母がなぜ種を保存するのかと聞くと、武帝は、後日植えてみたいと答えました。西王母は「この仙桃は三千年に一回実がなるもの、不毛な人間の土地では育てられないでしょう」と言いました”とあります。
 
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ニニキネは、原見山(富士山)の麓の八方位を掘らせ八つの湖を造り、掘り出した土を山頂に上げて「八峰」を築いた ~原見山(富士山)に「八峰」を築いたのは紀元前1,252,758年

竹下雅敏氏からの情報です。
 ホツマツタヱは伝承を文字通り受け取ると、タイムスケールが大きすぎて困惑してしまう人が多いと思われるのですが、伝承の内容も信じがたいものなのです。
 ニニキネは、原見山(富士山)の麓の八方位を掘らせ八つの湖を造り、掘り出した土を山頂に上げて「八峰」を築いたと書かれているのです。また、同じ紋「コヱ国原見山の紋」の中に、“オキツボの 峰より眺め 御言宣(みことのり) 「汝ヤマクヒ 山後(やまうしろ) 野を堀り土を ここに上げ 太陽の山を(おおひのやまお) 写すべし」”とあり、比叡山は「オキツボの峰」に土を積み足して、原見山(富士山)に似せて造ったと書かれているのです。「一枝(60年)で完成したので一枝(ヒヱ)の山」と言うようです。
 私の調べでは、原見山(富士山)に「八峰」を築いたのは紀元前1,252,758年であり、「比叡山造成の勅」が出たのは紀元前1,180,710年のことです。
(竹下雅敏)
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秀真伝御機の二十四「コヱ国原見山の紋」
2020年11月22日   竹下雅敏
 
ホツマツタヱの興味深い伝承を紹介したい。

https://www.gejirin.com/hotuma24.html
ほつまつたえ 地の巻24 こゑくにはらみやまのあや【コヱ国ハラミ山の文】

(前略)
くもちわけ しなのすわより   雲路分け  シナノスワより
(信濃諏訪)

みちひけは はらみやまから   導けば   ハラミ山から
よもて すそのひろし   四方を見て 「裾野は広し
みつうみ すその   水を埋み  裾野 田にせん」

たちからを やもほらしむ   タチカラヲ 八方に掘らしむ
<をして>        

うみも やまなかと   の名も  東はヤマナカと
埋み      (山中湖)
 
きねあす かはくちと   東北はアス 北はカハクチと
(明見湖)    (河口湖)
 
ねつもとす にしのうみ   北西モトス 西はニシノウミ
(本栖湖)     (西湖)
 
つさきよみ しひれうみ   西南キヨミ 南はシヒレウミ
(精進湖)   (四尾連湖)
 
きさはすと           東南はスト
(須戸沼)        
(以下略)  
 
美濃(岐阜県)を経て、信濃諏訪(長野県)を通って原見山(富士山)についたニニキネは、原見山の山頂から周囲を眺めて、周りの八か所を掘って湖にし、彫り上げた土を山頂に積み上げさせて八峰を築いたというのです。
 
湖の名は、東・山中湖、東北・アス湖、北・河口湖、北西・本栖湖、西・西湖、西南・キヨミ湖、南・シビレ湖、東南・スト湖です。

http://matocayamato.blog62.fc2.com/blog-entry-179.html
天孫降臨の真実「アスカヲキミ」と「ハラヲキミ」
2015/05/12

(前略)
仮宮をミヅホと名付けられたニニキネさまは、イサナギ・イサナミさま、フタカミご由緒のタガ(多賀)に行き、ヌサをささげられ、こののち、美濃に寄り、山路を進み、シナノ(長野)に至り、スワ(諏訪)より導かれ、国見のためにハラミの山(富士山)に登られて、広大な裾野をご覧になり、裾野を田にするよう、タチカラヲにお命じになりました。

八方に掘ったウミは、ヤマナカ・アス・カワクチ・モトス・ニシノウミ・キヨミ・シビレウミ・ストの八湖。

ニハリのタミが集まり、 八湖を掘り上げた土をハラミ山(富士山)の八峰に上げました。 
 
ウツロヰが浚ってきたアワウミ(琵琶湖)と 建国のミオの土と一緒に担いきて中心となる中峰を造り上げました。

「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」8座の八峰に建国のクニトコタチさまの中峰を加えた9座をコホシに準えてのニニキネさまの御希望にこたえてのことです。
 
ハラミ山(富士山)の八峰に降りつもった雪が(地下水となり)八湖に湛えられ、その支流が、9千の里の灌漑用水となって3万の田圃に及ぼされたと記されています。
(以下略)
 
ニニキネは、淡(琵琶湖)の湖底の土と三尾の土から中峰を造らせたというのですが、「完訳 秀真伝 下巻  鳥居礼著 八幡書店」のp56には、“中峰を朝の間に造った功により、ウツロヰの神を稜威浅間峰(いづあさまみね)の神と讃えました”とあります。この事から中峰は「浅間峰」だと分かります。
 
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「今から約3500万年前」に天界から神々の転生が始まった ~スミワタルタカキホシノヒメミコ様からの通信文とホツマツタヱの年代が一致

竹下雅敏氏からの情報です。
 「月の光」というブログに年表がある。この年表を参考にすると、「1穂=1年、1枝=60穂=60年、1鈴木=1,000枝=60,000年」なので、次の表が得られる。

年代 鈴木暦 天鈴暦 内容
紀元前3,300万717年  国常立尊が天真栄木を植える。
紀元前300万717年 1鈴木0枝1穂 大濡煮尊、少濡煮尊の婚礼の制定。
紀元前717年 50鈴木1000枝1穂 天鈴1年
紀元前697年 50鈴木1000枝21穂 天鈴21年 鈴木暦を天鈴暦に改める。
紀元前660年 天鈴58年 神武天皇(52歳)即位。

表から紀元前697年(天鈴21年)に、鈴木暦を天鈴(あすず)暦に改めているので、天鈴元年は紀元前717年である。大濡煮命の代より数えた「鈴木暦」の元年(1鈴木0枝1穂)と天鈴元年(50鈴木1000枝1穂)の年数の差は49鈴木1000枝=50鈴木=300万年なので、「大濡煮尊、少濡煮尊の婚礼の制定」は紀元前300万717年と分かる。
 国常立尊が天真栄木を植えて「鈴木暦」が始まるのだが、ちょうど501本目の真栄木を大濡煮尊、少濡煮尊が植え継ぐので国常立尊から大濡煮尊、少濡煮尊までに500×6万=3000万年の時間が経っていることになる。従って、国常立尊が天真栄木を植え「鈴木暦」が始まったのは、紀元前3,300万717年になるのである。
 「スミワタルタカキホシノヒメミコ様からの通信文3」で、“進化のプロセスとして現れた人類は、約4000万年前…それから約500万年経った頃、天界から神々の転生が始まりました。今から約3500万年前の事です”と言うことだったのだが、通信文とホツマツタヱの年代が一致することを理解してほしい。
 中西征子さんが、ホツマツタヱのこうした年代を全く知らずに先の通信を受け取っているのは、「通信文2」で、スミワタルタカキホシノヒメミコ様から、“今から約4000万年に直立歩行の人類の先祖が、アフリカ大陸、インド、メソポタミヤなどの地域で、ほとんど同時に出現することになりました”と伝えられた際に、質問をしていることからも分かると思う。
 ホツマツタヱの記述にはないが、実は当時の第1システム天津神第2レベルの最高神の天御中主神(大源神)が地球に転生に入ったのは、紀元前3,430万530年なので、「今から約3500万年前」に天界から神々の転生が始まったというのは、とても正確なのである。
(竹下雅敏)
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「中央アジア神話と日本神話」について 3
2020年11月1日  竹下雅敏
 
前回前々回に続き、「中央アジア神話と日本神話 マイケル・ヴィツェル 翻訳:松村一男」の気になるところを引用し、説明を加える。

11.竜殺し
 同じことは原初の竜(あるいは大蛇)を殺す神話にもあてはまる。ヴェーダのインドラは典型的な竜の殺し手である。

 日本のスサノヲは八頭のヤマタノヲロチを退治し、クシイナダヒメと結婚するが、インドラは竜(または大蛇)のヴリトラ(「抵抗」の意)を殺す。
 
ホツマツタヱでは、奸計により追放された北の局のモチコ・ハヤコが怨念によりオロチに変ずる。ハヤコ(小益姫早子)が変じたのが八岐大蛇とされる。

 この「ヤマタノヲロチ退治」の神話の現実的な解釈は、“怒って出奔したハヤコ妃は、ヒカワ(斐伊川)の上流に悪党達を集めてオロチとなっていました。…ソサノヲさまは、もう、これ以上、悪事をおこさせてはならないと、ハヤコ妃を斬る決意を固められます。この時、ハヤコ妃が手にしていた剣が「アメノムラクモのツルギ」であり、ソサノヲさまの手に渡ったのち、時代がくだってヤマトタケさまに授けられ東国平定の旅へと向かわれることになるのです”というもの。

 ホツマツタヱではソサノヲ(素戔嗚尊)の生まれ変わりがヤマトタケ(日本武尊)なのだが、これは正しい。ちなみにソサノヲに斬られたハヤコ妃(オロチ)が転生したのが、コノハナサクヤヒメの姉イワナガヒメで、「神社浴ナビ」には、“ハヤコヒメの物語”の簡潔な記述がある。

 神話では、九頭大蛇、八岐大蛇と呼ばれている持子姫早子姫だが、「天界の改革」で二柱とも私が救済し、現在は第1システム天津神第二レベルの「キツヲサネ五神」になっている。

12.原初の双子
 原初の双子の運命に関しても日本とインドの神話は類似を示す。

ホヲリは兄であるホデリの釣り針を失くして、海神の宮に行って取り戻してくる(竜の姿の姫との結婚もある)。復讐によって兄のホデリはほとんど殺されかけるが、最終的な殺人はない。ホヲリは初代天皇神武の父である。
 
ニニキネとコノハナサクヤ姫の長男がホノアカリ(火明命)、次男がホノススミ(火進命、海幸彦)、三男がヒコホオデミ(彦火火出見尊、山幸彦)。

 ホノアカリ(火明命)と玉根姫の子がニギハヤヒ(饒速日命)で、後にニニキネの兄であるクシタマホノアカリ(奇玉火之明尊)の死後、アマテルの命でアスカ国を継ぐ

 ハテツミ(綿津見神 わたつみのかみ)の娘トヨタマ姫(豊玉姫)とヒコホオテミ(彦火火出見尊)の子がウガヤフキアワセズ(鵜葺草葺不合命)。

 トヨタマ姫(豊玉姫)の弟カモタケツミ(賀茂建角身命)の娘タマヨリ姫(玉依姫)とウガヤフキアワセズの子がカンヤマトイハワレヒコ(神武天皇)なので、“ホヲリは初代天皇神武の父”は明らかな誤りである。こちらのブログに系図と共に説明がある。
 
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